VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action13 −過度−
閉ざされた門。
男のみ許される領域に存在し、侵入者を寄せ付けない永劫の扉。
人々の前途を遮る冷たき壁はこう囁く。
「汝、一切の希望を捨てよ――と」
「・・・一人で何言ってるんだ、お前」
「遺言」
「怖い事言うな!?」
清潔大好きな小柄なチーフの背後で、呆れた様子で口を挟むカイ。
クリーニングルームからカイの部屋とやって来た二人。
リフォームされた部屋を改めて見て、ルカは一つ一つを説明する。
驚きの事実はコンピュータ類。
何とルカが頼んで用意させたというのだ。
「本当かよ、おい」
「うん。頑張ったから」
「頑張ったどころの話じゃない気がするぞ。
これだけの機器を誰に頼んで――」
「機械音痴で有名なカイちゃんが、これだけの機器とか偉そうに言ってる」
「大きなお世話だ! それもお前が流したんだろ!」
「グス」
「泣いてる!?」
「ひどい・・・グス・・・ひどい・・・」
「ご、ごめん! 俺が悪かった!」
「よく分かったね、カイちゃん」
「本気で泣かすぞ、お前は!」
「貴方無しではいられない身体にするのね」
「背中がゾクゾクするその目はやめろ!」
カイはすっかり忘れている。
機械類を揃えたのが誰なのか、その答えをまるではっきりさせていない。
何時の間にか、話題がすりかわっている。
喚き散らすカイを前に――ルカは瞳を細めて微笑むだけだった。
「使い易そうでしょ。艦内のネットワークにも入れるよ」
「最新設備だって言ってたもんな」
「誰が?」
「ソ――ばあさんが」
何でもないように言いつつも、内心でカイはドキドキする。
ソラの名前を出すのはまずい。
彼女の存在を知るのは、カイ以外に数人だけ。
緊急事態かこちらから呼ばない限りは、主の前にも姿は見せない。
カイが拒んでいるのではなく、マグノ海賊団への接触をソラが望んでいないのだ。
下手に存在を明らかにすると、新たな問題が発生しそうなのでカイも黙っている。
「・・・何をメモしているんだ、お前」
「御仕事のスケジュール。
ソ、ソ、ソ・・・名簿から調べてみようかな」
「これっぽっちも関係ないだろ!
しっかり気にしているじゃねえか!」
会話能力では圧倒的に負けている。
これ以上余計なことは言わないようにしようと、カイは心を引き締めた。
ルカはそっとメモ帳をしまう。
「この扉のセキュリティは特別なの」
「他の女達に入られ――のわっ!?」
「顎に虫がとまってたよ、カイちゃん」
「ず、ずみまぜん・・・・・・」
ルカに内々に注意されている。
カイを始終監視している人間がいる――不用意な言動は慎むように。
耳打ちされて、カイも警戒を強めている。
驚愕の事実だった。
はっきり言って、全く気付かなかった。
平々凡々と艦内を歩き回って、能天気に駆け回っていた。
近頃共同生活を送る女達からの弾圧もなく、女性区域を歩いていても文句も言われない。
セキュリティ完備のプライベートエリアや施設の一切には触れられないが、普通に歩く分には問題ない。
一ヶ月先のクリスマス準備の為、協力を求めて頑張っている。
その行動を見張っている人間がいると言うのだ。
説明はこの扉の向こうでと言われて、ここまで同行してきている。
「セキュリティ解除は音声入力。はい、これ」
「メモ?」
「読んで」
セキュティシステムは多種多様。
IDデータから指紋の照会、網膜や声紋を調べる分析する装置も存在する。
カイはメモを見つめた。
「なるほど、キーワードを言えばいいのか。
えーと・・・・・・
『まるで触れた部分から愛が溢れ出すように、隙間無く押しつけられた肢体。
心が鷲掴みされたみたいに、身体の奥が熱く火照る。
気持ちよすぎて、目は自然に閉じられていく。
心はふわふわ浮いている。
私達は自然に結ばれた。
部屋に入って、カイは情熱的にルカの唇を――』
って、長すぎるわ!」
思いっきり床にメモ帳を叩きつける。
靴の底で何度も何度も踏みつけて、メモはすっかりボロボロになった。
ルカはジロッと睨む。
「また汚した、お部屋」
「そんな問題か!? 何だ、この意味不明な内容は!
お前と俺がえーと・・・・・・」
「お前と俺が?」
「だ、だから――」
「だから?」
「ええい、言えるか!」
「女の口から言わせるのね」
「顔を赤らめるな! 早く扉の向こうへ行かせろ!!」
「はい、ピッ」
「結局、カードかよ!」
実はソラがユメとの冒険時に、ちゃんとシステム内容を語っている。
ルカばかりを責めるのも酷だろう。
本人のぼやきをよそに、扉はゆっくりと開かれていく。
「急いで」
「何が?」
「三秒で閉まる」
「早!?」
――本当に閉まった。
「何だ・・・・・・この部屋・・・・・・」
何もなかった。
ユメとカイが冒険心を高まらせ、ルカが全て用意した部屋。
隣接する壁や床が全てが白く染まっている。
眩い天井の光がただ眩しい。
真っ白な密閉空間――監房の倍はある。
艦内全ての部屋とは明らかに異質な雰囲気がある。
出入り口一つだけの白き空間は、一人取り残されただけで不安にさせられる。
「空調完備、機密性抜群。防音・防弾装備」
「防弾・・・?」
「間取りは――」
「気になるだろ!? 流すなよ!?」
聞くだけ無駄なのを分かっていて、つい聞いてしまう。
自分だけの世界を構築する彼女だが、不思議に言葉の一つ一つに惹かれてしまう。
年配も多く所属するクリーニングで何故彼女がチーフに選ばれたのか、その一端が確実にそこにあった。
ルカはとてとてと中央へ行き、ゆっくりと座った。
「ここなら誰も聞かれない。ゆっくりしてね」
「ゆっくりはいいけど・・・・・・いい加減、説明してくれるか。
監視とかこの部屋の意味とか」
これ以上話の腰を折られたらたまらないと警戒していたカイだが、ルカは素直に頷いた。
「共同生活――男三人と女百五十人。
前途多難だと言われてたこの旅で、今劇的に変化しているの」
「変化・・・?」
「気付いてるでしょ、カイちゃん」
「・・・」
――気付いていない筈がない。
矢面に立たされているのが、他ならぬ自分なのだから。
ルカは話を続ける。
「その1、目的意識の変化。
ルカ達の旅の目的は故郷に帰って、刈り取りの情報を知らせる。
その後アジトへ帰還して終わり――だった筈なの」
「? ・・・その通りだろ? どこが変わったんだ」
マグノが共同生活開始の宣言時に、きちんとこう言っていた。
『せっかくのお得意さんをむざむざ潰されるってのも面白くはない。
よってアタシらは敵より早く故郷へ戻り、この危機を伝えようと思う』
タラーク・メジェールは刈り取りについて何も知らない。
カイ達もきちんと掴んでいないが、この正体不明の敵が故郷の壊滅を目論んでいるのは確かだった。
その情報を詰めたカプセルも、メジェールとタラークへ一足先に転送している。
『刈り取り』――砂の惑星では血液を、水の惑星では脊髄を奪おうとしていた。
常識を逸脱したこの敵に狙われている事実を、故郷へ伝えなければいけない。
その目的は、何一つ変わっていない筈だ。
カイの疑問に、ルカは真ん丸な瞳を精一杯鋭くする。
「カイちゃんはそれでいいの?」
「何が?」
「タラーク・メジェールに任せて、カイちゃん本人は戦わないつもり?」
「馬鹿言うな。俺だって戦うに決まってる」
「ルカ達はそうじゃなかった。勿論、抵抗はするよ。
でも――故郷の危機に本気で取り組むつもりはないの」
「何でだよ! 他人事で済まされないだろう!?」
「ルカ達は海賊だよ、カイちゃん。
――会った事もない人の為に戦えない」
「――!?」
つまり、こうである。
故郷を救う理由は、自分達の生活が脅かされるから。
マグノ海賊団が成立している要因は、タラーク・メジェールより強奪する物資にある。
故郷が潰えれば、収入源を失う。
その上刈り取りがタラーク・メジェールの壊滅を唱えている以上、マグノ海賊団も被害に遭う危険性がある。
だから、戦う。
火の粉が飛びそうだから――
戦う相手は同じだが、カイとマグノ海賊団ではその理由が全く噛み合っていない。
「・・・カイちゃんは違う。
英雄は略奪を許さない。
理不尽な現実を明るい未来に変える為、カイちゃんは戦う。
その考えが、少しずつ浸透し始めてる」
カイは呆然とする。
ルカは沈痛な表情を一切せず、平然と事実を突きつける。
「その2、立場関係の変化。
旅が始まった当初、男と女の間には絶対的な差があった。
ううん、あると皆思っていた。
カイちゃん達は捕虜、そして男だから」
取るに足らない存在だと、恐らくほぼ全員が思っていたであろう。
カイ・ドゥエロ・バート、その異端の性別。
男性蔑視の故郷の教え、マグノ海賊団の保有する戦力、数の暴力。
どれを取っても男達が勝てる要因はなく、女達はただカイ達を見下していた。
カイは異論を唱える。
「それこそ、今だって同じだろ。
連中を俺をどんな目で見ているか、知ってるのか」
「知ってるよ。すんごく、怖がってる」
「は・・・・・・?」
怖がっている?
あの女達が?
毎日毎日差別して、冷遇し続けていた彼女達が――恐れている?
「取るに足らない存在――とんだ自惚れだよね。
何の根拠もないのに。
ルカはずっと見てた。
皆が笑っている内に、カイちゃんは必死で頑張ってた。
苦しんで、悲しんで、弱音だって吐いて――でも、諦めなかった。
皆を助けて、支えて、成長してきた。
この前はお星様まで救って、国家のヒーローにまでなった。
アンパトスの人達、カイちゃんを神様扱いしてたもん。
それで、皆今更気付いたの。
カイちゃんの存在に――」
「・・・・・・」
アンパトスで取った一ヶ月の休暇。
上陸した女性はほぼ全員。
ゆっくり、のんびり楽しんで、それで終わるだけの一時。
だがその期間の中で――女性達は知ったのだ。
カイがやり遂げた偉業を。
国を救い、星を救い、民を救った英雄の活躍を。
男女問わず、アンパトスの住民達がカイを敬っているその事実を――
たった三ヶ月で、数々の功を成し遂げている。
比べて、ただ見下ろし続けただけの日々。
彼女達は――今更ながらに気付いたのだ・・・・・・
カイは俯いた。
「別に俺は・・・・・・そんなに大層な事をした覚えはないけどな」
「うん、全然だよねー」
「ここは同意するべきところじゃないだろ!?」
「あはは」
気軽に笑うクリーニングチーフ。
もしかすると、一番憤っていたのは彼女かもしれない。
自ら日陰を好む自分とは違い、強制的に追いやられているカイを見て怒りすら覚えていた。
だから――ルカはマグノ海賊団の中で、一人を好んでいる。
自分を信じる為に。
彼女なりの、誇り高き海賊の道――
そう思わせない程に、ルカはただ無邪気に笑っているだけだ。
「その3、戦力の変化。
最初カイちゃんは捕虜であり、人手不足だったから参戦を許しただけの補欠。
どん尻パイロット」
「・・・お前、言いすぎ」
「真実を愛する女の子」
「ばーか。
――雑巾で顔を叩くな!!」
「今ではエース。敵を倒しているのはカイちゃんばかり。
腕もメキメキ上げてる。しかも、ヴァンドレッドの要。
マグノ海賊団が誇るドレッドチームも影が薄くなっちゃった」
「いやいや、青髪達も頑張ってるだろ」
「結果が全てだよ、君ぃ」
「誰だ、お前は!?」
だが、実際カイが殆ど敵を倒している。
旅を始める前は機体の操縦も満足に出来ない素人だった。
それが今では先陣を切って、薙ぎ払い、主力メカを倒している。
ルカが評価しているのは、カイが才能だけ腕を上げているからではない。
危険へ飛び込んで仲間を助け、自力で危機を乗り越える。
度重なる死地からの生還、その成果の反映を無駄にしていないからである。
「・・・今気付いたんだけど、お前って仲間を客観的に言うよな?」
「ルカと貴方だけの世界が大切」
「手 を 握 る な」
あえて聞かなかったが――ルカは男への接触や態度も自然だ。
むしろ、親愛がこもっている。
冗談めかしているので愛情かどうかは分からないが、男を見下ろす傾向は無いようだ。
にこにこ顔がそれを物語っている。
「その3点以外にもいろいろあるけど――つまりはそういう事。
マグノ海賊団は今、変わっていってる。
ここまでで質問はあるかなー?」
「あのさ――」
「それでね――」
「聞く気ないなら、初めから聞くな!!」
ルカはぐっと身を乗り出す。
「いい? そんな状況下で――イベントチーフのミカさんが、カイちゃんにクリスマスを任せるって言ったの。
女の子皆が楽しみにしているイベントを。
皆の反応――理解できるかな?」
「じゃ、じゃあ監視とかってのは――」
驚愕するカイに、ルカは真剣な顔で頷く。
「カイちゃん、これは戦争なの。男と女じゃない。
一人の男を賭けて――――女と女が争うのよ!」
「俺を巻き込むなよ!?」
「あ、それとカイちゃんの部屋。
盗聴器と監視カメラいっぱいあったから、取っておいたよ
セルティックって、なかなかやるよね」
「さらっと、今なんて言った!? なんて言ったぁぁ!?」
「えへへ、クリスマスは成功させるよカイちゃん。
ちょっと待っててね。今からカイちゃん賛成派のメンバーを呼ぶから」
「俺の知らない間に、何があったぁぁぁぁ!?」
男と女で立場が逆転しつつある。
その認識は嘘だと――振り回されてばかりのカイははっきりと思った。
<to be continues>
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