VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 5 -A shout of the heart-
Action2 −兆し−
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戦艦ニル・ヴァーナにおいて、医療関係で現状使用されているのは二室ある。
タラーク軍母船旧艦区の診察室、メジェール女海賊母船の医療室。
医療技術はメジェールが進歩しているために、もっぱら治療は医療室で行われていた。
ドクターを勤めるはドゥエロ=マクファイル、男側の捕虜であった。
本来ならば医療室の実質上の責任は幼いながらに看護婦を勤めるパイウェイにあるのだが、
医療的技術に専門的知識、何より卓越した知性を持っているドゥエロが現在の責任者となっていた。
この事に関してはパイウェイが不服を申し出たのだが、
元来不真面目で幼心の悪戯心のあるパイウェイのやり方に反対する者が多く、異議は却下されている。
男のドゥエロがドクターという事での女性クルー達の間では反発は当然ある。
が、ドゥエロの持つ独特の個性とエリートとしての堂々とした風貌もあってか、
男女の垣根を越えた独特の人種として近頃は認識されつつあった。
バートのように浮ついた性根もなければ、カイのように男を意識させる事もない人物。
性別に関係のない「医者」と言う種別の人間と受け止められているがゆえ、クルー達にも受け入れつつある。
男として認められていないと言う事実はあるのだが、ドゥエロ当人はまったく気にもしていなかった。
そんなドゥエロだったが、今日医療室には彼の元へ一人のお客さんが訪れていた。
「実質は可能なんだな?」
「可能だ。ただ、特殊な装備を揃えなければいけない。
遠距離装備を使用する際は周りの環境の把握に搭乗者のセンス、才能もまた必要とされる。
調節機器にも微弱ながら時間もかかるので、あまり勧められない」
カルテを机の隅に整理しながら、ドゥエロは淡々とした説明を対面の相手へとしている。
端的ながらに重点をついた説明に、訪問者であるカイは腕を組んで唸った。
「手っ取り早く使える武器は何かないか?
キューブ型はビーム攻撃してきやがるから、近距離戦に持ち込むのが大変なんだ」
「そもそも蛮型は陸地強襲型だ。宇宙での活動には不向きだ」
カイの質問に対して、ドゥエロは役割としての前提を指摘する。
ここ医療室は第一レベルクラスの警戒態勢時以外はあまり人の姿はない。
戦闘時の怪我人等を除いて、日頃怪我をしたり病気になる者は少ないのだ。
現在医療技術は飛躍的に進歩しており、大抵の病気は予防接種が行われている。
人類の科学促進は止まる事を知らないかのように、人体に有効的な処方を施せるのだ。
寿命も現在では百歳を超えるのはほぼ当たり前の時代で、年長者マグノもまた百を越える老齢の人間である。
よってドゥエロは待機の状態であり、カイの相談を耳を傾けていた。
「俺の相棒は蛮型をベースにした改良型だからな。今更他のメカに頼る気はないんだ。
今の状態で近距離しか戦えない弱点を克服したいんだよ」
これまでの命懸けの戦いで、カイは度重なる苦戦を強いられてきた。
ペークシスによる改良でド素人であるカイにも何なく操縦は行えて来たが、
戦いの戦歴は正直芳しくはなかった。
どの戦いも辛勝であり、キューブ相手には難なくこなせる程にカイも進歩はしているが、
ヴァージョンアップした敵には何度も痛い目を見てきている。
戦えば戦うほど、自分の相棒が傷つき破損していっているのだ。
このままではいくらパワーアップをしているとは言っても、限界がある。
かと言って、一朝一夕で操縦テクニックが進歩する程戦いは甘くない。
せめて現状で強くなるには、一つ一つ弱点を克服していく他は無かった。
ドゥエロは真剣な表情で尋ねるカイを、思案しつつ視線を向ける。
「随分はりきっているようだな。パイロットは引退したのではなかったのか」
揶揄を含んだドゥエロの言葉に、カイは気まずげに視線をそらして言った。
若干頬も紅潮している所に動揺が見られる。
「ま、まあどうしてもって頼まれちまったからな。
ヒーローの悲しい宿命ってやつよ。頼りねえ女にこの船任せるわけにはいかねえからな」
「ほう、男であるお前に頼み込む女がいるとは興味深い。誰だ?」
「レジの店長。ガスコーニュって奴だ。
頭下げて頼まれちまってな、男として突っぱねる訳にはいかなかったのよ。
で、めでたく復帰。俺のこの前の戦い振り見ていたろ?」
「ああ。それにしても珍しいな」
「変わり者みたいだからな、あの女。何考えてるのやら」
「そうじゃない、お前の事だ」
「あん?」
カイは怪訝な顔でドゥエロを見やると、ドゥエロは口元に面白みのある笑みを形作っていた。
そのまま姿勢の整った状態で、カイに言葉を告げる。
「女の頼みを受けて、女を守るために不利な戦いを試行錯誤して頑張る。
タラーク本来の男にはありえない行動だ」
「な、何だよ!?俺はただ敵を倒すためにだな・・・」
「こうしてわざわざ今後の対策を行っているのか?
君は時として妙な意地を張った台詞を述べるな」
「やかましいわ!大体女を治療しているお前に言われたくないぞ!
助けているって部分じゃどっちもどっちじゃねーか」
「私は捕虜だから仕方がない。だが、君は違う動機で動いているように見受けられるのだが?」
「う・・・・・・」
洞察力と認識力は、ドゥエロが圧倒的に上だった。
言い返す言葉も見つからないままに右往左往するカイを、どこか楽しそうにしているドゥエロ。
こうしたやり取りをする相手が今までにいなかったドゥエロは、心のどこかで新鮮さを感じていた。
同時に自分にはない活力と考えを持っているカイに、同列視で見ている自分もまたいる。
己の目の前にいる男に興味以上の感情が湧きつつある事に、ドゥエロは驚きすら覚えていた。
「お、俺の事はどうでもいいんだよ。それより遠距離攻撃だ、遠距離攻撃!
具体的に有効な武器とかやり方はないか?」
「難しい問いだな。戦う相手によって装備を変更する必要がある。
人型である蛮型に一定以上の重量を持つ装備は機動性すら殺しかねないぞ」
元々ドレッドより一ランク下しかない機動性を持つSP蛮型である。
二十徳ナイフのような近距離戦用軽量型武器ならともかく、遠距離装備は重量が大きい。
機動性を殺さずに有効範囲を広げる武器となると、相当限定されるのだ。
ドゥエロの冷静な意見に、カイはアルミ製イスに座りながら頭を抱えた。
カイが熟考モードに入ったのを見て、ドゥエロはカイをそっとしながら医療器具の手入れを始めた。
二人の話が終わり室内が静かになった途端、設置されている医療ベットの影より人影が飛び出る。
ちょこちょこ歩きにオーダーメイドのナース姿が可愛らしい。
右手に相棒のカエルバックをしている唯一の看護婦であるパイウェイが、ドゥエロへと近づく。
「話は終わったの?」
「ああ。収拾はついていないがな」
悩みふけるカイを横目で見ながら答えるドゥエロに、パイウェイは不服そうにしている。
パイウェイは元々室内にいたのだが、カイが訪ねて来て即物陰に隠れたのである。
彼女の男蔑視はメジェール内の信仰にも似た教育以上に心に巣食っていた。
ドゥエロに関しては医療面での自分にはない頼もしさに、ある程度の尊敬はあるものの、
カイにはまだまだ毛嫌いの傾向が強かった。
「男同士で話し合いってや〜らしい。お頭に報告しようかなぁ」
「かまわんぞ。今後の戦闘について論議を行っていただけだ」
眉一つ動かさずに答えるドゥエロに、パイウェイは頬を膨らませる。
どうやらドゥエロをやり込めるにはまだまだ経験が必要のようだ。
「君も手が空いているのなら、計器のチェックを頼む。心電図の調子を見てくれ」
「心電図ぅ?」
聞き慣れないのか、ドゥエロの言葉に目をパチパチさせるパイウェイ。
パイウェイの反応に、今後はドゥエロが不思議そうな表情で尋ねる。
「心電図を知らんのか?ベットの傍に立てかけている装置だ」
ドゥエロの指し示す先には、停止した状態で心電図表示モニターがセットされていた。
指摘を受けたパイウェイは無知呼ばわりされたと思い、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「い、いいでしょう、別に!そんな専門的なのの扱い方なんてまだ知らないもん!」
「心電図は比較的扱いは簡単だ。診察の上で必要とされる装置だぞ」
論理的に言い返されると、パイウェイとしてもぐうの音も出ない。
悩みに暮れていたカイが傍らで見ていて不憫に思ったのか、口添えをした。
「いいじゃねえの。人間知らない事だってあるだろう」
「そ、そうよそうよ!そこの男の言う通りよ!」
鬼の首でも取った様な態度の変化に、ドゥエロは苦笑を禁じえなかった。
大人ぶってはいるものの、まだまだ十代前半のやんちゃな盛りである。
そのまま口をつぐんだドゥエロに気を良くしてか、パイウェイはさらに言い募った。
「それに内臓疾患とかの病気なら、そんな変なのいらないもん。
ジャグジーでだって治るんだから!」
「ああ、ジャグジーね。あれは確かに気持ち良さそうだったな」
傍らで同意するカイに、目を輝かせてパイウェイは頷いた。
「なかなか分かっているじゃない、あんた」
共有できる会話があるせいか、いつのまにか変な仲間意識が芽生える二人。
互いに見つめあい、不敵に笑みをかわしていた。
ひょっとすると、案外精神的年齢が似たようなものなのかもしれない。
一方二人の会話を聞いていたドゥエロは首を傾げて尋ねる。
「じゃぐ・・・じと言ったか。それはなんだ?」
「『ジャグジー』だ、『ジャグジー』!水道管みたいな変な呼び方はやめろ」
元々タラークには美容面を保養・促進する技術や知識はない。
理由は至って簡単で、男には必要がないからだ。
全体的な視野からすると狭いこだわりかも知れないが、タラークに蔓延する空気がそれを許さない。
知的好奇心が旺盛なドゥエロはますます興味が出てきたのか、持っていたカルテを置いて身を乗り出した。
「彼女だけでなく、カイも知っているようだな」
「そういえばなんで知っているのよ」
怪訝な顔つきで尋ねる二人に、カイは胸を張って答えた。
「ふ、こう見えてもエステスタッフ見習いとして働いた経験ありだぞ、俺は」
「そっかー、あんただったんだよね。前にあたし達の仕事全部こなしたのは」
ウニ型襲撃事件でのカイの一連の行動は、女性達全域に広まっている。
良い意味でも悪い意味でも、カイは海賊達に名前や顔を覚えられているのだ。
納得がいったパイウェイだが、ドゥエロは全く事情が分からずにいた。
「エステ?そのような場所があるのか」
「ドゥエロは知らないんだよな。いいぜ、説明してやるよ」
カイは初めてドゥエロに教える立場となって、内心満足を覚えていた。
ニル・ヴァーナ下辺部に位置するエステルーム。
このワンルームでは女性達の美容面を管理すべく、常に最高峰のスタッフ陣が控えている。
肌の潤いや質感、滑らかな女性のスタイルのためにエステシャンを行う。
海賊という職業は倫理面の追求はさて置いて、ハードなスケジュールに沿った過酷な労働である。
クルー達は忙しい仕事に追われつつも、日々自分の美容を気にしている。
エステスタッフはクルー達の外面的な要素を守るために存在しており、
また健康管理においても内臓疾患等の内面的な治療の補助も担当している。
そのためにエステルームは別名準医療室と呼ばれてもいた。
ルーム内部は中央にカイ達の話題に出ていたジャグジーが噴水状に沸き出しており、
ジャグジーの周囲には訪れるクルー達への簡易ベットは数台設置されている。
本日そんなエステルームに、これまた来訪者が数名みえていた。
「さっすがプロね♪近頃お肌が荒れ気味で困ってたのよ」
優美なラインを描く肢体をタオル一枚で覆い、ベットに寝ているのはジュラであった。
彼女の周りには髪の手入れに一名、爪の手入れに一名、腰回りのマッサージに一名スタッフがついていた。
皆どの顔も真剣そのものであり、ジュラの美しいビジュアルを保つのに余念がない。
「大丈夫。ジュラのお肌は美しいままよ。私もあやかりたいわ」
「ふふふ、ありがとう。あなた達のお陰でジュラは保たれているのよ」
爪の剃りを行っているクルーが羨望の眼差しで見つめるのに対し、
ジュラは謙遜もしないままに妖艶な口ぶりで答える。
自分の美しさを自覚しているジュラに外見への褒め言葉はむしろ当たり前だった。
同姓のメジェールの人達と比較しても突出した美貌を持つジュラである。
今までの人生の中で褒め言葉は日常茶飯事で、むしろけなされた経験は一度としてなかった。
「私たちにお任せを。前線で戦うジュラには念入りに手入れさせてもらうわ」
「お願いね。ただでさえ、きつい仕事なんだから」
鼻歌交じりに、マッサージの気持ち良さに心地よくジュラは瞳を閉じる。
エステシャンを行うスタッフ達のそんな様子を、傍らで何気なくピョロが見つめていた。
男ならここで即座に追い返されるのだが、ピョロは人間らしい動作をするとはいえ機械である。
別段警戒される事なく、好奇心で見つめられても一向にジュラ達は気にしなかった。
「男も不思議だけど、女も不思議だぴょろ〜
どうしてそんなに外見を気にするんだぴょろ?」
「女だったら当たり前よ。あんたみたいな機械には分からないかもしれないけど」
ピョロは近頃男と女に興味を持っていた。
人間という種族の行動理念。
カイのように内面の強さを求めて戦う男もいれば、ジュラのように外見を守ろうとする女もいる。
自分とは違う何かを持っている周りの人達に、ピョロは自立的な行動を見せているのだ。
「そういうものぴょろか?」
「そうよ。
メイア、あんたもそうでしょう」
閉じていた瞳を開いて、ジュラは中央のジャグジーへと目を向ける。
そこにはパイロットスーツを脱ぎ捨てて、透き通るような肌を浸らせているメイアがいた。
トレードマークの髪飾りも外しており、素顔を見せている。
「私はあくまで仕事の差し支えにならないよう、こうして心身に気を使っているだけだ」
冷静な言葉ながらに、メイアの声は少々の高鳴りを感じさせる。
ジャグジーの程よい全身への刺激に気持ちが良いのだろう。
「もう、いつもそんな事ばっかり言っているんだから。それ以上胸がなくなっても知らないわよ」
ジュラの忠告めいた言葉に、ややメイアは表情を強張らせる。
スリーサイズとしてのバランスは両者共にそれぞれ魅力的で、美貌と相成って魅惑的なのだが、
ジュラとメイアを全体的に比較すると、プロポーション面ではジュラに旗が上がる。
本人なりに気にしているのかもしれない。
メイアはしばし間を空けて、気を取り直したように言った。
「心配は無用だ。自己の管理は出来ている」
メイアの答えに、ピョロは小型モニターに映っている瞳をパチパチさせて呟いた。
「やっぱり人間って分からないぴょろ〜」
「どうしてそんなに気にかけるのよ、あんた」
ふわりと宙を浮いて不思議がっているピョロに、同じく不思議そうにジュラは見つめる。
人間に興味を持つ機械など全宇宙を巡ってもなかなか存在はしないだろう。
ペークシスの暴走時にカイ同様巻き込まれたピョロは、こうした人間的な動作を端々に見せる。
「カイを見てて不思議に思ったんだぴょろ。
カイはいつも強がったり、命がけの無茶苦茶な行動を平気でやるぴょろよ」
「あ〜、あいつは何時だって意味不明じゃない。理解しようなんて無理よ」
「そうだぴょろよ。付き合わされるピョロはいつも大変だぴょろ。
この前だって散々女をけなしていたのに、いつのまにか女と仲良くやっているんだぴょろ」
「女と仲良くやってる?」
それまで黙っていたメイアが言葉の端を捕らえて声を上げる。
気がついたピョロが同意するように、きちんとした返答を行った。
「しているぴょろよ。
パルフェさんの所へ遊びに行ったり、ブリッジの女達の所へ訪ねたりしているぴょろ。
基本的に暇人だぴょろ、あいつは」
「アマロ達の所へも行ってるの!?まったく、あいつ最近調子に乗ってるんじゃない。
ね、メイア・・・メイア?」
ジュラが視線を向けると、どこかぼんやりとメイアは虚ろな瞳を浮かべていた。
「あ・・・うん?どうした、ジュラ」
「どうした?はこっちよ。ぼんやりして、らしくないわよ」
「すまん・・・のぼせたかも知れん。すまないが、先にあがる」
複雑な表情をそのままに、メイアはジャグジーから出て更衣室へと歩いていった。
残された一同は互いに目を合わせ、疑問符を浮かべる。
「どうしたの?メイア」
「さあ、ピョロにも分からないぴょろ。カイの話が出てから様子が変になったぴょろ」
メイアの微弱ながらの精神的不調。
一連のカイとの仲違いより、少しずつメイアに焦燥に似た何かが内部より湧き出つつあった。
<続く>
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