VANDREAD連載「Eternal Advance」





Chapter 4 −Men-women relations−





LastAction−第一歩−




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   あまりに鮮やかな形勢逆転だった。
 
  ドレッドチーム並びに海賊団首脳陣が苦境に立たされていた現状を、一変して見せたのだ。
 
  一人の男の手によって。
 
  メインブリッジより中央モニターにて映し出される光景に、皆自ずと息を飲んで見つめていた。
 
  宇宙の暗闇へと散っていく敵。
 
  一つの物体を消失へと導く閃光を前に翼を広げている白亜の鳥。
 
  光沢のある滑らかさを感じさせる機体は戦いの終焉を物語るように、静寂を保っていた。
 
 
  「終わったようだね・・・・」
 
  「はい、敵は完全に消失。我々の勝利です」
 
 
   マグノの呟きを耳に入れて、ブザムは冷静さを取り戻してそう言った。
 
  敵ウニ型は今までにないポテンシャルを持って立ちはだかり、クルー達を追い込んでいった。
 
  だが映像化されている機体ヴァンドレッド・メイアは、その敵すら圧倒した。
 
  尋常ならざる加速力を有していたウニ型をさらに上回る速度をもって撃退したのだ。
 
  今までの常識という理念を覆す現象に、ブザムの知性を以ってしても把握しきれるものではなかった。
 
  齢百を超えるマグノとて例外ではない。
 
 
  「やれやれ、見ていてアタシは酔いそうだったよ」
 
 
   肩の荷が下りたようにトントン叩きながら、マグノは艦長席に深く腰を沈めた。
 
  一同の全責任を背負っているマグノゆえに、脅威の敵襲撃の重荷は大きかったであろう。
 
  ようやく訪れた戦いの終焉に一番胸を撫で下ろしているのが、マグノなのかもしれない。
 
  無論ブリッジクルー達とて同じではある。
 
 
  「良かった・・・皆無事で」
 
  「ま、まあ、ちょっとはあいつのお陰かも知れないわね」
 
 
   安息の呼吸を注ぐアマローネに、どこかそっぽを向いて呟くベルヴェデール。
 
  相棒の見慣れない様子に興味津々の瞳をアマローネは向ける。
 
 
  「カイが加わって、一気に大逆転したもんね。
  あいつはやっぱり前線で戦ってるのが一番なのかもしれないわ」
 
 
   女物の制服を着て渋々作業をしていた光景を思い出して、アマローネは含み笑いをして言った。
 
  ベルヴェデールはアマローネの言葉には否定的な様子で意見を述べる。
 
 
  「そ、それはどうかな。あいつの事だからまた勝手気ままにやるんじゃないの」
 
  「きっと、もうしないわよ。ちゃんと反省してたじゃない、あいつ」
 
  「カイは男よ。
  男ってのは我侭で身勝手で図々しいって相場が決まってるから、また無茶苦茶やるんじゃないの」
 
 
   口を尖らせて言い募るベルヴェデールに、アマローネは疑問符を浮かべて問い返す。
 
 
  「随分カイの事悪く言うじゃない。
  どうしたの?もう許してあげたんでしょう」
 
 
   ブリッジクルー見習いの任を終える際、カイは頭を下げて謝罪した。
 
  男嫌いで気の弱いセルティックは別にして、ベルヴェデールとアマローネは溜飲を下げた筈だった。
 
  事実、アマローネはもうカイには何の悪意も嫌悪もない。
 
  男への蔑視は消えた訳ではないが、カイに対しては別だとは考えてはいた。
 
  その反面、隣のベルヴェデールはどこか怒った様子で不満ばかり述べている。
 
  先程まではカイの参戦に好印象だった筈なのに、態度を豹変させているベルヴェデールが分からなかった。
 
 
  「それとこれとは別。
  またあいつ、メイアと合体してたじゃない。
  それに身体を張って助けて・・・・
  嫌っている人まで助けるあいつの気が知れないって言ってるのよ!」
 
 
   憤りを露にするベルヴェデールに、アマローネはピンと来るものがあった。
 
  目を丸めて面白そうに表情を緩めるアマローネに、ベルヴェデールは一歩引いた。
 
 
  「な、何よその顔は」
 
  「ベル〜、ひょっとしてあんた・・・・」
 
  「だから何よ!」
 
  「拗ねてるの?」
 
  「拗!?だ、誰がよ!」
 
 
   ムキになって言い募るベルヴェデールに確信したのか、アマローネはしきりに頷いた。
 
 
  「考えてみれば、一生懸命になって助けようとしていたカイってちょっとかっこよかったもんね。
  うんうん、分かる分かる」
 
  「アマロ!私は別にあんな奴!」
 
  「はいはい、カイには後でちゃんとわたしから言っておくから。
  『ベルが寂しがってたから、後でちゃんと相手してあげてね♪』って」
 
  「も、もう許さないわ。あ、ちょっと待ちなさい!」
 
 
   整った可愛い顔立ちに怒りに染めて、逃げるアマローネを追いまわすベルヴェデール。
 
  もはや任務も何もあったものではなく、事後処理の事は二人の頭の中には既にない。
 
  意外に足の早いアマローネに、息を荒げながらもベルヴェデールは追っていた。
 
  アマローネ自身ああは言ったものの、実はベルヴェデールのこのような態度には若干の驚きがあった。
 
  多かれ少なかれ、ベルヴェデールはカイの事を気にしている様子であったからだ。
 
  劣悪な生き物とレッテルを貼られている男という存在。
 
  アマローネ達にしてみれば害虫と変わらない存在である筈が、カイという男には印象を変わりつつある。
 
  さすがに恋愛感情までは飛躍はしてはいないだろうが、それにしても今のベルヴェデールには驚かされた。
 
 
  (ちょっとずつ変わっていくのかな、ベルも私も・・・)
 
 
   良くも悪くも奇想天外なカイの行動力に、今日は驚かされてばかりだった気がする。
 
  アマローネは今後の日々に思いを馳せていた。
 
  そんな走り回る二人の様子を、オペレーター席のエズラも楽しそうに見つめている。
 
  仕事をこなす人間としては二人の態度は叱責に値する行動だが、エズラは口を挟まなかった。
 
  二人が戦いの最中にどれほど不安だったかを、同じ女性としてよく知っていたからだ。
 
  やんわりと頬づえをついて視線を上を向けると、モニターから白亜の機体が視界に飛び込んでくる。
 
  エズラはしばらく見つめ、やがてふふっと笑ってこう言った。
 
 
  「やっぱりそう。カイちゃんは優しい子よ」
 
 
   医療室で悩みを抱えていたカイからの相談。
 
  エズラなりの解釈で、それはメイア達の関係を切り捨てるべきかどうかに思い悩む様子に見えていた。
 
  そしてカイはエズラが述べた言葉を紳士的に受けとめたのだ。
 
  エズラはそれが純粋に嬉しかった。
 
  緊張した空間が、少しずつ優しい喧騒に変わっていく。
 
  ほのぼのとした空気が流れ始めたその時、ブザムは一言マグノに進言する。
 
 
  「お頭、少しよろしいのですか?」
 
  「何がだい?」
 
 
   ブザムの端的な言葉の意味を一瞬で理解したのか、マグノの問い返しには確認の響きがあった。
 
 
  「カイの今回の行動です。カイはレジクルー見習いである筈。
  勝手な出撃は規律を乱すものと思われるのですが」
 
 
   淡々と言葉を口に出すブザムに、すぐさま反論が上がった。
 
 
  「そ、そんな!?ちょ、ちょっと待ってください!」
 
  「カイはただ私達を助けようとしただけです!悪気があったわけじゃありません!」
 
 
   慌てて立ち上がったエズラに、聞きつけて顔色を変えて声を張り上げるベルヴェデール。
 
  そんなクルー達の様子を優しげな目で見つめ、マグノは静かに言った。
 
 
  「確かに規律違反だ。だけど、あの子が戦況を覆したのも事実だよ。
  それに・・・・」
 
 
   マグノは一呼吸置き、微笑みを浮かべて言葉を締めくくった。
 
 
  「レジ店長のガスコーニュが許可を出したんだ。だったら、何の問題もないさね」
 
 
   カイは確かに二度に渡る単独行動を犯した。
 
  しかし二度目の規律違反を促したのは、他ならぬガスコーニュその人である。
 
  レジの大元であり、海賊団の上級仕官である彼女の許可を得ての出撃ならば規律にそぐわない。
 
 
  「仰るとおりです。失礼しました」
 
 
   ブザムは慇懃な態度で頭を下げ、モニター越しのヴァンドレッド・メイアを見やった。
 
  今日一日でカイが起こした事件は数多い。
 
  何人ものクルー達といざこざを起こし、同時に何人ものクルー達と交流を持った。
 
  海賊団の中ではマグノに次いで人望のあるガスコーニュにでさえ認めながらも、
 
  メイアや他クルー達とはまだまだ諍いは収まってはいない。
 
  良くも悪くも共同生活の中で起こりつつある変化に
 
  ブザムは今後の旅の行く末にカイが鍵になる、そんな予感が生まれていた。
 
 
  「青い芝の中の雑草か・・・」
 
 
   このブザムの言葉の真意を理解できた者は、残念ながら現状ではいなかった。
 
  感慨深げなブザムだったが、突然横から声が割り込んできた。
 
 
  「副長、ちょっとよろしいですか?」
 
  「パルフェか。何のようだ」
 
 
   はっとして声のする方に顔を向けると、そこにはぐりぐり眼鏡が眩しいパルフェが立っていた。
 
  変わらずの作業着だったが、パルフェには似合っているので不釣合いには感じない。
 
  ブザムの問いに、パルフェは明るい口調で答えた。
 
 
  「実はあの球体の事でお話があってきました」
 
  「球体?あの敵がどうかしたのか」
 
 
   不思議そうにブザムが問いを重ねるが、パルフェはただ黙って笑顔を浮かべるだけであった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   戦闘が終了し、ドレッド達はそれぞれ母船へと撤収し始めていた。
 
  ヴァンドレッド・メイアも戦いが終わったと同時に反転し、静かに船へと戻って行く。
 
  鮮烈な情景だった戦場が静寂に満たされた宇宙へと戻り、母船は再び旅の舵を取りつつあった。
 
  ガスコーニュはデリ機のコックピットにおいて、戻り行くヴァンドレッドに声を投げかける。
 
 
  「アタシの期待した以上の男になるかもしれないね、あんたは」
 
 
   上機嫌で楽しそうな笑みを浮かべ、ガスコーニュは再操縦を開始した。
 
  帰還時の運転は出撃時と同じく荒っぽかったが、鼻歌交じりな所を見ると余程嬉しかった様だ。
 
  カイの事を何より応援していたのはガスコーニュであるのかもしれない。
 
  機嫌がいいのはガスコーニュ一人ではなく、同じ宇宙空域に存在していた。
 
 
  「ふ〜ん、ディータにメイアが合体できる訳か。
  とすると、当然ジュラにだってチャンスはあるって事よね♪」
 
 
   これまでの合体は三回。
 
  ピロシキ型との戦闘時にメイアと、救難時にディータ、そして今回の戦い。
 
  いずれも共通点がペークシスの暴走に巻き込まれた者であり、改良された機体ばかりだった。
 
  一連の出来事から考えると、ジュラ機との合体は可能性としては十分高い。
 
 
  「あいつの事は気に入らないけど、ジュラが華麗に変身出来るなら目をつむってもいいかもね」
 
 
   何事も自分が中心でないと気がすまないジュラにとって、何かと目立つカイは目の上のたんこぶである。
 
  しかもその張本人が忌み嫌っている男であるならば、尚更であった。
 
  今日クルー達とは何かと問題を起こしていたのだから無理もないが、今の戦闘を見て気が変わっていた。
 
  それほどまでにメイアとカイの合体はジュラにはカッコ良く、眩しく見えたのだ。
 
  ましてや、自身の美貌も麗しいプロポーションも自覚しているジュラである。
 
  もしカイと合体すれば、メイア以上に美しく華麗な機体へと変身出来ると確信していた。
 
 
  「うふふ、楽しみ♪」
 
 
   ガスコーニュとは気持ちの差異はあれど、ジュラもまた機嫌良く母船へと戻って行った。
 
  逆に、戦いが終わって機嫌を悪くしている者もいた。
 
 
  「宇宙人さん、またリーダーと合体した〜。
  ディータの時は駄目だって言ったのに!」
 
 
   状況による結果に過ぎないのだが、カイの行動を主観的に捉えたディータは膨れ面になっている。
 
  頬を膨らませて眉を寄せているが、可憐な表情を持つディータには可愛らしいだけであった。
 
  ディータにとっては、カイと合体するのは自分一人であってほしいのだ。
 
  いつも自分達のピンチを助け、敵を撃退していくカイ。
 
  宇宙一のヒーローを目指しているカイはディータにとって憧れであり、本当のヒーローだった。
 
  だからこそ、自分一人のヒーローであってほしいと願ってしまう。
 
  多感な年頃の女の子であるディータゆえの複雑な悩みだった。
 
 
  「ディータ、負けない。宇宙人さんともっともっと仲良くなるんだから」
 
 
   出撃時から太ももに乗せている包みに触れて、ディータは決意を新たに船へと帰還した。
 
  こうして緊急体制は解かれ、船は一時の安息に包まれていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   宇宙に昼夜は存在しないが、船の中のクルー達には一日の生活リズムがある。
 
  融合戦艦内では規則正しい時間の戒律を早くから定め、クルー達一同も心がけていた。
 
  そんな船の一日の時間にして、夜に差し掛かりつつある時刻。
 
  一人ブリーフィングルームにて心身を休めていたマグノに、訪問者が訪れていた。
 
 
  「船の名前?」
 
  「そうだぴょろ!皆で考えたんだぴょろよ」
 
 
   腰を落ち着けているマグノの視線に合わせる様に、ピョロはふわりと浮き上がっている。
 
  画面が一時ノイズが走ったかと思うと、パルフェが顔を出してきた。
 
  映し出されている背景が機関部内である所を見ると、リアルタイムで通信を行っているようだ。
 
  「私の案でこの船に名前をつけようとアイデアを募集しました。
  男と女の船が合体して新しくなりましたし、名前も一新するのが一番だと思いましたので」
 
  「ふふ、なるほどね。それで、募集案は集まったのかい?」
 
  「はい、クルー一同協力を求めて出し合いました。お頭が決めてください」
 
 
   にこやかに意見を求めるパルフェに、マグノも子供のような純粋な表情になった。
 
  元々マグノはこうしたイベントが好きである事も一因している。
 
  お頭であるマグノのそうした面を知っていたからこそ、パルフェも一存を求めているのだ。
 
  決定された名前の立案者には賞品も出るのだが、マグノが決定すればどこからも角は立たないだろう。
 
 
  「アタシが決めていいのかい。どれどれ、見せてもらおうじゃないか」
 
  「いい名前を選んでくださいよ」
 
 
   どこか祈りを込めた様子で進言するパルフェ。
 
  マグノがピョロを見つめると承知とばかりに画面が切り替わり、一瞬で検索されたデータが列挙される。
 
  今日一日で集まった名前が多いのか、次から次へと出て来ている。
 
  一つ一つを吟味してクルーが考えた案を見つめていたのだが、ある一つの名前で彼女の目が止まった。
 
 
  「『英雄凱旋号』。これを考えたのはカイだね」
 
  「あ、あはは・・・やっぱり分かりますか。
  さっき聞いたら即答でこれがいいと」
 
 
   戦闘終了時に尋ねに言った時の自信満々に語っていたカイを思い出して、パルフェは苦笑いをする。
 
  らしいと言えばらしい名前に、マグノは目を細める。
 
 
  「面白いけど、男女の乗る船にはそぐわないね。佳作扱いにしておこう」
 
  「はは、了解です」
 
 
   その後もデータ欄を見つめていたマグノだったが、ある一つの名前に再び目が止まった。
 
  一覧から拾い上げた名前にはデジタル文字特有の書体で、
 
 
  「『ニル・ヴァーナ』。宗教用語での涅槃って言う意味だね。
  センスがいいじゃないか。これにしよう」
 
  「えええっ!?そ、その名前がいいんですか?」
 
  「?何か不服なのかい、パルフェ」
 
 
   マグノが首を傾げると、しょげた顔でパルフェは首を振った。
 
  パルフェの繊細な気持ちの揺れに気がつかないピョロは、明るい口調で立案者の名前を挙げた。
 
 
  「この名前を考えたのは副長だぴょろ」
 
  「BCがかい。あの子らしい名前じゃないか。
  よし、決定。この船は今日から『ニル・ヴァーナ』だよ」
 
  「は、はい・・・・・・・・・」
 
 
   なるべくなら他の名前にしたかったパルフェは、肩を落として仕方がなく頷いた。
 
  モニター越しとは言え、がっくりしているパルフェの様子は見ていて同情を誘う。
 
  融合戦艦『ニルヴァーナ』。
 
  タラークの男とメジェールの女が共存する船の新しい名前が、今ここに誕生した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   旧艦区に位置する監房の自動扉が左右に展開される。
 
  監房内は幾つかの区画に分けられ、その数は十数室程あった。
 
  力ない足取りで中へと歩いてきたカイは、そのままふらふらと自分用にあてられた監房へと戻った。
 
 
  「お、戻ったか。戦闘お疲れさん」
 
 
   マグノの一存でクルーとして扱われ、使われていない監房を住居にとされた三人。
 
  通路内にて紐をぶら下げて洗濯物を干していたバートが、よろめくカイに労いの言葉をかけた。
 
 
  「ま、マジで今日は疲れた・・・・色々ありすぎだ」
 
 
   三人で話し合って決めた自室へと戻ったカイは、そのまま簡易ベットへと寝転がった。
 
  一連の揉め事にクルー達との交流、全仕事の手伝いに加わって、ウニ型との戦闘に合体。
 
  機体の合体は本人に負担をかけるらしく、カイはすっかり心身疲労だった。
 
  精神的にも、肉体的にも今日という一日は今までのカイの人生で一番ハードな日であったのかもしれない。
 
 
  「大丈夫か?疲労に効く薬を用意しよう」
 
  「いや、いいよ。
  それより今日の掃除当番を代わってもらえると、俺的にかなりに嬉しい」
 
 
   監房内は彼らにとって生活空間であり、プライベートそのものである。
 
  今後長旅で共に過ごす同じ星の同志として、ドゥエロの案で当番制を設けていた。
 
  衣類の洗濯、食事(ペレット)の準備、監房内の掃除と役割がある。
 
  今日はカイが掃除当番だったのだが、さすがに掃除が出来る程の元気さは既にないようだ。
 
 
  「分かった。ゆっくり休んでおくといい」
 
 
   今日一日カイにどのような事があったか、事情を知るドゥエロは了承した。
 
 
  「悪いな〜、さすがに俺はもう寝るよ。女の相手ばかりしてたからだるい」
 
 
   ふんわりと暖かく包むシーツの感触がカイには心地良かった。
 
  心身ともに疲労しているのは、今日一日の出来事ばかりが全てではない。
 
 
  「あ〜あ、結局青髪とは何もなしか・・・・」
 
 
   戦闘終了後分離して格納庫へと機体を収納した二人は、話す事もなくそのまま黙って別れた。
 
  カイにしても何かを期待していた訳ではないのだが、気まずいまま終わったのにはしこりが残ってしまった。
 
  後腐れのない関係が好きなカイにとっては思い悩む事であるのかもしれない。
 
 
  「ま、仲良くなるのはあり得ないにしても、もうちっとうまくはやっていきたいよな」
 
 
   クルー達の仕事を通して女を若干ながらも知ったカイなりの結論だった。
 
  カイ本人もメイアとはそりが合わない事は自覚しているし、本人も仲良くなろうという気はない。
 
  だが共同生活を続けていく上で、協力し合えるほどにはなってはいきたいとは思っていた。
 
  今日一日を振り返って考え込むカイの傍に、軽い足取りでバートがやってくる。
 
 
  「本当に大丈夫かよ。普段元気な奴にぐったりされると不安だぞ」
 
  「大丈夫だっての。お前こそ大丈夫なのかよ」
 
  「?何がだ?」
 
  「怪我。戦闘でかなりやられてたじゃねーか」
 
 
   クリスタル空間に通信を行った際に見咎めたのだろう。
 
  カイは寝たまま顔をバートへと向けて尋ねると、バートは明るい笑顔で答えた。
 
 
  「僕は大丈夫だ。ドゥエロ君に治療してもらったからね。
  そうだ!元気のない君に特効薬を上げよう。ほら」
 
 
   バートは懐より一つの箱を取り出した。
 
  カイは視線を箱へと移すと、シンプルなデザインの箱に山のように詰まったペレットがあった。
 
  ガルサス食品特製なのか、通常のペレットとは違ってカラフルな色をしている。
 
 
  「カイにも以前見せた事があるよな。身体に力がみなぎるぞ、これは。
  遠慮なく食べてくれ」
 
 
   バートなりの気遣いなのだろう。
 
  カイは心を汲み取って身体を起こすと、ペレットへと手を伸ばした。
 
  気持ちが嬉しかった事もあるのだが、何よりカイ自身朝から何も食べておらず腹が減っていたからだ。
 
  が、男同士の団欒もそこまでだった。
 
 
  「宇宙人さーん、いる?」
 
  「げっ、またあいつか」
 
 
   飛び込んで来た明るいソプラノの声に、カイは露骨に顔を歪める。
 
  声の主が誰が一発で分かったカイは監房の通路にたたずむドゥエロに言った。
 
 
  「俺はいないって言って追い返せ」
 
  「彼女は君に用があるではないのか?」
 
  「明日聞く。今日はあいつの相手をするほど気力がない」
 
 
   投げやりに言って追い返そうとするカイだったが、相手側はカイの事情を知ろうともしなかったようだ。
 
  対処しようとしたドゥエロより早く、監房の自動扉を開けて中へと飛び込んできた。
 
 
  「宇宙人さーん、どこ〜?あ、いた!」
 
  「こら、不法侵入者。誰が入っていいって言った!」
 
 
   にこにこ元気な笑顔を見せる来訪者ディータに、露骨に鬱陶しげにカイはしっしと手を払う。
 
 
  「え〜、だってだってディータ、宇宙人さんに渡したい物があって来たんだもん」
 
  「理由になってな―――って、渡し物?」
 
 
   見当がつかないカイは怪訝な顔をすると、ディータはそのままの足取りでカイの隣に座った。
 
  同時にディータの後ろより、パルフェへの役目を終えたピョロが入ってくる。
 
 
  「家来も一緒か。てか、てめえってそういえばいたんだよな」
 
  「何存在を忘れているぴょろか!」
 
  「そのまま忘れる事ができたらどれだけいいか・・・」
 
  「そんな冷たい事を言わないでほしいぴょろよ〜」
 
  「だあああっ!?すりすりするな、気色悪い!」
 
 
   意外な力強さで胸に飛び込んでくるピョロを邪険に突き放すと、カイは隣のディ−タへと視線を向ける。
 
 
  「で、渡したい物って何だ?」
 
  「うん、あのね・・・・ディータと宇宙人さん、今日喧嘩したでしょう」
 
  「ま、まあな・・・・」
 
 
   結局ちゃんと謝る事も突き放す事も出来なかったカイとしては、頬を掻くしかない。
 
  ディータはどこかもじもじとしながら、話を続ける。
 
 
  「それでね、ディータ一生懸命考えて、仲直りしたくて・・・・・・
  今まで宇宙人さんに迷惑ばかり掛けて来たから、これを宇宙人さんにって」
 
 
   すっと後ろ手に隠していた包みを、ディータはそっとカイへと差し出した。
 
  カイは目を白黒させて、包みとディータを交互に見る。
 
  ディータは照れているのか頬を桃色に染めて、差し出す手は震えている。
 
 
  「一生懸命作ったの。きっと美味しいよ!宇宙人さん、食べて」
 
  「食べて?食い物か何かか?」
 
  「う、うん・・・・・宇宙人さんさえ良かったらだけど・・・・」
 
 
   顔を上げるディータには期待と不安が表情に出ていた。
 
  また拒絶されたらどうしよう、でも受け取ってほしい。
 
  ディータなりの一生懸命さはカイにも伝わり、カイは躊躇いが顔に出る。
 
  ふと視線を巡らせると通路よりドゥエロが、目の前よりバートが、傍らでピョロが見つめていた。
 
  どの顔にも事態の成り行きを見守る表情に、カイへ受け取れという無言の圧力をかけていた。
 
  カイは照れ臭そうに頭を掻いて、つっけんどんに受け取った。
 
 
  「しょ、しょうがねえな。食ってやるよ。この恩は死ぬまで忘れないように」
 
  「うん!ありがとう、宇宙人さん!」
 
  「この場合、お礼を言うのはお前のほうだろう」
 
 
   バートの指摘を無視して、カイは恐る恐る包みを開いた。
 
  中からは妙な宇宙人がイラスト化された弁当箱があった。
 
  デザインに頬を引きつらせつつも蓋を開けると、そこにはカイの見た事もない中身が詰まっていた。
 
 
  「カフェテラスで見た食事だな。女の食いもんか?」
 
  「そうだよ!そんなのよりずっとずっと美味しいから食べてみて」
 
 
   ディータの容赦ない言葉に、そんなの扱いされたペレットを握ってつつバートは涙目になる。
 
 
  「うう、特別製・・・・」
 
 
   バートの様子に苦笑しながらも、カイは手元の弁当箱の中身を見やった。
 
  盛られたご飯に出し巻き卵、昆布の包みに顔の模様がされているウインナーが可愛らしい。
 
  メジェールにとっては当たり前の食材にも、タラーク出身のカイには見られない物ばかりだった。
 
  カイの一挙一動を瞳を輝かせて見つめるディータに根負けして、カイはウインナーを思い切って口に放る。
 
  もぐもぐと速い動作で噛み飲み込むと、カイは表情を一変させた。
 
 
  「うめえ!なんだ、これ!?めちゃめちゃ美味いじゃねーか!」
 
  「本当に!?良かった」
 
 
   ほっとした様子で安堵するディータに、カイは大きく頷いて添えられた箸を手にする。
 
  腹が減っていた事もあってか、カイは猛烈な勢いで弁当を口に運んだ。
 
 
  「うおおお〜!!!!女の飯ってこんなに美味いのか!
  くっそー、汚ねえ奴等だな!こんな美味いのを独り占めしやがって」
 
 
   本当に美味しそうに、カイは次から次へと食べていく。
 
 
  「ほう、女の食事はそれほどまでに美味しいのか・・・・」
 
 
   興味が出てきたのか、やや羨望を交えてドゥエロはそうコメントした。
 
  がっつくカイを嬉しそうに見つめるディータだったが、やがて神妙な顔つきになる。
 
 
  「宇宙人さん、宇宙人さん」
 
  「あんはほ?(あんだよ?)」
 
 
   カイは口一杯に頬張らせつつ返答すると、ディータは意を決して身を乗り出した。
 
 
  「宇宙人さん!合体するならディータとだけして、ね!お願い!」
 
  「ん、ん・・・・ぷはあっ!
  何を言い出すかと思えば、そんな事か」
 
 
   ディータの言葉につい喉を詰まらせてしまい、カイはむせてしまう。
 
  懇願の表情で返事を待つディータに、カイは一言できっぱりと言った。
 
 
  「やだ」
 
  「ええぇ!?どうして!?」
 
  「合体するのは疲れるし、俺は個人で戦いたいからな」
 
  「そんなぁ〜、ディータ一生のお願い!」
 
  「そういう奴に限って何回もお願いするんだ」
 
  「宇宙人さ〜ん〜」
 
  「ええいっ!家来みたいに抱きつくな、すり寄るな!」
 
 
   弁当箱だけは死守しながらも逃げるカイに、必死に追いかけるディータ。
 
  二人のじゃれ合いは今までの気まずさを吹飛ばす程の明るさと賑やかさがあった。
 
  カイ自身も、そしてディータが気がついていない。
 
  雨降って地固まる。
 
  いつのまにかすっかり仲直りし、関係を修復できている事に・・・・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   ブリッジにはアマローネ達の姿はなく、エズラも自室へと引き上げていた。
 
  現在代わりにパルフェがコンソールにて、必死で何やらデータを入力している。
 
  画面には先のキューブにて破壊された筈の一対の通信ポットが再び組み込まれており、
 
  ポット内にパルフェが入力を行っているようだ。
 
  手際よく作業を終わらせたパルフェが顔を上げて、様子を見つめていたブザムとマグノに伝える。
 
 
  「球体から出力したデータを通信ポットに組み込みました。
  これで敵側に破壊される事はないはずです」
 
 
   パルフェがブザムに進言した内容がこれだった。
 
  故郷へと伝えるべく通信ポットを送る手はずが、一度無情にもキューブに破壊されたのだ。
 
  もしこのまま何度も送ってみた所で、故郷は遥か彼方に位置している。
 
  途中敵側にポットの存在を知られてしまえば苦労は水泡に帰し、意味がなくなってしまう。
 
  そこでパルフェが考え出したのは、敵の情報をポットに入力する事だった。
 
 
  「あの球体の識別信号を組み込んでおけば、敵側に破壊される事はない。
  なかなかいいアイデアじゃないか」
 
 
   マグノもパルフェの案には絶賛し、さっそく作業に掛からせた。
 
  そして今作業は完了し、いつでも発射は可能となっている。
 
  ブザムは念のため再び敵が襲撃をかけてはこないか確かめて、万端の準備を行った。
 
  「機影の反応なし。では、射出します」
 
 
   手元のスイッチを一つ押すと、熱エネルギーが放出されてポットが二つ発射された。
 
  一つはタラークに、もう一つはメジェールに。
 
  『刈り取り』についての全ての情報がインストールされたポットは、見る見る内に船より遠ざかっていく。
 
  あっけなく前方へと加速していったポットは、やがて見えなくなった。
 
  中央モニターからの遠ざかっていくポットの様子を見つめ、パルフェはポツリと呟いた。
 
 
  「ポットは敵には壊されないかもしれないけど、故郷にうまく伝わるかどうかは・・・・」
 
 
   離れていくポットに何か感じ入るものがあるのか、パルフェは不安そうだった。
 
  情報内容は重大な危機を知らせるメッセージだが、ゆえに突拍子もない話でもある。
 
  何しろ未知の敵が『刈り取り』と言う意味不明な作戦で自分達を滅ぼしにやって来ると言うのだ。
 
  簡単に信じる方がどうかしているかもしれない。
 
  それにマグノ達はタラークにも、メジェールにも疎まれている海賊。
 
  受け止めるタラーク・メジェール双方の反応に期待をかけられるかどうかは怪しかった。
 
  不安に揺れるパルフェに、傍らに立ったブザムが厳かに言った。
 
 
  「強く信じ、そして願うしかない」
 
  「副長・・・・」
 
  「思いは強ければ強いほどに伝わるものだ。我々に出来るのはそれしかない」
 
 
   人はそれぞれに考えや思いを持っている。
 
  散りばめられた星の数に匹敵する個性の在り方は、一つ一つ違ってくる。
 
  共存しえる思いもあれば、反発しあう思いもまたある。
 
  まだまだ先の長い航海にてどのような過程が、どのような結末が待ち受けているかは分からない。
 
  さればこそ、信じるしかないのだ・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  長い一日が、終わろうとしていた。
 





















<−Men-women relations− end>

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