VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 2 −The good and wrong−
Action2 −再会−
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分離された旧艦区と海賊母船を繋ぐ結晶体は進化を遂げ続けていた。
両艦を堅固に連結する主軸の結晶を主として、結晶は分離に分離を成していく。
分離された結晶体は宇宙の残存物質との融合を図り、エネルギーに変換していった。
広大な宇宙の世界において、青緑色に輝くその結晶体は闇のベールに包まれながらも美しく、
それでいて力強い存在感を示すかのように、艦全体を覆い尽くしていく。
さしもの海賊達もこの結晶体には対応に困り、現在も復旧作業におおわらわだった。
「やれやれ、厄介な現象に巻き込まれたね・・・・」
メインブリッジにて各部より送られてくる結晶体のデータを閲覧しながら、マグノは困り果てていた。
彼女の長い人生のページにもない未知なる現象に、如何に対応するべきか判断できずにいるのだ。
クルー達も懸命に結晶体に対して対策を立ててはいるが、今の所前進する兆しも見受けられない様子である。
マグノはため息を一つ吐いて、メインモニターを切り替える。
「ガスコーニュ、そっちは切り離せそうかい?」
マグノがモニターに呼びかけると、一瞬のノイズの後一人の大柄な女性がモニター越しに映し出される。
口に長い楊枝を咥えており、その女性はメイア達と比べるとかなりの体格差を有していた。
見た目も他の乙女達に比べてやや年配に達しており、その醸し出される雰囲気は大人の責任感が漂っている。
−ガスコーニュ・ラインガウ−、マグノが信頼を寄せるクルーの一人である。
『ビームじゃとても無理だね。うかうかしているとここもやられちまいそうだ』
お頭であるマグノを相手にも遠慮のない発言をするガスコーニュ。
マグノ自身ももう慣れているのか、彼女の言動に些細にも気に求めることはなく思案げな表情を浮かべる。
「簡単にはいかないようだね・・・・BC、そっちはどうだい?」
モニターウインドウを一つ追加して、別リンクで副長のブザムを呼び出した。
映像化して現れたブザムもそれほど良き知らせは持っていない事がありありと表情で分かる。
『現状は芳しくありません。侵食は艦全体に広がっています。このままでは・・・』
全てが飲み込まれる可能性もある。
言葉の続きを表情により読み取れたマグノは目を伏せる。
『お頭〜、こっちも駄目です。エンジンが死んでてとても動かせません』
エンジンルームより通信を送ったパルフェは、別モニターに映し出されるなり困り果てた顔で進言した。
彼女は母船の機関部、つまり艦の心臓ともいうべき箇所のリーダーを勤めている。
パルフェがそう発言するという事は、母船の心臓が停止しているという意味に相当する。
どうやら完全に母船は八方塞がりの様子である。
現状では対策のうちようがないと判断したマグノは厳しい表情でブザム達に視線を向ける。
「どうやら元から切り離すしかないようだね・・・・・上に行ってみよう。
BC、パルフェ、一緒においで!ガスコーニュはそのまま作業を続行」
『了解!』
三人は規則的に同じ回答をして、通信モニターのリンクを閉じる。
その場に残されたマグノは艦長席を稼動状態に移行して、誰ともなく呟いた。
「ラッキ・デー・・・・・今日の終わりがどうなるかで、だね・・・」
現在の状態が幸運か不運なのか。
少なくとも現状では最悪ともいえる状況に、マグノですらこれからを予測する事はできそうになかった・・・・
結晶体の分離と増殖が続く中、海賊の母船より一隻のシャトルが飛び出した。
マグノ達を乗せているその船は通常では探索や緊急時の脱出などにより使用される船である。
ゆえにドレッドより収容人数は多いものの、船自身の戦闘力などは皆無であった。
そのシャトルは二つの船を結び付けている結晶の間を縫うように移動し、旧艦区へと進路を向ける。
周囲の物質を取り込んでいる結晶体は船自身には関心を持たないのか、取り込もうとする動きはなかった。
悠々と飛び続けるシャトルはやがて旧艦区の後方へ進め、メイア達が侵入した航路に軌跡を描く。
そしてたいした障害もなく、後方カタパルトにたどり着いたシャトルはそのまま侵入を開始した。
目的は現在の状況の原因となっている旧艦区内のメイア達の居所であった。
「ふーむ、ここはまたすごいね・・・・」
マグノ以下数名が旧艦区格納庫に乗り込んできた時のマグノの第一声がそれだった。
今や主格納庫は以前の面影はまったくなく、結晶体に飲み込まれた際による影響で全体が輝いていた。
零下の鍾乳洞を思わせる連なったつらら状や壁や床に張りついた形で固定されている結晶。
完全に変貌を遂げてしまった格納庫は、どこか冷たい空気をマグノ達に与えた。
思わず黒い法衣を震わせるマグノの元へ、旧艦区にギリギリまで取り残されたメイア達が合流する。
「お頭・・・・申し訳ありません。このような場所へおいでいただいて・・・・」
「あんたが謝る事じゃないよ。この目で見たかっただけさね」
すまなさそうに詫びるメイアに暖かい眼差しを向けて、マグノはやんわりとメイアに言った。
だが彼女自身が納得できなかったのか、メイアは意を決して前に出る。
「それだけではありません。私の危機感の足りなさで男にしてやられました」
先のカイに人質を取られた一件を思い返しているのか、メイアの表情は冴えない。
マグノは興味深そうに目を細め、メイアに視線を向ける。
「BCにある程度話は聞いている。全員無事だったんだろう。
だったら、あんたが責任を全て背負う事はないよ。
予測できない事態にはおいそれと対処はできないもんだ。そうだろう?」
穏やかに諭されて、メイアは黙って頭を下げた。
マグノは傍らで緊張して控えているディータに顔を向ける。
「ディータ、お前さんも無事でよかったよ」
「は、はい!ありがとうございます・・・・」
新入りであるディータにとって、マグノは雲の上の存在に近い立場であった。
無論話をした事もそれほどなく、ディータは日頃の積極さはすっかりなりを潜めている。
マグノは優しい微笑を浮かべて返事に答え、主格納庫内に歩みを進める。
「ジュラも無事だったようだし、誰も今回の現象に巻き込まれていなくてほっとしたよ」
「すいません、お頭。ご心配をかけました。
もう、ディータが悪いのよ。あんな男を待つなんて言うから!」
ジュラはマグノに恐縮しながらも、傍らのディータに八つ当たり気味に責任をなすりつける。
「だ、だって宇宙人さんをほってはおけなかったんだもん・・・・・」
「宇宙人?」
ディータの言葉を聞きとがめて、マグノは振り返る。
「我々を手玉に取った男の事でしょう。ディータ達と共に脱出を図ろうとしたようです」
それまで静観していたマグノが助け舟を出す。
「そういえばディータ、男に興味を持ったんだってね。副長に聞いたよ」
ひょっこりとブザムの後ろから顔を出す形で、ぐりぐり眼鏡を光らせるパルフェ。
パルフェの言葉に瞳を輝かせて、しっかりとディータは頷いた。
「パルフェ!ディータ、ついに宇宙人さんに会えたんだよ!!
すっごく、すっごくいい人だったんだよ♪
宇宙人さん、自分の相棒さんが壊れていて逃げられないって困っていた時もね、
『俺の事はいいから、お前は逃げろ。お前には待っている仲間がいるんだろう』
ってディータ達に言ってくれたんだ!ディータ、感動しちゃった・・・・・・」
あの時のカイの台詞を思い出しているのか、ディータは瞳を熱く潤ませる。
「ふ〜ん、ディータがそこまで褒める男か・・・・・ちょっと興味があるな」
元々機械類に対しても厚い信頼と期待を寄せる事のできるパルフェである。
メジェール特有の男嫌いへの常識は染み付いてはいるものの、興味のある対象には差別はなかった。
「パルフェも会ってみる?向こうで今ぐっすり寝ているよ」
「ほう、その男はここにいるのかい。ちょっと見てみたいね・・・・案内してくれるかい?」
マグノも一連の事件をひき起こしたカイという男には興味があった。
仲間のために命をかけて自分達に挑み、尚且つディータの話によると女を心配する言動を発している。
ブザムからもタラークの男達とはどうやら違うらしいと報告を受けているのだ。
マグノが並々ならぬ興味を持つのも無理もないかもしれない。
「りょ、了解しました!こちらです!!」
ディータはややしゃちほこばった態度で敬礼をして、先頭に立って案内をし始める。
結晶がパキパキ割れる音が静寂の空間に響き、目には青白い輝きが絶え間なく飛び込んでいる。
奇妙な環境を帯びている格納庫内を歩き、一同はやがて中央へとたどり着いた。
そこにはモニターにノイズを走らせている六号を枕にしたカイが寝そべっていた。
未だに意識は回復する様子はなく、海賊達の視線を一斉に浴びせられてもカイはピクリとも動かなかった。
「何だい、BC達を翻弄させたと聞いたからどういう奴かと思えば、まだガキじゃないか」
驚いた様にカイを一様に見つめるマグノ。
その傍らでカイについての年齢の予想はしていたブザムが興味ぶかくカイを覗き込んでいた。
「ええ。お気持ちはわかりますが、この男が一連の首謀者です。ですが・・・・」
さすがにメイアもカイについては計り知れない所があるようだ。
普段の堂々とした態度とは別に、どこか自信が無さそうに言葉を続ける。
「敵からのミサイルでの攻撃も一番驚いていたのもまたこの男でした。
どうも敵の軍隊とは別に活動をしていたようです・・・・・・」
「ふーん、この男がね・・・・・」
マグノは片手に持っている老朽化した杖をピンと立て、カイの寝顔を見つめる。
「男を見るのはずいぶん久しぶりだけど、こんなに緩んだ顔をしてたかね・・・・」
周囲の異常現象等の緊迫した状況とは裏腹に、カイはすやすやと眠りについている。
そのあまりにも穏やかな寝顔に、現状に悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてくるマグノだった。
空を見つめるのが一日の始まりの習慣だった。
毎日朝目覚めて、酒場の準備をしながら窓の外を仰ぎ見る。
そこにはくすぶった雲の向こうに広がる広大な宇宙の世界が見えるような気がした。
−俺は空の向こうへ行きたかった−
その気持ちが目覚めたのはいつだっただろうか?
酒場の生活にも慣れてきて、新しい生活が日常へと変化を見せた時期の時からかもしれない。
止まり続ける自分、過去のない自分。
記憶が無くなるという事は今までのの自分は死んだという事だ。
生まれたての赤ん坊に過ぎない自分が行く先はどこだろうか?
それは・・・・・
−あの空の向こうだ−
大空の彼方。遥か先まで続く悠久の世界。
目指す先はすぐそこにあった。
タラ−クの上空にはまるで自分をいつまでも待っているかのように空は日々広がっている。
俺はあそこへ行ってみたい。
−何故?−
それは俺自身が決めた事だから。
−どうして?−
それは俺自身が望んでいる事だと思うから。
−自分のやりたい事?−
そう。俺は広い宇宙へ行き、宇宙一のヒーローになる。
−何故?−
俺はもう嫌だったんだ。自分は何もない、自分には何もできはしない。
記憶のない自分に可能性は存在しない。誰かのためにしか働けない、動けない。
そんな自分になるのが嫌だったんだ。
−だから飛び出した?−
ああ、俺は決意した。自分を変わろうと。
いや・・・・・自分を変えようと。
−変われた?−
え・・・?
−変われた?−
俺は・・・・・・
全ては空転し、まるでフィルムが回るように次々と映像が飛び出してくる。
給仕で働くカイ。誓いを交わした相棒。イカヅチを襲う海賊達。宇宙へと飛び出すカイ。
激しい戦闘。倒れるカイ。仕掛ける罠。女達の前に不敵に立つカイ。
カイと対峙するメイア。カイを優しく見つめるディータ。悪態をつきながらもカイを励ますジュラ。
そして・・・・・・迫りくるミサイル。
やめろ、やめろ・・・・・・・
新艦区より放たれる魚雷がカイを、いやカイの横を通り過ぎる。
まるでカイを嘲笑うかのごとく横を通り過ぎて向かう先は・・・・・・結晶に取り込まれているメイア達。
やめろ・・・やめろ・・・・
あらん限りに叫ぶが、声は届く事はなくミサイルはメイア達に着弾寸前にまで追い込む。
カイは何もかもを心の底から吐き出すように叫んだ。
やめろって言っているだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!
虚ろなる世界の中心で、カイは心からの魂の咆哮をあげる。
途端に世界は脆く崩れ去り、青銀色に輝きを染める。
不安定に漂うカイの周囲に結晶が噴出して、有機体の融合が未知なる空間にて活動を始める。
凄まじい速さで螺旋を描きつつ収束されていく結晶はやがて一体の機体に変貌する。
蛮型に作りこそ似てはいるものの、荘厳なフォルムから沸き起こる鮮烈なエネルギー感は比べ物にならない。
青く輝くその機体は即座に背中の部分より二本の巨大なキャノンを出現させる。
キャノンは狙いをたがわずに真っ直ぐにミサイルに標準を絞り発射した。
白き輝きを纏う槍に貫かれて、ミサイルは光の中に溶けていった・・・・・・
よかった・・・・・
カイはほっとして、表情を緩ませる。
青銀色に輝く結晶に包まれた世界は再び穏やかな状態にまで戻り、ただ漂うのみであった。
上下感覚すらまともに機能しない己のいる世界で、カイは安心したように瞳を閉じる。
不思議と不快感も疑問もなく、まるで自分を導いてくれるかのように身体を支えてくれているようだった。
カイは薄れつく意識の中でぼんやりと考えながら、雄大な流れに身を任せていた。
この不思議な空間が自分の夢なのか、それとも違う世界なのかは分からない。
ただあるのは明瞭なる意思のみであった。
穏やかに輝く結晶はカイを包み込み、薄れ行く光の世界より一本の流れへと導いていった・・・・・
「ほにゃあ〜・・・・・・う、うんっ?」
瞼の奥の闇より漏れ行く光の存在を感じて、カイはその瞳を開いた。
しばしぼんやりとする目の先には、妙に薄暗い四角い箱型の陰があった。
恐る恐る手を伸ばして触れてみると冷たい金属の感触がし、触るにつれてそれが机の後部だと気がついた。
「う〜〜〜〜〜ん、俺は確か・・・・
う、うん・・・?うんっ!?なんじゃこりゃあっ!?」
先程何気なく伸ばした手の手首の部分を見ると、何やら黒い輪のようなものがついていた。
しかもそれは左手の手首と繋がっていて、右手と左手の自由を完全に奪っている。
「手錠!?どうしてこんなものが俺の手にかかってやがるんだ!?」
付けられた物の正体がわかり、完全に目がさめたカイは自分の体を引き起こす。
強く手首にかけられた手錠を力任せに外そうとするが、まったく開錠される気配がなかった。
「何でだ?!何でこんな手錠が・・・・・」
ガチャガチャと乱暴に操作しながら、カイは周りを見渡した。
そこは今までいた機関部でも今まで乗っていた相棒の中でもなく、古ぼけた資材が散らばる部屋であった。
カイはその部屋内にある古ぼけた机の下で寝かされていたようだ。
ただ単なる部屋と違う所は、部屋の出入り口である箇所に蛍光色のレーザーがシールド化している所である。
「くっそう、閉じ込めやがったな!!!」
状況をようやく把握すると、カイは激昂して叫んだ
「どうやら気がついたようだな」
突如発生した男の声に、驚愕の表情でカイは視線を横に向ける。
「あ、あんたは!?」
「ゆくゆく君とは縁があるようだ」
口元を仰々しく歪めて、カイと対面するドゥエロが部屋の隅で座り込んでいた。
<Chapter 2 −The good and wrong− Action3へ続く>
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