ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <後編>
Action7 −世紀−
罪人を集める施設だけあって、まるで墓場の様に静寂で――無慈悲で。
都市部より離れたこの区域に好んで近付く者はおらず、薄汚い煙を垂れ流す施設が檻の中の窓から見える。
四角い屋根を持った大きな建物、囚人達を働かせる為の工場である。
聞こえてくるのは灰色の空気に染まった風が奏でる、怨嗟の如き歯車の軋みのみだった。
(――下手をすれば、このままあそこで死ぬまで働かされるのかもしれないな)
留置場に放り込まれて早2日、一方的な取調べだけが続いている。
留置場と刑務所が不気味に連結しているこの施設を見る限り、罪がほぼ確定した人間が送り込まれるのだろう。
取り調べる人間は階級で言えば二等民、施設管理者レベルなら軍事に携わる上流階級者。
三等民同士で起きた犯罪ならば加害者と被害者を選別、階級差が生じれば三等民に発言権は失われてしまう。
一方的な判決は治安の悪化を促すが、軍事国家に容赦はない。
男社会に弱者は不要、権力や武力――力を持たぬ人間は、ただ奪われるしかない。
少年が巻き込まれた三等民惨殺事件も目撃者が犯人役として選ばれて、淡々と処理されている。
階級差が生じているとはいえ、何人もの死者が出た惨たらしい事件――本来なら犯人に法の裁きが執行される筈だった。
――犯人が国の将来を担う、士官候補生でなければ。
一等民から極めて優秀な人材が集められた軍人候補達、タラーク上層部の期待の星。
その彼らが犯罪を犯したとあれば国民の支持は減少、失態は軍部全体に及ぶ。
士官候補生三人の処刑とあれば、話題を呼んでしまう。
情勢が不安定な昨今、要らぬ波紋を広げるのは得策ではない。
その点三等民一人が起こした凶行ならば、タラーク軍事国家に波風一つ立たない。
馬鹿な事をしたと上流階級者達から失笑を誘い、同じ三等民達から怒りを買う。
国民IDの一つが不名誉を起こした罰で抹消、当人は内密に処理されて存在ごと消される。
――記憶を取り戻した少年、カイ・ピュアウインド。
彼は世間知らずの夢想家ではない、人間の醜さを性別問わず味わった苦労人である。
国の薄汚い事情を敏感に勘付き、自分が不名誉な罰で処理される事にも気付いている。
命の危機であるにも拘らず――少年は笑うしかない。
自分の運命が、ただ滑稽だった。
(何時の時代へ飛ぼうと――何処の世界へ行こうと、結局俺は捨てられてしまう。
俺に、価値なんて在りはしない。自由に生きる資格もない。
俺は優秀な頭脳を持つ博士でも――自由を掲げた誇り高き海賊でもない。
強いられた生き方を否定し続けた結果、俺は不要となって処理される)
博士となるべく地球に生み出されて、押し付けられた役割を遺伝子が拒絶した。
英雄となるべく国を飛び出して、突きつけられた海賊の誇りを意思が拒否した。
彼らの、彼女達の仲間となる事を否定して――少年を、世界が否定した。
カイ・ピュアウインド本人の存在を、誰も認めなかった。
少年は死に物狂いで戦った、間違いを受け入れて正しさを訴えかけた。
現実を思い知りながらも理想を描き続けたから――世界の良心を、信じたかったから。
そして、子供の我侭は大人を傷つけてしまう。
――無垢な赤子に戻った、ディータ・リーベライ。
――親友を失った、バーネット・オランジェロ。
――存在が明るみに出た、ソラ。
――遂に戦ってしまった、ドレッドチーム。
共に戦う意思を持ち、敵を同じくしながらも、真っ二つに引き裂かれたマグノ海賊団。
引き裂いたのは、少年の信念の刃。
正しい/間違いで海賊達は仲間割れをして、遠くの敵より近くの味方を非難したのだ。
そんな自分が――今更どうして、仲間達の下へ戻れるのか。
(――英雄なんて・・・・・・世界には必要なかったんだ・・・・・・)
不平等な社会に生きる以上、どうしても無理は生じる。誰もが皆、自由には生きられない。
その事実を子供心で痛いほど思い知っても、尚求めてしまう。
奇異な運命に翻弄された自分の人生が絶望の底で頑なに抵抗する――絶対に、違うと。
タラーク・メジェールの価値観を、海賊の生き方を、地球のやり方を。
誰かを傷付けてしまうと分かっていても、捨てる事が出来ない。
我侭なガキ大将なんて、大人の社会には迷惑だというのに。
(俺は、どうすればいいんだろうか?)
このまま座していれば死ぬ、それは確定事項。
無実を訴えて釈放を求める――無力な三等民の声など届かないだろう。
それにこの檻から抜け出したとしても、その後どうするというのか・・・・・・?
まだ未確定ではあるが、恐らく自分はホフヌングの臨界突破によるフォトンで過去のタラークに飛ばされたのだろう。
あの心と身体を磨り減らした男女共同生活は終わった、退屈でも心優しき養父の店で再び生きるのは可能だ。
勿論その生活はただ安穏と続けるのは無理だ――地球がこの故郷を刈り取ろうとしているのだから。
けれど、バートやドゥエロがいる。マグノ海賊団がいる。
この広い宇宙にはメラナスのように、地球を倒すべく戦ってくれる同志達がいる。
自分の存在が彼らを引き裂いてしまうのであれば・・・・・・舞台から退場するべきかもしれない。
口出しさえしなければ、彼女達は一丸となって戦えるのだ。自分一人が足を引っ張っているのだ。
彼女達が平和を守ってくれるのであれば、自分は必要ない。
仲間を傷つけてしまう自分なんて、もう――
(――傷つけて、しまう・・・・・・? そうだ――俺は、まだこの世界では傷付けていない。
俺はまだ、この時間軸ではマグノ海賊団に出逢っていない。俺はまだ何もやっていない。
最悪の未来だけをこの身に刻んだ、目撃者なんだ。
起こり得る事故であるならば、変える事だって出来る。
既に、過去を変えてしまっているんだから――)
貧民街の酒場の主に拾われるのは「ヒビキ・トカイ」であって、「カイ・ピュアウインド」ではない。
地球から時空に廃棄された少年は恐らく、少し先の未来でアレイクに救助されるのだ。
一度目に拾われた時にも大きな負傷をしていたと聞かされたが、恐らく時空間移動による事故の怪我だろう。
生身で廃棄されたのだ、身体が塵にならなかっただけでも僥倖といえる。
この先同じ時間軸に同じ人間が二人存在する事になるが、所詮は捨てられた子供――アレイクに相談すれば、どうとでもなる。
一度経験した人生、やり直せるならば次はきっとうまくいく。
自分が犯した失敗は嫌といるほど思い返しては反省した、次に繰り返さなければいい。
今度こそ仲間達を傷付けず――ドゥエロやバート、マグノ海賊団と仲良く出来る・・・・・・共に、笑い合える。
(これは、チャンスだ。ホフヌング――希望を冠した武器が与えてくれた、最後のチャンス。ペークシスの奇跡。
この奇跡をうまく生かせれば、皆と笑い合える未来を作れる!
俺は・・・・・・俺は、やり直せる。不幸だった人生を、全部幸せに塗り替えられる――!)
数奇な運命、劇的な人生の果てに辿り着いた希望――
希望こそがギリギリの状況で生死の一線を分ける。
幸ある未来について具体的にイメージ出来る豊かな想像力を持つ事が、生き残る上で重要な要素となるのだ。
孤独に満ちた暗い毎日は生存意欲と体力を奪う。
希望を見出す事で恐怖とストレスを緩和して、その精神力が生死を大きく左右する。
悲しみと苦しみが渦巻いていた胸の内が、嘘のように晴れ渡っていくのを少年は実感した。
やり直そう、もう一度。何もかも全部、俺は一から――
「囚人番号51117、面会だ。くれぐれも失礼のないように」
「面会・・・・・・? え、此処で!?」
輝かしい未来に思いを馳せていたのも束の間、暗闇の牢屋の中で少年は首を傾げる。
留置場に収容された事実どころか、犯罪そのものが闇に葬られている筈。
罪を押し付けられた三等民に、わざわざ誰が会いに来るというのか――しかも面会室でもなく、牢屋に直接。
国民IDの無い自分を知る人間は養父に恩人、そして――
「初めて留置場に足を運んでみたが、想像以上に汚らしい場所だな――犯罪者には相応しいが」
「あんたは・・・・・・」
――事件の真犯人、自分に罪を被せた張本人のみ。
自分の持てる権力を駆使して、士官候補生用に支給された軍服を来た男が一人牢屋の前に立つ。
男は牢屋の中で座り込む少年を見下ろしたまま、傍に立つ警備員に告げる。
「彼と少し話がしたい。人払いを」
「し、しかし、規則ですので――」
「事件の調査を上より命じられてね、表には出せない話だ。少しの間でかまわない。外してくれ。
彼は牢屋の中だ、何も出来はしないよ。便宜を図ってくれた君の事は覚えておこう」
「りょ、了解しました!」
(彼・・・・・・?)
規則云々についての話はともかく、今士官候補生の口から他者の存在を定義する言葉があった。
労働階級の三等民なんて、彼らにとっては国に巣食う害虫程度の認識でしかなかった。
だからこそ、正義の名の下に彼らは罪無き人々を殺害したのだ。
不愉快かつ奇妙な感情を覚えながら、一連のやり取りを見送る少年――
地下フロアの片隅にある暗く冷たい牢屋の一画で、酒場の小僧と軍人のエリート候補が向き合う。
「・・・・・・随分と冷静だな。三等民の口から、薄汚い罵声を浴びせられると思っていた」
「文句なら山ほどあるが、言いたい事はあの時全て言い終えた」
この国を変える為に仲間になってくれ――小さな少年が差し伸べた、力強い手。
拒まれたのは残念だったが、悔いは無かった。
他人に理解される事の難しさは、あの半年間で思い知らされている。
決然とした少年の表情を見て、逆に男の眉間に皺が寄る。
「我々はお前に全てを押し付けたんだぞ。殺そうとだってした。何故恨まない? 何故呪わない?
お前自身が今、我々を殺したいと思わないのか!」
この状況に陥って困惑し、苦悩し、絶望に座り込んだ。それは事実。
国が取った判断や真犯人が犯した罪に、何の文句も出ないほど無知でも善人でもない。
男の主張こそ、この場における正論だろう。少年には確かに、犯人を憎む資格はある。
カイは男の激昂を前に――静かに、首を振った。
「勿論憎まれるのも、恨まれるのも嫌だ。けど誰かを憎んだり、恨んだりするのだってうんざりなんだよ。
俺がなりたいのはこの世を救う神様じゃない。
大事な誰かを助ける、ヒーローなんだ。
神様のように罪を罰するのではなく、英雄のように罪を正したい。
間違えているのなら、正せばいい。
俺は例え無駄だと分かっていても、正しさを主張する事をやめたりはしない」
――そう、思っていたのではないのか・・・・・・?
自分の口から滑り出た発言に、少年自身が驚きに染まる。
牢屋の中で沈んでいた鬱屈が嘘のように消え去り、本音が勢い良く放たれていく。
「・・・・・・三等民のお前が正しさを主張したって、何も変えられはしないぞ。
この前も仲間になって欲しいとか何とか言ってたが、お前の正義なんて無力なものだ。
この牢屋から出る事だって出来はしない」
「出来る――いや本当は出来ないかもしれないけど、出来るように努力する。
生命の死と正しさは、絶対に変えられない。
タラークやメジェールが何を言おうと、美しいものは常に輝いているんだ。
同じ人間のあんただって同じだ。
この国を愛する気持ちが心の中に少しでも在るんなら、階級に関係なく――国民にその気持ちを少しでも向けてくれ」
「また、説教か。三等民程度に何が分かるんだ!」
「同じ言葉を持っているなら、気持ちは伝えられる! こうしてあんたと話す事は出来る!」
自然と、牢獄にしがみ付いていた。
電子細工の檻は少年の手を容赦なく焼くが、微塵も苦痛を露にしない。
むしろ牢屋に立っていた男の顔に、苦悩の色が濃く浮き出た。
「俺に会いに来たのは何故だ! あんた自身に少しの負い目があるからじゃないのか!?
俺の意思を、気持ちを知って、何かを感じたから来てたんじゃないのか!」
「馬鹿な、僕はただ――」
「あんたは――あんた達は人を殺したんだ! 命を奪ったんだ!
その事実から逃げ続けて、あんたは何を守るんだ!
やり方は間違えていたけど、決して許される事じゃないけど・・・・・・それでも!
今のこの国が不安で、国に生きる人達が心配で――このままの自分が怖くて、何かをしたくて!
その気持ちまで見失わないでくれよ・・・・・・それまで失ってしまったら、あんた達は本当の犯罪者になってしまう!
頼むから――自分のやった事から、目を背けるな!!」
――愕然と、する・・・・・・
必死で訴えかける自分の言葉が、先程までの自分を打ち据えた。
ようやく見出せつつあった希望の馬鹿馬鹿しさに、今度という今度こそ自分が嫌になった。
過去を無かった事にして、未来をやり直す――それは今エリート達が、自分にしている事と同じではないのか?
自分に都合の悪い事を力で捻じ伏せて、忘却の彼方に消し去って平然と生きていく。
それは確かに魅力的だ、過去に感じた後悔や苦悩も何もかもをリセット出来る。
犯した過ちは無かったものとなり、傷一つ無い未来が約束される。
――それで、いいのか?
「自分が助かりたいから――お前はそんな事を言っているのだろう? そうだろう!」
「そうだ」
「――!」
結局自分は、自分が可愛かっただけだ。
犯した過ちから逃げ出したくて、訪れる罰から助かりたくて明るい未来を夢想している。
それは確かに長い目で見れば、多くを救う結果となるかもしれない。
――殺戮事件を少年の凶行で処理すれば、不安定なこの国をこれ以上揺さぶる事にはならない。
――起きてしまった過去を修正すれば、マグノ海賊団やバート達をこれ以上危険な目に遭わせずにすむ。
けれど、誰かを殺した罪は――誰かを傷付けた罪は、一生償えない。
それを果たして、やり直すといえるのだろうか・・・・・・?
「俺は助かりたい、救われたい――やり直したい!
もう取り戻せないところまで来ているのかも知れないけど・・・・・・それでも、まだ出来る事はきっとある!!
アンタだって、同じだ。
罪を認めれば、あんた達は重犯罪人――約束された将来は、二度と訪れない。
それでも、一生後悔を抱えるよりはマシだろう。
もう一度言う。俺にあんた達を裁く権利は無い。自首しろなんて言わない。
俺はあくまで、間違いを正したいんだ。協力してくれ、頼む!」
決着をつけないといけない、地球と――マグノ海賊団と。
俺の存在がまた仲間達を傷付けるかもしれないが、それでも本当の意味でやり直したい。
過去を変えるのではなく――未来を、変える為に。
もう一度、あの時代へ――あの戦場へ戦いに行こう。
自分を陥れた犯人に向かって、全身全霊で少年は頭を下げた。
それはとても滑稽で、哀れで。清々しいほど、真っ直ぐで。
まるで――誇り高き軍人のようで。
頭を下げる少年に、士官候補生は心を鷲掴みにされた。
<to be continued>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
|