VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action9 −母性−
押す力と引く力。
反発し合う二つの力に飲み込まれ、カイ機は四肢が引き千切れんばかりに崩壊の一途を辿っていた。
身体も心もバラバラにならんばかりの苦痛の内で、それでも抵抗を止めないカイ。
敗北は明らかな状況下で、意味無き行為と自ら断じながらも、歯を食い縛って戦場の業火に飛び込む。
徹底する刈り取りの行使と反逆し続ける愚直な意思。
相反する意思の攻防に決定的な分かれ目を生んだのは、勝利の女神だった。
「・・・へ、お前に助けられるとはな・・・」
ズタズタになった我が身を顧みて、カイは真っ赤に濡れた唇を拭う。
全ては自業自得だった。
抗戦しなければ、確実に裂傷は逃れた。
仲間の助けを待って、無茶な意地を張らなければ済んだかもしれない。
でも、後悔はない――
救いの手は今、差し伸べられたのだから。
絹糸のように繊細な金髪と、子供のように無垢なる魅力と大人のような美麗さを持った女神に。
ラバットに会う前なら、差し伸べられた手を拒否していただろう。
鮮烈に刻まれた傷の痛みに身を焦がしながらも、カイはそう思い苦笑いする。
そのままブースターを停止させ、成り行きに身を任せた。
反転――
視界は白く染まり、重く苦しい身体から悲鳴が消えた。
全身を包む温かい光に我を忘れて快感を覚え、カイは全身の力を抜いた。
頑なに握っていた操縦桿からは、もう手を離している。
この光が止んだ時、目の前には女神が舞い降りているだろう。
確信に近い予感を胸に、カイはその身を休ませた。
モニター画面を染める閃光――
絶体絶命だったカイ機を助けるべく、ジュラ機が吸引の渦に飛び込んだのは目にしている。
その後起きたこの現象を、ブリッジの誰もが正確に捉えていた。
「第三の合体か・・・現状はどうなっている」
「ジュラ機・カイ機、共に反応はロスト。消失しました。
いえ・・・正確に言いますと、機体反応は収束されています。
これは恐らく――」
「ヴァンドレッド・ジュラの誕生ですねぇー」
アマローネとエズラ、二人の声は明るい。
無理もなかった。
ほんの先程まで、カイ機はユリ型に飲み込まれつつあったのだ。
他パイロット達も援護にと果敢に戦っていたが、キューブ型と渦に阻まれて救出もままならなかった。
メイアは指揮と戦闘に追われて助けたくても行けず、ディータはその実力から助けに出向けなかった。
優れた火力を発揮するのはあくまでヴァンドレッド・ディータであり、ディータではない。
新人パイロットとして就任して日の浅い彼女では、キューブを突破する事は適わなかった。
実力があって、カイを助けられるパイロット――
条件を満たしていたのは一人だった。
「あの娘も変わったね・・・あんな度胸を身に付けていたなんて」
「メイアが負傷した時、ジュラは成果は出せずでしたが懸命でした。
結果論ですが、良い経験になったかと思われます」
カイを追い詰めていた引力は強大だった。
傍目から見てもカイ機の装甲は剥がれ落ちて、敵に吸引されるのは時間の問題だった。
もし、助けに飛び込めば自分も巻き込まれる。
自らの危険を冒してまで助けに行ける人間が、この場に何人居るだろうか?
勇気でもあり、無謀でもある行為。
カイはその地点に最も近く――ジュラは最も遠い人間だった。
他人よりも自分。
仲間を大切にする気持ちは彼女にもあるが、それは自身に余裕がある場合である。
自分と他人に危機が訪れれば、真っ先に考えるのは自己の安全だろう。
人は逆境に落とされた時に、本来の自分が浮き出る。
だからといって、ジュラが人でなしなのではない。
自分を大切にするのは人間として当たり前だ。
むしろ、毛嫌いされている者の危機まで飛び込めるカイがある意味異常でもある。
特にカイにとってはそれが本能レベルであり、無意識に身体が動く。
そう言った意味でカイはジュラにとって正逆な存在で、互いに助けに飛び込む筈もない。
カイは女でもなければ、仲間ですらないのだ。
何の足枷も罪悪感もなく、現苦況でカイを見捨てる有力候補だと言える。
いや――言えた。
メイアが負傷したあの事件の前であるならば。
全てを自らの責任に課せられ、初めて仲間の命を背負ったあの戦い。
重い責任感と強大な責務に押し潰されそうになり――乗り越えられた。
働きぶりは決して誉められたものではない。
初のリーダー代理任務の実績はプラスマイナスを考慮しても、0に近いだろう。
でもガスコーニュの後押しやカイの励まし、そして同僚の思いやり―――
ジュラはあの時初めて他者の存在感を認識した。
不甲斐ない自分を認めてくれる仲間達が、ジュラを心強くしてくれたのだ。
目の前で繰り広げられている合体を見つめ、ブザムやマグノがジュラの内面の変化を感じ取った。
「ジュラ機がカイ機に接触。カイ機が収納されていっています」
両機の間で駆け抜ける光の洪水が、二機を変化させていった。
接触したその瞬間ジュラ機の船体の中央に穴が開き、カイ機が取り込まれていく。
すっぽり穴に収納されたカイ機は黄金色に輝いて、ジュラ機を覆う。
光を栄養分としたのか、みるみる内にジュラ機は船体を拡大していった。
円形だった機体は巨大な楕円を描き、枝葉を伸ばすか如くジュラ機に無骨な腕を建設していく。
マニピュレータ状に形成されたアームは紅に染まったかと思うと、次々と仲間を増やしていった。
前面に二本、胴体を軸として左右にそれぞれ二本。
船体の全てをカバーするかのように製作されたアームの先端が次々と弾け、形を生み出していく。
中空で停止した先端は円盤となり、機体の前衛に巨大レンズとなりて盾となる。
残る円盤も進化を遂げて、主の命に忠実なポットとなって機体の周囲に浮かんでいた。
同時に機体全ての変化が終了し――
――この宇宙に新しいヴァンドレッドが誕生した。
周囲に飛来する八つのポット、堅剛なる胴体と鋭敏なるアームを持つ機体。
ジュラ機特有の防衛機能が特化された機体を一目したアマローネは、一言コメントを述べる。
それは彼女の第一印象であり、仲間達全員の共通する認識でもある。
事実、彼女の言葉を耳にした者に反対の意はない。
アマローネ、彼女はこう言った。
「・・・カ・・・カニ?」
ヴァンドレッドへの変貌は、何も外見や機能のみ進化はしない。
蛮型とドレッドが接触して合体した後は、二人は一つとなる。
ヴァンドレッド・ジュラとして生を甘受した新たな機体に、カイとジュラは乗り込んでいる。
ヴァンドレッドはシングルではなく、ダブルで稼動する兵器である。
コックピットも合体後は改良されて、二人一組の操縦用に改良される。
ヴァンドレッド・ディータは前衛ディータ・後方カイ。
ヴァンドレッド・メイアは前衛カイ・後方メイアで、操縦席が設けられていた。
共に火力重視・速度重視で形成された結果で、操縦性・機能性共に抜群の指定席であった。
新しく生み出されたヴァンドレッド・ジュラ防衛重視であり、内部は一風変わった作りとなっていた。
「・・・さすがに三回目となると慣れるな」
「あんたはそうでしょうけど、ジュラは今回が初めてなの!
それより見なさいよ、このオシャレな内装!
ジュラのヴァンドレッドだけあって、設備が最新鋭だわ」
「・・・こういうのは奇抜って言わないか、普通?
外見だってやばかったらどうするんだよ」
「ふふん、きっと今までにない美しさに違いないわよ」
二人は向かい合わせで座っていた。
ヴァンドレッド他二機と比べて胴体部分が巨大なだけあって、コックピットも広く設計されている。
中央に大きなテーブルが設置されており、テーブルには幾何学模様が施されたクリスタル・ボールが浮かんでいる。
上下左右・死角なしの全包囲型モニターの役割があり、稼動すれば周辺全てが映し出されるシステムだ。
そのテーブルに対面する形で二人がそれぞれシートに座っており、根元には車輪がついていた。
テーブル周辺にぐるりと溝があり、テーブルを中心にシートが回転出来る作りになっている。
中央のクリスタルを万遍無く見られる用に作られたシートなのだろう。
今は対面して座っているが、その時になればシートを動かしてテーブル周辺を移動する事が出来る。
今回のヴァンドレッドは、パイロットにある程度の自由が利く親切設計だった。
生憎モニターを稼動はさせていないので、ヴァンドレッド・ジュラがどのような形をしているのかはまだ二人は知らない。
予想はしていたが、本当に合体出来たとあってジュラは機嫌が良い。
「ふんふんふんー、ってちょ――ちょっとあんた!?
傷だらけじゃないの!?」
「・・・今になって気付くお前がすげえよ」
実際、散々だった。
顔は肩の負傷より噴き出た返り血と汗で汚れており、首筋は真っ赤である。
ジャケットや黒シャツはズタズタで、よく見れば両手の平は赤黒く染まっていた。
ある意味――というより、そのままの意味で重傷である。
顔色を変えて身を乗り出すジュラに、カイは元気良く腕を振る。
「大丈夫だよ。怪我は治った」
「治ったって――」
「信じられないだろうけど本当だ。以前青髪と合体した時もそうだった。
どうも・・・合体するとパイロットの怪我も治してくれるみたいだぜ。
血で汚れてはいるけど、怪我そのものは綺麗に治った。
痛みもあっさり消えたしな」
ウニ型での戦闘時危機一髪だったメイアを庇って身を呈し、蛮型は大破してしまったのだ。
見た目でもカイの生死は絶望だったが、その後合体してみるとカイは無傷だった。
どういう要素で傷が治るのかは不明だが、合体がキーワードになっているようだ。
機体を作り変えて進化する力があるのだから、人間を修復する力もあるのかもしれない。
とはいえその力は万能ではなく、ディータとの合体時は負傷は完治していなかった。
法則は不明だが、全幅の信頼を寄せるべきではないのかもしれない。
実際、カイも頼るつもりはなかった。
一人前のパイロットになるには、負傷しないのが第一条件だからだ。
「ふーん・・・ま、いいわ。どうせ、訳わかんない事だし。
ちょっとこっちに来なさい、あんた」
「・・・へ? 何で?」
「いいから来なさいよ!!」
「な、何怒ってるんだお前は・・・」
意味不明だと首を傾げながらも、カイはシートを動かす。
そのままレール上にテーブルを回って、ジュラの隣まで持っていた。
何か用か?と、カイが口を開く前に――
「へ・・・? えええええええええっ!?」
「じっとしてなさいよ! 手元が狂うじゃないの!?」
「だ、だってお前、これ・・・」
「――感謝しなさいよ。ジュラがこんなサービスするなんて滅多にないんだから」
「・・・・・・」
胸元から取り出したハンカチを、カイの額に当てる。
そのまま躊躇なく、ジュラは繊細な手付きで薄汚れた血を丁寧に拭き取った。
白いハンカチは簡単に汚れ、当たり前のように毒々しく染まっていく。
「おいおい、いいのか? その・・・」
「ハンカチは洗えばいいわ。
――折角の初舞台なんだから、ジュラは華麗にいきたいの」
そのまま綺麗に顔を拭い、首に伝わった血筋にハンカチを当てる。
カイは呆然としたまま、そのまま無抵抗でじっとしていた。
普通のハンカチなのに――カイは思う。
・・・この温かさはなんだろう?
自然と瞳を閉じて、カイはジュラに身を任せるように身体の力を抜く。
ジュラはまるで子供をあやすかのように、くすっと笑ってカイに自然に接した。
戦場の中の小さな揺り篭のように。
――だからこそ、二人は気付かなかった。
「ジュラのパートナーはあんたが努めるんだからしっかりしてよね」
クリスタル・ボールが点滅を繰り返している。
『通信回線・展開』
『リンク先――バーネット機』
「ああ・・・頑張らせてもらうよ、お姫様」
――その一部始終を見られていたことに。
(・・・カイ・・・ジュラ・・・・・・)
歯車の一つが、軋みを立てた。
<to be continues>
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