VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action13 −討伐−
不穏な気配に気付いたのは、カイが最初だった。
物騒な空気という認識ではない。
嵐の前の前触れとでも言うべきか――
彼が最初に嗅ぎ付けたのは、気味の悪い違和感だった。
「・・・変だな・・・」
「ん? 何が」
「何で誰も居ないんだ・・・?」
ドゥエロにバート、それにカイ。
彼ら三人が訪れた先――カフェテリア・トラペザには、誰一人居なかった。
テーブルの上は綺麗に片付けられて、椅子は整頓されている。
施設類は運行しており、稼動音が静かなカフェの中で不気味に鳴り響いている。
「皆、仕事中ではないか?
――と言いたいが、キッチンにも誰も居ないようだな」
難しい顔を浮かべて、ドゥエロも慎重な態度で返答する。
カフェテリアの奥は調理室たるキッチンに繋がっており、覗き見る事は出来る。
無論見つかれば苦情は出るが、ドゥエロは初めから誰も居ないと確信した上で確かめたのだ。
不審な様子に警戒する二人に、バートは後ろから声をかける。
「どうするんだよ、カイ。チーフに頼んで、キッチンを借りるんだろ?
わざわざ僕達にまで助っ人を頼んでおいて」
バートは操舵手、ドゥエロは医者。
彼ら二人の役割はこの艦では重要で、本来忙しい立場である。
バートが居なければ船が動かず、ドゥエロが居なければ怪我人や病院の治療が出来ない。
平和な現状が無くとも、彼らは常に待機しておかなければいけない身だ。
そこを敢えてカイが頼み込んだのには、理由があった。
「何かあったのかな・・・? 誰も居ないってのはさすがに妙だ」
キッチンチーフのセレナ・ノンルコールは柔和な性格だが、仕事は真面目だ。
料理に生き甲斐を見出していると言っていい。
そんな彼女がキッチンに誰も置かないまま放置するとは余程のことだ。
セレナとは個人的な付き合いがあり、料理を教わっている仲。
食生活に貧窮する自分をいつも心配してくれて、自立した生活を支援してくれている。
彼女に今日どうしても頼みたかったのは、キッチンの間借り。
助っ人のドゥエロとバートを連れて、カイは今日これから料理をするつもりだった。
自分達の食事の為ではなく、
「おにーちゃん、とっても静かだねー」
無邪気にカフェの中を歩く女の子、ディータの為に。
今日は――彼女の親友の乗艦記念日。
大切な友達の為に、ディータは手料理を御馳走して祝うつもりだった。
そんなディータの記憶を――消してしまった自分。
彼女の為にせめて出来る事は、と考えて友人に協力を求めた。
幸いにも材料は全て事前にディータと揃えており、レシピのメモも持っている。
料理の腕はディータには遠く及ばないが、レシピがあれば何とかなりそうだった。
カイはそんなディータの頭を撫でる。
――分かっている、これは自己満足。
ディータの代行をしたところで、彼女の親友パイウェイは決して喜んだりしないだろう。
記憶を滅茶苦茶にした当人なのだ。
むしろ料理を振舞えば、感情を逆撫でにしてしまうかもしれない。
何より肝心のディータに、思いは決して届かない。
料理をしても意味不明だろう。
今のディータはパイウェイとは誰かも知らないのだ。
ディータは報われない、パイウェイも喜ばない。
乗艦記念日を祝って今満足するのは、全てを台無しにした自分のみ。
痛いほど、理解出来ている。
偽善どころではない――これは欺瞞。
悪趣味な冗談の延長でしかない。
(・・・でも・・・俺は――何もしないまま、今日という日は終えられない)
ディータに依頼された仕事、今日という大切な日の御手伝い。
依頼人に記憶が無くとも、せめて達成しなくては。
自嘲して何もしないより、間違いであったとしても何かしたい。
後ろ向きに後悔するより、前向きに反対する方がいい。
そう考えて、カイはドゥエロとバートに頭を下げた。
理由を聞き終えた二人は――黙って頷いてくれた。
今日という日ほど、友達の有難さを思い知った日は無い。
「・・・やはり何かあったようだ。副長にも連絡が取れない。
どうする、カイ?」
キッチンの静けさに不審を感じ、ブリッジに連絡を取ってくれたようだ。
応答がないと厳しい眼差しを向けるドゥエロに、カイは一考する。
緊急事態――
間違いなく、今この船に何かが起きている。
今までの経験からすると、刈り取り関連と見るべきか?
しかし刈り取りの襲撃があったのなら、自分に連絡が無いのはどういうことか。
女に嫌われているのは分かっているが、出撃の呼び出しは常にあった。
チームリーダーのメイアや、総指揮官のブザムは任務に事情を挟まない。
無視されているとは思えない。
だとするなら、刈り取りとは別の理由でこの船に何かが起きている?
思い悩むカイに――所在無く立っているディータが視界の影に映る。
頭に包帯を巻いている痛々しい姿。
大人しく寝ていろと言ったのだが、ついて行くと聞かなかった。
ディータは不安なのだ。
周りは見知らぬ男達、全く知らない場所。
両親はおらず、頭には原因不明の怪我がある。
今の彼女は子供――親に甘えたい年頃の少女。
ディータの願いをせめて叶えなければ。
「・・・俺の責任でいい、キッチンを借りよう。
後で怒られるだろうけど、今日中に料理は完成させないと・・・」
船の異常より、目の前の問題を取る。
今日が乗艦記念日でなければ、迷わず船の異常を探りに出かけただろう。
今この時だけは――カイは他の何よりも、ディータを優先した。
その気持ちが痛いほど分かる二人は何も言わない。
たとえそれがどれだけ自分達の立場を危うくしようとも――
レシピに記していた料理はハンバーグ。
味付けや材料は従来とさほどの違いは無いが、今日という日の為の趣向を凝らしていた。
誰も居ない調理室へ入り、奮戦すること一時間。
男達が汗水垂らして、一人の少女の為に料理を作り上げた。
「出来た! 見ろ見ろ、赤か――ディータ!
俺様の会心の出来を!」
赤髪と呼べば不思議がるだけで返事をしてくれないので、名前でカイは呼んでいる。
そのカイがエプロンを付けたまま、ディータの座るテーブル席の前に置いた料理。
ディータは歓声を上げた。
「わー、美味しそう! おにーちゃん、食べていい? 食べていい!?」
「駄目、主役を呼んでから」
「うえーん、お腹すいたー」
美味しそうな香りと温かな匂いを乗せた、ハンバーグ。
この料理に特別な意味がこめられているのは、その見た目。
今のディータには意味は変わらないだろう。
丸いハンバーグに、丸く刻んだゆで卵とニンジン。
それぞれが目と口、頬っぺたに似せて乗せられている。
やや不恰好ではあるが、そのハンバーグは――パイウェイに似せられていた。
ディータが内緒でレシピを作り、記念日の為に準備していたハンバーグ。
その本人が出来たての料理を食べるべく喜んでいるのは、皮肉な話だった。
はしゃいでいるディータを見ると、心が痛む。
本当ならディータが作るべき料理だったのに――
「・・・やめようぜ、考え込むのは」
「そう・・・だな」
心中を察してか、バートがカイの肩に手を置いて首を振る。
今日ばかりは本当に世話になった、そう思う。
愚痴の一つも言わず、慣れない料理に必死になってくれたのだ。
ソースと油で汚れた借り物のエプロンをつけている姿にすら、頼もしさを感じる。
カイはディータを宥めて座らせて、ドゥエロに向き直った。
「――パイウェイを呼んでくれるか?」
「・・・本当にいいのだな? 今の彼女の神経を逆撫でするかもしれないぞ」
「逃げるつもりは無い」
即答する。
どの道、いつかは追及される。
形が違うだけだ。
破局は逃れられないのなら、今向き合うしかない。
カイの決意を感じたのか、ドゥエロはもう何もいわず通信機に手をかける。
パンッ
全ては一瞬――
バートが驚いたように顔を上げるのと。
ドゥエロが通信機を取り落とすのと。
ディータが目を丸くするのと。
――カイが仰け反って倒れるのと――
「ぐっ――」
右肩に焼けるような痛み。
重い鈍痛が肩を支配して、思うように動かせない。
撃たれたのだと気付いたのは――
――物々しい音を立てて入ってきた者達を見て。
「おま――えらっ・・・」
肩口から突き出したバルブ状の突起。
全体的に無骨なシルエットを有した、禍々しき衣装。
カメラアイが怪しく光る仮面。
――防護服。
伝説の"鬼"を髣髴させる武装で入って来た集団。
紛れも無く――完全武装。
イカヅチで出会ったタラ―クの仇敵、マグノ海賊団であった。
床に蹲って睨みつけるカイに、ドゥエロは駆け寄って傷口を縛る。
「――どういうつもりだ。冗談ではすまないぞ」
「冗談で済ますつもりは無い」
ゾッとするほど、冷え切った声。
ドゥエロの静かな恫喝にも恐れを見せず、唯一の出入り口を閉ざした集団は手にした銃を向ける。
彼女達の先頭に立っている者は――
「――ディータ、もう男と話すのは禁止」
――今日の招待客だった。
平和な解決を望んでいたのではない。
波乱があって当然だと思っていた。
しかし、一体これはどういう事か――
「ま、待ってくれよ・・・何がどうなってるんだ!?
何でカイを撃ったり――」
「うるさい!
――ディータ、こっちへ来て。
怪我はもう大丈夫なんだね、良かった・・・」
バートを完全に黙殺して、パイウェイは安堵した表情を向ける。
一方ディータは――きょとんとした顔をしていたが、カイの怪我を見て顔色を変える。
「・・・ひ、酷い・・・」
「え・・・
だ、だってそいつは――」
「どうしておにーちゃんを、苛めるの!
おかーさんが言ってた!
悪いことしたら、素直に謝りなさいって!
おにーちゃんに謝って・・・うええええーん・・・」
ディータにとっては血が流れているだけで、大怪我。
泣きじゃくるディータに、むしろ戸惑ったのはパイウェイだった。
「ディ、ディータは仲間より男が大事なの?
そいつは、ディータよりも自分が大事なのに!」
何もかもこいつのせいだ。
こいつさえ居なければ、ディータとはうまくいっていた。
大切な記念日を、二人っきりで仲良く過ごせたのだ!
小柄な体格にやや大きい防護服を着たまま、油断無く血を流すカイを睨んだ。
カイは痛みに震えつつ、パイウェイの眼差しを受け止める。
「だから――報復に来たのか・・・?」
「そうよ! 言ってやって、バーネット!」
――バーネット!?
その名前に、三人は少なからず動揺する。
カイにとっては苦い別れをした女性――
ドゥエロやバートも、複雑な経緯を絡んでいる人間。
呼ばれた声に従ってでもないのだろうが、ゆっくりと集団の中から歩み出る。
カイは本能的に理解した。
今自分を撃ったのは――バーネットだと・・・
「男は金輪際、ディータに近づくのを禁ずる。
特に、カイ・ピュアウインド。
お前には――死んでもらう」
「――!?」
向けられた銃口の数々。
そのどれもが、冷酷な処刑宣言を告げていた。
<to be continued>
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