VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 4 −Men-women relations−
Action9 −相談−
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「まあ・・・ディータちゃんと喧嘩をしたの?」
「け、喧嘩というか、まあ、その・・・・・・」
言葉尻を濁して、カイは困り果てたように頬を掻く。
マイペースながらに穏やかな微笑みを絶やさないエズラは、どうにもカイは苦手だった。
メイアやマグノとは違って頑なさや威厳こそないが、ディータのように平気で文句が言えない。
優しいお姉さんと言うイメージがぴったりな雰囲気で、カイにとっては初めて接する人種だった。
「ふむ、聞いた限りでは随分とやってしまったようだな。
あの海賊の頭目から処罰がなかっただけでも、寛大であったと言わざるをえない」
ドゥエロの言い分はもっともである。
結束力の固いクルー達に統率力と絶大な信頼を誇っているマグノを相手に、カイは一悶着を起こしたのだ。
険悪な周囲との関係は自業自得でしかない。
カイはドゥエロの言葉にため息をついて言った。
「俺も確かにちょっとやりすぎたよ。自分の事で頭がいっぱいだったからな」
「でも、きちんと反省したんでしょう?だったら、私は偉いと思うわ」
「エズラさん?」
きょとんとするカイに、目元を緩ませてエズラはカイを見つめる。
「大人でも自分の間違いにはなかなか気がつかないもの。
カイちゃんは悪いと思ったんでしょう?」
「パルフェが指摘してくれたからだよ。俺一人じゃ気がつかなかった」
パルフェの厳しいながらも的確な追及に、カイは目が覚めた気分だった。
もしあの時言及されなければカイは船を追い出されているか、トラブルが原因で引き篭もっていただろう。
自分の殻と言う狭い世界の中で・・・・
ぐりぐり眼鏡のパルフェのにこやかな表情を思い出し、カイは頭が下がる思いだった。
「ほう、彼女が君を正したのか」
「あ、そうか。ドゥエロも確かこの前のトラブル時で一緒に仕事をしたんだよな」
「君の要請でな」
奇縁とも言えるパルフェとドゥエロの出会い。
カイが手助けを求め、その結果二人の努力の賜物で船全体のシステムは救われたのだ。
半ば懐かしそうにしているドゥエロに、カイは表情を崩す。
「あいつ、いい奴だろう?」
「人間的にはどうかはまだ断定はできないが、自分では気づかない新しい面を学ばされた。
そう言った意味で、彼女は貴重な人材だ」
「お前、もうちょっと素直に誉められないのか・・・?」
「私は至って普通だが」
呆れた様に言うカイに済まして答えるドゥエロを見て、治療台に横たわるエズラはクスクス笑う。
突然の笑い声に、ぎょっとしてカイはエズラに視線を向ける。
「な、何だよ!?何笑ってるんだ、エズラさん」
「ごめんなさいね。カイちゃんとドクター、すごく仲良しなんだなって思って」
微笑ましそうに見つめるエズラに、カイとドゥエロは揃って互いを見る。
「俺らって仲がいいように見えるのか?」
「個人の主観だから、如何せんともしがたい。
だが少なくとも、私は君に対して悪意を持っていないのは事実だ」
「ば、馬鹿野郎!背中が痒くなるじゃねーか!」
そうは言いながらも、カイはどこか照れくさそうだった。
カイの様子に、ふむっと端正な顔に怪訝な色を浮かべて考え込むドゥエロ。
二人の何気ない仕草に、エズラは静かに様子を見つめていた。
他に患者がいない事もあって、医療室は静寂に満たされる。
やがて沈黙に耐え切れなくなったのか、カイはぶっきらぼうに言葉を述べる。
「そんなこんなで、今は女の仕事に見習いとして働きに出てるんだ。
半端な事はしたくないから、全部きっちりやり通すつもりだ」
「女の仕事を、か。君は相変わらず不可解な行動に出るな・・・・」
「何でだよ?」
表情を厳しくして告げるドゥエロに、カイは疑問視を持って問い返す。
ドゥエロはしばらく言葉を選ぶように言葉を切り、やがて口を開いた。
「我々は不測の事態により、強制的に女との共同生活を強いられている。
立場としては変わらず捕虜のまま。冷遇されていると断言してもいい」
「そ、そんな、ドクター!?」
「事実だ」
身を起こして釈明しようとするエズラを、ぴしゃりとドゥエロは制する。
視線はカイに向けたまま、ドゥエロは言葉を続ける。
「君の行動は現実的に誉められる行いではないが、タラークに生きる者としてはもっともな行動だ。
我々男は女は敵であると教えられている。
女達にしてみても、我々は立派な敵だろう。
予想外の事態に脅威なる敵の存在がなければ、今の不安定な共存生活も成り立たなかった。
男と女の関係は決して結びつかない」
タラーク、メジェールからすればドゥエロの発言は常識レベルである。
聞き入るエズラも反論の余地はなく、カイも無言で耳を傾けている。
ドゥエロは一度言葉を切り、眼差しを鋭くしてカイに向ける。
「なのに君は離れるばかりか、歩み寄ろうとさえしている。
海賊クルーとの険悪な関係も憂い、改善にすら乗り出す始末だ。
なぜそのような行動をとる?」
ドゥエロの質問は、男女共同生活が成り立っていない根幹をついていた。
冷戦状態から対立へ、そして決裂寸前の現状に置ける男三人に海賊クルー150名。
誰もが当然と受け止めている筈の今の関係に対し、カイの今やっている行動は本流に逆らっていると言える。
事実、艦内放送が流れた時のメイア達の動揺は大きかった。
タラークの男にとっても、メジェールの女にとっても信じられない行動であったからだ。
エズラとドゥエロ、二人が見つめる中でカイは口を開いた。
「俺は今まで自分が良いと思った事だけを考えて、行動してきた。
例え常識であっても嫌だったら納得しなかったし、歯向かってもきた。
だけど・・・・・・・・・」
「だけど、なんだ?」
カイが言いずらそうにしていると、ドゥエロは身を乗り出して尋ねる。
カイは迷っている様子であったが、エズラをちらりと見て答えた。
「今日で・・・ちょっと分からなくなった。
女が、それと自分が・・・・・・」
ヒーローになるために戦い命を賭けてきた自分を、女達は理解しない。
されど見下されているのに腹を立てたのに、結果を出さない女を見下していた自分。
頑なに自分を否定して叱責するメイアが、垣根を越えて自分に接するディータが、
初めて己を超えた脅威を実感させたマグノが、夢への実現に励む自分を冷たく蔑むアマローネ達が、
自分が信じていた事が、新しい周りの環境が今カイには見えなくなっている。
否、ようやくカイは本当の姿が見え始めてきているのだ。
だから悩んでしまう。未知なるゆえに、理解を超えるがゆえに・・・・・・
「そうなの・・・・だから、カイちゃんは私達を理解しようとしたのね?」
「え?」
カイが顔を上げると、エズラはどこか嬉しそうに満面の笑顔を浮かべている。
対面に座るドゥエロもカイの言葉に得心がいったのか、口元が苦笑気味に緩んでいた。
「君は以前言っていたな。分からないからこそ、理解していきたいと。
なるほど・・・・
常識はずれな行動ではあるが、君らしいと言えばらしいな」
カイだけではない。ドゥエロも女には好奇心を抱いている。
最初こそ身体的な構造に向けられてはいたが、パルフェとの共同作業で女そのものにベクトルが移っている。
無論カイほど積極的でも、肯定的でもない。
タラークの教育が根強い士官候補生のドゥエロには、心の大元では拭い消えれない不信感はまだある。
だがそれでも女という敵対している存在を理解しようとする事は、ドゥエロにも共感は持てた。
「だが、女からの風当たりはまだまだ厳しいぞ。大丈夫か?」
ドゥエロなりに心配している様子を察して、カイは力強く頷いた。
「今の所は順調だ。アマローネもベルヴェデールも、思ってたよりいい奴だったからな。
あのクマちゃんと話せなかったのが心残りだったけど」
「まあ、すっかり仲良しさんになったのね」
「な、仲良しって程たいした関係じゃないけどな・・・」
仕事中何度も怒られたり、制服に着替えた際笑われた時の光景がカイの脳裏に浮かぶ。
からかわれただけじゃないかとカイは思うのだが、反面少し楽しかったのも事実だった。
「私もこうじゃなかったら、お仕事のお手伝いができたんだけど・・・・」
すまなそうにするエズラに、カイは笑って手を振る。
「いいって。子供が腹の中にいるんじゃ、仕事はできないだろうしな」
「いや、現状は安静にしていれば問題はない」
センサーを母体に当てながら、ドクターとしての見解を述べるドゥエロ。
ドゥエロの言葉に安心したように、エズラはほっと安堵した。
センサーからリンクして映し出されるモニターの胎児の映像に、カイは表情を険しくして腕を組む。
「にしても、あんたの腹の中にこんなガキがいるんだろう。苦しくないのか?」
自分のお腹の中に自分とは違う存在が眠っていると思うと、自分ならいてもたってもいられないだろう。
なのにエズラは存在を受け止めて、あまつにさえ子供の誕生を嬉しそうにしている。
カイは妊娠という現象をまったく理解できなかった。
「そうね、出産までまだまだ色々とあるし、身体に負担はかかってしまうけど・・・・」
理屈としても、身体的にも苦しい事だらけに見える現象に、カイは戸惑いを隠せない。
言葉を濁して考え込むカイに、エズラはお腹を撫でてとつとつと語った。
「カイちゃんは私達女性がどうやって子供を生むか、知っている?」
「え?え〜と、確か・・・・」
以前妊娠発覚時、ブリッジにて教えてもらった知識を総動員してカイは答える。
「オーマとかいうのが卵子を提供して、ファーマってのが母体でガキを育てるだよな?」
よくできましたとばかりに頷いて、エズラは詳しい説明を付け足した。
「私は赤ちゃんが欲しかったから、オーマになってくれる人から卵子を提供してもらったの。
その卵子にファーマである私の遺伝子を組み込んで、子宮って言う器官に植え付けたの」
「そんなのが身体の中にあるのか。男と女の決定的な違いだな」
想像すると体の中を弄られているような錯覚に陥り、カイは身を振るわせた。
男社会であるタラークにはない概念だからだ。
タラークでは人口を増やすために工場の中で培養液に漬けられて、クローニングされて子供は生まれる。
複数の遺伝子を組み込んで子供を作るという意味では、どちらも変わりはない。
だが決定的に違うのは、タラークは人為的な苦しみは一切なく子供が生まれるのに対して、
メジェールは母体であるファーマと呼ばれる女性には、出産時にさまざまな困難が待っている。
「子供はそういて生まれる訳か。興味深い」
「メジェールでは希望すれば、誰にでもファーマになれるのよ」
エズラの説明を聞いて、ドゥエロは興味あふれんばかりに瞳を輝かせる。
「ならば、私にもなれるか?」
「おいおい!?何考えてるんだ!?」
理解しがたいといった感じでカイは焦って問いただすと、ドゥエロは不気味な笑みを浮かべて呟いた。
「私も出産とやらをぜひ体験したいと思ってな」
「体験したいって、おい!?」
呆れて言葉を重ねようとするカイに、エズラは冷や汗混じりに口添えする。
「ド、ドクター、女性でないと駄目なのよ。男の人は出産はできないでしょう」
「ふむ、確かに。残念だが致し方ないな」
「本当に残念そうだな、お前・・・・・」
長い前髪を揺らして目を伏せるドゥエロに、半ば感心したようにカイは言った。
カイにとっては、苦しみを乗り越えてまで行う出産に興味を持つドゥエロが信じられない。
「う〜ん・・・・・分からん!
そうまで苦労してして子供を作りたいのだ?俺には理解できん」
「あら、自分の子供よ?すごく誇らしい事だと思うわ」
「でも、苦しむんだろう。どういう奴が生まれてくるのかも分からないんだぜ?
そこまでしてやるかね・・・・」
カイがしきりに首を傾げると、エズラはどこか大人びた雰囲気でカイを見つめる。
「カイちゃんは好きな人はいないの?」
「え、俺?」
「そう、カイちゃんが心からこの人が好きだって言える人。
どんなに離れていても、どこにいてもその人の事ばかり考えてしまう。
誰よりも、何よりも大切にしたい。ずっと傍にいたい・・・・
そんな人、カイちゃんにいる?」
「お、俺は・・・・・・・」
記憶を無くしてからの数年間。
身よりもない、家族もいない、三等民として見下され、誰からも蔑まれて生きてきた。
唯一頼れる存在に親代わりのマーカスがいたが、好きな人というくくりには入らないだろう。
親しい友人もおらず、仲間もいない。
カイはずっとそんな環境の中、必死で生きてきた。
そんな自分を振り返ってみて、エズラの質問に該当する人間はいない事に気がついた。
黙って首を振ると、エズラは優しい眼差しをカイに向けて言葉を紡ぐ。
「カイちゃんにそんな人がいつかできたら、きっと分かるわ。
私はあの人にたくさんの幸せをもらったの。
嬉しい事も悲しい事もあったけど・・・・あの人が出会えて、私は心の底から嬉しかったと思うわ。
この子はね、そんな私とあの人の幸せの結晶なの」
「幸せの・・・結晶?」
普段カイが誰かに聞いたら笑い飛ばしそうになる程の陳腐な表現であったが、
妊婦であるエズラが話すと、不思議な説得力があった。
「そうよ。
この子がいつか生まれたら、今度は私がたくさんの幸せをあげたいの。
だから、どんなに苦しくても私はちっとも平気よ」
「・・・・・・・・・・・・」
外見はおっとりとして、ひ弱そうにしか見えない目の前の女性。
一発でも殴ったらすぐ泣くだろう、神経の細そうな穏やかな雰囲気をもった人間。
そんな彼女にどうして自分が精神的に恐縮してしまうのか、カイはようやく理解した。
子供というかけがいのない大切な存在を体内に育み、支えてくれる人間がいる事への誇りと安心感。
概念こそ違えど、マグノともメイアとも違う強さがエズラにはある。
エズラの言葉が心に染み渡り、カイは自分の知らない事がまだまだたくさんある事に気がついた。
「すげえよな、エズラさんは・・・・」
「ふふ、そんな事はないわ。カイちゃんにもいつか必ずできるわよ。
決して手放せない、何よりも大切な人が・・・・・・」
仲間も、友達も満足にできなかった今までの自分。
今でこそドゥエロやバートという知り合いができたものの、大切と呼べる存在はいない。
いつか自分にでもできるのだろうか?
いつか自分にも彼女のように凛々しく、堂々と幸せだと言えるだろうか?
見えない未来に、カイは思いを寄せて考え込んだ。
第三者として話を聞いていたドゥエロは淡々と診察をこなし、やがて終えた。
「母体も胎児も正常だ。すぐに仕事を復帰してもかまわない」
「良かった・・・・お仕事を休んでばかりじゃ申し訳なかったから。
ドクター、ありがとうございました」
「気にする事はない。何か問題があれば、すぐに連絡してくれ。
できる限り対処はしよう」
センサーから映し出される胎児の様子を確認して、ドゥエロは対応する。
きびきびと働き、的確な診断をする医者としてのドゥエロの姿を見てカイは呟いた。
「自分が誇りを持って行える仕事、か・・・・」
カイはぼそりと呟いてどこか未練があるようにため息を吐き、首を振った。
パイロットはもうしない。
女とは、メイアとは共に戦わない。自分自身で決めた事だ。
カイはドゥエロの働く姿から未練たらしい自分に気づき、恥じる。
このままでは余計な事を考え込んでしまいそうになり、カイは立ち上がった。
「カイちゃん?」
「話、ためになったよ。相談に乗ってくれてありがとうな」
「もう行くのか?」
そのままで入り口へ向かうカイに、ドゥエロは訝しげにカイの背中を見やる。
カイは振り向いてエズラを見、好意的な笑顔を見せた。
「いい子供、生まれるといいな。俺、応援してるから」
「・・・・ありがとう、カイちゃん」
カイが自分の思いを理解してくれた事に気がついて、エズラは嬉しそうに目を細める。
カイは小さく頭を下げて出て行こうとしたその時、ドゥエロが言葉を投げかける。
「カイ、最後にひとつ忠告しよう」
「・・・なんだ?」
足を止めたまま、振り返らずに尋ねるカイ。
ドゥエロはそのまま声のトーンを落とす事無く、淡々と述べる。
「悩んだ時は、自分に素直になるのが一番だ。君が最善だと思う事をやるといい」
ドゥエロの言いたい事が分かったのか、続くようにエズラが言葉を重ねる。
「メイアちゃんもディータちゃんも、すごくいい娘なの。分かってあげて」
「・・・・・・・・・」
カイは結局無言のまま小さく頷いて、医療室を出て行った。
言葉は確実に届いたものの、煮え切らない複雑な思いがまだカイには残っていた。
医療室に残された二人はカイのそんな複雑な心境を察した。
「カイちゃんは優しい子ね・・・・・」
カイが出て行った出入り口を見つめるエズラの視線は、慈愛に満ち溢れていた。
一時の会話ではあったが、彼女なりにカイがどういう男であるが分かったからだ。
ドゥエロもエズラの言葉を聞き、遠い目をして同意する。
「変わり者でもあるが、根は悪い男ではない」
いまだ消える事のない男女の確執。
メイア、ディータとの男女の垣根に密接に食い込んだ哀しいまでのすれ違い。
女の存在について徐々に知りながらも、カイには先行きが今だ見えなかった・・・・・・・・・
<続く>
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