VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 7 -Confidential relation-
Action24 −女船−
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「あんた、大丈夫かい?足取りがふらついているよ」
「う、うるへぇ・・・・栄養が足りてないだけだ」
腹をさすりながらも、カイはガスコーニュに悪態をついた。
セキュリティ導入後に関するカイの動向は、マグノ海賊団幹部のガスコーニュの耳にも届いている。
元々カイが目立つというのもあるが、ガスコーニュなりにカイを気にかけてはいたのだ。
食事は一切取らずに水のみで三日以上。
年齢不詳とはいえ、外見は育ち盛りな年頃のカイ。
振る舞いこそ普段通りに見えるが、表情には隠せないらしく溌剌さに欠けていた。
無理してつっぱるカイの姿に、ガスコーニュは心配さと微笑ましさでどう表情に見せていいか分からなかった。
結局そのまま何も言わずに、前を向いて目の前を凝視する。
背後にいるカイは栄養補給を要求する胃を押さえながら、同じく背後から見上げた。
「・・・・普通だな」
「どういうのを想像してたんだい、あんたは。
緊急時に使用される機体なんだ。ちゃんと稼動するのじゃないとね」
予備ノーマルタイプ・ドレッド。
マグノ海賊団が保有する戦力の要であるドレッドだが、決して無敵ではない。
ビームを一発船体に撃たれれば当然破損し、放出力の高いレーザー類が直撃すればただではすまない。
ドレッドそのものの機体能力は兵器としては並であり、戦艦クラスには足元にも及ばない。
そんなドレッドがマグノ海賊団の主力と言わしめてる最大の理由はと言うと、ひとえに乗りこなしているパイロット達の腕前である。
確かにビームに撃たれれば、ドレッドは損傷してしまう。
ならば、撃たれなければいい。
敵との攻防戦において臨機応変に対応し、機体の性能を100%以上に発揮する。
それが出来て初めて優秀と呼ばれ、驚異的な戦力として恐れられる起因となるのである。
とはいえパイロットがいかに優秀であっても、人間である事には変わりはない。
心身・精神共に好調である事もあれば、バランスが崩れて不調に陥る場合もある。
操る機体も人間が製造し整備する以上機能をフルに活用出来る場合もあれば、劣化・破損等により機能ダウンする場合もある。
敵との戦いも勝利を収められる事もあれば、ちょっとした原因で破壊させられてしまう場合もある。
何が起きるか分からない、それはマグノ海賊団全員が思い知っている現実である。
不測の事態や緊急事態に陥って困り果てて何も出来ないようでは生き残れない。
マグノ海賊団が生きている世界とはそういう世界である。
あらゆる苦境に対処出来るように、常日頃から懸念し準備しておかなければいけない。
ドレッドとて例外ではない。
出撃時もしくは戦闘中に、何らかのアクシデントでドレッドが稼動しなくなった場合――
その為に用意されていたのがここ、カイ達がいるレジ裏保管庫に格納されている予備ドレッドである。
「いや〜、それにしてもあんたがいて助かったよ。
青髪とかに相談する訳にはいかなかったからな」
「アタシだって驚いたさ。まさかドレッドに乗ってまで出撃するとは思わなかったからね・・・
男がアタシら女の船に乗る、前代未聞の事態だよ」
整備済みの予備ドレッドを見上げながら、ガスコーニュはそう言って面白そうに笑った。
敵襲撃を知らせる放送が通路内のカイ達に届いた時、自機を動かせないカイが提唱したのがドレッドでの出撃だった。
あまりにも突拍子もない意見に、その場に居合わせたガスコーニュやピョロが度肝を抜かれたのは言うまでもない。
が、カイはあくまで本気だった。
主格納庫にあるカイの機体は新兵器搭載中の為に出撃不可、他蛮型は格納されていて動かせない。
今この船内で戦える機体はドレッドしかない。
戦いを今日は止めておくという選択肢もあるにも関わらず、カイは戦う意思を捨てなかった。
思いつきに聞こえるようで意外な信憑性もあるこの案とカイなりの本気を、ガスコーニュはくみ取った。
ピョロが驚きで声も出ない様子を尻目に、カイの為にこの予備ドレッドを用意したのである。
レジシステムを取り仕切る店長の立場にあるガスコーニュには、朝飯前の作業だった。
「さ〜て、んじゃあ早速出るとするか。時間がねえ」
敵襲撃が知らされて、五分以上が経過している。
今までの戦いなら致命的な時間のロスだが、それも仕方がなかった。
むしろレジまでの移動と予備ドレッド出撃準備をしていた事を考えると、これでも早いほうである。
口調こそ何気なくしているが、カイの態度の端々からそわそわとした様子が見受けられる。
一刻も早く出撃したいのが明確で、見ていてどこか微笑ましい。
「出るのはいいけど・・・・カイ。
あんた、肝心の操縦はどうするのさ?」
張り切っているカイに水を差すようにそう言って、ガスコーニュは腕を組んだ。
もっともな意見である。
カイの操縦経験は蛮型しかない。
その蛮型も突発的な事態が重なっての初出撃であり、操縦方法はピョロに教わってやっとであった。
せめてメカニック的な知識があれば何とかなるかもしれないが、タラーク三等民のカイに高度な知識教養は身についていない。
加えカイは記憶喪失により、数年間の記憶と日々の生活で備わった知識しかないのだ。
ドレッドに関しては全くの素人であった。
このカイのドレッド出撃の一番の難関であるとも言える。
ガスコーニュやピョロが驚愕したのも、未経験ゆえの無謀行為と思えたからかもしれない。
一方指摘されたカイはと言うと、全く動じずに不敵に笑う。
「大丈夫、こんなの簡単に乗りこなせるぜ」
目の前に鎮座している予備ドレッドの表面を撫でながら、カイは自信たっぷりに言い切った。
ほうっとガスコーニュは感心したように表情を緩めて、口を開く。
「随分自信があるようだね・・・・」
「あたぼうよ。余裕、余裕」
「その根拠を聞いてもいいかい?」
平然としているカイを見て、ガスコーニュはその真意を探るように言う。
カイは振り返ってガスコーニュに向き、ビシッとした態度で胸を張る。
「青髪に出来て、俺に出来ない事はない!」
瞬間、ピョロとガスコーニュは身体をぐらりと傾けた。
「・・・ば、馬鹿だぴょろこいつ・・・・」
「・・・どういう根拠があって、ああも言い切れるのかね・・・」
意見があったせいか、ガスコーニュとピョロは顔を見合わせて盛大にため息を吐く。
二人のそんな態度を目にして、カイは指を突きつけて怒鳴る。
「なんだなんだ、てめえら!俺のいう事が信じられねえってのか!!」
「信じられる訳がないぴょろ!
悪い事は言わないから、ドレッドに乗るなんて無茶な考えは止めるぴょろ」
「用意までしておいてなんだけど、アタシもその意見には賛成だね・・・」
ピョロはおろかガスコーニュにまで反対されて、カイは表情を険しくする。
「何でだよ!この船の危機なんだぞ!
ヒーローたる俺が出ないでどうするよ」
「別にお前が行かなくても大丈夫だぴょろ。
特に今日は行っても邪魔になるだけだぴょろ」
「くっそぉぉぉ〜、このポンコツロボット・・・・」
「ピョロの言う事はもっともだよ、カイ」
カイの爆弾発言のショックからようやく立ち直ったのか、姿勢を正してガスコーニュは言う。
「今回敵さんは大した戦力じゃないんだ。
メイア達に任せておけば大丈夫さ」
戦闘の表役がメイア達パイロットなら、裏役がガスコーニュ達レジスタッフである。
敵規模から戦況まで、事前にきちんと知っておかなければサポートも出来ない。
敵襲撃が艦内に知らされた時、ガスコーニュは外部状況をブリッジよりデータとして受け取っていた。
ピロシキ一機に、キューブ数機。
後方から別勢力が攻めて来る気配もなく、敵側も比較的ゆったりしたペースで攻めて来ている。
規模的に考えても、罠を仕掛けていようと突破出来る。
今までにない小規模な戦力に、ガスコーニュは安全を見出していた。
ガスコーニュの言葉にカイはつまらなそうな顔をするが、途端何かに気づいたように目を瞬かせる。
「そういや、今回敵さんってどういう奴が来たんだ?
また何か変なのが来たんじゃないだろうな・・・」
今までの戦いの傾向から考えると、カイの皮肉も的外れとは言えない。
敵は正体不明ながらに、何処からともなく襲い掛かっては何度も何度も来襲してくる。
その度に勢力は拡大していき、敵主力兵器も新しいタイプとなって攻めて来た。
キューブ型から始まり、ピロシキ型、ウニ型、クモ型、鳥型。
おおよそ珍妙な形をした兵器ばかりなのだが、その性能は手強くカイ達を苦戦させて来た。
カイの疑問に、詳細を知るガスコーニュが答える。
「ピロシキとキューブが幾つかってところだね。
あんたの言う変なのは来ていないみたいだよ」
カイと同じ比喩を用いたのが面白いのか、ガスコーニュは笑って伝えた。
敵戦力を耳にしたカイは目を丸くする。
「そんだけ?他には来てないのか?」
「アマロの話だと、別勢力がくる様子はないようだよ。
本当にそれだけの規模で攻めて来ているみたいだ。
アタシらも舐められたもんだね・・・」
長楊枝を揺らして、ガスコーニュは視線を泳がせながら揶揄した。
「ふ〜ん・・・・・」
カイはそのまま浮かない顔をして黙り込む。
その様子に気がついたピョロは、不思議そうな顔をしてカイの顔を覗き込む。
「どうしたぴょろ?出撃が出来なくて残念がっているぴょろか」
「な訳ないだろう。お前らがどう言おうと、俺はドレッドで出撃するっての」
「まだ諦めてなかったぴょろか!?」
「当然。
まあそれはいいんだけど、う〜ん・・・・・」
カイは表情を難しくして、腕を組んで考え込む。
ピョロの言葉も軽く流し、上の空で何やら思案するかのように顔を俯かせていた。
カイが何を考えているかを何となく察したガスコーニュは、ピョロと同じくカイの前に立った。
「何か不審な点でもあるのかい、今回の敵さんに」
ガスコーニュとて、今回の襲撃を楽観視しているのではない。
安全であるとは思ってはいるのだが、心の何処かではやはり不安はある。
今まで散々苦しめられた敵なのだ。
こちらを喜ばせるような攻め方をするとは考えにくい。
だが、どう状況を見てもこちらが圧倒的に有利なのには違いはない。
自分の不安とカイが今考えている思案が一致しているのではと考えての言葉の投げかけだったが、考えが合ったのかカイは頷いた。
「何でそんなちょろいメンバーで攻めて来たんだろうな・・・・
この前はあんな大軍で攻めて来やがったんだぜ、あいつら」
鳥型を戦闘にした大規模勢力。
その規模はマグノ海賊団全戦力に匹敵し、苦戦の連続だった。
ドレッドチームリーダーのメイアも後退し、統率が乱れて全滅の危機すらあったのだ。
カイが作戦を立てて巻き返さなかったらどうなっていたかも分からない。
なのに、今回は前回の艦隊を打ち破った敵に対して小規模で攻めて来たのである。
普通に考えれば疑問に思うのは当然だった。
「考えられるのは、アタシらへの偵察という線だね」
「偵察?んな今更・・・」
「今更だからだよ。向こうさんが本腰を入れ始めた可能性がある。
BCはそう考えているみたいだよ。
今こっちから偵察している最中だ」
「・・・・何か前にも誰かに聞いた気がするけど、BCって何なんだ?」
「ブザム=A=カレッサだからBC。副長の事だよ。
お頭やアタシらが親しみをこめてそう呼んでいるのさ」
主に呼び名として扱っているのはマグノ海賊団でも幹部クラスに位置する者達、つまりブザムと同等かそれ以上の位置にいる人達である。
それにBCという愛称には「副長と参謀長の兼任」、すなわち2と3両方の位置を占有しているという意味もあった。
クル−達の間でもブザムは威厳ある副長として尊敬されており、BCなどと気軽に呼べる者は一人もいない。
「BCか・・・・一回唐突に後ろから呼んでやるか。
どういう顔をするか見物だな」
―――階級に怯まない者もいるが。
「それは後の楽しみにするとして、今は外の連中だな。
青髪はどうしてるんだ?」
「現状待機。下手に手は出せないからね」
慎重論はブザムと同じくメイアも提唱している。
たやすい敵だからこそ、安易には手は出さない。
メイアらしさが見え、カイは苦笑する。
「あいつならそうするだろうな・・・・」
「へえ、分かったような事を言うじゃないか。
あれから少しは仲良くなったのかい?」
「・・・い、今は別に喧嘩はしてねえよ」
素直に仲良くなったとは言えず、カイは婉曲な言い回しで誤魔化した。
自身では、メイアとの関係は曖昧になっているのは自覚はしている。
普通に話せるようにはなったのだが、相手が結局どう思っているのかは分からないのだ。
もしも意見が対立すれば、まだ元に戻ってしまう可能性もある。
ここ最近ドタバタしているせいもあり、カイもメイアとは話せずにいた。
「ふ〜ん・・・・・まあ問いただすつもりはないけどさ。
とにかく今は下手に動けない状態にある以上、出撃は見合わせた方がいいかもしれないね」
「何だよ、お前まで!?いつからそんな腑抜け野郎に成り下がったんだ!
大体この予備ドレッドを用意してくれたのはお前だろう!?」
カイの剣幕にも、ガスコーニュは一向にひるまない。
「それとこれとは話が別だよ。
まともに操縦も出来ない以上、勢いだけで飛び出すのは賛成出来ないね」
「ぐ・・・」
文句のつけようのない正論だった。
何か口にしようとするが、心の内に浮かぶのはガスコーニュへの文句ばかり。
自分の望みが叶えられないからといって、悪意をぶつけるのはお門違いだ。
カイはそう思い止まって、ぐっと飲み込んで熱くなっている思考を冷ます。
以前なら何の遠慮もなく文句の言いたい放題だったが、頬の疼きがカイの心を冷静にする。
涙ながらに叩かれた、あの時の頬の痛みが――
カイは息を吐いて、もう一度考え直す。
戦況はこちらが有利。
チームリーダーメイアを筆頭に、優秀なパイロット達が今も待機している。
基本操縦すら知らないドレッドに乗ってまで戦う意味があるのだろうか?
勿論、興味はある。
女が、海賊の連中が、メイア達が扱っている船だ。
マグノ海賊団を知るという意味では、有意義な経験となりえるのかもしれない。
戦いにおける価値は殆どないが、自分における価値は大きい。
戦う力という意味では役には立たないが、自分の力という意味では今後に役に立つ。
(う〜ん・・・・どうするかな・・・・・)
周りを取るか、自分を取るか。
戦いが始まっていない今では安易に飛び出す事は出来ない。
いっそ戦いが始まってしまえば思い切った行動が取れるのだが――
「・・・・・・・ん?」
そこまで考えて、カイは顔を上げる。
そしてしばしの間視線を宙に泳がせていたかと思うと目を見開いて、その場にいた二人を視線を向ける。
「おい、家来!」
「な、なんだぴょろ?」
「すぐに外の連中のエネルギー反応を調べろ!
お前なら船内にいても出来るだろう?」
「?どうしてそんなのを調べないといけな・・・・」
「いいから早くしろ!手遅れになったらどうする!!」
「わ、分かったぴょろ。ちょっと待つぴょろ」
ピョロの画面に映っていた瞳が消え、ものすごい勢いでデータフラグが立ち上がる。
ピョロ本来の機能が働き、外部スキャンが開始されたのだ。
カイはそのままピョロの検索結果を待たずに、予備ドレッドのコックピットに乗り出そうとする。
「急にどうしたんだい、カイ!?一体何が・・・・」
「分かったんだよ、連中の本当の目的が!」
突然の行動に出たカイに、驚愕の眼差しを向けるガスコーニュ。
カイはそのまま翼に飛び乗って、開かれているコックピット内に降りた。
「ガスコーニュ、すぐに発進させてくれ。出撃する」
「あんた、操縦は・・・・」
「気合で何とかする!」
「気合って・・・」
「だあああああ、うるせえ!
お前は俺を出撃させたらそれでいいんだよ!!」
戸惑いを隠せないガスコーニュに、カイは怒鳴り声を上げる。
明らかに苛々した様子のカイに只ならぬ気配を感じたのか、ガスコーニュは息を飲んだ。
「分かった。すぐに発進させるよ。
・・・でも、一体何をそんなに焦っているんだい?」
ガスコーニュの質問にカイは少しの間黙っていたが、やがてポツポツと話し始める。
「・・・・もし、俺の考えが正しいのなら・・・」
真剣な表情のまま、カイは言った。
「連中、とんでもねえ事をしようとしてやがる」
<続く>
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