VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 2 −The good and wrong−
Action8 −歩み寄り−
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「うう・・・パイウェイ、治療お願い」
「ちょっと〜、こっちはさっきから待っているのよ!早くしてよ!」
海賊船のメディカルルームには、次から次へと怪我人が雪崩れ込んでいた。
ペークシス暴走の際に巻き込まれた者、復旧作業中のトラブルにあってしまった者も無論いるが、
怪我人の大半は現在襲い掛かる敵の攻撃による影響をうけてしまった者だった。
次々と痛みや不満をあげるクルー達に、最初こそきちんと対応していたパイウェイも、
さすがに人数の多さにはどうしようもなく、遂には本人が癇癪を起こしていた。
「もぉ〜〜〜〜!!皆、怪我するの禁止!!」
無茶な事を叫んで、パイウェイは地団太を踏んでいた。
ナースとしてはあるまじき行為ではあるが、ませているとはいえ11歳の子供である。
しかも、本来治療を行うのはあくまでメジェールの科学技術を駆使したメディカルマシーンなのだ。
タラークより医療技術が進んでいる最先端ゆえ少々の怪我ならば、一瞬で完治できる機能はあるものの、
ペークシスの暴走により機能が停止している今の状態では復旧もままならなかった。
状況が状況なだけに、人も機械もなす術がないのだ。
今だ隔離ルームに閉じ込められたままのバーネットも、ほとほと疲れ果てていた。
「こりゃあ駄目だわ。どうしよう・・・」
こうなれば力づくで出て行くしか方法はない。
だが、自分が出て行ってもドレッドが発進できるかどうかも分からないのでは徒労に終わる。
自分ができる事は殆ど何もない事に気がついた彼女は、その場にへたり込んだ。
そこへメディカルルームの女性達の間を縫うように、突如声が響く。
はっとバーネットが視線を向けると、メディカルルームの通信モニターに一人の男が映っていた。
忘れたくとも忘れる事のできない第一印象を持つその男が。
「こいつ・・・・」
苦痛の悲鳴がやみ、ルーム内の全てのクルーがモニターに釘付けになった。
全回線を開放されている風呂場のディスプレイより、カイの姿と声は全フロアに響いていた。
それは懸命に戦いを続けるディータ達ドレッドも例外ではない。
「あーー!!宇宙人さーん!!」
ディータはそれまでの疲労も忘れたように、表情を輝かせる。
逆にメイアは表情を険しくして、カイをじっと見やった。
「こいつ、どうして回線に・・・・」
話し合いがどこまで進んだのか、途中で飛び出して出撃したメイアには分からなかった。
だが、こうしてモニターに映し出されている所を見ると、少なくとも拘束はされてはいないようだ。
その事に苛立ちすら感じるメイアだった。
「リンク先はブリッジのようね。何を話すのかしら・・・」
キューブの波状攻撃を自機の防御システムで弾き飛ばし、ジュラはモニターを見つめた。
メインブリッジでは、その時メイア達の攻防戦を一喜一憂で見守っている最中であった。
ブリッジ内の全システムを何とか復旧し終えたものの、伝えられる情報は目を覆わんばかりであった。
バートによるナビゲーション始動より船は動き出したものの、敵本体が後を追いかけてきたのだ。
今まで鎮座していたピロシキは船の突然の活動に何かを感じたのか、猛然と速度をあげてきている。
逃げ切れそうにないと判断したブザムが、艦長席に座るマグノの傍らに立つ。
「このままでは逃げ切れそうにありませんね」
「特にこうテンパってたらね・・・・どうなるか見当もつかないよ」
珍しく弱気な口調で答えるマグノ。それだけ事態は深刻だということだろう。
そこへさらに追い討ちをかけるように、ベルヴェデールがヒステリックに叫んだ。
「左舷エンジンに被弾しました!!このままではシールドにも影響が出ます!」
悲痛な報告に、マグノもブザムも陰鬱な表情になった。
これでは逃げる事も、攻める事も、守る事すらできない状況へと流れついてしまう。
いよいよ最悪を考える時が来たのかも知れない。
ブザムがしきりに躊躇っていたが、やがてゆっくりとマグノに口を開いた。
「お頭、クルー達の脱出を・・・・・・」
沈痛な表情で俯いているマグノは、大浴場でのカイの言葉を思い出した。
『自分達が生きる為なら・・・・・人を踏みにじっていいっていうのかよ!!』
カイの激しい非難の言葉、それはマグノにとっては痛い言葉だった。
そもそもマグノ達が海賊となった経緯として、メジェールでの大規模な星のテラフォーミング計画にあった。
希望的観測を持って始められた星の技術改良も難航に難航を迎え手づまりとなり、
その結果、ユニットと呼ばれる住民の生活区域が強制的に切り離されたのだ。
メジェールの名の元の非情な行為に、明日への生活にも困る住民達が溢れかえった。
特に、まだ年端もいかない若い少女達が多数を占めていたのだ。
そこへ最年長者であり、尼僧でもあったマグノが難民であった彼女達を救うべく海賊団を形成した。
輝かしい未来も見えないままに、住む家や食べる物すら事欠いた日々。
略奪しなければ、大勢の犠牲者が出る。
タラーク、メジェール両国家から敵対視されても、マグノ達は海賊を続けなければいけなかった。
国からも捨てられた自分達に生きていく方法は他にはなかったのだ。
そして今様々な道程を経て、現在これまでにない悲壮な結末が待ち構えていた。
まるで自分達を裁くかのように、凶悪なギロチンを頭上に振り下ろそうとしているのだ。
カイとの邂逅も重なり、マグノは皮肉な運命を感じずににいられなかった。
「・・・・いよいよアタシらもこれまでか・・・・」
『おーい、聞こえるか?』
いよいよ諦めの言葉が口に出たその時、ブリッジ中央のメインモニターにカイが映し出された。
先程までの考え事からの突如の声に何とか動揺を隠し、マグノは皮肉げな笑みを浮かべる。
「おや、坊やじゃないか。何のようだい?」
『これ、はずせ!いいかげん邪魔だ!!』
モニターの向こうからガチガチと手首の手錠を鳴らすカイに、マグノは真顔になった。
『ほう、何をするつもりだい?』
『決まっているだろう・・・・・』
一呼吸分の間を置いて、カイは迷いのない力強い笑みを浮かべた。
『俺も戦うんだよ!』
じっとカイを見つめるマグノだったが、その表情に迷いも何も見出せなかった。
モニターに映し出されているのは決意に燃える一人の男の姿だった。
「我々に協力するというのか?海賊相手に」
傍らで聞いていたブザムが、わざと挑発するような口調で問うた。
マグノはブザムの横顔に何か考えがあるのを察し、面白そうにカイを見つめる。
『冗談じゃねえ。誰がお前らのために戦うなんて言ったよ。
あくまで俺のためだ』
そう言うものの、カイの表情はどこかすねたような顔にしている。
「あんたが戦えば勝てるかどうかは分からない。
だが、もし勝てても結果的にあんたはアタシらを助けた事になるよ。
女で海賊であるアタシらを、だ。
あんたの正義はそれを許すのかい?」
マグノの言葉はカイとの行き違いを明確に示していた。
宇宙一のヒーローを目指しているというカイにとっては、海賊は立派な悪行行為。
どう方便しようと困る人間がいる限り、マグノ達は犯罪者なのだ。
その行為を肯定するマグノ達がどうしてもカイは許せなかった。
・・・・先程までは。
『・・・・あんたやそっちの女が言った事、いろいろ考えた。
海賊行為を繰り返すお前達。生きるために行っているという理由。
俺はずっと考えた・・・・これまでにない程に真剣に考えた・・・・・』
カイのとつとつとした言葉は、何よりの真剣みを帯びていた。
マグノ達も、そして他のクルーも思わず耳を傾けてしまうほどに・・・・・
『俺はさっき言ったよな。生きるためなら何でもしていいのか?と。
俺はな・・・我慢ならなかったんだ。
何故なら、お前達はこの世界を生きぬけるほどの力があるからだ。
悔しいけど俺達男の軍隊を翻弄するほどの強さが、能力があった。
お前等が海賊をはじめた理由は俺にはわからねえ。
だが、今のお前らなら違う生き方だってできるはずだ!
なのに、お前達はこんな行為を繰り返し続けている!俺はそれが許せなかった!!」
きっぱりと辛辣に切り捨てたカイの言葉に、海賊たちは見る見る色めきだった。
「何よ、こいつ!!何にも知らないくせに!」
「私たちだって必死なのよ!!」
ブリッジクルーのアマローネ、ベルヴェデールが非難の声をあげる。
「ふーん、こいつがメイア達を翻弄した男かい・・・・」
レジシステムの復旧が進む中で、ガスコーニュは口元の串をくいっと上げる。
どうやらカイに興味が出てきたようだ。
他のレジクルー達が騒いでいるのを見て、ガスコーニュは静かに諌めた。
「まあ、ちょっと落ち着きな。こいつの話には続きがあるようだよ」
にやりと笑って、再び口を開いたカイを見つめる・・・・・・・・・
『でも、俺は・・・そうやって他人を批判出来る程偉い訳じゃないんだよな。
自分が今まで何をしたのか、どういう生き方をしてきたかも知らねえし・・・・』
「知らない?どういう意味だ?」
カイの言葉に引っかかりを感じて、ブザムは眉をひそめる。
すると、カイはまるで人生の大半を歩んだ疲れ果てた孤独な老人のような表情になる。
『俺には・・・・記憶がねえんだ・・・・』
「!?何だって!?」
マグノは目を見開いて、カイを見つめる。
これまでのカイを見てきたマグノには、彼が記憶喪失であるようにはまったく見えなかったのだ。
『だから、全然わからないんだ・・・・・あるのはここ数年の記憶だけ。
自分が誰なのか?どういう奴なのか?
恥ずかしい話、俺には名前も年も知らないんだ・・・・・・・
カイって名も親父・・・・拾ってくれた育ての親がつけてくれた名前だ』
カイの告白に、敵との攻防を続けるメイア達も愕然となった。
「宇宙人さん・・・・記憶がなかったんだ・・・」
「でもあいつ、平然としてたのに・・・・」
ディータとジュラ、二人の呟きを耳にしながらもメイアは黙ってカイを見つめていた。
その表情に、もはやカイへの怒りも苛立ちもなかった・・・・・・・・・
ブリッジ内に沈黙が漂い、さらにカイの言葉は続いた。
『思い出も、家族も何もない。ずっとずっと一人だった。
真っ白な頭の中身を抱えて、俺はただ生きてきた。
ひょっとしたら、宇宙へ出たのもただ掴みたかっただけなのかもしれない。
この宇宙にどこにも存在がない曖昧な自分だから、自分だけの何かか欲しかった・・・・・
自分だけの証・・・・
宇宙一の証が欲しかったから、俺は理想を夢見たのかもしれないな・・・・・』
酒場を飛び出して、宇宙へ出て、カイはようやく分かったような気がした。
自分が如何に理想だけを追い求めていたのだという事に。
支えがない今の自分では、どれほどまでに無力なのかという事に。
カイは・・・・ようやく分かったのだ・・・・・
「それが・・・あんたのいうヒーローだったんだね。だからこそ、あんたは譲れなかった」
鋭いマグノの指摘に、黙ってカイは頷いた。
『生き方を変えれば、お前達を認めてしまえば、俺は何を求めていたのかも分からなくなる。
突きつめていた善悪が消滅してしまう。それが嫌だった』
価値観を失うこと、それはカイの持つ新しい記憶への否定になる。
酒場でのマーカスとの生活。楽しくもあり、生き方を学んだ時期でもあったからだ。
『結局、俺は恵まれていたんだな。生きていく上で困る事はなかった。
なぜなら俺は一人だったけど、孤独ではなかったからだ。
育ての親がいた、俺のことを心配してくれる人がいた。食べる物も、着る物も、住む所もあった」
マーカスが文句も言わずに素性も知れないカイを黙って置いてくれたから、
アレイクが怪我をしてカイを助けたから、今の彼がここにいる。
人として生きていく上で本当に大切な物が、カイの傍にはあったのだ。
『だからこそ、俺はお前らが理解できなかった。
追い詰められた事もない、生きていくのに切羽詰った事もないからな。
誰かを虐げてまでしなければ生きていけないだなんて、俺には想像もつかねえ。
でも俺だって育ての親がいなければ、道を踏み外したかもしれない。
腹が減って、どうしようもなくて、他人の物を盗んだかもしれないな・・・・』
生物的な本能に逆らえる人間など一握りしかいない。
そしてその一握りが自分がある可能性だってないのだ。
苦笑するカイに、ナビゲーション席で聞いていたバートは思わず口元を緩めた。
初めはさらなる波風を立たそうとしているのかとハラハラしていたが、
カイの告白を聞いてそれは違うと悟ったのだ。
「それで・・・お前さんは結局どうする気だい?」
風呂場での刺々しかったカイの態度が柔軟になっているのを感じ、マグノは穏やかに尋ねた。
ブザムは黙して答えを待つ中、カイは深呼吸をひとつして言った。
『俺は今まで何もわかってなかった。ただ、他人の価値観に踊らされていただけだ』
漠然と、カイはそのとき理解していたのかもしれない。
女は決して邪悪な存在ではない事を。タラークの上層部にどれほど騙されていたのかを。
『だから俺はもっと色々知りたいと思う。
お前達や・・・・いや、もっと色々な人々の営み、喜び、悲しみ・・・・その全てを俺は理解したい』
これまでのカイは自分だけの価値観に従って行動してきた。
自分が納得できなかったら拒み、自分が信じる道だけを歩んできたのだ。
だからこそマグノ達の生き方に反発し、海賊にそぐわないディータ達の優しさに戸惑った。
反発するベクトルは行動を妨げ、カイの今までの信念とも言うべき思想に矛盾をきたした。
悩み苦しみ、袋小路に追い込まれたカイにドゥエロは言った。
『お前はどうしたいのだ?』と。
その言葉で気がついた。
自分は結局・・・・意地を張っていただけなのだ、と。
違う考えを持つ女が、意に反する生き方をする海賊という存在が認められなかったのだけに過ぎないと。
他人を否定する事しかできないのならば、ただの利己的な半端者にすぎない。
これまでと何も変わりはない。自分はそれでいいのか?
カイの答えはノーだった。
「何となく分かるな〜、その気持ち」
機関部での復旧作業の手を休めず、パルフェは堂々と語るカイに賛同の意を示した。
未知なる物へ歩み寄ろうと思う気持ち。それはパルフェにはよく分かった。
彼女もまた知りたいと思う事による強い愛情と好奇心があったからだ。
「ディータがこいつを気に入った理由、ちょっと分かっちゃった」
眼鏡の奥の瞳を細め、パルフェはカイを見つめる・・・・・・・・
『この宇宙を巡り、俺は自分をもっと成長させる。
宇宙一のヒーローになるために。
そして・・・・・・・
この宇宙に俺でしか立てられない証を掴むために、俺は今戦う!』
もっともっと自分の見識を広げ、理解する。
マグノ達を、メイア達を、女という存在を。そして物事の本質を知るために。
カイは一歩他人への歩み寄る事を決意したのだ。
マグノ達を見据えて自分の答えを明かした後、若干小さくカイは付け足した。
『ま、まあそれに・・・・あいつらには借りがあるからな・・・・・
シカトするのも目覚めがわりーだろう』
あいつらというのが誰かを誘ったブザムは、口元を綻ばさせた。
そしてマグノへと顔を向けると、マグノは黙って頷いた。
ブザムはその仕草を了承と判断し、手元に握っていた小型のコントローラのボタンを押す。
すると、モニターの向こうでのカイの手錠が外れた。
『うしっ!ぱぱっと片付けてやるか!』
不敵に笑って、カイはそのままメインモニターから姿を消した。
マグノはしばらく感慨深げにモニターを見つめていたが、やがてふふ、と和やかに笑った。
「どうやら頭が固いだけじゃないみたいだね・・・」
「ええ。どのような行動を起こすのか、少し見ていたくなりました」
二人は互いにいい合って、ブリッジの外を見つめる。
まだまだ予断は許さない状況なれど、どこか二人の顔色は明るくなっていた。
周囲を希望で明るくさせる。カイ独自の魅力の一つかもしれない・・・・・
<Chapter 2 −The good and wrong− Action10へ続く>
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