ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 19 "Potentially Fatal Situation"
Action5 −潜伏−
二人羽織とは二名が同じ向きで前後に座り、後ろの人間が羽織の袖から手を出して、前の人間が顔だけを出して羽織を着る。この二人の共同作業の形を指している。
一方は手が使えるが前が見えず、もう一方は前が見えるが手が使えない。この状態から物を食べたりする事で、一種の芸として扱われるのだ。
この二人羽織を共同作業とする最たるものは、一人では絶体に成り立たないという点だ。二人居てこそ芸であり、相手を補佐してこそ二人羽織は成立する。
二人三脚とは、似て非なる。二人が歩調を合わせて物事を成し遂げようとするのではなく、お互いに足りない点を完璧に補って初めて成功するのだ。
ヴァンドレッド・メイアと、デリ機――カイとメイアとピョロ、ガスコーニュとバーネット。この中の一つでも欠けていたら、あり得なかったであろう。
全員生存、というトンデモナイ奇跡は。
「うえーん、よかったぁ〜! ますたぁー、生きてた!!」
「ご無事ですか、マスター!?」
「っ……ぶ、無事とは言い難い……いづづ……」
厳密に言うと、コックピットに上下感覚は存在しない。そもそも宇宙空間に上下などありえず、あくまで人間の感覚で捉えているだけである。
コックピット内は慣性制御が働いていて、機体をどう傾けても制御が働いてパイロットに負担をかけない。制御しなければ、適正があろうとバランス感覚が狂って戦闘どころではなくなる。
とはいえ――地面に頭から墜落してしまえば、制御など関係はなく引っ繰り返ってしまう。
「体中が痛え……一体、何が起こったんだ……」
「ガスコーニュ・ラインガウの操縦する船と、激突いたしました。その衝撃で母艦の装甲に穴が開いて、中に墜落した状態です」
「すっごい爆発だったんだよ!? もうビックリして、慌てて乗り込んで来たんだから!」
引っ繰り返ったコックピット内のモニターに青白く、二人の少女の姿が投影されている。ユメとソラ、姉妹のように似た美少女二人が心配げに覗きこんでいた。
目が回りそうな視界の中で、カイの頭の中は落ち着きを取り戻していく。悲しいかな、修羅場に慣れてしまった感覚は危機的状況下にあっても平静を失ったりしなかった。
思い出す――母艦への突入、偽ニルヴァーナの妨害、デリ機の乱入。そして、いちかばちかの賭け。
自分の生死については、既に度外視する。自分より仲間が大事なのもあるが、自分を心から大切に思ってくれる二人が安心して泣いているのだ。自分は、助かっている。
となれば、気になるのは仲間の生死であった。
「く、くそ、機体の制御が利かない……青髪、ピョロ、無事か!?」
「感謝しろ、この野郎!」
「うわっ!? 突然出てくるな!」
ヒビ割れたコックピットの上から、ナビゲーションロボのピョロが急降下してくる。傷一つ無い、とはお世辞にも言い難いが、元気そのものであった。
その事自体には安堵するが、突然感謝を押し付けられても納得はいかない。引っ繰り返ったままのカイは、ピョロを睨み付ける。
「何を感謝しろってんだ、この馬鹿」
「さっさと頭打って気絶したお前の代わりに、ピョロがどれほど頑張ったと思ってるんだピョロ!
デリ機に激突して母艦に穴開けて、ヴァンドレッド・メイアが制御不能だったんだピョロよ。
ピョロが中から必死で支えなかったら、今頃壁から壁に激突しまくって、バラバラになっていた筈だピョロ!」
「げっ、そこまでやばかったのか!?」
宇宙空間はエネルギーのない真空だが、母艦内は無人兵器とシステム運用のために空調が利いている。ある程度の環境を整えておかないと、コンピューターは正常に動かないのだ。
空調が利いているので空気はあるがカイ達にとっては朗報であり、不運でもあった。彼らはこの家に招待されたのではなく、窓を割って飛び込んできた強盗である。
ただでさえヴァンドレッド・メイアは最高速度で突っ込んでいた上に、デリ機と衝突して凄まじい衝撃を生み出していた。行き場のないエネルギーが、荒れ狂ったのである。
もしもピョロが中からヴァンドレッド・メイアをその怪力で支えなかったら、バランスが保てずにあちこちぶつかって爆砕していたであろう。
最後の最後に引っ繰り返ってしまったが、墜落したとはいえ着地出来たのは僥倖の以外の何物でもない。
「……待てよ、じゃあ青髪の奴はどうなったんだ!?」
「それが――」
「目が覚めたか、カイ」
呆気無く、まるで当然であるかのように、メイア・ギズボーンがコックピットの外から覗きこんできた。顔に擦り傷などが酷いが、応急手当はきちんと施されていた。
激戦の度に重軽傷を負っていた彼女なだけに、無事な顔を見れた時の拍子抜け具合は群を抜いていた。カイ自身の実感でしか無いが、自分の無事より驚かされていた。
呆然とした顔で凝視されて、メイアは少々居心地の悪い顔をする。
「な、何を人の顔をじっと眺めている。お前のおかげで、こうして何とか生きている」
「俺のおかげ……!?」
「記憶に無いのか? 激しい衝撃で操縦席から転がり落ちた私を、お前が掴んで抱き寄せたんだ。力強く抱きしめて庇ってくれたので、行動にも支障はない。
もっとも、お前は私を庇って頭を打ったようなので無理に動かせなかった」
ピョロがコックピットを支えている最中、カイはメイアを自分の身体で庇っていたのである。それこそ身を挺して、一心不乱に。
母艦の装甲を破壊する程の衝撃だというのに、カイはメイアを絶対に離さなかった。もし彼が少しでも力を緩めていたら、操縦席から落ちたメイアはそのまま放り出されたかもしれない。
ピョロは機体を守るのに精一杯、カイはメイアを守るのに死に物狂い。その結果がかろうじて、三人の無事に繋がった。
カイが安堵の息を吐くのを見て、メイアはとても珍しく白い頬を朱に染める。
「ひ、引っ繰り返ったままの状態で、いつまでも見つめるな! 礼が言いづらいだろう!?」
「俺だって、頭に血が上りそうになっているの!? 早く何とかしてくれ!」
厳密に言うと完全には引っ繰り返ってはおらず、頭に血が上って窒息する事はない。だがそれを差し引いても、あまり健全な状態ではないのは確かだ。
メイアは大いに溜息を吐いて、ピョロを見やる。
「お前が目を覚ますのを、待っていたんだ。気付いていないようだが、不時着した時点でヴァンドレッドそのものは機能停止に陥っている。
一旦分離して、立て直した方が効率が良い。今から私が合図を出したら、分離してくれ。私が操縦席から離れたせいか、分離はお前の意思でしか出来ないようだ」
「あっ、そうなのか。ピョロ、分離したらコックピットから出るのを手伝ってくれ。身体が痛くて、動かせない」
「手当した方がいいピョロね、了解」
そこから先は、単純作業であった。まずはカイが操縦席よりコンソールを再起動する。システムもかなり破損していたのだが、ソラとユメの復旧で何とか起動にまでこぎ着けた。
操縦桿を握るが発信はせず、すぐに分離。蛮型とドレッド、二機の状態になった途端に、両機は盛大に傾いて倒れる。ピョロは蛮型を何とか支えて、コックピットからカイを引きずり出す。
メイアを庇ったせいか、カイは表面上の傷より打撲が酷かった。骨は奇跡的に折れてはいないが、皮どころか肉まで痛みが浸透していて、支給の手当が必要となる。
その点メイアの処置は大したもので、全身の痛みもだいぶ和らいだ。人間については、何とか持ち直せそうだったのだが――
「俺の相棒とドレッドの状態はどうだ、二人共」
「マスターの蛮型に搭載されている、二つのペークシス・プラグマは無事です。出力も安定しており、エネルギーの心配もありません」
「ますたぁー、二つのペークシスが無事で、ソラとユメがこうして接続出来ている。この意味、分かる?」
「ペークシスが無事だから、お前らが接続できているんだろう。そのまんまじゃないか」
「だから、その意味を――うわーん、ソラ〜!」
「……もう諦めましょう、ユメ」
急に泣きだしたユメと沈痛な顔のソラを見て、カイは首を傾げている。その後ろで、メイアとピョロは驚いた顔を見合わせているが。
「話を続けます。エネルギー源は確保出来ていますが蛮型本体の破損は酷く、戦闘可能な状態ではありません」
「げっ、戦えないのか!?」
「こっちのドレッドも翼そのものは無事だけど、エネルギーの循環率が底を割ってるよ。小鳥みたいにフラフラでしか飛べないんじゃないかな」
「……むぅ、速力を奪われたのは厳しいな」
ヴァンドレッド・メイアは融合機、すなわちヴァンドレッドの破損は二機の破損に繋がる。カイ達の怪我に合わせたかのように、二人の戦闘力が奪われてしまっていた。
もっともあれほどの事故からすると、この程度で済んだのは僥倖であろう。大破しなかっただけ、ありがたいと思うしかない。
とそこまで思って――いよいよ、カイは肝心要を口にする。
「それで、デリ機はどうなったんだ?」
コックピットから外へ出て周りを見渡すが、デリ機が影も形もなかった。激突したはずなのに、同着していない。その事実が不安となって、口に出る。
メイアやピョロが先程から一切、その事を告げようとしないのが気になった。庇おうとしている様子ではなく、意図的に触れないようにしていた。
知らないのではなく、知っているが黙っている。あるいは知っていても、口に出来ない。どちらにしても、不安でしかない。
一方カイが無事ならそれでいいユメは、平然と告げられた。
「ますたぁーとぶつかったお船でしょう、気にしなくてもいいのに」
「ふざけんな。何処に行った、無事なのか」
「むぅ……一応、無事だよ。ますたぁーが庇ったんだもん、無事じゃなかったら許さない」
一旦ホッとするが、不安は解消されても疑問は消えない。ユメは決して嘘はつかないが、ありのまましか言わない。
そこへ、理性的なソラが客観的事実を告げる。
「母艦内を守るセキュリティ系の無人兵器が、デリ機を牽引していきました。恐らく、解体するつもりでしょう」
「何だって!?」
カイ達がガスコーニュの乗るデリ機を庇い、ガスコーニュ達がカイ達の乗るヴァンドレッド・メイアを守った。互いにかばい合う、形で。
正面衝突すれば助からなかったであろう二機はお互いを守ろうとした事により、奇跡的な二人羽織に成功したのである。お互いの致命傷を、庇い合ったのだ。
奇跡は――そこまでで、限界だった。
<to be continued>
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