VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 8 -Who are you-






Action4 −無頼者−




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 概視感―

初めての体験・光景が己の内在でブレて、奇妙な懐かしさを感じさせる感覚。

カイは銃声に耳元を震わされながら、ぞっとする程の冷たさに襲われていた。

背後から銃を突きつけられている。

突然の修羅場と、追い詰められた危機。

他人事ではない現状の危急であるにも関わらず、カイの胸の内に去来するのは懐かしさだった。

何故今、この場でなのかは本人にも分からない。

ただ、カイは懐かしかった――



『・・・動くな』



   あの時も今と似たような光景だった。

汚れと埃にまみれ、手入れのされていない機器が無造作に散らばっていた場所。

照明もない薄暗い空間内で、背後から撃たれた。

目の前に気を取られての油断。

自分に生じた心の隙を突かれ、むざむざ無防備な背中を晒したのだ。

初めて顔を合わせた敵。

遠のいたのではなく、自分から遠ざかってしまった女――


「青・・・髪・・・・?」


 振り向く間もなかった。

小さく呼びかけた瞬間、カイの声をシャットアウトするかのように重厚な射撃音が鳴る。

直後、床から木霊する金属音。

じんわりと広がっていく利き腕の痺れ。

カイはその時ようやく気がついた。

持っていた十手を撃たれたのだと――


「ちっ・・・・・・」


 手の平を傷つけず、十手のみを跳ね飛ばせる銃の腕。

背を向けているので何者かは分からないが、かなりの腕前だった。

一般人が出来る芸当ではない。

争い事には全くの素人であるカイにも、背後の人間が只者ではない事は分かる。

カイは舌打ちする。

のんびりしてられる状況ではないのに、感傷に浸ってしまった。

何より――

あの時のメイアとの最悪の出会いを懐かしいと少しでも感じた自分が腹ただしかった。

もう女達の元へは帰れないというのに――


「ウータン、こっちに来い」


 当たり前だった。

銃を撃った背後の人間はメイアではない事など。

もしもメイアなら、自分を背後から突然撃つような真似はしないだろう。

聞こえてきた声は野太い男の声だった。

カイは緊張感に身体を強張らせながら、複雑な感情の変化に戸惑いを隠せないでいた。

撃ったのがメイアではない。

その事実に何故か安堵している。

メイアは厳密に言えば、カイの味方ではない。

共に戦い行動してはいるものの、まだ反目している関係は完全に解消されていない。

背中から狙撃されてもおかしくはない関係だった。

なのに、何故違う人間だった事実に安心しているのだろう?

今度は一人でやっていこうと考えていた矢先に、拭い切れない未練が残っている。

カイは痺れが走る腕の先を抑えて、言い様のない苛立ちを感じていた。


「キッキッ!」


 そんなカイの様子が可笑しいとばかりに、カイの目の前にいる生き物ははしゃぐ。

手をパンパン叩いて、ピョンピョン跳ねる姿は愛嬌すら感じられる。

緊迫しているこの瞬間にそぐわない生き物の明るさに、カイは胸のもやもやが消えるのを感じていた。

思わずふっと笑って生き物を見ると、生き物も気づいたのかにっと笑い返した。


「おい、ウータン!何をやっている!
早くこっちに来い!!」


 和みつつある空気に苛ただしさを覚えたのか、背後の男は声を強くして呼びかけた。

途端、身体をビクリと振るわせる生き物。

叱られて落ち込んだのか、すごすごと歩いて背後の男へと歩いていく。

そのままカイの横を通り過ぎていく生き物。

瞬間、カイの脳裏に天啓が閃いた――


「だぁっ!!」

「な・・・・・!?」


 男が反応するより一瞬早く――

カイは生き物の背後に回って、首を取って締め上げる。

呼吸を落とそうとするのではなく、あくまで押さえ付ける程度の力。

元来腕力に自信がないカイには、自分の腰元並みの背丈がある生き物を完全に締め付けるのは不可能だった。


「悪いな。とっと・・・ちょっとだけじっとしていてくれ。
お前に危害を加える気はないからな」


 腕の中で暴れ回る生き物を必死で抑えながら、カイは荒立てない様に話し掛ける。

言う事を聞くかどうかは分からなかったのだが、不思議と生き物はカイの言葉を聞いて大人しくなる。

どうやら人間の言語を理解できる知能はあるようだ。

カイはちょこんとした生き物の様子に静かに微笑み、背後にいた男を観察する。


「てめえ・・・・」


 大柄な男だった。

片手に掌に収まりきれない大型の黒い拳銃を持っており、右目には赤く輝く眼帯が覆われている。

タラークにはない風変わりな衣装を身につけたその男は、生き物の背より睨むカイにじろりと視線をぶつける。


「人質って訳か。見かけによらず、油断ならねえガキだな」


 拳銃をカイに改めて向けて、男は凄みのある声をカイに向けた。

一般人なら恐怖に身体を震わせそうな貫禄が、男から立ち上っている。

カイは並々ならぬ男の雰囲気に唾を飲み込みながらも、負けじと声を張り上げる。


「いきなり撃ってくるような奴相手に礼儀正しくする義理はないんでね」


 男との距離は二メートル弱。

この距離から撃たれたら、男の腕から察するに額を撃ち抜かれるだろう。

カイは心の中で認めながら、声が上擦るのを必死で抑える。

怖くないといえば嘘になるが、生来の負けん気の強さが男に屈服するのを辛うじて防いでいた。


「それで人質取っているつもりか?甘えな・・・」


 男はちゃきっと拳銃をカイに突きつける。


「人間ならいざ知らず、そいつは只のオランウータンだぜ?
てめえの言い方で言うなら、助ける義理はないって事だ」


 男は笑う。

生き物の生命など歯牙にもかけないような酷薄な笑み。

情の欠片もない男の表情は、真実を物語っているように見えた。

しばしカイは男の表情と言葉に顔を苦渋に歪めていたが、


「・・・嘘だな」

「ほう・・・?」


 あくまでも生き物から手を離さずに――

眉をぴくりと動かす男に対して、カイは言葉を続ける。


「さっき俺に撃った後、こっちに来いとか呼びかけてたじゃねえか。
何とも思ってない奴が言う台詞じゃないぜ。
それに名前で呼んでたしな」

「・・・・・」


 カイの指摘に、無言になる男。

突きつける拳銃はそのままに、油断なく男は構えている。

動揺も何もしていない男に、カイは内心臍を噛んでいた。

カイにしても自分の指摘が正しいかどうかは百パーセントの自信はない。

もしも自分の指摘が間違えていて、本当に男が生き物をなんとも思ってないからそのまま撃つだろう。

とはいえ、はったりでもなかった。

今はともかく、先程男は執拗にカイから生き物を離そうとしていた。

カイを得体の知れない人間だと認識しているからこそ、何とか遠ざけようとしたのだろう。

それを心配の現われでなくてなんだと言うのか?

いずれにせよ、感情を見せない男にカイは今までにない息苦しさを感じていた。

今まで敵対した連中、マグノ海賊団はいつも何らかしらリアクションを見せていた。

頭脳明晰なブザムや貫禄のあるガスコーニュ、頭目のマグノにしてもそうだ。

取るに足らぬ者だと、格下だと認識する心の隙があった。

だからこそ対処のしようがあり、敵対しても攻勢に出る事は出来た。

が、目の前の男はマグノ海賊団とは違った独特の凄みがある。

マグノ海賊団が向ける感情が害意なら、男が向ける感情は敵意。

食うか食われるかの生存的闘争。

退いた者が容赦なく倒される波乱に満ちたやり取りが、今繰り広げられている。

ちょっとした判断のミスが死に繋がる。

カイは男の反応を待ちながらも、場の息苦しさに体が縮こまないように必死で堪えていた。

少しであり、永遠に近い間。

両者の沈黙を先に破ったのは男だった。


「分かった・・・・分かりましたよ。ほれ、銃は捨てる。
だから、そいつ放してやってくれ」


 今までとは打って変わって、男は柔和な態度で銃を無造作に捨てる。

床に捨てられた銃は乾いた音を立てて転がり、男の傍から転がって離れた。

咄嗟に取りに行ける距離ではない。

男の突然の敵意の消失に警戒しつつも、カイは腕の中の生き物を離した。


「・・・・息苦しい目にあわせて悪かったな。
ほれ、御主人の所へ行っていいぞ」


 カイは優しく生き物にそう言って、そのまま離れて床に手を伸ばす。

弾かれた十手を拾い上げ手にすると、感触が伝わってカイに安心感を与えた。


「キイ〜、キキッキ!!」


 生き物はきょとんとしていたが、満面の笑みを浮かべてカイに手を振って男の元へと向かう。

男は生き物の軽い動作を見て、やれやれと苦笑する。


「たく、だから早く来いって言ったんじゃねえか。
みすみす人質に取られやがって・・・・
少しは反省しろ、ウータン」

「キィ・・・・」


 はしゃいでたのが嘘のように、肩を落として落ち込む生き物。

カイは遠目から二人(一人と一匹)の様子を不思議そうに見ながら、口を開く。


「で、結局お前は何なんだ?
タラークの者じゃねえみたいだな。
味方にゃあみえねえ悪人面してやがる」


 自分で言って、カイは気づく。

目の前に男がいる――

自分と同じ男。

女じゃない同姓。

ドゥエロとバート以外の男が目の前にいる。

その男はカイを慇懃に見つめて返答する。

「そりゃあこっちの台詞だ。
何もんだ、てめえは?
派手に爆音立てて侵入して来やがって。
ここのシステムが目を覚ましたら、こっちの商売が台無しになる所だったんだぜ」


 無遠慮に声をかけながらも、微塵も隙を見せない男。

カイは我知らず十手を握りながらも、男の言葉に赤面する。


「俺だってもうちょっと穏便に来たかったわ!
しょうがねえだろうが、迷子だわ船がぼろぼろだわでにっちもさっちも行かなかったんだからよ!」


 どうやら男はドレッド突入時の音を聞いてやってきたようだ。

壁を破壊しながら迷走したのだから、相当ミッション内に響き渡った筈である。

そんな無茶な侵入の仕方をする者に、男が警戒するのは無理もなかった。


「迷子だぁ〜?タラークとか言ってたな。
あんな片田舎から来たのか、お前」

「片田舎とは何だ!?
確かに空気が悪いし、全体的にボロイ建物ばかりだけどいい所だって!
だって・・・だって・・・・」


 カイは反論しながらも、自分の故郷を振り返ると口篭ってしまう。

三等民だと周りから笑われ、底辺の暮らしをしていた毎日。

お世辞にも環境が良かったとは言い難かった。

カイの様子に疑問符を浮かべつつも、男は切り詰めた口調で迫る。


「タラークの者がここに何しにきやがった?
答えてもらおうか」


 拳銃は手元にない。

男は素手であり、カイに対する武器は何も持っていない。

なのに、カイは自分が明確な恐喝を受けているのを自覚した。

武器はない。

が、もし反論すれば自分の命が危ない。

本能的な直感とでも言うべきだろうか?

カイは背中から冷たい汗が吹き出るのを感じた。


「答えろ」


 一言、男は静かにぶつける。

命令口調。

自分が優位だと確信している上での脅迫。

男を支えている絶対的な自信に、カイは前に出られなかった。

間違いない。

目の前の男は、遠巻きに喚くしか出来ない女達より数段上だった。

敵対してはいけない――

逆らうな――

胸がざわめき、全身の隅々から警告が聞こえてくるようだった。

意地を張らずに、目の前の男に正直に答えればいい。

正面から立ち向かっても勝ち目はない。

反論すれば殺される。

分かってはいた。分かっていたはいたのだが・・・・

それでも――


「やなこった」

「何?」


 男の殺意が膨れ上がるのを肌で感じながらも、カイは口が笑むのを止めない。


「命令されるのは嫌いな性質なんだよ。
ましてや気に食わない野郎には尚更だ。
お前なんかに誰が話すか、ばーか」


 言った、言ってやった。

馬鹿馬鹿しいと思う。

敵わないと分かっているのに、立ち向かうのを止めない。

怪我するのは目に見えているのに、意地を張ってしまう。

本当にどうしようもない見栄っ張りだが、後悔はなかった。

これが自分なのだ――

敵愾心を剥き出しに、男とカイは睨み合う。

男は表情を険しくし、カイの元へと一歩―――


「キキキッ!!」

「ウ、ウータン?」


 カイと男の間に、生き物が割り込む。

そのまま両手を伸ばしてカイを庇うように前に立って、男に対して首を振る。


「何で邪魔をする、ウータン!」

「キキキッ!キキ、ッキ!!!」


 必死で歯を剥き出しにして、生き物は男に何かを訴える。

カイは生き物の背中を見つめながら、呆然として呟く。


「お前・・・・俺を・・・・・」

「キキッ!」


 生き物は首だけカイを見て、明るい笑みを向ける。

カイには生き物の言葉は分からなかったが、それでも生き物が何を言いたいのかは理解出来た。

そのままふっと笑って、同様に明るい笑みをカイは生き物に向けた。

親愛の笑顔を向け合う二人。

男は呆気に取られたように二人を見つめ、やがて明るい笑いを響かせる。


「はっはっはっはっは、こいつはおもしれえ!
ウータンがまさか俺以外の奴に懐くとはな」


 男は肩の力を抜いて、カイに笑いかける。


「ウータンはどうやらお前が気に入ったらしい。
俺もすっかり萎えちまった。
しょうがねえ、ここはひとまず休戦って事でどうだ?」


 カイは男と生き物を交互に見つめ、頷いた。


「俺もやり合うつもりはねえよ。
これ以上無駄な労力に費やすと、背中と腹がくっついちまう」


 カイは十手を下ろして、どっと身体の力を抜いた。

和んだ雰囲気が流れつつある中、男は先までとは違って友好的な態度で言った。


「俺はラバット、こいつはウータンだ。
お前の名は?」

「カイ、カイ=ピュアウインドだ」


 互いに名乗りあい、緊張の連続だった対立は終わった。






























<to be continues>

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