VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <後編>
Action17 −紺碧−
同じ祖国を持ち、同じ苦境を共に乗り越えて来ても仲の悪い人間はいる。
タラーク・メジェール両国の男女差別は絶対的だが、祖国の教えはあくまで前提条件――
同じ性別でどれほどの聖人君主でも、全世界の人間に好かれる事などありえない。
人の心はそれぞれ、千差万別。考え方が違えば、生き方もまた変わってくる。
好き嫌いに、理由すら必要としない者もいる。
――彼女達二人の関係は、その代表例だった。
「貴方、何しに来ましたの?」
「んー」
「貴方の緩んだ顔など、今は見たくもありません。
此処はわたくしの職場ですのよ」
「んー」
生返事を繰り返す少女に、女性は秀麗な顔に皺を寄せる。
エステチーフ、ミレル・ブランデール。
クリーニングチーフ、ルカ・エネルベーラ。
不可侵の気品がある端麗な容姿と、幼い柔らかさな目鼻立ち。
上品な仕立ての制服と、黒の三角巾に白のエプロン。
媚びを含まぬ鋭利な鋭さと、呆れるほどマイペース――
二人はどこまでも対称的で、追い詰められた状況下に置いても互いに歩み寄る気配はない。
「エステルームは既に閉鎖しました、出て行って下さい」
「んー」
「全っ然聞いていませんわね・・・・・・髪の毛を引っ張らないで下さい!」
「んまんま」
冗談なのか本気なのか、クチャクチャと美味しく噛み締めるお掃除少女。
振り回して解きたい衝動に駆られるが、感情で品性を崩す真似はしない。
若くして幹部に昇進した女性――才気溢れるミレルの在り方は既に、完成されていた。
揺るぎはあれど、迷いはしない。
メジェール船が真っ二つに裂けても、自分の職場を放棄しない彼女の姿勢――
丁寧な仕草で髪を解いて、小さな女の子を床に立たせた。
・・・・・・ベットリ唾が髪に貼りついているので、白いハンカチで拭き取る。
「お頭か副長の命令ですの? わたくしには此処を守る義務はありますの。
エステクルーの皆さんは既に避難済みですので、御安心下さいと伝えて下さいな。
――連絡が取れれば、の話ですけど」
「いや」
「・・・・・・一応聞きますが、どうしてですの?」
「命令されるの、きらーい」
「出て行きなさい、今すぐに!」
どちらも若くして幹部に昇進した二人だが、両者の関係はお世辞にも良いとは言えない。
優雅であるよう努めるミレルにとって、この娘の呑気な顔は我慢ならないものがあった。
好悪のベクトルは常に一方的、ルカの無個性な表情に嫌悪も好意も見られない。
「間もなく、此処も崩れるかもしれませんのよ。
巻き込まれても自業自得、助ける義理はありませんわ」
「おー、ガンバレ」
「貴方、わたくしが死ぬと仰りたいの!?」
――駄目だ、疲れる、相手にするな。
顔を合わせる度に心に生み出される三段論法に、ミレルは例外なく従った。
たとえ今日死ぬとしても、彼女は決して変わらない。
シートにゆっくり座り直して、ミレルはもう視線も向けなかった。
ニル・ヴァーナが――揺れる。
震動は収まるどころか、時間が経つにつれて周期も短くなって来ている。
立て続けに起きている衝撃で、エステルーム内の美容機器も床に転がっていた。
エステワゴン、ホットキャビ、美顔器、スチーム式足浴器――
マッサージオイルが床を滑り、美容パックやマッサージクリームが壁を綺麗に舐めている。
最初は整理整頓していたが、鳴り止まない船の悲鳴に彼女も諦めた。
――この船はもうすぐ、沈む。
エステティシャンという職業を選んだ彼女だが、本質は海賊。
パイロット達のような敵への嗅覚はないが、修羅場の空気を肌で感じ取る事は出来る。
この半年間何度も訪れた危険とは、今回桁が違う。
最悪ではない。終わりが確定された戦いに、絶望を感じ取る猶予もない。
ゆえに、彼女は死に場所を自分で選んだ――ただそれだけだ。
マグノ海賊団の麗しい女性陣の肌を守る仕事でも、出撃に同行する以上は生死が必ず付き纏う。
故郷に追い出されたのではない、多くの国民を捨てたメジェールを自分から見限った。
強がりかもしれないが、状況に流されるのではなく自分の選択で出て行った。
一度負ければ、人生の終わり――けれど、彼女に悔いはなかった。
船が沈没しているのに、現実逃避してる少女とは違う。同じ幹部でも――
「・・・・・・、あ、貴方、何をしていますの!?」
「んー」
優越感を感じながら視線を落としたその時、ミレルは驚きを露にする。
相変わらずの生返事。緩やかな瞳を下に向けて、ルカは這い蹲っていた。
品性の欠片もない姿勢で大胆に座り込んで――
少女は汚れた床を、綺麗に拭いていた。
「やめなさい、誰がそんな事を頼みましたの!」
「んー、でも」
白いエプロンを脱いで、無雑作に床に零れている香水を拭き取る。
丁寧だが大胆な拭き取りに、洗濯したての清潔なエプロンが簡単に汚れていく。
船体を揺さぶる衝撃に小柄な少女は何度も倒れ、頬や髪に化粧品類が染み付いていた。
テカテカに汚れたその顔を、ミレルに真っ直ぐ向ける。
「これが、ルカの仕事だもん」
汚らしい作業着に、化粧水が染みた顔――どこか哀しげな表情。
エステルームに押しかけて来た当初は相手にしなかったが、よくよく見ると手足も真っ黒だった。
年頃の女の子には宜しくない、醜い黒ずみにミレルはハッとする。
「仕事って、貴方・・・・・・っ!? ま、まさか――
今の今まで、船内を掃除して回っていたのですか!?」
「うん」
船の外は刈り取りの暴雨、船内は疑心暗鬼の嵐。
殺伐とした世界は、人間の心すら食い尽くして醜い餓鬼へと追いやる。
死者すら出ているこの一大事に――掃除。
ミレルは立ち上がる。何を言うより先に、怒りが破裂した。
「何を考えていますの!? 貴方という人は・・・・・・仲間が苦しんでいるこの時に、掃除ですって!
おちゃらけるのも大概にしなさい!!」
形の整った薄桃色の唇が、鋭く引き締まっている。
普段から何を考えているのか分からない娘だが、これほどまでに無感動だとは思わなかった。
聞けばカイと一緒に出て行ったそうだが、彼の死に何も感じていないのだろうか?
――何の悲しみもないというのなら、それこそ許せない。
マグノ海賊団の崩壊。
その原因は誰と決められないだろうが、始まりは間違いなくあの男を無理に切り捨てた事だろう。
カイ・ピュアウインド、残念に思うのは彼が死んだ事。
完全に断裂した男女関係をどのように修復するのか、期待しなかったと言えば嘘になる。
見所があると――性別を超えた好敵手と認識していたが・・・・・・残念で仕方なかった。
彼を嫌っている自分のような人間でも、心に穴が開いたような空虚を感じる。
なのに、この娘は――!
「人の心は、綺麗に出来ないから」
「! 貴方・・・・・・」
ポツリと呟いた言葉は、何の色もない。
無感動で無感情、がらんどうなメッセージ――
誰にも伝わらない呟きは、同じ部屋にいるミレルにさえ届けようとしない。
「血ってさ、嫌だよね・・・・・・何度拭いても、なかなか取れないの。
操舵手のおにーさん、すっごい血流してた。
皆ほったらかしで、酷いよね・・・・・・ゴシゴシやったんだけど、無理だった。駄目だなー、ルカって」
――バート・ガルサスが死亡した現場。
ペークシス・プラグマの眠る保管室で彼は亡くなり、死体は安置されたという。
現場検証も行われたのだろうが、犯人が分かっているので適当に処置されたらしい。
その後始末を、彼女がやったのだ。
誰もが悲しみに俯いている中、ルカはたった一人現場で――
「カイのね、コックピットも、綺麗にしてあげようと思ったのに・・・・・・あんな、ボロボロになってさ・・・・・・
ルカ、チーフさんだけど――あいつの遺したもの、消せないよ。消せるわけないよ。
だから、せめて・・・・・・皆、帰って来るまでに綺麗にしておかないと、ね――」
無念の、言葉だった。
この少女はきっと――他の誰よりも、何も考えられなかったのだ。
男達が死んで、自分は何をするべきか。
マグノ海賊団の崩壊、自分の死――泣きたくなるような状況で、何も出来ずに泣いている。
流せない涙は心のハンカチで拭き取って、自分の仕事に専念している。
ミレルは知っている。普段マイペースな娘だが、頭は良くて機転も利く。
容量の良さは天下一品、ボケっとしていても必要最低限は完璧にこなす。
与えられた権限を最大限に活用して、気ままに生きている――そんなこの娘が、気に入らなかった。
努力をせずに生きられるルカという少女が、嫌いだった。
「・・・・・・逃げなければ死にますわよ」
「オマエもなー」
ピースサイン、緊張感が続かない娘だ。ミレルは苦笑する。
自分の死を覚悟しているのではない。
――死にたくなるほどの後悔を、もうしたくない。
何かやらなければ、気が狂いかねない。今はそんな状況なのだ。
自分の最期に仕事を選ぶ――その職務意識の高さだけは、尊敬出来る。
それでこそ自分と同じ幹部だと、ミレルは初めてルカを仲間と認識した。
人間としては嫌いだが――最後の最後はうまくやっていけそうだ。
「仕方ありませんわね・・・・・・プロの貴方にお任せしましょうか。
掃除が終われば、今度はわたくしが貴方を綺麗にして差し上げますわ」
「おー、ルカもハイヒール美人に」
「図々しいにも程が――ルカさん!?」
女性の肌具合を見定める彼女の観察眼が、部屋の異質に即座に気付いた。
壁に生じた一筋の亀裂――考える前に、行動に出る。
小柄なルカを引っ張って、そのままテーブルの下へ滑り込む。
激しい衝撃音と、崩れ落ちる壁の物音――
咄嗟に隠れるだけで精一杯、即死を逃れただけでも僥倖と言わざるを得ない。
崩壊した壁の向こう側は、無限に広がる大宇宙――ではない。
むしろ宇宙空間でもがき苦しむよりも辛い、地獄が押し寄せて来た。
地獄の使者――魑魅魍魎の悪鬼が。
「――土足で上がりこむなんて、失礼極まりないですわね・・・・・・
カイはきちんと、見習いとして最初はわたくしに頭を下げて挨拶しましたのよ。
消え失せなさい!」
「べー、だ」
刈り取り艦隊、ニル・ヴァーナ占拠――
とうとう船内にまで襲撃した無人兵器に、二人は毅然とした態度を取る。
自分の死は逃れなくとも、戦う事は決して止めない。
マグノ海賊団の大幹部として、二人は誇りを捨てなかった。
――刈り取られる瞬間まで、決して。
<to be continued>
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