ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 15 "Welcome new baby girl"
Action19 −赤児−
エレベーターの留め金が外れてしまい、物理的接触が断たれてしまう。繋ぎ止めていたものが失われ、エレベーターが真っ逆さまに転落。
ウイルスが駆除されても、ニル・ヴァーナの全システムが回復しても、停電が復旧しても何の意味もない。
ペークシス・プラグマが復活したところで、命綱が切れてしまえば落ちるだけだった。
『う、嘘……!? 止まれ、この――止まりなさいよ!』
エレベーターの通信画面から、ユメが両手を振り回して叫ぶ。少女の命令を、エレベーターは聞く耳を持たなかった。
常に人間を見下ろし、嘲笑していた少女が焦燥を露にする。彼女は今、初めて壁にぶち当たった。
困難を乗り越える術を持たない子供に出来るのは、親に頼る事だけ。
『ま、ますたぁー、助けて!』
「くそったれ――おふくろさんを頼む!」
「分かった!」
人間は、重力には逆らえない。せめて運命だけは覆そうと、少年少女は必死で抗おうとする。
過酷な現実を生きる二人、楽観的な予測や甘い見込みは断じてしない。己の限界も分かっている。
ミスティは出産後のエズラに駆け寄って支え、カイは生まれたばかりの赤ん坊を抱き上げた。
自由落下するエレベーターが一回まで落ちれば――乗員は、無事では済まない。
エレベーターが途中まで降下していた事が、せめてもの慰めだった。最上階から転落していたら、絶対に助からない。
不思議なもので、死の匂いが濃厚な危険が迫り来ると時の歩みを遅くする。
たった一言だけ、話すのを許してくれた。
「安心して、エズラさん」
「おふくろさんも子供も、俺達が守る」
最低でも大怪我は避けられないのに、二人共笑っていた。彼らの言葉は確かに届き、優しい表情もよく見えた。
大切に抱き上げられた赤ん坊、カイは身を呈して守ろうとしていた。我が身を、省みる事なく。
ミスティも必死になって母親を支えている。一階に激突しても、その手は決して離さないだろう。
人間達の必死さに、人ではない存在の心が震えた。
「あ、う……ユ、ユメは……!」
二次元と三次元の差、どれほど鮮明であっても今のユメは小さな画面の映像でしかない。
赤ちゃんを抱き上げる手もなく、エレベーターを止める力もない。眼の前で起きるであろう惨劇を、ただ見ているだけ。
自我に目覚めても――結局、"観測者"のまま。
「オギャー、オギャー!」
己の無力に愕然とする少女の耳に、赤ん坊の悲痛な泣き声が聞こえる。非力で弱々しい、生命が訴える救難信号。
何にも出来ない存在が、必死になって助けを求めている。自分よりも無力な赤ちゃんでも、懸命に抗っている。
ユメは顔を上げて、泣いている赤ちゃんに笑いかける。何にも出来なくても、何もしないままなのは嫌だ。
小さな戦士の声を、届ける――!
『助けてぇぇぇぇーーーー!』
「合点承知だピョロ!!」
転落していたエレベーターが、止まる。一階まで落ちる、その直前に。
予想よりも早い衝撃にエレベーター内の全員が仰け反るが、カスリ傷程度で全員無事だった。
エレベーターがゆっくりと持ち上がっていき、二階に到達して扉が開いた。
『あ、あんた、どうして……!?』
「お前が助けを呼ぶ声が、聞こえたんだピョロ」
小さなボディで、大きなエレベーターを支えるピョロ。金属の両腕が生み出す怪力が、赤ん坊の命を救ったのだ。
一階の扉を力づくでぶち破り、ホール内を急上昇してエレベーターをキャッチ。見事な力技だった。
自分の手柄を自慢するのではなく、ピョロはただ初めて出来た自分の部下の力となれた事に喜ぶ。
「困っている部下を助けるのが、上司の務めだピョロ! もう安心だピョロよ、ユメ」
『……う、うん、ありがと……』
助けを呼んだから来てくれた――嘘みたいな出来事に、胸の奥が痺れる。
頼もしく胸を張るピョロを、ユメはもじもじしながらお礼を言う。今まで味わった事のない、感覚だった。
もしもユメが助けを呼ばなかったら、ピョロは急いで来なかっただろう。少女の叫びが、赤ん坊を救った。
本当に困った時は、助けてくれる。それが信頼というのであれば、自分の知らない感覚だ。
人間ともっと深く関われば――自分も、人のように進化出来るかもしれない。
「ユメ、ピョロ。ほら、お前のおかげで赤ちゃんは無事だぞ」
怖くて泣いていた赤ん坊が、穏やかな寝息を立てている。安らぎに満ちた表情だった。
ピョロもユメも歓声を上げて、赤ん坊の寝顔を覗き込む。自分達が救った価値を、感じ取るように。
男と女、人間以外の者達にも祝福されて――今日この日、一つの命が誕生した。
今回刈り取り兵器との戦闘では珍しくパイロット全員怪我もなかったのだが、医務室のベットは埋まっていた。
エズラ・ヴィエーユと赤ん坊は産後による入院、バート・ガルサスは両腕を大怪我させて手術入院。
カイ・ピュアウインドとミスティ・コーンウェルは疲労困憊で、ベットの上に横たわっている。
「先日検査をした人間が、再入院。仲間を思い遣るのも結構だが、自分の体も大切にしてくれ」
入院患者全員のカルテを書きながら、ドゥエロ・マクファイルが呆れた声で忠告する。
彼ら全員の奮闘で今回の危機を乗り越えた事はドゥエロも分かっているが、こういう時でもないと彼らは言う事を聞かない。
パイウェイも今日ばかりは茶化すのを止めて、全員の面倒を甲斐甲斐しく看ている。
「ぼ、僕だってこんな危ない真似したくなかったんだ……うう、痛くて手が上げられない」
「俺なんか狭いエレベーターの中で、出産の手伝いだぞ……緊張しすぎて吐きそうだ」
痛みと疲労を訴える男達に、ドゥエロは処置なしと肩をすくめる。自慢の友人達なのだが、たまにだらしのない所を見せる。
一方の女性陣は修羅場を乗り越えたばかりだというのに、元気そうだった。赤ん坊の話題で盛り上がっている。
エレベーターの中での出産という形になったが、エズラの身体にも問題はなく、赤ちゃんも健康そのものだった。
「エズラさん、赤ちゃんの名前は決めているの?」
「"ピョロ二"で決まりピョロ!」
『はい、はーい! "ユメ"がいいと思いまーす!』
ミスティの質問に母親ではなく、赤ん坊の救助をした者達が勝手に名付ける。これには、母親も苦笑いするしかない。
二人は互いに手を上げて提案、その後全く同じタイミングで顔を見つめ、睨み合う。
「何でそのままお前の名前なんだピョロ!」
『アンタだって、同じ名前じゃない!』
機械に映像の取っ組み合いは修羅場にはならないが、見苦しい事極まりない。
子供が可愛いだけに二人共譲れず、ユメだのピョロだの激しく言い争う。母や子の気持ちは、後回しだった。
喧嘩を止める気力もない少年は二人をそのまま放置して、
「子供の名前というのは、本当に大切だよな。しっかり考えて、名付けてあげてくれよ」
「……」
少年の声の中に含まれた寂しさを、少女は敏感に感じ取った。少年に過去がない事は、エレベーターの中で聞いている。
本当の親との思い出がなく、両親につけられた名前もない。子供の頃の記憶がないというのは、本当に寂しいものだ。
使命の為に故郷を出たミスティは、カイの孤独が痛いほど分かった。だから、何も聞かなかった。
彼と自分は本当に、よく似ている――だからこそ、好きにはなれない。
「あーあ、お姉様が見舞いに来てくれないかなー」
「お前の顔なんぞ見たくないんじゃねえの?」
「人を馬鹿にできる顔か、あんたは!」
親も友達も皆思い出の中に消えてしまったけど、今こうして口喧嘩が出来る人はいる。
その事だけを慰めに、生きていこう。今日生まれたばかりの『同僚』と一緒に、自分の生きる理由を探しながら。
ニル・ヴァーナに新しいクルー二名が加わり、故郷へ向けて旅立っていく。
<LastAction −未来−>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けると、とても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ] |
Powered by FormMailer.