VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <後編>
Action21 −大空−
マグノ海賊団ドレッドチームとメラナス艦隊――男女入り乱れる連合軍は背水の陣を敷いていた。
無傷な者など一人もおらず、機体もパイロットもスクラップ寸前。
芯まで焦がすように、命を燃やして彼女達は戦い続けた。
『ヤッホー、敵さんのドデカイ図体にミサイル直撃! アンタ、やるじゃないか』
『カスリ傷にもならないが……我々はまだ戦えるのだと思い知らさなければならない。
あの少年は母艦に大打撃を与えてくれたんだ、このくらい――あっ、す、すまない』
『……いいさ、そっちのお姫さんもやられちまったんだろ。ハラワタ煮え繰り返ってるのはお互い様だよ。
それよりもっと褒めてやってよ。あいつは今まで散々馬鹿にされてきたんだ……
しみったれた泣き言ばっかりじゃ、へそを曲げちまう』
『ははは、違いない。いくぞ!』
男と女のこうしたやり取りも珍しくなくなり、喜びも悲しみも共有していく。
今までの過ちに対する答えは、今此処に在った。
男と女が協力すれば、如何な敵だろうと戦えるのだと――
「……カイ、見てる……? 貴方の遺志が皆を支えているのよ。
悔しいわ、本当に。私は貴方が死んでも勝てないのね……」
レジ店長専用のデリ機に搭乗して、パイロット達の支援活動を行うバーネット・オランジェロ。
クルーの大半が死に体の今、深刻な人手不足で狩り出されていた。
本人も自殺未遂を図った直後で、心身共に疲労の極みにある。
それでも倒れずに頑張れているのは、前線で死に物狂いで戦う仲間達の姿に勇気付けられているからだ。
あのまま医務室で床に伏せていたら、気が狂っていたかもしれない。
出来る事があるというだけで生きられる――人間とは逞しいものだと、実感した。
今懸命に戦っている人達、傷つき倒れ絶望しても尚抗うチームメンバー。
仲間を殺された怒りと、仲間を守ろうとする強い使命感が彼女達を永らえていた。
いずれ決着がつく勝負――敗北確定を知りながらも。
(アタシは……何をやってるの……)
血色の悪い、錆付いた拳を握り締める。
激闘の果てに己の罪を暴かれ、撃墜された無念で命を絶とうとした。
――最後まで仲間を守り、壮絶な最期を遂げたカイ・ピュアウインド。
――最後に仲間を庇い、凶弾に倒れたバート・ガルサス。
――殺された仲間を想って、命を削って戦い続けるドレッドチーム。
誰もが皆大切な仲間の為、心を賭して戦いに挑んでいる。
男だの女だの気にしている人間など、一人もいない。
人類にとっての最大の敵に、誰も無関係ではいられない。
(……アタシの機体は既に修繕を終えている――カイ……)
コックピットを狙えば殺せていたのに、翼だけ切り裂いて行動不能に留めた。
銃を向けた相手に――躊躇なく発砲した女の命でも奪わない。
迫害した相手にも優しく出来る人間を知り、自分が心から情けなくなった。
男という存在を心から理解して、初めて自覚した。
あの戦いが自分の生まれて初めての敗戦――人生を揺るがす完全敗北だったのだと。
親友のジュラを生まれ変わらせ、メイア達の信頼を勝ち取り、パイロットとして自分を上回った男。
人生観を変える挫折が自信の喪失に繋がり、操縦桿が握れなくなった。
(アタシは……アタシは……!)
――カイ・ピュアウインドを殺した敵、地球人。数々の奇跡を起こした男も結局殺されてしまった。
そんな敵と戦う事を考えただけで、怖くて仕方ない。
同時にレジクルーとして今も戦うパイロット達を手伝えば手伝うほど、胸が詰まる思いだった。
レジを逃げ場にするつもりは毛頭ない。自分で選んだ、第二の人生――
直接的に立ち向かう事だけが戦いではないことを、偉大な店長に教わった。
なのに――どうしてこうも歯がゆいのか。
(アンタなら手足が引き裂かれても戦うわよね、カイ……アタシらを、マグノ海賊団の敵だと言い切ったアンタなら。
そんな骨のある奴、タラークにもメジェールにもいなかったわ……)
かつてあった自分の中の戦闘衝動は、完全に消えている。
戦う事への喜びはカイの厳しい追及で、酷く汚らわしいモノに変わってしまった。
状況は悪くなる一方、ニル・ヴァーナは大破、ドレッドチームは壊滅寸前、無人兵器は増える一方。
ブザムやマグノによる指揮で何とか保っているだけで、残存戦力はヴァンドレッド三機とカイ機のニセモノに苦戦している。
自分一人行ってもどうしようもない――その事実も言い訳に聞こえてしまう。
臆病な自分の背中を押して欲しい、誰かに。何かに――
『バーネット、大変だよ!』
「ガ、ガスコさん……? まさか、誰かやられたの!?」
自分が戦わなかったから誰かが死んだ――血の気が一気に引く。
ありえない話では決してない。もう何時誰が死んでもおかしくないのだ。
通信モニターに映るガスコーニュの珍しく焦った顔を見て、後悔がさざなみとなって押し寄せる。
幸いにも、バーネットの想像とは違っていた。不幸中の幸いにすらならないが。
『"カミカゼセット"のオーダーが勝手に受理されているんだよ!
まずったね、面白半分で入れておいたのがアダになっちまった……』
「嘘っ!? で、でもあれは店長の承認が――」
『そう、レジクルーになったアンタにも注意しておいたね。一か八かの自殺行為――たく、カイじゃあるまいし』
「誰がそんな事を!? 早く止めないと敵ごと粉々になるわ!」
片道分の燃料と反陽子爆弾のみで設定された捨て身の特攻用、カミカゼセット。
勝手に承認した犯人はレジシステムに詳しく、相応の権限を持つ人間。信じられないが、心当たりはある。
問題は爆弾を積み込んでいる今のパイロット。一刻も早く止めなければ、カイの二の舞になる。
ガスコーニュは舌打ちしそうな顔で、苦々しく告げた。
『……メイアだよ。責任でも感じたのか、飛び出しちまったんだよあの娘は!
今全力で追っかけてるけど、やっぱり速いね――特攻ってのは』
「メイアが!? メイア、メイ……くっ、何で繋がらないのよ!」
何があったのか分からないが、何を考えているのか分かる。
カイを追い出した事でマグノ海賊団は分裂、内部はズタズタになった。
バートはメイアを守って死に、彼の死がニル・ヴァーナを使用不能にした。
男達の戦死が現在の苦境を招いた――その責任を取って死のうとしている。
あまりにも愚かで、悲しい死だ。誰かを守れても、誰一人救われない。
「アタシが……アタシらが罪を犯したからなの!? 許される機会も与えてくれないの……!」
『落ち着ちな、バーネット。アンタは連絡する手段を――』
「間に合う訳ないじゃない! カイもバートも、アタシらが間に合わなかったから……」
その場に崩れ落ち、バーネットは泣き喚いた。
残酷なテーゼが彼女の心を蝕み、罪に濡れた地獄へ追い詰めていく。
自分が今まで何を見ていたのだろう、何をやっていたのだろう……?
男達に何もかも押し付け、殺そうとした。無害だと気付いていたのに、信じる事を拒否してしまった。
捨てたものは二度と戻って来ないと、故郷を追い出された時に思い知ったのに……同じ過ちをした。
親に許しを請う子供のように、バーネットは自分の罪に震える。
『――みっともないのう。皆が頑張っておる時に、だらしのない事よ』
嗜めるような口調とは裏腹に、美麗な顔は労わりに満ちている――
バーネットが恐る恐る顔を上げると、天女と見まごう雅な和服の少女がモニターに映し出されている。
このような苦境に相応しい凛々しい表情で、彼女は堂々と告げる。
『か弱いお姫様を救うのは王子様の役目じゃ。白馬に乗って、颯爽と――」
怪訝な顔をするガスコーニュとバーネットに、少女は手元で操作して一つの画面を見せる。
モニターに映し出された光景に――自殺まで追い込まれた女性が、ようやく会心の笑顔を見せた。
レーダーが補足する敵の数に嘆息する。
今更気後れなどしていないが、これだけの数を相手に一人で立ち向かったカイは本物だった。
驚くほど素直に認められた――自分の死と共に。
(……踏ん切りがつけば、こうも静かに最期を迎えられるのか……)
カミカゼセットは地獄への片道旅行、引き返す道はない。
敵母艦の前に立ち塞がる無人兵器の壁は厚いが、自分さえ厭わなければ突破出来る。
高速型のドレッドは兵器の大群を走り抜けて、目標へと一路向かう。
白の船の最高速度に鈍重な無人兵器はついてこれず、ビームやミサイルを浴びせるだけ。
攻撃目標は一つ、シールド展開に全エネルギーを費やして突撃する。
「……カイ、バート、ドクター……本当にすまない。お前達に託されたものを、何一つ守れなかった。
愚かな私の命でも、お前達にとっては守るべき対象だったのだろうな」
自分の死を覚悟した時、彼らの死を嘆く気持ちは消えた。ただ申し訳なく思う。
責任を全うするなら、生きて戦うべき――理性は既に死んでいる。
気力を失った生きる屍にあるのは、パイロットとしての使命だけだった。
「――見えた」
外部モニターを埋め尽くす巨大な戦艦、死の箱舟。
魂を削って戦う戦士達を嘲笑うように、傷ついた箇所を着々と再生している。
船体に突き刺さった人型兵器の腕を見て――乾いた心に、憎悪の火花が散った。
カイが与えた痛手はやはり大きく、敵の攻撃を鈍らせている。
もし敵母艦が沈黙していなければ、確実に死傷者が出ていただろう。
それだけに――男達だけが死んだ事実に、怒りがこみ上げる。
我々女はそれほど偉いのか? 男より正を優先出来る生き物か?
――答えは、否だ。
「何が何でも……貴様だけは私が滅ぼしてやる。一片たりとも残したりはしない!」
シールドは既に限界、破れた瞬間集中豪雨を浴びて穴だらけになるだろう。
その前に――機体に満載に積んだ反陽子爆弾で、何もかも吹き飛ばす。
メイア・ギズボーンは、禁断のスイッチに手をかけた。
「……母さん……父さん……私は、大切なものをまた守れなかった……
けど私の命が此処で尽きたとしても、皆が生き続ける限り……私は――」
「勝手な事、言ってんじゃねえ!!!」
――目に飛び込んでくる、白銀の閃光。
強烈に持ち上がるような感覚に戸惑いを、酩酊する意識に懐かしさを感じる。
血が滲むほど強く握り締めていたスイッチは光の中に消えていく。
代わりに現れたのは幾何学模様のコントロールパネル、そして――
大きくて、熱い手のひら。
「ギリギリ間に合ったぜ……人を邪魔者扱いしておいて、何だよこのザマは。
おちおち死んでられねえよ、たく」
――目の前で大きく息を吐く、一人の人間。全身を汗と血で濡らしている。
よほど慌てて飛び出したのか、見える背中に大きな安堵が感じられた。
何だ、これは――私は間際の夢でも見ているのか……?
にわかに信じられない思いを、他の誰でもないこの男がたった一言で解消してくれた。
「よっ、地獄から舞い戻ってきたぜ」
「カッ――カイ、カイなのか!? 生きて……生きていて、くれたのか!!!」
――長かった悪夢はこれにて終了。少年と少女達の償いの時間は終わった。
これから先は過ちによる地獄ではなく、正しき心が光り輝く奇跡の晴れ舞台。
真の愚か者達に、目が覚めるような正義の怒りを与えよう――
<to be continued>
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