VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action18 −迷夢−
現状を省みず感情を優先させる愚は理解している。
ガスコーニュやマグノに指摘され、何度も手痛い目にあって、理性と感情との折り合いを少しずつ学んでいった。
歯を食い縛って、今の己を見つめ直せば分かりそうなものだ。
口に猿轡・手足は錠で固定、マイナス17℃以下に達する冷凍庫に監禁。
出入りするドアは当然ロックされているだろうし、救援は望めない。
まさか早朝時に冷凍庫に放り込まれるとは、夢にも思っていないだろう。
閉じ込められた当人だって驚いている状況だ。
ここは素直に頭を下げて、許すを請うのが得策。
解放さえされればこっちのものだ、約束を反故にして反対派を断罪すればいい。
こんな卑劣な罠を仕掛けてきた相手なのだ、心情を考慮する必要なんて全くない。
そう思う気持ちは確かにある。
あるのだが、
「むーむーむーむー!!」
あえて真っ向から愚かにも立ち向かっていく。
それがカイという名の存在を明確に表現し、生き方を構成する要素でもあった。
敵が卑怯だから自分も卑劣に対抗する、そんな考えがまず出来ない。
辛酸を舐める結果になろうと、正々堂々とぶつかっていくのがカイなのだ。
それは――彼を主とする美しき従者には分かっている。
そんな人だから、主と認め、心からの忠誠を誓っている。
忠誠を誓っているからこそ――彼の命令は絶対だった。
(マスター)
ニルヴァ−ナ内部を構成する膨大なネットワーク空間。
情報世界の狭間において、冷たき感情を纏った女の子が内なる思いに語りかける。
『――分かった。連中と一緒にいろとは言わない。
姿を消したままでいてもいい』
カイが話してくれた、ソラへの心地良い思い遣りの声。
『その代わり――お前はしっかりと見ているんだ、俺とあいつ等を』
あの時、主は真剣に語ってくれた。
『俺を認めない奴らがこの船の中にはたむろしている。
衝突は一度や二度では終わらないだろう。
でも、お前は絶対に手出しするな。
これはあいつ等と俺の問題だ。
お前は見守っておいてくれ。何が正しくて、間違えているか――』
今回のクリスマスなる催しに対する気持ち、情熱を。
『案外、複雑で――単純かもしれないぜ、人間って。
誰もがデジタルに生きている訳でもない。
頭が良い奴が、頭の良い行動を取れるとは限らないさ』
主はにこやかに笑ってこう言ってくれた。
『俺とあいつらの幕間劇――クリスマス戦線を楽しんでくれ、ソラ』
それもまたクリスマスの楽しみ。
イベントを理由に楽しみ、イベントを元に人間を観察する。
ただ皆と一緒に参加するだけがパーティじゃない。
正しいようで微妙に可笑しな言葉で、カイはそう締め括った。
『全員参加。パーティに私を行かせるのが目標ではないのですか、マスター』
『お前が嫌だって言うからだよ』
拗ねた顔をして、妥協策だと言う主。
ソラからほんの僅かに――微笑みがこぼれた。
巨大スクリーンの向こう側で、必死に首を振っている少年。
猿轡で言葉を封じられているが、表情と必死の抵抗が何より雄弁に拒絶を示している。
第三会議室。
権限による使用許可を取り、一同を集結させて、交渉の場を確定した。
手元の変声入力入りのマイクを一旦切る。
中央の議長席を陣取って、強い意志を宿した表情に安堵と諦観の色が混じる。
見る者が溜息を漏らさんばかりの憂いなる美貌。
高い人望と高度の知性を持った反対派のリーダー、メイアはそっと声を漏らす。
「要求は全て伝えた上で、奴は突っ撥ねた。
これで少しは理解したか? 力押しの交渉など奴には無意味だ、ミレル・ブランデール」
「・・・・・・っ」
秀麗なその表情は沈黙を保っている。
マグノ海賊団の女性の美しさを守るエステのチーフ、ミレル・ブランデール。
反対派を構成する人員の中で、それ相応の発言権を持つ。
彼女の美点は感情を表に出さない、礼節の高さにある。
激昂しても表面にだけ出し、言葉や態度には決して見せない。
醜い心の感情が外見をも歪める、エステを一任する彼女には基本事項ですらあった。
「愚策であったことは認めますわ。
ですが、その責任の所在をわたくしに押し付けられても困ります。
そもそも彼を閉じ込めたのはキッチンの方々。わたくしは状況を利用しただけに過ぎません」
「交渉の一手に問題があったのは認めるのだな。
ならば責任問題に発展する前に、次なる手を聞いておきたい」
「交渉決裂は向こうの意思。
こちらは彼の意向に沿うだけですわ」
「本人は何も望んでもいない。これ以上の監禁は無意味と知って、か?」
「解放する理由はありません。ですわね、皆さん」
エステチーフの言葉に、列席する女性達の大半は頷く。
メイアは重々しい苦味を抱えたまま、黙り込む。
カイが男であり、仲間入りを認められない気持ちは理解できる。
我が物顔で船内を闊歩するカイに怒りを感じるのも分からないでもないし、マグノ海賊団に影響を与えているのも事実。
何よりカイがマグノ海賊団に反発している限り、両者の諍いは永遠に終わらない。
その対立の構図が今、クリスマスというイベントを中心に図式化している。
賛成派と反対派、中立派と静観派。
明確なのが賛成派と反対派、不明瞭なのが中立派と静観派だ。
中立している人間がまだ怖くはない。
マグノやブザム、ガスコーニュのように立場ある人間や対立を好まない平和的志向の人間はこれに当てはまる。
不気味なのが静観派だ。
状況をうかがい、あえて表舞台には出ず、心にただ気持ちを沈めているだけ。
反対派の動向を伺えば把握出来るー―そう考えた自分に甘さを感じた。
いっそカイなど本当に見捨てて、今居る反対派に本当に組みすればどれだけ楽かとも思ってしまう。
頭が痛い。
「同じ男側として――バートはどう思う?」
打開策を立てるには時間が要る。
時間稼ぎとヒントを見出す意味をこめて、一同の目を唯一の男に向けさせた。
バートはギョッとした顔をして、慌てて取り繕う。
「ぼ、僕もこのままってあんまりかなと・・・・・・
いえいえいえ、決してあいつの味方だからとかじゃありませんから!」
反対派の女性陣の目を気にしてか、途中で意見を覆すバート。
完全に圧されている。
メイアはふぅっと小さく息を吐いて、
「バートはカイを身近に知る者だ。我々よりもあの男に詳しい。
このまま放置する事に意味を見出せるか聞きたい」
「う、うーん・・・多分、意味無いんじゃないかな――と思います。
このまま死んでもあいつ、意見変えないだろうから」
メイアがリーダーシップを取った経験が数年足らずだが、今では実力も貫禄も上に立つ人物にふさわしい。
彼女に馴れ馴れしい口の利き方が出来るのは上司を除けば、せいぜいカイだけである。
バートもメイアを前に、安易な意見は吐けなかった。
メイアは一つ頷く。
「効果を期待出来ないなら、今のやり方に意味は無い。
カイに死なれれば現場の管理をしているセレナに、しいてはお頭や副長にまで迷惑をかけてしまう。
志を忘れた訳ではないはずだ。
我々はあくまで増長する男を粛清し、これまでのマグノ海賊団を取り戻す為に集まった。
クリスマスの阻止は、その目標の上で必要な事項だ。
だからといって、仲間内にかける迷惑を無視すればいいというものではないだろう」
――こんなに長々と話したのは何時振りだろう?
ふと考えて、深い心労を覚える。
今の意見も半分は本音、半分は虚偽だ。
仲間に迷惑をかけるやり方は見過ごせない、これは本心。
だがカイは、排除できない。
カイには――――恩義がある。
認めたくは無いがカイには何度も助けられ、危機を救われた。
だから、こんな役割でも引き受けた。
仲間の為――
男女共同はお頭が定めた決定事項であり、空中分解は望むところではない。
こんな騒ぎ事に正直参加はしたくないが、不穏要素を無視していい理由にはならない。
刈り取りの対応で精一杯な現状で、内部抗争は火種でしかない。
メイアは、あくまで中立だった。
だからこそ仲間の意見を考慮した上で、カイの身の上を案ずる。
天秤が左右釣り合うように、平穏な水面を波風で揺らさないように。
大変なのは自覚している。
今だって、どっちの意見も尊重しているから、ややこしくなっている。
それでも――
ほんの僅か、取るに足りないほどちっぽけだが・・・・・・カイの為・・・・・・でもあるから。
「甘いです」
そんなメイアの心情を見透かしてはいないのだろうが――セルティックが意見する。
「冷凍庫なんてうってつけじゃないですか。問答無用で放置しましょう。
そんなに動物が好きなら、冬眠でもしていればいいんです」
「で、でも宇宙人さん、あの中じゃ寒いんじゃ・・・・・・」
「頭を冷やすにはぴったりな場所だぴょろ!」
「う、うーん・・・・・・」
論点が激しくずれているあの人員も、メイアの悩みの要素だった。
ディータやセルティックが一員だと聞いた時には、本当に驚いた。
カイに敵対する筈が無いと、心から確信していたからだ。
何が喧嘩でもしたのかと思ってみれば――これがまた、ささいな理由だった。
謝るなり、話し合うなりすれば解決できる問題を、目の前の感情に振り回されている。
特にディータは今回の騒動をお祭りごとか何かのようにしか思っていない。
気楽にかまえているのも、カイに絶大な信頼を抱いているからこそだ。
この程度の危機など、笑ってすませられると。
・・・少し、胸が痛い。
「皆さん、こうおしゃっているようですけど。
それにお聞きしたいのですが、何故あのような戯言を条件に加えられたのですか?」
「――何の話だ」
「とぼけないでいただきたいわ。
クリスマスへの不参加とマグノ海賊団への不干渉。
これだけで充分でしょう? 後は全て不必要ですわ」
勿論、分かっている。
分かっているからこそ、条件に全部加えた。
メイアは冷静な顔を崩さない。
「要求は相手に伝えなければ意味が無い。皆の真意を考慮して、奴に伝えた。
遠まわしな言い方では奴には伝わない。
私に文句を言うより、希望を出した者達に言うべきではないのか?」
「く・・・・・・」
――ああ言えば、カイは分かるだろう。
裏で誰が動いているか、反対派が切望しているのは何か。
そして――それが真意だと勘違いしてくれる。
知られたくなかった。
カイを嫌う人間は、カイの存在そのものすら疎ましく思っている。
このクリスマスにぞっとする程の陰湿な気持ちを抱いている。
ともすれば、死すら望む程に――
だがあの条件を聞けば、反対する理由はその程度だと判断する。
喧嘩の延長――ささいな理由。
その程度に思ってくれさえすればいい。
セルティック達と仲直りする契機にはなるだろうし、条件内の事柄も真実ではある。
カイは、優しい人間だ。
対立はしても、セルティック達を決して憎まないだろう。
それでいい。
後は――自分の仕事だ。
「話を続けよう。カイの処遇、そして今後の見通しを検討する。
まず、奴の行動パターンを分析する」
意見を述べながら、そのまま手元のコンソールをそっと操作する。
不自然じゃないように冷凍庫での監視画面を消し、分析グラフを出力する。
そして、内々にメールの送信。
宛先は医務室――ドゥエロ・マクファイル。
<to be continued>
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