VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 5 -A shout of the heart-
Action1 −惑星−
---------------------------------------------------------------------------------------------
新しく名付けられた戦艦ニル・ヴァーナは、順調に宇宙の航海を続けていた。
ペークシスプラズマ暴走により果てしない彼方へ飛ばされた海賊達は、孤独な戦いを続けている。
強いられた運命のレールは自分達をどこへ誘おうとしているのか?
答えは出せぬまま、それでも海賊達は過酷な現実に立ち向かう決心を固めている。
そんな孤立無縁の海賊達であったが、変わりなき日常にある変化が訪れようとしていた。
「人類生計の環境を確立出来る惑星のようです。人工による手が加えられた痕跡があります」
メインブリッジ上部に位置する作戦会議室。
照明が落とされて薄暗い室内に、ブザムとマグノの二人が緊急会議を行っていた。
中央のホログラム発生装置に映し出されているのは、土色に覆われているとある一つの惑星。
現在ニル・ヴァーナはその惑星の大気上に停止していた。
「ふむ、だが今は死んじまっているようだね」
映像を見つめるマグノの視線は真剣そのものだった。
何しろ彼方へと飛ばされたから往く時を経て、初めて辿り着いた惑星なのだ。
まして人類が住んでいる可能性があると分かった以上、期待もまた大きかった。
「地表を大まかに確認したところ、自然の約八十%が枯れ落ちていました。
未曾有の災害か、もしくは別の何かが起きた可能性があります」
ブザムもまた厳しい表情で映像を見上げる。
惑星の表面は濃密な大気に揺れており、死の色に染め上げられた表面を波ただせていた。
二人ともに質疑応答を行った後、ブザムは身を乗り出してマグノに進言した。
「お頭、私は降りるべきだと思います。刈り取りによる何らかの情報が得られるかもしれません」
マグノ達を一番悩ませている未知なる敵の正体。
どのような存在なのか、何が最終目的なのか、何故自分達を破滅へ導かんとしているのか?
「刈り取り」と言う暗号作戦を展開しているとしか分かっていない、現状での雲を掴むような厄介な難問。
その敵の情報が何か掴めるかも知れないのだ。
ブザムとしてはこの好機を逃したくはなかった。
しかしマグノはと言うと、乗り気であるブザムとは違って複雑な表情を見せている。
「お前さんの言う事はもっともだ。でもね、他の子達がどう思うかだよ」
「と、いいますと?」
「あの子達は毎日危険と隣り合わせで旅を続けているんだ。神経的な疲労も大きい。
目の前の星が必ずしも安全だとは限らないよ」
強制的な環境変動に敵なる男との共同生活、クルー達は日々ストレスを蓄積している。
何とか皆の不安や恐怖を解消したいと、マグノはいつも悩んでいた。
そう言った意味では、敵の情報を得られるかもしれないブザムの提案は受理してしかるべきかも知れない。
しかし目の前の惑星そのものに危険がないとは絶対に言えない。
人類による開拓の痕跡がありながらも、人の反応が一向に見えない地表。
人間が生きていく上で必要な自然は枯れ落ちており、惑星は土色にありありと染め上げている。
無闇につつけば新たな危機が待ち受けている可能性もあるのだ。
マグノはブザムの提案に慎重を期してそう答えた。
「お頭のお言葉はごもっともです。しかし、敵は決して待ってはくれません。
現状でも刻一刻と危機は迫っています。
それに現実問題でも・・・・・・・・」
「物資の不足、だろう」
「はい。今はまだ問題はありませんが、今後旅を続けていく上で必ず底をつくでしょう」
人間生きていく上で最低限必要なのは衣・食・住である。
住は旧艦区だったタラ−ク軍部の母船の広さに、海賊母船の住居区がある。
衣は女性達はきちんと揃えている上に、クリーニングクルーの働きでまかなっている。
しかし食料はと言うと、リサイクルすらきかない消費物である。
食べれば食べる程無くなって行き、いずれは底をつく。
ましてやニル・ヴァーナにいるクルーの数は総勢150名+3名。
今後の支出演算を行った結果、故郷まではぎりぎりであるとブザムは計算していた。
加えて毎回の敵の襲撃においても、戦いに必要な兵器や物資も必要となる。
敵は常にどこからか補給を行い、有能な機能を搭載して攻めてくるのに対して、
マグノ海賊団は手持ちの武装のみで戦っていかなければいけない。
さまざまな意味で、物資の補給はブザムやマグノにとって死活問題となっていた。
「少し考えさせておくれ。すぐに結論を出すのは控えた方がいいだろう」
熟考に熟考を重ねた末、マグノは早期の結論を避けた。
マグノの言葉にブザムは頷き、手元の資料を脇に抱える。
「クルー達に引き続き惑星の調査を存続させます。
データが揃い次第、資料としてお頭にお見せしますので」
「ああ、頼んだよBC」
緊急会議はまとまりを見せ、話し合いは次回へと移行される事となった。
何気なしにマグノは視線を上げると、そこにはグラフィック化された惑星が中央に浮かんでいた。
惑星の映像は鋭い視線に臆する事無く、ただじっと不吉な雰囲気を醸し出していた・・・・
旧艦区メイン格納庫、ここはバージョンアップされた機体が搭載されている。
カイの蛮型、ディータ・メイア・ジュラのドレッド。
出撃時には格納庫先端の射出口が開き、宇宙への扉が開かれる事となる。
現在は敵の襲撃もなく、格納庫内は静かな様子を見せていた。
必要最低限のみの電気が出力されている他はなく、薄暗さが静寂なる雰囲気を高めている。
そんな数十メートルにもなる全域に、一つの唸り声がどこからともなく聞こえてくる。
「う〜ん・・・・・粒子力反発に対応するための装甲が必要となるわけだから・・・」
イカズチ完成による式典時、士官候補生達に公開された蛮型九十九式。
女海賊打倒の切り札だと上層部に期待された新型の数々も、今では収納されたまま寂しく放置されていた。
ずらりと並びつつ閉じられたシャッターの中、一つだけ開放されている収納庫があった。
タラーク最新型九十九式を上回る防御力と攻撃力を有しているSP蛮型。
金色に輝くメカリックボディが姿を見せており、静かに鎮座していた。
悩める声はSP蛮型上腕部に設置されているハッチの前にて発生していた。
「十番ネジを必要とする訳か。だけど、遠隔操作を必要とする機雷を背負うには・・・・・
分かるかぁーーーーー!こんなもん!!」
持っていた本を高々と放り投げて、ゴロンと勢いよく転がる一人の男。
舞い上がった本はヒラヒラと力なくページがめくられながら、寝転ぶ男の脇に落ちた。
目の前のSP蛮型の搭乗者であるその男カイは、げんなりした様子で呟いた。
「素人には難しすぎるぞ。仮にも取り扱い書なら、もっと丁寧に書きやがれってんだ」
やや八つ当たり気味な発言をして、カイは力なく転がったままだった。
カイの脇に落ちたその本はシックなデザインをしており、表面の帯にはタイトルにこう書かれていた。
『九十九式蛮型取り扱い教本』
内容として蛮型の基本的な構造から操縦法、さらには応用的な戦術テクニックが細かく記載されている。
カイが無理を言ってドゥエロとバートに頼み込み、見つけてもらった士官候補生の教科書だった。
自分の載る相棒について勉強しようと乗り出したのはいいのだが、
問題は記載されている内容の専門用語の羅列だった。
タラーク士官学校の生徒としては当たり前の用語に過ぎなくても、カイは三等民である。
学問の類は当然教育はされてはおらず、さらには身元不審者の記憶喪失。
基本的な常識や文字はマーカスにより勉強はしているが、さすがに専門的分野は範囲外であったようだ。
相棒を前にして真剣に取り組む事三十分、早くも投げ出してしまったカイだった。
「操縦は普通に出来るんだけど・・・・問題は修理と整備なんだよな」
カイの相棒は確かにペークシス暴走時にヴァージョンアップされたが、それでも機械に過ぎない。
傷つけば破損するし、消耗すれば機能はダウンする。
メイア達のドレッドは全機整備クルーが随時行っているが、カイの蛮型は例外だった。
男の乗る機体の整備はご免だとばかりに、拒否されているのだ。
敵側であるタラークの男として認知されたままのカイは、今だはみ出し者に過ぎなかった。
カイは考え疲れの残る頭を振りながら、力なく上半身を起こした。
周りの女性達大半から疎まれているカイだが、味方がいない訳ではない。
数日前に起きたウニ型襲撃時の一連の事件。
カイの独断による出撃から起きたトラブルから新型兵器による襲撃と、目まぐるしい出来事が起きた。
その時カイはさまざまな女性達と知り合うきっかけが出来て、数々の体験ともめ合いがあった。
結果として縁の出来た女性達もいれば、より対立を深めた女性達もまたいた。
レジクルーはその中で比較的仲良くなった者達であり、カイの機体の修繕はその者達が行ってくれたのだ。
「片手間だから、別にかまわないわよ」と気軽に言ってくれたクルー達に、
カイは心から感謝はしていたが、彼女達に甘えてばかりにもしたくはなかった。
「レジの奴等やガスコーニュに頼んでもいいんだけど・・・・・」
カイはパイロットに復帰した際のガスコーニュの言葉を思い返した。
『突っ走るのはいいけど、少しは自分の相棒を気遣ってやりな。
整備不良であちこちが傷んでたよ』
後に、ガスコーニュがデリ機投入の際に整備してくれたのをレジクルーより聞かされた。
その場に座ったまま、カイは自分の相棒をそっと見上げる。
ウニ型との戦いにおいて全身穴だらけになった時の傷は、合体時に修復されている。
奇跡とも言える現象だが、もしその時合体が起こらなかったら確実にカイは死んでいた。
「俺はずっとお前に守られてばかりだな」
自分の夢を叶える為に宇宙へと飛び出して、もう随分過ぎている。
が、今のところ戦いに勝利できているのも、皆の力になっているのも目の前の相棒のお陰である。
ペークシスによる改良にドレッドとの合体と謎の現象が続いているが、
いずれも未熟なカイを助けてくれたのには変わりはないのだ。
「今度は俺がお前の力にならないといけないな。俺達は一心同体なんだからよ」
相棒の金属質特有の冷たい感触を手の平に感じつつ、カイは微笑んで相棒の胸元を撫でた。
やがて拳をばしっと手に打ち付けて気合を入れなおすと、カイは捨てた本を再び手に取る。
修理にしても、整備にしても、知識がなければどうしようもない。
せめて一人で最低限出来る位になるには、勉強をするしかなかった。
「え〜と、機体の表面的構造を知るには・・・目次、目次と・・・」
熱心に読み始めるカイだったが、そんな彼の元へテクテクと軽い足取りで近づく人影があった。
人影は蛮型の足元へ近づき、きょろきょろと何かを探すように周りを見渡していたが、
やがて上に視線を向けて表情を明るくし、傍に立てかけられていた梯子を登る。
カイは気づかぬままに勉強を続けてきたが、読んでいたページに影がさして顔を上げた。
「宇宙人さん、こんにちは♪」
にこにこ明るい笑顔でカイへ接して来たのは、同じパイロットであるディータだった。
先日の喧嘩での仲直りが済んで以来、積極的にカイの元へディータは遊びに来ていた。
手作りのお弁当を美味しく食べてくれた事もあって、ディータはますますカイに好意を抱いているようだ。
「はいはい、こんにちは。さようなら」
年相応の可愛らしい笑顔を向けられていても、カイはディータの顔すら見てはいない。
相手にしても仕方がないと思っているのか、近頃におなざりな対応だった。
ディータは一瞬拗ねた顔をしたが、気を取り直して再び話し掛けた。
「お勉強しているんだ。偉いね」
「まあな。こうして空いた時間をも利用して、きちんと知識を蓄えているんだ。
お前も暇なら遊んでないで、ドレッドの整備でもしてろ」
本に視線を落としたまま、カイはぞんざいにそう言った。
ディータは人差し指を喉元へ当てて、じっと考え込む素振りを見せる。
「う〜ん、ディータ今は宇宙人さんと遊びたい」
「駄目」
「うえ〜ん、宇宙人さん冷たい・・・・」
「泣くふりしても駄目なもんは駄目。他の奴と遊びなさい」
「だって皆、お仕事で忙しいんだもん」
「それは俺は暇そうだと言っているのか、ん?」
「痛い!痛い!痛い!痛い!ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
ディータの長い髪を無造作にカイが引っ張ると、ディータは悲鳴を上げて謝った。
「たく、俺は勉強中なの。頭抱えている時に余計に悩ますんじゃねえ」
「うう・・・女は髪が命なんだよ、宇宙人さん」
涙目で引っ張られた前髪をさすりながら不平を言うディータだったが、カイは聞いてはいなかった。
そのまま本に集中して、蛮型の仕組みについての学習を行う。
「なになに・・・・『蛮型は陸上強襲型であるために、宇宙での交戦は不得手となる。
そのため遠距離による攻撃を行うには、特別な武装を必要とされる』
ん?って事は、遠距離攻撃は出来ない事はないって事か!?」
顔を輝かせて、カイは本から顔を上げた。
これまでドレッド、キューブ、ピロシキ、ウニ型と戦いを繰り広げてきたカイだったが、
共通の悩みの種として遠距離攻撃ができないという事だった。
必殺の武器である二十徳ナイフもブレードやランス状への形態変化は行えたのだが、
いかんせんビームやミサイルの射撃が可能な敵には不利だったのだ。
もし蛮型での遠距離攻撃を可能と出来れば、今後の戦い方も応用が利く。
「やったぜ!装備によっては可能とあるぞ。
これならドレッドにも引けを取らない戦いが出来る!」
「良かったね、宇宙人さん」
「おお、お前も喜んでくれるのか!いい奴だな、うんうん」
「あは♪宇宙人さんに誉められちゃった」
途端に機嫌を良くしてカイが頭を撫でると、ディータも頬を染めて嬉しそうにする。
和気あいあいとした微笑ましい姿だが、タラーク・メジェール男女の姿としては珍しい光景であった。
現状で価値観を超えたやり取りができるのは、カイ本人の気質ゆえなのかもしれない。
「遠距離攻撃の項目は・・・・と、あった!
『主にビームライフル等の手動操作に属する武器が最適であり、電光粒子砲との併用も・・・・』
電光粒子砲?何だ、それ?
赤髪。お前、知っているか」
「え?え〜と・・・・」
聞かれて何とか答えようと必死で考えるディータだったが、数分後白旗を上げた。
元々ドレッドの基本的装備も整備班に意見を求めているディータである。
機械の専門的分野には、ディータは携わるには難しすぎた。
「ごめんなさい。ディータもちょっと分からないよ」
「なんだ、知らないのか。やっぱり役立たずだな、お前」
「えう〜、一生懸考えたのに」
カイの言葉にしゅんとなり、ディータは小さい肩を落とした。
ディータなりにカイの役に立って喜んでほしいと思っており、
好かれたいと言う受動的な気持ちの変化もまたディータの内面で起きつつあった。
カイは手元の本を必死でめくって意味を調べようとしていたが、結局見つからず苛立ってその場を立った。
「くそ、埒があかん!ドゥエロに直接聞いてみるか」
士官候補生では成績トップのエリートであるドゥエロ。
ニル・ヴァーナでは医師を勤めている彼ならば、答えは明らかになるだろう。
知識においては信頼を第一においているカイは、本を片手にハッチを降りようとする。
「宇宙人さん、ディータも一緒に!」
「だめだめだめ、赤髪ちゃんは他の奴と遊びなさい。
お兄さんは勉強中ゆえ、お前の相手をしてやる暇はない」
もしここで以前のディータならば、半ば強制的にカイに付いて行ったであろう。
しかしカイとの衝突を通じて、自分の身勝手な気持ちの押し付けは迷惑になる事を悟ったディータは、
カイの都合を尊重する考えが芽生えていた。
付いて行きたいという気持ちと、迷惑をかけてはいけないという気持ち。
相反する思いが内心ぶつかり合って、ディータは足を止めたまま行動に出れないでいる。
カイはそんなディータを怪訝に見つめつつも、梯子を降りて格納庫から出ようとしていた。
そのままの足取りで出入り口へ近づいた時、ディータの頭にある閃きが走った。
「う、宇宙人さん!」
「何だよ。相手だったら勉強終わってからゆっくりしてやるから、今は・・・・」
カイ自身もディータを置き去りにはできないようだ。
言葉の端々に躊躇の気持ちがあり、ディータにもそれが理解できた。
カイの不器用な優しさを嬉しく思いつつ、ディータは言葉を続ける。
「宇宙人さん、今お腹すいてない?」
「腹?ま、まあすいていると言っちゃすいてるけど」
カイの返事に、ぱっと明るい表情でディータはハッチから叫んだ。
「後でディータがお弁当作って持っていってあげる!
美味しい料理いっぱい作るから!」
一度お弁当を作って持っていった時、カイからの好評が良かったのを思い出しての言葉である。
ディータなりに何らかの形でカイに喜んでほしかったのだ。
カイもまた女の料理が予想以上に美味しかった事を思い出して、表情を緩める。
「まだ作ってくれるのか。悪いな」
「ううん、いいの!ディータ頑張るね!」
「おう。じゃあまた後で呼びに来い。それまでに勉強は終わらせておくから」
カイの言葉の裏には、ディータとの二人の時間を取るという約束も込められていた。
ディータは喜色満面で頷いて、瞳を輝かせた。
カイは一つ頷いて、ゆっくりと格納庫を後にした・・・・・・
男と女の微妙な共同生活において、少しずつゆっくりと変化を見せ始めていた。
<続く>
--------------------------------------------------------------------------------