ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action32 −命綱−
戦えば負ける事は、分かっていた。
戦力が上、技術が上、数が上。
一流の腕を持つパイロット達。
幾千幾万の戦場を乗り越えて、不敗神話を築いた戦乙女達。
国家が恐怖する、海賊。
戦えば、誰も勝てない。
――そして彼女達は、進み続ける。
修羅の道を。
果て無き、略奪の螺旋を。
螺旋を――
「『時空螺旋転移理論』は空論の産物ではありません。
引き続き研究と実験を行い、確たる基盤を築くべきです」
「しかし、博士は死んだよ」
テーブル。
暗き部屋の小さなテーブルを挟んで、両者は向き合っている。
理性的な青年。
理知的な少年。
声は、淡々と紡がれる。
「拳銃で一発――理論の詰まった頭脳が砕けてしまったね。
君の失態だ」
「申し訳ありません。まさか自殺するとは…
充分な研究費用と資材を与えていたのですが」
「親が馬鹿だったからね。
劣等な遺伝子を継ぐ息子もまた、愚かだったということさ」
「…」
「データは博士が抹消している。研究の続行は不可能だよ」
「…博士の理論が正しければ、フォトンは時間の流れを操作出来る。
時の解析が可能になれば、我々はもう一度やり直せる」
「フォトンのフラクタル構造は、時間と同じ構造を有している。
優秀な遺伝子を持つ我らの地を、高次元への進化へ導く事すら出来る。
代わりが必要だね、博士の」
「はい。博士の遺体は保存しております。
許可を頂きたい」
「認める。必ず、完成させてね。
ペークシス・プラグマの力を制御するには、フォトンの理論が必要だ」
「分かりました。では早速――」
「博士のクローンを生成します」
――人間を…何だと思ってる。
命に、代用品なんてあるものか。
存在は、不変。
世界に一つしかない。
誰かの代わりなんて、絶対に出来ない。
奪えば、いい筈がない。
例えそれが――
――かけがえのない、命を救うためでも。
負けられない。
――何故?
止めなければいけない。
――どうして?
勝たなければいけない。
――誰に?
誰に――
「ぁ…ぐ…」
激痛の中で、目を覚ました。
警告灯で真っ赤に照らされる視界。
機体の全体が軋み、駆動系統のパーツに異常を訴えている。
喉からせり上がる衝動を堪えきれず、吐き出した。
――吐血。
全身を苛む痛みに顔を顰めて、力なく上げる。
そこでようやく――
――身体中がズタズタなのに、気付いた。
嵐の中を駆け抜けた後のように、服が破れて肌が露出している。
機体の状況を確認。
一斉掃射されて、蜂の巣にされたようだ。
それでも生きているのは、どういった奇跡か――
分からない。
操縦桿は、握り締めたまま。
意識が消えても、身体が起き上がったままでいてくれた。
ならば。
戦わないと――
「…何で…」
モニターが割れて、画面にノイズの影がちらついている。
直撃の余波が、コックピットにまで伝わったのだろう。
生きている事が信じ難い。
後一ミリでも衝撃が大きく襲い掛かっていれば、粉々だったに違いない。
割れて歪んだモニター。
――映し出されているのは、無数の顔。
マグノ海賊団の誰もが見つめ、打ちのめされた男にそれぞれの思いを抱いている。
「…何で…倒れないのよ…」
今、気付く。
全チャンネルをオープンにして伝わるのは、こちらの声と姿だけ。
一方的に送るのみで、向こう側の人間の映像は来ない。
――皆が、カイにメッセージを送っている。
驚愕に悲壮、苦痛に逡巡、憎悪に恐怖。
笑っている人間など、誰一人いない。
仲間を傷つけて、信頼を裏切って、公然と侮辱した裏切り者を見つめている。
カイは血染めに狂った顔に、笑みを貼り付けた。
――全く、笑えていなかった。
「――本当に、死にたい訳じゃないでしょ!」
悲劇に狂った女パイロットの声が、カイの鼓膜を殴打する。
殺すといっておいて、死にかければ動揺する。
カイは脱力した身体を、そのまま傾ける。
死んでいないだけ。
勝負は最早、ついた。
どちらにしろ、死ぬ。
「言った筈だ――」
死を前に――
――それでも、少年は変わらない。
「――俺は、お前らを…許せない…んだ」
戦う理由がある。
宿敵が、目の前にいる。
死んでいないのならば、戦うだけだ。
思えば。
この手に操縦桿を掴んだのは、彼女達と戦う為だった。
「私達が…そんなに憎いの!」
誰の声――だろう?
額が割れて、血に濡れた瞳ではよく見えない。
通信先は、メインブリッジ。
アマローネ――セルティック――そして。
ああ、彼女か…
「海賊だから? 女だから? だからなの?
こんなの嫌だよ…やだよ!
謝ったら、許してあげるって言ってるじゃない!」
くっくっく――頬を引き攣らせて、笑う。
この娘はいつも、自分に厳しい。
あの時叩かれた頬は、今の何倍も痛かった――
「ディータを傷つけたのは、故意じゃないんでしょう?
密航者だって、何か事情があって私達に言えなかったんでしょう!?」
――なんで、彼女が泣いているんだろう?
「――優しくしてくれたじゃない。
いつだって、守ってくれたじゃない!
あれは嘘だったの?
皆を騙すための、嘘だったの?
違うでしょう…違うでしょう!」
ここで頷くのは、簡単だ。
またあの冷たくも、暖かい日々に戻れる。
何もかもを全て昔のままには出来ないが、やり直せるのかもしれない。
でも――
「…。
何で…そうだって言ってくれないのよ…」
どうして皆、そんなに傷ついた顔をしているんだろう?
俺はお前らに、敵対しているのに。
――俺は。
お前らに、そんな顔をしてほしくなかっただけなのに。
誰も、傷付けて欲しくないだけなのに。
「何で――その、気持ちを、お前は…お前らは…」
何で。
こんな事になったんだろう。
カイは自問する。
俺達はどうして――分かり合えないんだろう。
理由はカイが一番知っている。
譲れないものが、あるから。
「他の、誰かに――
お前らの犠牲者達に、向けられなかったんだ?」
悔しくて仕方がない。
泣きたいのは、少女達だけではない。
「――タラークに居た頃から、ずっと見続けてきた。
人は、平等じゃない。
命の価値は、均一じゃない。
人間が、正しく生きられる世界じゃないんだって、分かってた。
お前達を知って。
手を汚すことで守れる現実があることも、知った」
カイは子供である。
世界のバランスを、社会の現実を、事情の善悪を知るには、まだ幼い。
記憶のない少年では、常識すら満足に計れない。
ゆえに。
簡単に、諦められない。
「マグノばあさんの決断は、間違えてはいない。
救われた命があるのを、知ってるから。
――でも。
お前達が、奪った事実は変わらない。
物を。
人を。
奪ったんだ」
自由、そして誇り。
マグノ海賊団が旗印として掲げ、勇猛な戦い振りを見せてきた。
地獄から生き抜いて、新しい世界を手に入れた力。
彼女達を支えている、強さ。
カイはその強さを――真っ向から否定する。
「これからも、奪わなければ生きていけないのなら――
お前達は死んでいるのと、変わらない」
自分が生きるために、他人から奪う。
命を救う為に、命を殺す。
矛盾は、していない。
自分を、自分達を優先するのは、人間として当然の感情だ。
本能と言い切ってもいいかもしれない。
その本能こそが――
――カイが戦うべき相手だった。
「奪わなければ生きてはいけない現実。
お前達がそれに屈した。
敗北を認めたんだ…
今のお前らがやっていることは、破滅を先送りにしているだけだ」
血は流れ続ける。
少年もまた、死んだ人間。
少女達と同じく――足掻いているだけ。
奪うか、奪わないか。
結局、その違いでしかない。
「マグノ海賊団。
俺はこれからも、お前達の前に立ち塞がる。
何度でも、何度でも。
それでも奪いたいのなら――俺の命を、奪え」
少年に戦う力はない。
トリガーをひけば、少女達は少年を殺せる。
少女達が生き方を貫くなら――
――今此処で、少年を奪うしかない。
<to be continued>
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