VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <後編>
Action19 −良心−
ニル・ヴァーナ旧イカヅチ側に位置する医務室、中は戦場だった。
次々と運ばれて来る怪我人に、心身疲労を訴える病人。阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
苦痛に満ちた世界で――小さな天使が一人、健気に治療を行っていた。
パイウェイ・ウンダーベルク、普段の小生意気な態度は完全に鳴りを潜めていた。
洗浄・消毒を怠らない白衣は血と泥で汚れ、顔は汗にまみれている。
彼女は看護婦だが、年端も行かぬ年齢。医療知識は乏しく、これまでの医療的行為の殆どを装置に頼っている。
メジェールの発達した医術を搭載した医療装置は大抵の怪我や病気を治し、それゆえに知識を必要としなかったのだ。
だが、今のニル・ヴァーナはシステムの大半が停止――世界最高峰の医者も、この場にいない。
戦況は最悪、怪我人は増える一方。苦痛や怨嗟が蔓延する医療室は、経験豊富な医療関係者でさえも逃げ出しかねない。
まして知識も経験も少ない、未発達な少女では救える人間も少なく出来る事は殆ど無かった。
だが……彼女は文句一つ言わず、泣き言も漏らさずに働く。働き続ける。
酷い怪我を負った者優先で医療装置の少ない動力をフル稼働、残るは人為的手段で手足が千切れるまで治療を続ける。
本人の頑張りとは裏腹に、治せた患者は少ない。応急処置程度ではどうにもならない人間が多い。
自分の苦労は省みず、患者の不平や苦痛には耳を傾け謝罪し、時には無念の涙を見せる。
そんなひたむきな看護婦の姿に――彼女を知る人間は驚きと賞賛で見つめ、励まされていた。
エズラ・ヴィエーユもその一人だ。
「……うう、くそ――まだ戦える、戦えるのに……」
「無理はしないで。その怪我で戦いに出たら、死んでしまうわ。今、お薬を」
医務室に運ばれてくるのは大抵パイロットの重傷者か、船内の怪我人だ。
戦闘の軽い負傷はガスコーニュが操縦するデリ機に収容され、治療を受けて再出撃を行う。
本船での本格的な治療が必要な場合のみ、ここ医務室へと運ばれる。
この船はかつて男達が使用していた船、女性が住まう生活区域はメジェール船側。
民間人の殆どは分断された一方に取り残されており、心配の種が増えるばかりだった。
この絶望的な状況にエズラも職場を離れて休養していたが――もはや寝てなどいられなかった。
「ふぅ、ふぅ……エズラは妊婦なんだから、ベットで横になってて!」
「ううん、私は大丈夫。パイウェイちゃんこそ、顔色真っ青よ。少しは休んで」
力及ばぬ少女であれど、身篭った女性であれど、戦場で甘えは許されない。
もはや大人しく寝ていられない状況である事を、彼女達は思い知っている。
皮肉にも、仲間の死――男達三人の、偉大なる戦死によって。
彼女達の知らぬ所だが、この時刻メジェール船では同じく仲間の死を悼む演劇が行われていた。
現実を理解出来ぬ民間人に逃避していた堕落者、寝ていればよかった患者達――
体や心弱き者達全てが今、自分達が異端視した男達の命によって目覚めたのだ。
例外など、もう存在しない。マグノ海賊団の誰もが知っている。
男の価値を――失った命の、重さを。
これは決して、奇跡などではない。断じて、そのような綺麗な言葉では済ませられない。
命が消えて、ようやく尊さを知る――奪ってしまった価値を今更知っても、救えはしない。
「ねえ、ディータ……『貴女』にはもう届かないだろうけど、聞いてくれる……?」
「なーに、おねえちゃん。なになに、なーに?」
寝かされていたベットを他の患者に譲り、壁に寄りかかる女性が二人。
生き恥を晒すパイロット、戦う気概を失った戦士。
かつて少年と肩を並べて戦った二人が――冷たい心を温めるように、身を寄せている。
「――私ね、今まで自分が一番可愛かった。自分さえよければ、それで良かった。
グズなあんたも、正直大嫌いだった。パイロットの恥さらしだと思っていたわ。
男と平気で仲良くするあんたを鼻で笑い、見下ろしていたの」
「うー、ディータの事嫌いなの〜」
ベソベソ泣き始める女の子に、女性はくすりと笑って髪を撫でる。
その微笑みはとても静かで、女の子の瞳に悲しげに映っていた。
綺麗に切り揃えられた金髪を撫でて――ジュラ・ベーシル・エルデンは儚く語りかける。
「ううん、今はあんたを笑う資格なんてジュラにはありはしないわ。
……っ……ごめんなさい、ディータ……うっ……本当に、ごめんなさい……
私は、カイを守れなかった。最後の最後まで、味方になれなかった。
あいつを見捨てて逃げた、卑怯者よ!」
頬を透明の雫で濡らし、ジュラは後悔を吐き出した。
医務室へ避難させられた少女に、懺悔を行って泣き伏す。
戦う勇気も培った覚悟も失い、女性はようやく知ったのだ。
自分の行動理由も、寄りかかっていたマグノ海賊団から一歩外へ踏み出せたのも――少年に連れられての事だと。
自分で考えて、行動などしていない。好き嫌いの感情に赴くままに、ただ。
斬髪した時の決意など消えて、男達の死で再び蹲ってしまう。その程度の器だと、思い知ってしまった。
誰もが英雄に、お姫様になどなれはしない。
脇役でしかない事を思い知った時の絶望は、ただ現実を知るよりジュラの胸を切り裂いた。
「……泣かないで、おねーちゃん。大丈夫だよ」
「え……?」
ジュラの涙を拙い仕草で拭き、精神退行した少女は無邪気に微笑む。
希望ある――残酷な呼びかけを。
ただ純粋に、己が信じている事を言葉にする。
「きっと、おにーちゃんが助けに来てくれるよ!」
――場が、固まった。
透き通った声は医療室に響き渡り、苦痛すら凌駕して皆の耳に届く。
少女は、信じている。何も知らずに、ただ信じている――
ヒーローがヒロインを助けに来てくれると、無邪気に。
子供の美しき信頼に、現実を知る大人達が唇を噛み締める。
怪我よりも何よりも、パイロット達には胸に痛い言葉。
――少女の言葉があまりにも心地良くて、一瞬でも希望を思い出して。
自分達が困った時いつも助けてくれた少年が、これほど頼もしく感じられた事は無くて――
死に追いやった人達はいたたまれず、泣き出してしまう。
「……カイ……助けてぇ……助けてよぉ……」
「落ち着いて、ディータが不安がるでしょう!」
医務室へ飛び込んで来たのはエズラの同僚であり、ディータの友人達。
子供のように泣き続けるベルヴェデールを、アマローネが懸命に支えている。
職場放棄したベルヴェデールを保護、ドクターに精神安定を求め――彼の死を知り、少女の呼びかけに心を切り裂かれた。
ジュラはディータを抱きしめて、茫然自失のまま呟く。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめん、なさい……」
助けられなくて、ごめんなさい――救えなくて、ごめんなさい。
体を傷付いたパイロット達、心を傷付けた少女達が、最後の安らぎを求め――居場所など無い事を、思い知る。
ベルヴェデールもとりあえず寝かされるが、泣き止む気配は無かった。
気丈に励ますアマローネの表情にも、次第に疲労と絶望が漂い始める。
その気配を幼いながらに敏感に感じ取ったパイウェイが、立ち上がった。
「皆、しっかりして! きっと、きっと何とかなるから、だから――っ」
「パ、パイウェイちゃん!?」
ディータの呼びかけに、一縷の希望を抱いてしまった綻び。
張り詰めていた緊張が束の間切れてしまい、パイウェイがその場に倒れる。
限界など――とうに超えていたのだ。
「パ……パイ、まだやれるから。がんばれ、る、から――!」
大丈夫、まだ戦える――そう言いたいのに、重い疲労に言葉が出ない。
力なき自分にパイウェイは悔しくて、情けなくて仕方なかった。
ドクターは――尊敬するあの人は我が身省みず自分を救ってくれたのに。
「駄目よ、そんな顔色で!? これ以上働いてたら、パイウェイちゃんの身が持たないわ!」
怪我をした人達が、心疲れし病人達が、心配そうに覗き込む。
患者達の痛切な表情に、パイウェイは声を殺して泣いた。
ドクターに救われたこの命、全てを患者の為に――その決意に、身体が追いつかない。
患者に心配される医者なんて、何の価値があるというのか。
(カイ……バート……ドクター……!)
神はどれほど自分達を苦しめるのか。自分達の罪はどれほど重いのか――
何処へ逃げようと地獄。仲間の死を思い知らされる、この絶望。
救いなど、何処にもありはしない。
(パイはどうなってもいいから――わたしの命も全部あげるから!
だから、だから……)
心優しく、気高いパイロット。
心弱くも、明るい操舵手。
心強く、寡黙で優秀なドクター。
三人の男達を――自分の中にある確かな想いを胸に、少女は痛切に叫ぶ。
「みんなを――助けて!!」
「――心配ない。この船のクルーは全て私の患者だ、一人も死なせはしない」
瞬間、世界は――光に包まれた。
<to be continued>
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