VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action40 −感受−
「副長。彗星の映像、モニターに出してもいいですか?」
「・・・ああ」
期待に弾んだベルヴェデール・ココに、ブザムは戸惑いの顔で答える。
マグノ海賊団を構成するクルー達から慕われ、また恐れられてもいるマグノ海賊団ナンバー2。
仕事・私生活問わず厳格な姿勢を崩さず、毅然とした毎日を送っている。
特に仕事上で、部下の前で軟弱な態度を見せる事はありえないと言っていい。
そんな彼女がここまで当惑した様子を見せるのには、訳があった。
「おい、こら! そこの仕事の振りしてサボってる料理下手女!
飾り付け、手伝え!」
「ひどーい、人の欠点突っつくなんて男らしくないと思う!」
「男らしさなんて欠片も知らんくせに、偉そうに言うな!
クリスマスは今日なんだぞ、今・日。
早く準備終わらせないと、時間に間に合わないだろうが」
「・・・はいはい、分かりました。
頑張ればいいんでしょ、頑張れば。ボス」
クリスマス――
切磋琢磨あったが、日時はコツコツと刻まれて当日を迎える。
時間的にまだ平常業務前の早朝だったが、ブリッジには大勢の女性が右から左へ活発に作業に勤しんでいる。
明らかに業務妨害で、日常の延長ならブザムの叱責は免れなかっただろう。
――が、今日一日だけは別。
特別休暇指定日として、ニル・ヴァーナ全艦の業務は停止している。
セキュリティやネットワーク、施設関連の管理・運営は行われているが、交代制で小規模稼動に留めている。
刈り取りを含めて業務内容を一日でも低下させるのは問題があったが、お頭の口添えと数日に及ぶ説得で渋々認可された。
コンソールの外部映像を消して、ベルヴェデールは天井からの罵声に答えている。
今日一番のブザムの悩みの種――メインブリッジの天井で、彼女達のボスが必死の顔で飾り付けを行っていた。
全長三キロに及ぶ巨大戦艦のブリッジは広大で、強化ガラスの天井は見上げんばかりに高い。
当たり前だが危険な高さで、万が一落ちれば下手をすれば命を落とす。
『カッコいい、ボス! 愛してるー♪』
『下心見え見えの愛情なんぞいらんわ!』
泣く泣く、クリスマス責任者にして絶大な指示を受けたカイが引き受ける羽目となった。
艦内全部をクリスマスの世界に仕立て上げる。
これはカイの考案ではなく、毎年の伝統行事であるらしい。
カイとしても反対する理由はなく、飾り付けを率先で手伝っているのだが、早速後悔していた。
命綱と上り梯子を駆使して頑張っているのだが、圧倒的な高さに手元が震える。
中空で踏ん張る体勢は筋力を必要とし、よろつきながら作業に専念していた。
集中力を欠ければ落下、非情な仕事である。
ブザムはほんの僅かな哀れみの視線を向けていた。
(――状況は改善された、か)
反対派と賛成派。
水面下で激しく睨み合っていた抗争は、現時点でなりを潜めている。
少なくとも今現在、妨害工作に出る気配はない。
ブリッジに居る部下達の顔ぶれを見ると、派閥に分かれていた部署の人間が共に作業をしていた。
加えて、クリスマスを彩る装飾品。
カイは隠蔽していたが、倉庫に保管していた資材を強奪された事実をブザムは知っていた。
冷凍庫事件から特に注視していたが、度を越えたやり方と並々ならぬ騒ぎにブザムは懸念を持った。
最早クリスマスどころの騒ぎではない。
男女協力生活にすら亀裂を入れかねない、旅の行く末に関わる問題にまでなってきている。
男と女の共存の思想そのものにそれほどの興味は抱いていないが、マグノ海賊団の指揮に影響が出るのなら話は別だ。
反対派は存在そのものを軽く見ているが、ブザムはカイはこの旅に必要な人材である事を既に認めている。
大前提として、強大な力と特殊能力を宿すヴァンドレッドを構成する一要素である事。
カイが居なくなれば合体は出来ず、戦力は大幅にダウンする。
敵の新型兵器に対抗出来るのは、ヴァンドレッドのみだった。
ディータ・メイア・ジュラ、この三人と合体出来るカイは貴重な戦力となりえる。
女三人の誰かが欠けても構成は出来るが、カイが消えればヴァンドレッド誕生は無い。
到底蔑ろには出来ず、むしろ重宝していい存在だった。
共同生活という面で分析した、現実的な価値。
カイを必要とするのは副長としての判断であり、冷静な視点からである。
そしてそれ以上に――人間的な一面として、カイ本人には興味を向けていた。
イカヅチでの戦いに始まり、刈り取りとの応酬、砂の惑星にミッション、水の惑星。
目に余る挙動も見せたが、驚くべき功績も成し遂げている。
精神面の未熟は多々あるが、彼の持つ理念や行動力には驚かされる事が多い。
部下達も彼と接して、随分変化を見せてきている。
男女共存という厳かな理想にはまだ遥か彼方だが、実現すればタラーク・メジェールを超える器の人物となるだろう。
頭を悩まされる男だが、見所のある人間でもある。
このまま反対派の犠牲となって、争いの果てに爪弾きにされるような事態にはなって欲しくは無かった。
カイの男女共存の理想は立派だが、時期早々とも言える。
これ以上ガタつくようなら、いっそ自らの手で幕引き――クリスマスの中止も考えた。
副長である自分の一存なら、賛成派・反対派が衝突する事は無い。
賛成派には恨まれるだろうが、元より誰からも好かれるような人間ではないと自覚している。
考えあぐねたその結果を、マグノが差し止めた。
早期決断は避けるべき――
カイとクルー達、両者を信じているマグノならではの英断だった。
思えば、マグノにとっても辛い心境である。
我が孫のように大切な娘達と、我が子のように目をかけている少年。
どちらかに味方は出来ず、両方共に大切に思っている。
結果一方的に不利なカイは痛み、傷ついている。
被害を表に出して訴えればカイに味方出来るが、本人が何より口添えを望んでいない。
その懸命さに口出しする事がどうして出来ようか――
マグノの苦渋の静観に、ブザムもまた心を無理やり凍てつかせるしかない。
そして、迎えたこの日。
「ボス。クリスマスツリーどうするんだって、ミカが」
「会場に一本と、公園の木全部に設置する。ガスコーニュに頼んだ」
「ボースー、セレナさんがそろそろ材料の準備に取り掛かってほしいって言ってるんだけどー」
「赤髪寄越したから、こき使ってくれって言ってくれ」
「ルカさんが暇だから相手・相手って喚いているんだけど、何とかしてよボス」
「手伝えやボケ、って言っとけ!」
「パイウェイが用意したお菓子摘み食いしてたよぉー、ボスゥ」
「止めろよ、その場で!?」
「それ終わったら、次カフェの飾りつけお願いね」
「お前がやれ!」
「うえーん、ボース。ミレルさんが怖いですぅ」
「あーよしよし、またなんか嫌味言ってきたのか。後で顔出しておくよ」
「ボス、ボス、ジュラが肩揉んでってさ」
「全力で拳を叩きこむんでよろしく」
――何とか円満に収まったようだ。
ブリッジに訪れる女性達に指示や罵声を飛ばして、順序良く作業を進めている。
カイが提唱した服装や言動案は受け入れられているのか、皆サンタの服装でカイをボスと呼んで慕っている。
暗い雰囲気や険悪な空気は微塵も無い。
皆が皆クリスマスに期待を寄せて、明るい兆しに顔を輝かせている。
思えば、ここ最近部下達のこのような顔を見た事は無い。
故郷を離れて未開の領域に飛ばされ、命を狙われる毎日。
仲間が居るとはいえ、見えない旅路への不安は確実に皆の精神を蝕んでいた。
仕事に追われる形で紛らわせていたが、どうしても負担は出る。
そんな皆に、アンパトスの長期療養やクリスマス開催を提案したカイ。
案外、カイが一番皆を思い遣っているのかもしれない。
そう考えれば、たまにはこうした羽目外しも――
「副長、どっちが可愛いと思います?」
「・・・好きにしなさい」
――やはり注意はするべきか。
満面の微笑みで尋ねるエズラに、ブザムは投げやりにそう言って溜息をはいた。
「あー、やっと終わった」
恐怖の天井釣りより解放されて、カイは震える足を引き摺ってブリッジに着地する。
体勢維持に踏ん張ったせいか、無理な体重負担の反動が来ていた。
その場に腰を下ろして、汗を拭う。
――声援を掛け合って準備に励む者達。
女達が一丸となって、クリスマスの準備に取り組んでくれている。
望んでいた光景がようやく迎えられて、カイは無意識に穏やかな眼差しを浮かべていた。
――資材の全てが返還された。
カイはその驚愕の事実を朝一番に迎え入れる。
パイウェイの悪戯で感電し、阿鼻叫喚の一夜を過ごしたその日の朝。
疲れ果てて寝不足だったカイに、ディータが飛び込んで知らせてくれた。
資材の再準備に困り果てていた矢先に、この朗報。
嬉しい反面、疑問が湧き出る。
当たり前だ、奪われた資材をわざわざ返してくる理由が分からない。
そもそもその反対派に属していたディータが、何故その報告を自分に持ってくるのか。
何故ピョロと一緒にいるのか。
ついでも、どうしてソラまで一緒にいるのか――
『・・・どうやって取り戻したんだ?』
『返してっていったら、返してくれたの』
『何だ、そりゃあぁぁぁぁっ!?』
・・・今までの自分の苦労は何だったのだろうか?
反対派の理解を得られず、資材を強奪されて、連日徹夜だったカイ。
一晩で理解を得て取り返したディータ。
天真爛漫の笑顔であっさり言ってのけたディータに、カイは脱力のあまり突っ伏した。
納得出来ないので、ソラにも聞いたのだが、
『・・・ディータ・リーベライが話し合いを行い、相手側の理解と承認を得ました』
『ほ、本当に・・・?』
『マスターに虚偽の報告は致しません』
『お前が何かやったとか――』
『ディータ・リーベライ一人でやり遂げました』
・・・ディータが同じ女だったから成功したんだ、と後ろ向きに励ます自分が情けなかった。
落ち込むカイを笑うピョロを蹴飛ばして、カイはディータにじっと顔を向ける。
言いたい事は色々ある。
どうして反対派に回ったのか、何故今度は味方をしたのか。
本当に色々あったのだが――とりあえず。
『ありがとうな、赤髪』
『――っ。ううん!
宇宙人さんのお役に立てただけで、ディータは嬉しいから!』
心から嬉しそうに笑うディータ。
共に喜びを見せるピョロ。
落ち着いた様子で、瞳を穏やかに閉じるソラ。
ようやく元通りになった事を、今は喜ぶとしよう。
<to be continued>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
|