VANDREAD 〜another stage〜
TO・GET・HER
不覚だった。
決して信用していた訳ではないが、ペークシスの元気な起動音を聞くと、万事順調としか思えなくなってしまう。
が、こうして光の落ちたペークシスを見ていると、腹立たしさを通り越して泣き叫びたくなる。コントロール不能ならまだいい。少々不機嫌で我が儘でやんちゃな駄々っ子だと思うだけだ。しかし完全に黙り込んでしまうと――。
ニル・ヴァーナは完全に沈黙していた。全艦のエネルギーを賄うペークシス機関が全面的にダウンしてしまったのだ。こうなってはマグノ=ビバンを始めとするクルー達は、自室に戻るよりほかにない。
その歪みが回ってくるのは、必然的に機関部長のパルフェ=バルブレアのところである。
「もぉ――ッ! 次会ったら絶対許さないんだからァ――ッ!」
恨めしげなパルフェの叫びが、明かりの落ちた機関室に空しく響き渡る。
*
ことの発端は十二時間前に遡る。
宇宙を股に掛ける商人を自称するラバットという男が、紆余曲折の末ニル・ヴァーナに停泊し、商売することを許可された。
そして言葉巧みにクルー達に取り入ったラバットの扱う商品の一つ、ペークシス機関のの余剰エネルギー還元装置にパルフェは目を留めた。半信半疑ながらもペークシスに組み込んで試験運転し、相性の良さを確認した。
一定出力を越えるとバーストし、メインシステムにまで逆流してダウンさせるようなトラップが仕込まれているとは、夢にもも思わなかった。
「く〜ッ、悪役は昔から前髪垂らして眼帯した男って相場は決まってるのよ!」
四方八方に愚痴を撒き散らしながらも、思い当たる復旧手段を片っ端から実行に移してみる。が、エネルギー源そのものがダウンしてしまった今、直結している制御装置等は起動させることもできず、残された武器は携帯端末と――
「こんな時にピョロくんは何処に行ったのよッ」
「機関部門以外のクルーには、臨時休暇が出されている。ピョロもクルーの一員だが、機関部員ではないからな」
周囲に構わず喚き散らしていた彼女の背中に、諫めるような静かな声が掛けられる。自分の呈していた姿に思い至ってしばし硬直し、苦笑しながら声の主を振り返った。
「あ……、ドクター……」
ニル・ヴァーナの医師であり、パルフェとも親交の深いドゥエロ=マクファイルは小さく頷いて、小脇に抱えていた端末を差し出した。
「――それは?」
「旧艦区の第二艦橋で見付けたものだ。どうやら主機関用の予備情報らしい」
それを聞いたパルフェの表情が、ぱっと明るくなる。
「メインシステムのバックアップファイルね? ありがとう、ドクター」
*
ブリーフィングルームにはカップを片手にテーブルの上に広げたカードをめくるマグノの姿があった。機関クルーに早急な復旧作業を命じ、その他のクルーに休暇を出してしまった今、マグノもまたプライベートの安穏とした時間を過ごしていた。
しかし何の故か、彼女とテーブルを挟んだ位置には硬い相好を崩さないメイア=ギスホーンが直立していた。
マグノは呆れよりも諦らめの濃い面持ちで、まずカップを口元に運んで唇を湿らせ、それから短く問う。
「………。で? 何だい、話とやらは」
マグノの許しを得て、メイアが静かに切り出す。
「艦内を調べた結果、旧艦区のカタパルトに備えられた緊急用の予備電源が、微かながら起動していることが分かりました」
「………。それで?」
彼女の言わんとしていることは理解しているが、マグノは湯気の立つハーブティを一口含み、一拍置いてから重ねて問うた。
「はい。私達のドレッドなら出撃可能ですので、偵察に出る許可を頂こうと」
「………」
メイアの生真面目さと慎重さは、最早諦観しているものの、その過剰なまでの勤勉さは気掛かりでもある。だが、艦の殆どがダウンしているこの状況、偵察に出ることを咎め、彼女を説得する自信はマグノにもなかった。
「……いいよ。気を付けて行っておいで」
マグノが観念したように言うと、メイアは平板な口調で礼を言う。
「ありがとうございます」
一礼して部屋を出ていく背中に、マグノは呟かずにはいられなかった。
「……時間外手当、出してやらなきゃねぇ……」
その手にめくったタロットカードには《隠者》を示す絵柄が描かれていた。
*
「よーし。これをロードすれば、後はシステムを仲介してペークシスを再起動させるだけね」
ドゥエロの持ち込んだファイルを手に、パルフェが嬉々として机の上に放り出した端末に向かう。しかしその傍ら、それを手渡した当のドゥエロは冷静に見解を述べた。
「どうだろうな。融合した艦に合わせて書き換える前のものだろうからな。あのときの作業も困難だったが……」
「げ……男文字だよ」
パルフェも起動させて漸く思い至った。傍らの機関クルーに向かって大声で訪ねる。
「ねぇ、この間作った《インター・プリット》何処にしまったっけ?」
「あれ? ドクターも副長もいるから要らないって、分解してピョロ君に組み込みませんでした?」
「………」
肩を落として項垂れるパルフェ。その様子を見て、ドゥエロは神妙に呟いた。
「私も作業に加わる必要がありそうだな」
「……ゴメン、ドクター」
済まなさそうに言って、それから思い出したように一同の方に向き直った。彼女達もまた、不眠不休の作業を命じられているのだ。
「みんなもゴメンねぇ。アタシのミスに付き合わせちゃって……」
「……あれ?」
パルフェには答えず、機関クルーの一人がポツリと呟いた。彼女が目を留めた小さな強化ガラスの天窓を、パルフェとドゥエロも覗き見る。青白い尾を引いて疾走する、白亜のドレッドが認められた。
*
数多犇めく星の海の中を、メイアのドレッドがただ一機、航行していた。
彼女が単機で偵察に出ることは珍しいことではない。それは彼女が人一倍用心深く、自分の責務に対して勤勉であるからだけではなかった。
命運を共にしてきた愛機の中、そこから見えるのはただ安らかに瞬く星のみ。
他人と交わることに不慣れな彼女にとって、そこは自分を落ち着かせ、心を静めることのできる数少ない場所だったのだ。勿論、正常に機能していない母艦を危惧しているというのは、満更口実ばかりでもなかったが。
「………」
顔の左半面を覆う髪飾りが、小さく揺れた。思考を整理すべく、右手を額に被せるように前髪を梳る。
「全く……我ながら、何を思ってあんなことを言ったのか」
――それが嘘偽りない心の叫びなら、誰も笑ったりはしない。少なくとも、私はな。
ラバットに決闘を挑んで惨敗したヒビキに彼女が掛けた言葉である。
口では自分の言動に呆れているようだが、必ずしもそれを否定している訳ではない。あのときメイアの発した言葉は、間違いなく彼女の本心だったからだ。恐らく何年ぶりかに他人に晒す、心の言葉。その相手がヒビキであったことに、彼女は少々戸惑いを覚えているのである。
ある程度の落ち着きを取り戻したメイアは、自分自身の情動を省みる。
ヒビキがラバットによって無惨な姿になっていく一部始終を、彼女はプラットフォームの上から見ていた。その時自分は何を考えていたのか。我武者羅に吼え立てて勝ち目のない戦いに挑み、傷付いていくヒビキに彼女は何を重ねていたのか。
結論が輪郭を見せ始めたところで、彼女はフッと自嘲気味に鼻を鳴らす。
「私にとって一体何だと言うんだ? あの男が……」
しかしものの数ヶ月前なら間違いなく感じていたであろう不快感も、今は催さない。
メイアは自分の中でヒビキ=トカイという存在が徐々に大きくなっていくのを感じていた。そのこと自体も、さほど癪には障らなかった。
自覚している。ここ数ヶ月の旅の中で自分は変わった。ヒビキに対する見方も出会った頃とは大きく変わり、実際に彼自身も変わってきた。出会った当初のヒビキは己を知らず、世界を知らず、ただ無意味な咆吼を繰り返す、まるで――
「――!?」
小さく短い電子音。それがメイアの意識を引き戻し、彼女はコンソールの一隅の表示に気付いた。
レーダーが敵の機影を捕捉していた。しかも、既にこちらの存在を確認し、接近を開始している。
メイアは舌打ちし、ぼそりと呟いた。
「――不覚、だったな」
*
「積極的に休養を取るよう、兼ねてから指導しているのだが……」
ニル・ヴァーナの機関室ではドゥエロとパルフェの二人が翻訳作業と書き換え作業を同時進行で行っていた。黙っている理由もないので、取り敢えず先程偵察に出て行ったメイアが二人の話題に上がっていた。
「仕事熱心だからねェ、メイアも。休めと言ったって休まないでしょ」
ドゥエロの言葉に応じながら、しかし視線は手元に集中し、作業の手も止めていなかった。彼女の場合、むしろドゥエロと会話しながらの方が効率が上がるのかもしれない。取り敢えず、彼女にとっては楽しい時間だった。
「一度体を壊しているのだから少しは自粛して欲しいものだな。健康管理は怠っていないようだが、心因性の疾患に関しては疎いようだ」
「……だろね」
端末を操作しながら、パルフェが苦笑する。
「あの生真面目さは、一度倒れたくらいじゃ直らないでしょ」
ドゥエロの眉根に若干の皺が寄る。作業を続けつつも、次いで好機をそそられた時に見せる表情を作った。
「彼女の勤勉さは昔からあんなものなのか?」
パルフェが黙考し、その間コンソールを叩く音だけが間を満たし、きっかり二秒後彼女が答えた。
「どうだろうね。アタシもメイアもまだここに入って日が浅いし――年はメイアの方が一つ上なんだけど」
「それでいてかたやドレッド隊のリーダー、かたや機関部長とは、大したものだ。二人とも古参なのかと思っていたが……」
「まあね。メイアは元々器用だし、アタシも昔から機械が友達みたいなものだったから。でも基本的に部署が違うから、あんまり顔を合わせることはなかったんだよね」
「……と言う割には、ディータなどとは相当に親しいように見えるが?」
ドゥエロの追求に、パルフェはまたも苦笑を浮かべる。
「あの子もなかなか変わり者だから、変わり者どうし馬が合ったんでしょ。あの子は新人だけど、遠慮なく訊いてきたもん。第一声がどうやったらUFOみたいにジグザグ飛行できるの、だったかな」
「その原理で言えば、私もまた変わり者だということになるな」
深刻に考え込んだドゥエロに、吹き出しとのは端から聞いていた機関クルーの方だった。当のパルフェは作業に集中しているため、そのことまでは気付かない。
「ハハ……そうかもね。ま、そんな訳でメイアと話するのはドレッドのメンテナンスの時くらい。メイアにしてみればアタシのこういう性格は受け入れにくかったのかな?だいたいは必要最低限のことしか話さないし……あ、でも前に一度――」
そこでパルフェは言葉を切った。ドゥエロが振り返ってみると、彼女は手も止めていた。彼女は暫く何事か回想するように視線を彷徨わせていたが、やがて何事もなかったかのように作業を再開した。
「あれは――まだ私達がここに入ったばかりの頃の話なんだけど……」
*
「まさか安全のための偵察に出ておいて、母艦に敵を連れて返るわけにも行かないな……」
メイアはひとりごちて、溜息をつく。レーダーが敵影を捉えてすぐに反転していれば防げた事態だけに、不可抗力よりも自分の落ち度である、と彼女は判断した。
結論を固めて、メイアは再びレーダーを確認した。中型程度の機影が一つと、それに追随する、恐らくは彼女達が《キューブ》と称するものであろう五、六の光点。それが全てでないことは、容易に推察がついた。
「母艦一つとは、偵察か遊撃か。大した戦力ではないが、如何せん多勢に無勢だな」
それが《ピロシキ型》と呼ばれる二次母艦であれば、百数十の《キューブ》を保有していることになる。ドレッドチームが万全の状態で迎え撃てば取るに足らない相手だが、以前は三機掛かりでも手に負えなかった。まして今回は単機戦。
だがメイアは逃げるつもりなど毛頭なかった。ニル・ヴァーナに戻って援護を受けるという選択肢は、最初から除外している。
「距離、九千GR……接近中」
ブリッジクルーが不在といって誰に聞かせる必要もないが、一人数値を読み上げる。 やがてメイア機の前方に、相対的に急接近して来る敵襲団が姿を見せ始める。
メイアは一度、左の眦のあたりにある髪飾りに軽く触れ、静かに息を吸い込んだ。掛ける必要のない号令を、ただ自分のためだけに掛ける。
「攻撃、開始!」
一秒丁度の後、大きく口を開けた《ピロシキ型》が多数の《キューブ》群を放つ。それらは瞬時に臨戦態勢へと移行し、うち幾らかは既に砲撃を開始したメイア機によって布陣する前に果てた。
負けじと《ピロシキ型》が砲門を開いてビーム砲を放つ。それは敵の懐までは入らず旋回していたメイア機を掠めさえしない。
百八十度旋回したメイアは、そのまま敵襲団の一隅に狙いを定めた。が、側方に回り込んだ複数の《キューブ》に反応して操縦把を倒し、そこに待ち受けていた十余の至近弾は機体をロールさせてかわし、牽制砲火しつつ緩加速を掛けて前後左右からの挟撃を回避する。
「………。成程」
左へ急旋回して追撃を逃れ、一瞬の減速で《ピロシキ型》の砲撃をやり過ごし、四方からの集中砲火に反撃の機会を逸しつつも全て弾道を外して、メイアは納得した。
「敵の攻撃対象が複数であれば、当然自分以外の者を狙っている機体が存在する。それを互いに撃墜していけば殲滅することは容易い」
ここぞとばかりに降り注ぐ火線を間一髪で避け、大奉仕とばかりにばらまかれる至近弾全てに直撃を許さず、しかし流石に一旦離脱を図る。
「……だが敵の攻撃目標が自分一人であれば、敵が休むことを知らない機械である限り、全ての砲座が自分に向いていることになる。正面から撃ち合うとなれば、当然小回りが利いて砲門の多い方が有利か」
数で畳みかける《キューブ》の群れは、一時の猶予も与えずメイア機を再包囲した。
ややあって、翠の瞳が静かに一閃する。
「休むことを知らない機械、か。ならば――」
メイアは機体を翻し、敵襲団に背を向けた。そして、スロットルを引き絞った。
*
――制速装置を外して欲しい!?
流石のアタシも突然何を言い出すのかと思ったよ。制速装置っていうのは大気圏外用の戦闘機についてる、スピードが一定以上にならないようにコントロールする装置のこと。
――ちょ、ちょっと待ってよ! そんなことしたら……。
空気のある大気圏内ならね、制速装置は必要ないの。空気の抵抗力はスピードに比例するから、一定の力でスラスターを噴かし続けてもいつか噴射力と空気の抵抗力が等しくなる。そうなれば加速度がゼロになって、それ以上はスピードが上がらない。
大気圏内ならね。
空気の抵抗のない宇宙空間では完全に慣性の法則が成り立つ。だから一度加速したらエンジンを止めてもそのスピードで飛び続けられるし、逆にスロットルを引き続けたらどこまでも際限なく加速し続ける。双音速を超えても。
それがどれだけ危険なことか、メイアだって知らない筈はなかった。
――理解している。だが私にはどうあっても越えなければならない壁がある。
でもメイアはキッパリとそう言い切ったんだ。アタシからしてみれば想像したこともないような突飛な発言だったんだけど、その瞳が余りにも真剣だったから笑い飛ばせなかったんだ。
――壁って……双音速の壁のこと? いくらこの間ミスしちゃったからって、そんなに無茶しなくても。
そう。メイアはその前日の出撃――海賊としてタラークの輸送船を襲撃したんだけどね、その時に突入チームのメイアが一瞬の遅れで突破に失敗して、結局収穫無しで撤退せざるを得なくなったの。
マグノ一家の家計が苦しくなったところに、大型の通商船だったからね。メイアも随分悔やんでたみたいだった。だからそう言って止めようとしたんだけど。
メイアは静かに二度、首を振った。
――私は多くの時間を無駄にしすぎた。あの日以来、無為に過ごしてきた時間を、私は取り戻さなければならない。そのために……
アタシはマグノ一家に拾われる前から、メイアのことを知っていた。ううん。メジェールでメイアを知らない人はいなかったんじゃないかな。だからメイアがどんな過去を抱えているのか、勿論アタシも知っていた。
――私は時間の壁を越えなければならない。
メイアの言ってることを、完全に理解できたわけじゃない。
でも相対性理論を加味した上での亜光速とか、そういう意味じゃないことは分かった。
その時アタシの頭の中では、その時のメイアの言葉がエンドレスで繰り返されてた。
――時間の、壁……。
*
自分を中心に、無数の光が放射状に流れ去ってゆく。
操縦把を握る腕を固定したまま、目標を定めずに一定の速度を保つメイアの視界は、ただひたすらその光景の繰り返しだった。ただでさえ外界から完全に隔絶されたドレッドの閉塞的なコクピットにあっては、長時間の刺激の遮断は時間感覚の消失を導き兼ねない。並の精神であれば。
「戦闘下において攻撃対象が単一であれば、当然それを最短距離で追う」
リーダーとしての責務から解放されているためか、いつもにも増して独り言が多い。
絶対的不利にありながら、メイアの頭は静かにフル回転していた。
「一直線に逃げる相手を全員が最短距離で追えばその隊列は畢竟――」
この一瞬を待っていたとばかりにメイアが動いた。
推進力を生み出すメインスラスターを一瞬間停止。慣性で進み続ける中、翼端上部と機首下部の姿勢制御スラスターを絞る。白亜の機体は瞬時に、その場で宙返りを見せる。
メイアの視界には、その中央に一つの影が見えるのみだった。
彼女の唇が静かに弧を描く。
「一直線になる」
メインスラスターの再燃焼で制動、逆方向へ加速し、彼我の距離を一瞬で消し去った。
メイア機の砲口が、哮る。
メイアの術中に嵌まり、一直線の隊列で彼女を追跡していた《キューブ》群は、先頭数十機を単調な連射によって葬られ、更に追従していた数機が誘爆した。着弾する前に散開したそれ以降の《キューブ》は、再び砲撃体勢を取ってメイア機を包囲せんとする。
しかしメイアはそれらに一瞥のみを残すと、再度反転して進行方向を戻した。
そして、再び星の海を疾走し始めた。
*
どうしてあんなことしようと思ったんだろうね。自分でもよく分からないけど、アタシとメイアに、どことなく似たようなところがある気がしたからかな。
――とにかく、あんまり無茶はしないでよ。
なんて言いつつも、結局メンテの時に極秘でメイアのドレッドを改造したのだった。
――承知している。責任は全て私が負う。
メイアは件のミスでちょっとペナルティーを喰ってはいたけど、次の出撃への参加は認められていた。それだけ期待が大きかったんでしょうけど、当のメイアはもっと、別のところを見ていたんだ。
――メイア……。
その時のターゲットは、確かタラーク軍の巡洋艦だったと思う。民間船だけじゃなくて、軍用艦を狙う時もたまにあったの。長期間航行を続けるために、食料とかラインスターとか、弾薬とかもたくさん積んでることが多いから。
でもその分向こうも武装してるから、突入は難しくなる。
案の定、激戦になった。敵の――って言ってしまっていいのかな?――タラーク軍の執念深い防御で、なかなか突破口が開けなかった。軍の応援が到着したらアジトに逃げ帰ることも危ういから、アタシ達には短期決戦が絶対条件だった。
陥落できないなら、早い段階で見切りを付けて撤退しなければいけない。丁度、そのラインのギリギリくらいのところだった。
その時のリーダー、ヴァロアの制止を振り切って、メイアが突入した。
多分、普通のドレッドの限界速度を優に超えてたんだと思う。敵のヴァンガードチームには目もくれずにカタパルトから強行突入したの。それが突破口となってベテランのチームが突入、相手は退路を断たれて投降したんだけど。
巡洋艦ごと持って帰ったらアジトを教えるようなものだから、艦を占拠して物資だけを運び出した。その段階でドレッドチームには撤退命令が出たんだけど、メイアだけが戻って来なかった。
結局ヴァロアが再突入して沈黙しているメイア機を見付け、牽引して出たから事なきを得たんだけど。
そう。メイアはドレッドのコクピットで失神していた。
それを聞いてアタシもすぐに医務室に駆け込んだ。その時には意識は辛うじてあったんだけど、目は焦点があってなくて、そして繰り返し繰り返し、茫洋と呟いていた。
――超える………り戻す……。
*
恰も先刻のリプレイのように。メイアが全く同じ手順で、同じ動作を導いた。
急反転と、機銃の咆吼。
「………何!?」
ただ一つ違うのは、メイアがトリガーを引いた時、既に敵襲団が照準から離脱し始めていたことである。火線は《キューブ》の縦隊の中に吸い込まれ、しかし散開し遅れた十機足らずを火球に変えるに留まった。
展開した《キューブ》の群れは、今度は既に砲撃体勢。
多方向からメイア機に向けて至近弾が放たれる。メイアは歯噛みしながらも機体を旋回させ、辛くも掃射を逃れる。
「学習しているのか……機械が。――だが」
三度逃走体制に入る。三度編隊を組んで追跡を開始した敵襲団に目を馳せて、メイアはしかし、どこか欣然とした表情で呟いた。
「一生学び続けるのが、人間の専売特許だ」
その言葉を実証しようとしているかのように、メイアは思索を巡らせる。敵戦力は当初の半分以上が健在しているにも関わらず、メイアの口調は悲壮感など微塵も感じさせない。この状況を、自分に課せられた一つの試練とでも考えているのだろうか。
星が光の渦となって、自分の周りを過ぎっていく。
どれ程スロットルを引き絞っても時の螺旋を超えられないことが、ほんの少し寂しい。
今は、まだ。
まだ自分を超えていないから。
そこまで気を遣う必要はないと知りつつも、メイアは一瞬だけ、後方の編隊を垣間見た。
「一対多数である限り、目下敵が一方向に集在している状況を作らなければ戦いようがないか……。しかしこのままヒットアンドアウェイを繰り返しても、やがては反撃の被害が攻撃の戦果を上回る」
一瞬だけ、メインスラスターを停止させてみる。と、瞬時に敵襲団は散開し、しかしメイア機が再加速を掛けたのを認めると何事もなかったかのように追跡を再開する。
「……と、敵も考えるだろうな」
呟いて、さらに数十秒の後。
スラスターを切るや否やの急速反転。敵の反応は回を追うごとに俊敏になってゆく。
錐揉みしながらの砲撃。先ほどよりも広角度に機銃を噴かせることで、数機の《キューブ》を捉える。が、今度は敵の行動も速かった。
「く……ッ!」
流石に何発かが着弾し、シートにのめり込んだメイアの体を揺さぶった。即座に離脱するが、百余りの砲座は容赦なく集中砲火を浴びせる。
反転。再加速。
ひたすらに同じ行程を繰り返すメイア。他に抗う手段も見つからないまでに追い込まれた者の焦燥。死を甘受することを認めた者の開き直り。彼女の双眸に湛えられている光は、決してそのどちらでもなかった。
*
結局、メイアのドレッドを内緒で改造してたのがバレて、アタシとメイアは大目玉を喰らった。当たり前だけど。
流石にメイアも出撃停止のペナルティー。アタシも暫くドレッドの整備担当を外された。
――結局迷惑を掛けてしまった。済まない。
――ううん。
メイアは例によって抑揚のない平板な口調だったけど、その時はどこかいつもと違って聞こえた。
――半分はアタシが悪いんだし。
付け加えて、アタシはメイアの横顔を覗き見た。訊きたいことは山程あったけど、何て訊けばいいか見当もつかなかったから、アタシは黙ってた。
でもそのうちにメイアがアタシの視線に気付いて、珍しく少し逡巡して、それから徐に語り始めた。
――父さんの娘は、何事にも前向きな、利発な少女だった。
すぐには何を言ってるのか分からなかった。その本当の意味を理解できたのは、本当に最近のこと。
――母さんの娘は、誰にでも笑顔を見せる、心の優しい少女だった。
反射的に短く問い返してしまったけど、メイアは明後日の方向を向いたまま、でも確かにアタシに向かってそう言ったよ。
――私は、私にとって余りに長い時間、徒に目を瞑っていた。私は……彼女をどこかに落として来てしまった。
正直言って、アタシは鳥肌が立った。それを語るメイアの唇の、途轍もなく温度の低いのに。
アタシには分からない。父さんも母さんも一緒に生きているアタシには、メイアのその苦しみが、その独白がどれ程辛かったのか。
――私は彼女を取り戻さなければならない。たとえどれだけ時間が掛かっても、いつか、必ず――
それが、メイアがアタシに話してくれた最初で最後の心の言葉。
*
四度目のクイックターン。
性懲りもなく、と嘲笑わんが如く、《キューブ》の群れが即座に弾ける。
「学び方をプログラムしたところで、機械は人間にはなれない」
学習能力を保有する《キューブ》の反応速度は更に向上しており、百八十度反転した時には既に一機たりともメイア機の射撃線上には残っていなかった。
メイアが不敵に微笑する。
ぽっかりと開けた視界の中央には、全ての《キューブ》のコントロールを司る母艦、《ピロシキ型》の機影が遠く見えた。
「学ぶ術を学ぶことができるのは――我々人間だけだ!」
自信に満ちた叫びに呼応して、白亜のドレッドは刹那のうちにあらぬスピードを得る。それ自身には目もくれず、メイア機はキューブのトンネルの中へ突入した。
予期せぬ行動に虚をつかれた《キューブ》編隊の砲火は悉くが虚空を灼き、あるものは同士を討つ。
その間僅か数瞬。
メイア機が《ピロシキ型》に肉薄するにはそれで十分だった。
「また、一歩――」
白亜のドレッドが機銃を唸らせる。
真空の宇宙空間。
誰の耳にも届くことのない炎の嘶きが、その衝撃のみをメイアに伝えた。
*
「全く、君もメイアも随分な向こう見ずだったのだな。担当医に同情せざるを得ない……と、こちらの作業は完了だ」
「まあね。あれ以来メイアと仕事以外で話すことは殆どなかったけど、それを機会に今の頼れるメイアに一歩ずつ近付き始めた気がするんだよね……よし、こっちもオッケー」
二人は手を止めて向かい合い、小さく笑う。
パルフェは半数以上が目を虚ろにし始めた機関クルー達を招集して、修復作業の最終段階へと促す。
「あ………」
その時、機関クルーの一人が先刻と同じ天窓に目を留めた。パルフェとドゥエロ、その他のクルーもつられてその小窓に視線を集める。そこには、滑らかな曲線を描いてニル・ヴァーナに接近する白い機影があった。
「メイアだ。でも……」
優雅ながらも時折見せる不規則な振動に、パルフェが眉根を寄せる。
「ふむ。また随分と向こう見ずなことをやってのけたようだな」
ドゥエロが静かに同意した。医師として辟易する半面、好奇心旺盛な青年として、出会ってから数ヶ月間のメイアの変化を楽しんでいるようでもあった。
その傍らでパルフェが苦笑し、ドゥエロは重ねて彼女に問うた。
「時に、件の改造したメイアのドレッドはどうなったのだ?」
「ああ、アタシは暫く格納庫に入らせて貰えなかったから確認してないけど、先輩達がちゃんとプログラムを修正したハズよ」
作業に戻ったパルフェの背中に、ドゥエロは胡乱げな視線を投げ掛ける。
「………筈?」
「すぐ次の日また出撃で忙しくなってしかもそれが大漁で派手に盛り上がったけど多分」
口下手な彼女にしては長い台詞を息継ぎなしで言ってのけて、パルフェはそのまま手を動かし続けた。
二秒後に、ポツリと呟いた。
*
「ま、それはまた別の話……ってことで」
* * * * * * * * *
あとがき
鳳蝶のご挨拶
そんなこんなでアナザーステージ第二弾でした。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
今回はエキストラステージ色の強い、露骨な挿話になってしまいましたが。
私が兼ねてから書いてみたかったメイア編。というよりメイアの武勇伝(?)。
登場人物は取り敢えずメイア、語り役としてパルフェ、エトセトラ。
最後に言うのも何ですが、ヒビキ、ディータ、ジュラ、バーネット、その他の主要
なキャラは登場しませんのであしからずご了承下さい。
厚かましいようですが、感想・指摘等いただければ光栄です。
v_dreadnaught@yahoo.co.jp
v-dreadnaught@ezweb.ne.jp
鳳蝶
鳳蝶の戯言
ふと思う。
SS作家の皆さんは、サブタイを決めるのに果たしてどれくらいの時間を費やして
いらっしゃるのでしょうか?
思い付いたままに即断。
書く前からほぼ固まっている。
私の場合どちらでもありません。
悩みます。徹底的に悩みます。
下手をすれば執筆に費やした時間と同じくらい(失笑)。
例えば今回の『TO・GET・HER』
ワンフレーズに全てを詰め込まんと奮闘した末、文字通りの
[to get her]と[together](一緒に)を掛けた世にも分かりにくいサブタイが出来上がりました。
こんなことに時間を掛けている場合ではないのですが(苦笑)
それでは、今後ともよろしくお願いします。