ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 16 "Sleeping Beauty"
Action16 −叱咤−
流石というべきか、ニル・ヴァーナ内に警報が鳴らされた時、誰よりも早く行動に移せたのはメイアだった。
救命チームに志願せず艦内に待機していたのも、敵襲に備える為。追われる身である以上、一箇所に長く留まれば敵は必ず襲ってくる。
現在三分の一近くのクルーが上陸しているが、出撃するのに大きな影響はない。メイアは自分の愛機に乗り込んだ。
それにしても、とメイアは独りごちる。
「刈り取りの目標は我々か、それともこの惑星の住民か――後者であれば、ドレッドチームのみで迎撃できるのだが」
この星の住民は地球の支配下に置かれている。抵抗もせずに、この惑星で亡くなった人の亡骸を地球に差し出している。
遺体が目的ならば、さほど大きな戦力は差し向けないだろう。メラナスの場合国家全体で抵抗していたので、母艦が乗り出してきた。
この星には、戦う力はない。抵抗を受けると想定もしていないだろう。付け入る隙は多分にある。
逆に自分達が目的であるのならば、大戦力が予想される。気を引き締めなければならない。
「ディータ、出られるか?」
『はい、バッチリです。もう乗り込んでいます!』
行動が早過ぎる。恐らく、ディータ自身も襲撃を予想していたのだろう。半年間の戦闘経験が、新人の殻を破っている。
部下の成長を喜びつつも、メイアは容易く褒めたりはしない。一人前になるまでは叱り飛ばすのが、彼女の教育方針だった。
「私とお前で、先陣を切る。上陸される前に敵を仕留めるぞ」
『待って下さい! ジュラがさっき惑星に――』
「――バートもだ、上陸前に報告は受けている。連絡は既にいっていると思うが、直ぐにニル・ヴァーナへ戻るのは難しいだろう。
だからこそ、我々が先に出て敵を一機でも多く倒しておく」
実験中止の報を受けた時、メイアの心に生じたのは大きな失望と――小さな、諦観だった。
惑星の、テラフォーミング。故郷メジェールの悲願、そして、両親の夢。失われてしまった、希望。
諦めていたはずだった。叶えられない夢もある。大人になって、理解したつもりだった。
ペークシス・プラグマにカイ・ピュアウインド、かけがえのない仲間達――彼らがいれば何でも出来ると、何故思ったのか。
『……ジュラも、運転手さんも、すごく落ち込んでいました』
「実現が困難であることは、予想出来ていたことだ。落ち込んでいても始まらない」
気持ちを切り替えるのは難しくないが、どうしても虚しさは付きまとう。何かを諦めた時に生じる、この不快感。
無人兵器を破壊しても、惑星の住民は病魔に殺される。この星は既に地球に荒らされた後、もはやどうにもならない。
一時的に守れても、生命は常に脅かされる。戦う事が、彼らにとって本当の救いとはならないのだ。
『頑張りましょう、リーダー!』
「ディータ?」
『皆を、助けるんです! 一人も死なせたりしない。ジュラの分まで頑張りましょう!』
「……そうだな、その通りだ」
明日死ぬかもしれないから、今日頑張らない理由なんて何処にもない。ディータの実直さが、メイアの迷いを断った。
ディータは思慮に欠ける面があるが、何も考えていないわけではない。辛いことも沢山あって、物事を考えるようになっている。
救命こそ、今回の任務。救った後のことまで考えるのは、統べる者の務めだ。人には役割というものがある。
メイアは、発進準備を終えた。
「ディータ、お前はカイと合体して敵の主力を叩け。私はチームを率いて、キューブを一掃する」
『ラジャー! あれ……宇宙人さんが、出てない?』
「なに……?」
カイは先程まで蛮型に乗り込み、実験に参加していた。改めて出撃するのに、そう時間はかからないはずだ。
疲労は溜まっているだろうが、その程度でめげる男ではない。大怪我を負っても、母艦や無人兵器の大艦隊に突撃する男だ。
問題があるのは機体か、それともパイロットか――メイアは、表情を険しくする。
「敵は待ってくれない。我々で先に出撃し、敵の掃討にあたる」
『わ、分かりました! 宇宙人さん、大丈夫かなー』
育成には努めてきたが、ディータはまだ実戦経験六ヶ月の新人パイロット。ドレッドチームの指揮まで任せるのは難しい。
ただ今はサブリーダーのジュラもおらず、バーネットも引退してしまった。ベテランメンバーは、数が限られている。
合体出来るメンバーが限られている以上、自分もジュラもいない場合も想定しておかなければならない。
それにしても、
「何をしている、カイ……!」
「こんな所で何やってるの、あんた?」
主格納庫、SP蛮型が保管されている施設。整備を終えた機体の前に、二人の少年少女が居る。
少年は機体の前に陣取ったまま座り込んでおり、少女は背後から声を投げかける。若干どころではないほど、苛立った声で。
少女に怒鳴られても、少年の背は揺るぎもしない。心まで、麻痺しているようだった。
「何やってるのって聞いているのよ!」
「……お前に関係ないだろ」
「何よ、その言い方!?」
少年と少女がいがみ合うのは、これが初めてではない。二人はいつも些細な事で喧嘩をして、言い争いを繰り広げている。
喧嘩を嫌うエズラでさえも二人の喧嘩はコミュニケーションの形だと受け止めて、止めもせず微笑ましく見ている。
だが、今日ばかりは空気が違っていた。
「敵がこの船を襲っているのよ。早く出撃して、やっつけてきなさいよ」
「そんなに言うなら、お前が行けよ」
「パイロットでしょう、あんた!?」
少女ミスティは、耳を疑った。このカイという少年はぶっきらぼうだが正義感は強く、仲間の事を心から大事にしている。
赤の他人であっても見捨てる真似はせず、誰であろうと救う努力をする。渋々だが、その点は認めていたのだ。
エレベーターに閉じ込められながらも、一緒にエズラの赤ん坊を出産させた事は一生忘れないだろう。
あの時彼は赤ん坊だけではなく、母親も――そして、ミスティの事も助けようとしてくれた。
「地球の兵器がこの星に遊びに来たとでも思っているの!? あいつらはね、亡くなられた人達の遺体を持ち去ろうとしているの!
病で散々苦しんだ後に、安らかに眠る事も許さないのよ! あんた……こんな事を許してもいいの!?」
「――っ」
現地で取材していたミスティの言葉は、重い。今も苦しんでいる人達、大切な人を喪った人達、死者達の声無き声まで聞いてきた。
生者の苦痛や死者の無念、地球による汚染ではなく人間の負の念でも惑星は穢れている。生きる地獄であった。
このような非道を断じて許してはいけない。今こそ、助けなければならないのだ。
「俺は、助けられなかった」
「……テラフォーミングの事?」
「実験は、失敗した。俺達は、あの人達を助けられなかった」
目眩が、した。目も眩むほどの、怒り。激情が一瞬で心を染め上げて、衝動が身体を動かした。
ミスティは地を蹴って、カイの背中を思いっきり蹴飛ばした。
「イダッ!? な、何しやがる!」
「今何て言った、オマエェェェェェェ!!」
抗議するカイの頬を平手打ち、床に倒れた少年の上半身に乗り掛かって滅多打ちにする。
鍛えられていない少女の乱打は腕力こそ無いが、熱さは篭っている。強く拳を握りしめて、殴り続けた。
「助けられなかった!? 何で、過去形で言うのよ! 何で、あの人達が死んだみたいに言うのよ!!」
「ぐっ……ぅ……づっ!?」
「今も生きているでしょうが! 今も頑張って、生きようとしているんでしょうが! それを、それを、アンタって人は――!!」
現地で取材を何度も断られ、罵声や避難も浴びせられた。確かに辛かったが、責められた事に痛んだのではない。
人々の事情は、それほどまでに切実だった。他者が踏み込めないほど辛く、悲しい事情があったのだ。
全くの赤の他人であっても――涙が出てしまうくらいに、人々は今も苦しめられているのだ。
「何で、諦めちゃうのよ! ヒーローになるんじゃなかったの!?」
「でも、俺じゃ……」
「一人で何でもかんでも思い込んで、さっさと一人で結論出して見捨てる気か!」
「どうしようも、ないんだ!」
「あたしは、あんたに負けたくなくて頑張ろうとしたのに!!」
少女は殴りながら泣き、少年は殴られながら泣いた。泣いて泣いて、泣き喚いて喧嘩をした。
諦めたくないから、泣いている。諦めてしまいたくなって、泣いている。諦めるしかないから、泣いている。
喧嘩は、一人では出来ない。二人だから、出来る。
二人だから――出来る事は、ある。
「これを、見なさい! これを、聞きなさい! あんた、これを無視出来るの!?」
現地で撮影した写真と、住民達を取材した生の声。画像とボイスデータを、少年の鼻面に叩きつける。
人々が、助けを求めている――これに応えないのであれば、ヒーローではない。
届けたのは、まごうことなきヒロインだった。
<to be continued>
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