ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 21 "I hope your day is special"






Action11 -安志-








「……ふぇぇ」

「……」

「……」


「……ふぇぇぇぇぇ!」

「一体、どうしたものか」

「悩んでいる場合か!? 泣き始めているぞ!」


 医務室。融合戦艦ニル・ヴァーナ内で唯一、男性が管理している部署。船医を務めるドゥエロの職場で、ベビーベットを前にカイとメイアが二人揃って頭を抱えていた。

事の経緯はわざわざ振り返るまでもなかった。育児に悩んでいたエズラの相談を受けて、会議室に篭もる事数時間。一人で悩まず、皆で悩みを分かち合って解決しようと決めたのだ。

分かち合う悩みとは何か、当然カルーアの育児である。ではカルーアの育児問題を、どうやって分かり合えばいいのか。これもまた、副長であるブザムが解決方法を提示してくれた。

エズラがカルーアの育児に悩んでいるのであれば、手伝ってあげればいい。至極もっともな意見を受けて、育児会議は終了。カイとメイアも賛同してしまい――


こうして医務室で、育児を手伝う事となった。


「俺やミスティはカルーアの出産から手伝っているけど、赤ん坊の世話は本当に大変だぞ」

「だからこそエズラさん一人で抱え込まず、我々も手伝おうと申し出たのだ。建設的な提案であり、その点は申し分ない」

「だったらいいじゃないか、何が問題なんだ」


「何故『我々で引き受ける』と軽はずみに引き受けたのだ!? 母親であるエズラさんと一緒にやればよかったじゃないか!」


「疲れているみたいだから休んだほうがいいといったのは、お前だぞ」

「物事に対しては、何事にも順序というものがある。最初から何もかも引き受けてどうする!」


 カルーアの面倒を母親以外が見ることは、カイ達が初めてではない。ピョロが我が子のようにお世話をしているし、ユメはお姉さんぶって毎日のように可愛がっている。

本業のナビゲーションよりカルーアの育児を優先するあの子供達は、女性陣の間でベビーシッタークルーとまで微笑ましく言われている。

なのでカルーア本人も、母親以外に決して懐かないというほどではない。もっとも生まれて半年にも満たない赤子なので、他者の区別は付いていないのだが。


メイアに厳しく指摘を受けて、カイはカルーアを驚かせないように小声で耳打ちする。


「お前の言う事はもっともだけど、おふくろさんだって言ってたじゃないか。カルーアとどう接すればいいのか、分からないと」

「それを言うなら、我々だって分かっていないのだぞ」

「その点も否定はしないけど、俺達が補佐に回ってしまうと、結局おふくろさんが育児をすることになってしまうぞ」

「……余計に気を遣わせてしまうということか」


 育児問題は皆で分かち合おうと決めたとしても、問題そのものは何も解決していない。カルーアに対してエズラがどう向き合えばいいのか、本人も分かっていない。

だからといって、育児放棄なんて出来ない。もしもカイ達が申し出ていなければ、戦々恐々としながらもエズラがカルーアと向き合っていただろう。

メイアはそれで問題ないと思ったようだが、カイは事を深刻に捉えていた。子供と向き合うのは怖いという心の流れは、危険に見えたのだ。


自分が感じた直感を、カイはメイアに語った。


「俺の国タラークは、クローン技術によって子供が作り出される。メジェールの女達のように、自分の腹を痛めて子供を産み出さないんだ。
クローン技術そのものを否定するつもりはないが、出産に比べれば思い入れはまるで異なる」

「思い入れというのは、子供に対する気持ちか?」


「ああ、特に子供というのは手が掛かるからな。軍事国家で子供を育てていくのは大変な事だ。
俺は所詮場末の酒場の息子だから噂程度しか知らないが、育児放棄や虐待の問題も聞いたことがある。

子供への悩みが不満となり、怒りとなって衝動的にぶつけられるらしい」


「馬鹿な、エズラさんに限ってそのような愚行を犯すものか!?」

「優しい女性だからこそ思い悩んでいるんじゃないのか、あの人は」

「……それは」


 メイアは、否定出来なかった。彼女もまた非遇の子供ではあるし、昔起きた事件で家庭が崩壊して両親を失った。子供時代、とても苦労させられた思い出が多い。

両親に対して、メイアは今も複雑な感情を抱いている。恨みつらみというのは根が深く、愛情を抱くには不幸が過ぎてしまった。どう考えても、気持ちの整理ができない。

ただ言えるのは、父も母も優しい人達ではあった。愛されていたという自覚くらいはある。そんな両親でも、決して模範的な親ではなかった。


涙を流していたエズラを思い浮かべると、カイの心配が杞憂には思えなかった。


「このままでいいとは俺も思わないが、少なくとも今日悩みを打ち明けてくれたことは一歩前進と見ておこうぜ。今日くらいは、俺達で面倒を見よう」

「お前の意見はよく分かった。お前も色々考えるようになったのだな」

「考えさせられるようにはなるさ、それこそこんな環境だと」


 実に、納得させられる感想だった。男女共同生活の中で産み出された赤ん坊を抱えて、故郷へ向かう旅。無関心では到底いられないだろう。

自分とは違う性別の人間であれば、考え方もまるで異なる。そうした意見の相違は時に衝突を生み出すが、自分にはない意見には勉強させられる。

それは決して悪い事ではないのだと、今のメイアなら思えた。カイと共に職務に励むと決めた今日は、予想を超えていい結果を出せるかもしれない。


気持ちを新たにしていると、カルーアの鳴き声が途端に耳についた。


「話は分かったが、この子をどうすればいいんだ」

「そもそも何故男の俺に、女の赤ん坊の事を聞くのか」

「うっ……し、しかし、私も専門外であって――そうだ、どうして医務室に誰も居ないんだ!?」


 ――貴女の誕生日パーティの準備に、ドクターが指揮を取って助手のパイウェイが奔走しているからです。

そんな事は断じて言えないカイだったが、特段焦らずにスラスラと理由を述べられた。この問いかけ自体は至極もっともであり、必ず聞かれると思っていたからだ。


考えていたストーリーを、シンプルにカイは聞かせた。


「ドクターとパイウェイなら今、おふくろさんの育児問題について相談に乗っているぞ」

「此処で相談すればいいではないか、何故席を外す」

「此処で俺達がいつまでもカルーアを持て余しているから」

「――ぐっ」


 泣いている赤ん坊をあやすことも出来ないメイアに対して、カイは辛辣に指摘した。内心では、サプライズパーティについて話せないことを謝っていたのだが。

育児について悩んでいる母親の前で、我が子が泣いていたら落ち着いて相談も出来ない。ならば席を外して、静かな環境で話し合うしかない。

言い分としては理解出来たが、それはそれで問題があるように思える。


「医務室を留守にして大丈夫なのか、患者が来たらどうする」

「メジェール人のお前がメディカルマシーンの意義を忘れてどうする」

「むぅ……確かに何時の間にか、ドクターが居ることが当然となっていたな」


 そもそもの話、子供のパイウェイ一人で医務担当を行える筈がないのだ。今までナース一人だったのは、病気や怪我を治すメディカルマシーンがあってこそである。

医療技術が進んでいるメジェールにとって、メディカルマシーンは万能の医療施設と言い切れた。この一台があれば、医務の全てを担える。

それなのに、何時の間にか船医のドクターが治療を行うことが当然となっていた。彼はメディカルマシーンに頼るのではなく、利用する医者なのだ。治療の可能性は今や劇的に膨らんでいる。


彼が居なくて心細いと思えるこの医療環境は、歓迎すべきだった。


「し、しかしだな、この状況でもしも敵が来ればどうする」

「……」


 ――内心、舌打ちする。実に愚かしいことだが、今メイアに言われるまでその可能性を考慮していなかった自分を恥じた。


もしも今敵が蹴撃をしかけてくれば、大惨事だ。サプライズパーティが無茶苦茶になってしまう、段取りの全てが狂って発覚する可能性が高い。

しかもカルーアを抱えているこの状況、もしも敵が来ればフォロー出来なくなる。カルーアを守りながら、メイアに誕生日パーティを隠すことは極めて困難だ。


少し考えて――思い切った提案をしてみる。


「もしかしてお前、敵が来たら出撃するつもりか」

「当然だ、私はリーダーなのだぞ」


「赤髪は一体何の為のリーダー候補なんだ。サブリーダーである金髪にだって全然頼らないじゃないか、お前。
何もかも全部、自分でやってばかりだといつまで経っても後任が育たないぞ」


「……っ」

「おふくろさんの事をあれこれ言えないぞ、お前。お前だって何でもかんでも自分で抱えている。そんな事だから、赤ん坊一人持て余すんだ」


 泣いているカルーアを抱っこすると、ひとまず泣き止んだ。まだ赤ん坊である、いくら出産に立ち会ったとはいえカイの事なんて覚えてもいないだろう。

当然懐いてもおらず、単に相手をしてくれたからカルーアは機嫌を直しただけだ。だが赤子のことを知らないメイアから見れば、カイの方が育児に慣れているように見えた。


他人の世話が出来なければ、自分の世話も出来ない――無邪気な赤ん坊の目を、メイアは正視できなかった。























<to be continued>







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