ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 18 "Death"
Action10 −選別−
ガスコーニュ・ラインガウ、惑星メジェールで生まれ育った女性。彼女の生まれ故郷メジェールは船団国家であり、惑星軌道上に展開された幾つかのエリアによって構成されている。
各エリアによって重要度はそれぞれ異なるが、タラークに比べて階級差の少ないメジェールでは一般市民は居住区の在るエリアで生活を営んでいる。
父母共に女性であることは言うまでもないが、特筆すべき家族構成としてガスコーニュには五つ上のお姉さんがいた。
姉の名前はガヴィ・ラインガウ、幼い頃から非常に優秀で両親にとって自慢の娘。ガスコーニュにとっても、姉とはすなわち尊敬の対象であった。
気立ても良く明るい姉とはいつも一緒に遊んでおり、彼女の背中をいつも追っていた。態度や仕草も姉を見習って、真似事をしては父や母に可愛さも手伝って笑われていたという。
姉もそんな妹が殊の外可愛がり、『ガスコ』と愛称をつけて自分の真似をする妹を呼んでいた。姉にとっても、妹は特別な存在であったのだ。
幼少期――まだ学校にいく前の頃において、特別な友達もいなかった姉妹は毎日一緒に遊んでいた。
『行くわよ、ガスコ!』
『待って、お姉ちゃん!?』
居住区の在るエリアは当時人口密度が激しかった反面、人が住むのに適さない区画については放置を決め込んでいた。昔から国の政策は無駄が多く、不要と決めつけた土地を野放しにしていた。
大人達には不要だったそんな土地も子供にとっては秘境同然で、ラインガウ姉妹は積極的に遊びに出かけていたのである。
立入禁止で厳密に言えば不法侵入になるのだが、子供達の戯れを見咎める暇な大人などいない。人々に関心がないからこそ、不要なのだ。
無駄が多いのは、何も政策だけではない。国家体制が緩んでくると、国民もたるんでくる。彼らは、余った土地にゴミを捨てていたのである。
荒れた土地というのは、昔からの環境だけを意味していない。こうした人の行為により、ゴミは溜まってますます土地が荒廃してしまう。
悪化の一途を辿る社会ではあったが、子供達にとっては雲の上の出来事。捨てられたゴミも、無邪気な少女達には宝の山だった。
大抵は生ゴミ類で閉口させられてしまうが、時には子供にとって珍しい品も捨てられている。
たとえば――ご近所の作業所で廃棄された、形状記憶合金の棒。
『見てなさいよ、ガスコ。ギューとすると……ほら!』
『す、すごい!』
形状記憶合金は子供にとって珍しく思えるが、メジェール全体ではありふれていて取るに足らない廃材に等しい。実際、作業所も放置同然に捨てられていた。
子供達がゴミ捨て場より拝借したそれも細長い棒でしかなく、形状変化させてもたかが知れている。人の手で形状を記憶させることも可能だが、大したものには出来上がらない。
その点、姉はやはり優秀であった。価値の低い品でも、魔法の品に変えてしまう。
彼女は形状記憶合金を使用して、一本の鍵を作ったのである。
『見てなよ、カイ。こうしてギューとすると……ほら!』
「す、すげえ! お前がいつも咥えていたその楊枝、鍵だったのか!?」
現在も作戦継続中、偽ニルヴァーナとの小競り合いも続いている。そんな最中でガスコーニュは口から長楊枝を抜いて、片手で力強く握りしめた。
力を加えられた長楊枝は瞬く間に形状を変化させて、一本の鍵へ変化する。楊枝サイズだけあって細長いが、見栄えは立派な鍵だ。画面越しで、カイは感嘆の声をあげる。
感動する少年の良い反応を見せられて――ガスコーニュは不覚にも、涙腺が緩みそうになる。少年の反応は、昔の自分と全く同じだったのだ。
あの時あの瞬間、自分は妹で懐かしきあの人は姉であった。思い出は少しも色褪せていないが、年月は経過して自分は大人となってしまっている。
過去へ後悔は限りないが、今に引き摺る無念はない。少なくとも、過去の自分と同じようにはしゃぐ少年に姉の如き感傷を覚えてしまう。
今まで気が付かなかったが、カイ・ピュアウインドはそれほどの存在となっていたらしい。
「俺もガキの頃の思い出はないけど、タラークに住んでいた頃は拾い物とかよくしたな……タラークは工場とかも多いから、金属類とかよく落ちているんだよ。
うちは酒場だったんで不衛生だと、うるせえ親父に叱られっぱなしだったが」
『子供の頃は男女関係なく、やんちゃをするもんさ。メイアだってそうだっただろう?』
『い、いえ、そんな……私はいたって、普通に』
「真面目に本とか読んでばっかりだったんだろうな、お前って」
『どういう意味だ。私だって子供の頃はよく外で遊んで――!』
「遊んでたんじゃないか」
『遊んでたんだね』
『――うっ、その……』
カイとガスコーニュ、相棒と上司にニヤニヤ笑いで見つめられて、メイアは言葉に詰まった。謂れ無き嘲笑ではない、まったくもって図星だったからだ。
メイアは今でこそ生真面目な性格となっているが、子供の頃は二人に負けず遊び回っていた。アイドルのように可愛い子供でありながら、活発な女の子だったのだ。
昔の事を思い出すとあふれんばかりの懐かしさと、刺の突き刺さる痛みを感じる。ガスコーニュも、同じだった。
笑って話せる思い出話ではない。でもそれでも、幸せではあったのだ。過去が忘れられず、思い出の品を持っている。メイアの、髪飾りと同じく。
長楊枝に十手、髪飾り――思い出の品を持つ三人は、そっと握り締めた。
「ところでその鍵、一体何処の鍵なんだ?」
『大切に封印された、思い出を開ける鍵さ』
「……そういう抽象的なのは似合わないぞ、あんた」
『失礼な坊やだね』
茶化しているのではない。茶化して欲しいのだと察して、カイは敢えて口にしたのだ。しんみりした態度は望まれていない。その程度の機微を、理解できるようにはなっていた。
気持ちが伝わっているのを感じて、ガスコーニュは心地よさを覚える。随分と人の気持ちを理解できるようになったもんだと、心なしか口元に笑みが零れる。
文字通り、この鍵は思い出を開けるキーである。ニル・ヴァーナにある彼女の自室には、小箱が一個大切に保管されているのだ。
古ぼけた小箱は昔彼女が使っていた玩具箱であり、金庫のように大切なものをしまいこんでいた。姉から貰ったもの、二人で手に入れたもの、その全てが収められている。
今まで誰かに見せる気などサラサラなかったが、今この時だけは手元に無いのが惜しく感じられた。後でも見せられるが、多分そういう気持ちにはもうなれないだろう。
それにこの戦いは地球母艦との死闘、後が来る保証など――
『くっ、ははは』
「な、何だよ、急に笑い出しやがって」
『いやいや、随分らしくもない想像をしちまったもんでさ。忘れておくれ』
「たく、変な奴。それより続きを聞かせてくれよ、まだあるんだろう」
『そうだね……』
確かに、語りたかったのは単純な笑い話ではない。今にして思えば、家族で一番幸せだったのがあの頃だったのだろう。だからつい、語り込んでしまったのだ。
あの頃は父も母も居て、姉が居た。そこにいるのが当たり前で、疑問にさえも思わなかった。もしもあのまま続いていたら、今の自分は間違いなくなかっただろう。
それが良かったのか、悪かったのか、一概には言えない。歴史にもしもは無く、今の自分が結局全てだ。可能性もない想像は、時間の無駄でしかない。
大切なのは今であり語るべき場面は幸せではなく、悲しみの中に埋もれている。
『さっき話した通り、子供の頃は実に平凡だったよ。学校に行って、友達も作って、家族と共に生きて、順調に成長していった。改まって話すべきことはないね。
強いて言うなら』
「ふむ……?」
『姉が本当に優秀だったから、引っ込み思案になってきたことかね』
「引っ込み思案!? どの口が抜かすか」
『失礼だぞ、カイ』
『ははは、想像もつかないだろうね。でも、本当さ。姉は本当によく出来た人でね、頭脳明晰で行動力もあって、まさにエリート中のエリートだった。
姉の栄光にあてられて、アタシは影の中に引っ込んでいたのさ。
そのまま隠れちまったらいいのに、馬鹿みたいに追いかけてしまって――その結果』
そのまま、ガスコーニュは目を伏せる。痛々しい結末を、思い出すのを拒むように。
『アタシも、姉も、姉妹揃って同じ軍人になった』
子供から、大人に。過去はそのままスライドしていき、未来へと近付いて行く。年月は流れるように過ぎていくが、結末だけが何一つ変更されない。
血を吐くような独白を、カイは大人しく聞いていた。外では激しい戦闘の真っ最中、先程まであれほど焦っていたのに冷静でいられている。
自分の心を抉ってでも、話そうとしてくれているのだ。瞬き一つも、許されない。
自分の何が悪いのか、今こそ気付かなければならない。心を痛める彼女を憐れむのも、厳しい今に打ちのめされている自分を憂うのも、今はやめておけ。
厳しくも崇高な眼差しで聞き入るカイを通信越しに目の当たりにして、メイアはふと場違いな感想を持った。
今のカイは――昔姉を見つめていた、妹と同じ目をしているのではないかと。
<END>
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