VANDREAD 〜another stage〜

   FOURTH FORCE FOR(上)

 

 

 マグノ=ビバン率いる150人の女海賊と三人の男、ヒビキ=トカイ、バート=ガルサス、ドゥエロ=マクファイルを乗せて帰郷を急ぐ戦艦ニル・ヴァーナは、とある惑星の重力圏上を周回していた。クルーたちの保養を主張した頭目のマグノと、惑星の分析を主張した副長兼参謀、ブザムの主張が奇しくも一致したためである。

          *

「キレイな星……」

 新人パイロットのディータ=リーベライが恍惚とした表情で呟く。

 照明の落とされた館内ガーデンには惑星を間近で見ようと十数人のクルーたちが集まっていた。皆一様に小川のせせらぐ庭園に腰を下ろし、強化ガラス越しに見えるその星を眺めている。

「まるで巨大なペークシスねェ……」

 ディータの呟きに応じるでもなく率直な感想を述べたのは機関部長のパルフェ=バルブレアである。ペークシスとはニル・ヴァーナをはじめとする戦艦や戦闘機の主機関に用いられているエネルギー源の物質であり、彼女が四六時中目にしているものだ。

 彼女の言うとおり、その惑星は鮮やかな青緑色を湛え、あたかも宇宙の宝石のごとき輝きを放っていた。

「宇宙人さんも見に来ればいいのに……」

 マグノの図ったとおり、今、激戦の渦中に晒されるニル・ヴァーナのクルー達は一時の安らぎを迎えていた。

          *

「惑星の分析データはまだか?」

 ニル・ヴァーナのブリッジでは自らもコンソールを叩いているブザムがブリッジクルーに分析結果の報告を求めていた。

 頭目であるマグノは、一応ブザムにも休養を進めたのち自室へ下がってしまったため、ブリッジの指揮を執っているのは彼女である。表情や口調こそ普段の冷静沈着な副長ブザムと変わらないが、このときの彼女には言い表しようのない不安感が渦巻いており、分析が遅延していることに焦慮を覚えていた。

 そんな彼女の張り詰めた様子を察知し、分析に当たっているクルー達も緊張の面持ちでコンソールを操作している。

”ピピッ……”

 と、おもむろに惑星の成分分析に当たっていたアマローネのコンソールが電子音を発した。彼女はあわててコンソールに表示されたデータに目を馳せ、

「…………」

 そのまま黙り込んでしまう。その様子を見たブザムは眉をひそめ、声のトーンを落として報告を促した。

「……どうした?早くデータを読み上げろ」

「は、はい。高密度高エネルギーのガス惑星です。表面の99.98%が均一な物質でできており、生体反応、熱源反応、人工物の反応、共にありません。推定重力度……」

「そんなことは初期報告で受けている。ガス惑星を形成している物質の組成を分析しろと言ったはずだが?」

「そ、それが……」

「…………?」

 なかなかはっきりした報告を示さないアマローネに、ただでさえ気の急いでいるブザムは直接彼女のコンソールをのぞき込んだ。その瞬間、彼女の顔がが困惑の色に塗りつぶされていく。

「……これは…………?」

 彼女のコンソールにはただ一言、”分析拒否”の文字があった。

「……分析不能ではなく、分析拒否というのはどういうことだ?」

 彼女が訝かしむのも無理はない。このような言語はそもそも分析システムに用いられていないはずなのである。

「何者かがこの船に干渉して、この星の分析を妨害しているということ、か?」

 たちまち双眸を険しくしたブザムを先回りして、

「この星系に人工物の反応はありません。ニル・ヴァーナに外部からアクセスした形跡も……」

 オペレーターのエズラが確認を入れた。ブザム自身もそれが不可能であることなど分かっている。分かっているからこそ、彼女の表情は潮の引くように曇っていった。

 しかし分析システムが作動しない以上、ブリッジでデータを採集するのは徒労であると判断したらしい。

「分かった。この件に関しては私からお頭に報告し、協議しておく。それまではブリッジでの任務を解除する。以上」

 言うが早いか、彼女はブリッジを出てブリーフィングルームへと向かう。

 それまで強張っていた空気が解け、後に残されたクルー達は一斉に脱力した。

「やっと休憩だぁ……。ねぇ、早くみんなのところへ行こ〜よぉ」

          *

 ディータの執拗な勧誘を断ったヒビキは、ニル・ヴァーナの最深部に位置する”レジ”

と呼ばれる場所にいた。蛮型の搭乗員としてクルーに組み入れられた彼だが、非戦闘時の配属はこの場所になっているのだ。

 彼がそれを拒否しないのは、恐らく彼自身も気付いていないであろうが、レジの統括であるガスコーニュ=ラインガゥというに敬意に近い感情を抱き、経験豊かな彼女の人柄に惹かれ始めているからだ。実際にこのとき彼がレジに来ているのは仕事のためでなく、先日為す術もなく大敗したポーカーの再戦が目的であった。

 ヒビキとガスコーニュがカテーブルを挟んで座り、それぞれカードを手にしている

「……勝負だ」

 二枚のカードを交換したヒビキがニヤリとして宣言した。

 対するガスコーニュは含み笑いを浮かべ、余裕タップリに返す。

「いいのかねェ……」

「男に二言はねぇって言ったろ?」

「二の句が継げなくなったことなら何度もあったろうけどね」

 人を食ったガスコーニュの態度に乗せられて、ヒビキは即断する。

「……ヘッ! 後で吠え面掻くなよ。………二組揃い!」

「残念無念ストレート」

「…………」

「はい、まいどあり」

「吠え面掻いたのはアンタの方だったね」

 ガスコーニュのしたり顔だけでも沈黙してしまうところに、今回は合いの手が加わった。

戦闘機チームのパイロットの一人、バーネット=オランジェロである。

「るせェ!テメェは黙ってろ!」

「珍しいね、戦闘時でもないのにアンタがここに来るなんてさ」

 バーネットはヒビキを黙殺し、ガスコーニュに応える。

「あ、そうそう。ドレッドの新しい装備パターンをいくつか思い付いたんだけど、シュミレーター使ってもいい?」

「……バーネット? アンタ生真面目なのは昔からだけどサ、遊ぶときは遊べる人間じゃなかったっけ?」

「……うん。でもあの星見てるとなんか落ち着かなくて………」

 煮え切らないと言った感じのバーネットの言葉に、カードに集中していたヒビキがはたと顔を上げる。

「………? どうかした?」

「あ、いや………。何でもねぇよ」

 怪訝そうに問い返したバーネットにも、ヒビキは言葉尻を濁しただけだった。

「ならいいけど………」

 彼女は釈然としないと言いたげな雰囲気で、しかしガスコーニュに礼だけを言ってレジの奥へと入っていった。

 そんな二人のどこかただならぬ様子に、ガスコーニュの第六感は鋭く反応する。しかし彼女もそれをおくびにすら出さず、涼しい顔でカードの束を捌いていた。

          *

 ことの顛末をマグノに報告したブザムは、自らレーダー室に来ていた。彼女の報告を受けた後で、マグノは取り敢えずとブザムに休息を進めたが、彼女はやはりその気遣いに対し丁寧に礼を言っただけだった。

「解析、拒否か。外部からの拒否でなければこの船自体が分析を忌避しているということか?」

 この惑星を最初に長距離レーダーの映像で捉えたとき、彼女は何か大きな違和感と胸騒ぎを覚えた。あるいは何かしらの途轍もない力を感じていたのかもしれない。それは黙視確認したときに確信に変わり、分析の結果を見て確証を得た。

「やはり何か引っかかる、あの惑星……」

「私も同意見です」

 ブザムがハッとして声の主を振り向くと、そこにはいつも通りのパイロットスーツに身を包んだメイアの姿があった。

「珍しいですね。副長が独り言を仰るなんて」

 メイアに指摘されて、ブザムはほんの少し動揺を見せた。彼女の言うとおりであった。

しかし両者ともそれ以上は言及しない。

「あの星は間違いなくこの船に、何らかの干渉をしている。それも通信機器のような外部的なものではなく、直接中核であるペークシスに」

「クルーの中に、あの星をペークシスのようだと形容した者がいます」

 核心を外したメイアの言い回しに、ブザムのの左眉がピクリと動く。

「メイア? もしかしておまえは、いや、おまえ達はあの星と何らかの共鳴を感じているのではないか?」

「………少なくとも私は。ディータやジュラなどは星の美しさ故の感動だと信じて疑っていないようですが――私は畏怖のような物を感じずにはいられません」

 ブザムは抑揚のないメイアの言葉を聞き、少しの間黙考した。メイアもまた、あの星の存在に動揺しているのである。

「だが、あの星がペークシスと何らかの関係を持つとすれば………」

 二人に自らの胸裡に混沌と渦巻く疑問に自答する術はなかった。

 クルー達に一時の平穏をもたらしている惑星の緑光は次第に彼らの間に動揺をもたらして始めていることを、まだ知るものは少なかった。

          *

 静寂とは唐突に終わるもの。

 ニル・ヴァーナ艦内のそれは、耳を劈かんばかりのアラートによって破られた。

“全館戦闘配備、ドレッドチーム一次待機にてスタンバイせよ”

 続いてクルー達を騒然とさせたのは、いつになく短い間隔でスピーカーから流れてきたブザムの指令である。

 中でも常時は自分が報告を終えて後号令を耳にするブリッジクルー達は、血相を変えて持ち場へと急いだ。それは当のブザムも同じであった。レーダー室でいち早く敵集団を発見した彼女は手動でアラートを発して間髪入れずに全艦内に指令を送り、すでにメイアの姿がないのを確認すると、彼女自身もブリッジへと走る。

 数十秒で、余暇を楽しんでいたニル・ヴァーナのクルー達は各自の配置に戻った。これが、彼女たちが休息を得るための必須条件なのである。

「敵機確認。距離3000,接近中」

 警報より遅れること数十秒、ブリッジではコンソールに付いたアマローネが律儀に報告を入れる。ブザムもまた何事もなかったかのように、マグノの戻った艦長席の傍らで指揮を執っている。

「数は?」

「先日ニル・ヴァーナを襲撃をした中型母艦が3機、さらに中型の機動兵器を5体確認」

 ブザムは少し眉を顰めて黙考し、

「ドレッドチーム、発進せよ!」

 迷いなく、発令した。

          *

 それは彼らが“エイ型”と称す機体であった。母艦としての機能を有しており、またそれ自体が大型の砲座を備えている。

「私のチームとバーネットチームで敵に先制攻撃をかける。ジュラのチームはニル・ヴァーナの援護――ガス惑星の重力圏に接近しないよう、各自注意しろ」

 淡々と指示を送りながら、メイアは“エイ型”の後方より迫り来る機動兵器に目を馳せる。8本のアームを有し多彩な攻撃を展開する“クモ型”は、ほとんどのパイロットにとって未知の存在であった。先に彗星の内部で一戦を交えたヒビキとメイアのみがその例外である。

“了解!”

 それでも一糸乱れぬ地下あら強い返答に、メイアは少し安堵する。大きく息を吸い込むと、

「攻撃、開始!」

 泰然と、宣言した。

          *

“敵母艦の起動を確認、攻撃態勢です”

 ブリッジクルーの報告を待つまでもなく、“エイ型”が装甲を開き、無数の小型機動兵器を排出し始めた。多数の“新型キューブ”無機質な塊という外見を持った集合体で排出され、時間差をもって拡散、起動する。

 と、そこにメイア率いるドレッドの一群から放たれたミサイルが着弾し、悉く誘爆した。

 メイアの意図していた先制攻撃が会心の一撃となって敵勢力を襲う。

“着弾確認。バーネットチーム、砲撃開始”

 第一陣が反転し、そこにさらに数機のドレッドが突入する。メイアの号令に従って、バーネット機を始めとする第二陣が砲門を開いた。

 しかしそれを甘んじて受けるほど敵の反応も緩慢ではなかった。残る二台の“エイ型”が左右に展開し、ビーム砲を起動させる。それにいち早く気付いたのはメイアだった。

“急速反転!”

「チィ……ッ!」

 “エイ型”の放つ赤いビームの威力は証明済みだった。舌打ちしながらも、バーネットは操縦把を傾げる。

 間一髪直撃を免れたドレッドチームを、今度は雲霞の如き“新型キューブ”が襲う。その間にミサイルの爆撃を受けた“エイ型”も修復を完了し、戦線に復帰した。それに合わせるようにして、後方に控えていた“クモ型”が動き始める。

「メイア! 後ろのヤツらが来るよ!」

 バーネットの珍しく上擦った声はパイロット達全員の焦慮を代弁していた。長いアームを伸縮させながら散開し始めた“クモ型”の群れは、彼女たちにとって未知の存在なのだ。

メイアは不敵な笑みを浮かべると、

“心配ない。ヤツらの手の内は読めている”

 事も無げに言ってみせる。

 その言葉の意味を、バーネットは完全に理解できていなかった。しかしその力強い断定口調にそれ以上言及することはしない。メイアは決して気休めで大丈夫だなどとは言わない。深刻な状況ならば、それでもありのままを包み隠さず話してくれる。そうバーネットは信じていたからだ。

 その一言に触発されて、不安を抑圧していたパイロット達にも活気が戻る。

 その遣り取りを黙って聞いていたヒビキもどこか嬉しそうに鼻を鳴らす。

「よっしゃァ! いくぜッ!」

 一気呵成、ヒビキの雄々しい叫びを筆頭に、ドレッドチームが突入していく。

“宇宙人さ〜ん! 合体しよ〜ッ!”

 戦場にあっても素っ頓狂な声が、蛮型のコクピットにこだました。同時にディータのドレッドが一方的にヒビキの蛮型へと接近する。

 しかし蛮型は迫り来るディータ機を避けるかのように反転すると、狙い澄ましたかのようにメイアのドレッドが追衝した。

「エ〜ッ! なんでェ〜?」

 訳が解らないと言いたげなディータの眼前で、二人の機体はヴァンドレッド・メイアへと変貌を遂げた。緑色の閃光と共に戦線に現れた白亜の怪鳥は、神速をもって“クモ型”

へと肉薄する。

 不貞腐れるディータ。そこに飛び込んできたのは以外にもバーネットの叱咤だった。

“何ボヤッとしてるの!? 気色悪いのはメイア達に任せて、アタシ達は雑魚を叩くよ”

 俄然気合いの入ったバーネットに、ディータの方が狼狽してしまう。

「は……ハイッ!」

          *

 四方八方から襲いかかる敵襲団に、ヴァンドレッド・メイアは果敢に攻撃を繰り返していた。

 二人の性格を象徴したのか、この機体に火器は装備されていない。亜音速の突撃で敵を灰燼に帰す物理攻撃が、唯一にして最強の武器だ。懸命の操舵で、一体の“クモ型”を照準に納める。

「よっしゃあ! 今度こそ捉えたッ!」

「4時の方向から砲撃が来る。下方右30度転舵」

 敵の数を減らせない焦りの中にも、メイアは周囲を把握している。

「なにッ? く……チキショオ!」

 標的を捕捉していながらも、メイアの判断に従って進路を逸らす。代償として莫大な圧力が二人の体を襲うが、“エイ型”の放つビームの直撃を受けるよりは遙かにマシだった。

 更に襲いかかるパルスビームを左右にロールしながらかわし、再び機首を標的に向ける。

          *

 メイアを欠いたドレッドチームも、また苦戦を強いられていた。

 ドレッド並みの速力を持つ“新型キューブ”は、加えて蛮型並みの機動力を持っている。小回りの利かないドレッドにとっては厄介な相手であり、しかも数の上で圧倒的な差があった。

「いやぁ〜ッ!」

 至近弾の衝撃に悲鳴を上げながら、ディータも続けざまにキャノン砲のトリガーを引く。しかし全方位から襲いかかるキューブの群れに対して有効打を取れず、ビームは虚空を貫くばかりであった。

「執拗くて速い宇宙人なんて大嫌いよぉ〜!」

“落ち着きなさいディータ! 闇雲に撃ってもダメ。標的を絞って一匹ずつ減らしていけば大丈夫!”

 泣きっ面のディータに再びバーネットの檄が飛ぶ。

 その言葉を証明するかのように彼女の機体はディータの目の前を過ぎり、緩加速しながらミサイルを放った。十数のミサイルが尾を引きながら乱舞し、次々に火球を生み出していく。

 しかしそのバーネットさえも、次第に焦燥に駆られ始めていた。敵の勢いが全く衰えを見せないことも因子の一つに他ならないが、それ以上に、言い表しようのない不安感が断続的に彼女を苛んでいた。

 そんな感情を払拭するべく、バーネットは一度大きく頭を振ると、再びミサイルを掃射する。

「………。ガスコさん聞こえる? デリお願い」

          *

 パイロット達の奮闘にも関わらず、戦況は一向に好転しない。

 次々に飛び込んでくる有利とも不利とも着かない報告が、ブリッジに喧噪をもたらしていた。

「ドレッドチーム、弾存25%」

「敵戦力、更に拡大」

「ヴァンドレッド・メイア、装甲弱まっています」

 ブリッジクルーの報告が輪唱し、マグノとブザムの二人はただ黙々とそれを聞いている。戦闘時に限って言えば、指示を下すのは参謀を兼任しているブザムである。そのブザムも、眉根を寄せたまま口を開かない。

 ブリッジからの報告は逐一ナビゲーション席のバートの許へも届いていた。そうでなくてもニル・ヴァーナと直接リンクしている彼は、ドレッドチームや鑑のダメージを含めた戦況を誰よりも正確に、そして主観的に把握している。

 雨霰と降り注ぐ砲撃は痛みとなってバートにその被害の程を知らしめる。当然、いつまでも黙っていられる筈もなかった。

「コイツら……こっちが大人しくしてれば好き放題やりやがって。……見てろッ!」

 徐に両腕を広げ、敵の母艦を睨め付けるバート。それに呼応するように、ニル・ヴァーナの外殻の一部がせり上がってスライドし、その内側から無数の砲座が姿を現す。

 バートの意志に随って、マルチディスプレイ上に現れた無数のポインタが敵の一体一体をロックオンする――筈であった。

「………ナンだ?」

 ナビゲーション席の光に同調しているため、ほとんど存在を忘れかけていたガス惑星。バートは視野の片隅で、それが一際強い光を放ったのを見た気がした。

 それを最後にバートの視界が錯綜し、彼が身を置くペークシス空間が大きく歪む。

「――!」

 バートが思わず発した声にならない叫びと、唐突な緑色の光に驚いたブリッジクルーの悲鳴とが重なった。

 気が付けばバートはナビゲーション席から解放され、ブリッジの先端に座り込んでいた。

「――何事だ?」

 いち早く反応したブザムが、許可なしに持ち場を離れたバートを質す。バートもまた漸く状況を把握し、ブザムの控える艦長席の側を振り仰ぐ。

「知りませんよ。鑑がまた勝手に……」

 ことの次第を訴えようとして、バートはそこで言葉を切った。

「勝手に、何だ?」

 バートは答えない。これまでにもニル・ヴァーナが鑑自身の意志でバートをナビゲーション席から追い出すことはあった。しかしそのいずれの場合も直後ニル・ヴァーナは進路を変え、バートを弾き出すのもその過程にすぎなかった。

 今回もそうに違いないと、バートは直感していた。が、鑑は沈黙している。

 暫時あって、バートが茫洋と事実のみを告げた。

「鑑が……勝手に砲撃を中止したんです」

          *

 ブリッジに動揺が広がっているとはつゆ知らず、前線ではパイロット達が必死の攻防を繰り広げていた。その先陣、ヴァンドレッド・メイアの白亜の光がクモ型の機動兵器を貫き、瞬時にして灰塵に変える。

「よっしゃあ! これで3匹!」

「油断するな。右150度反転。右の母艦を狙う」

「任せろッ!」

 デリバリー機による補給を終えたバーネット達の援護もあって、ヴァンドレッド・メイアの快進撃が始まっていた。既に“エイ型”と二体の“クモ型”を消化した二人は最高速のまま大きな弧を描いて反転し、新たなる標的を見定める。

 白亜の怪鳥が、再び一閃の光へとその姿を変えた。

 対応して、無数のキューブと拮抗していたバーネット達のドレッドも反転し、砲門を開く。

「全チーム、メイア達を援護!」

 一機の“エイ型”を目指して超音速で猛進するヴァンドレッド・メイア。

 それにゆっくりと照準を合わせたもう一機の“エイ型”は、至近弾とミサイルの波状攻撃によって後退を余儀なくされた。

「行けェ――ッ!」

 ヒビキの裂帛の気合い。急反転を試みた“エイ型”を刹那のうちに火球が貪り尽くす。

 と、その時である。

「………?」

 突如、ヴァンドレッド・メイアのコクピットを凄まじい衝撃が襲った。一瞬で速度がゼロになり、想像を絶する圧力が二人の胸骨を軋ませ、肺の空気を押し出す。

「ぐあぁぁッ!」

「ぐぅ………!」

 体中が張り裂けんばかりの激痛に、二人はたまらず絶叫する。その呻き声は開かれていた回線を通じて、一同の許へも届く。

“宇宙人さん! リーダー!”

“メイア! ヒビキ! 大丈夫!”

「……何だってんだ、一体……!?」

 全身を苛む鈍痛に耐えながら、ヒビキが細く瞼を押し開ける。そしてそのまま目を見開いた。

 ヴァンドレッド・メイアは、三体の“クモ型”の展開する赤い網状のフィールドに、文字通り捕縛されていたのである。

「チィ……ッ!」

 漸く自体に気付いたメイアもまたあからさまに舌打ちする。ペダルを全開に踏み込んでみるも、多重に張り巡らされたフィールドは微動たりとも許さなかった。そこで始めて、自分たちが敵の謀略に嵌められたことに気付く。

「味方を囮につかうとはな。………!」

 一旦は退いた“エイ型”が、徐にヴァンドレッド・メイアに照準を合わせる。

「おい、ヤベェぞ!」

「くそ………動けッ!」

 一瞬にして音速を得るほどの加速力をもうスラスターさえも、“クモ型”のフィールドの前では為す術がなかった。藻掻けば藻掻くほど流線型の翼に赤い波状網が絡みつき、クリスタルパーツに浸食が広がっていくのみである。

 前後左右に操縦把を倒して離脱を図るヒビキ。

 ペダルを踏み動かしつつコクピットから周囲を見回すメイア。

 その視界に、接近して来る薄紫色の機体が飛び込んできた。メイアがハッとなって、通信回線を開く。

「バーネット! 無茶はよせ!」

 メイアの抑止にも耳を貸さず、群がるキューブにも頓着せず、バーネット機は真っ直ぐ“クモ型”の懐へと突入する。

「うあああああああ――ッ!」

 恰も地表寸前を低空飛行するかのようにフィールドの界面ギリギリを滑空。そして乾坤一擲の全弾発射。

“バーネットぉ!”

 悲壮な叫びはジュラのものだ。

 そんなことには情を貸さず、無音の爆発が宇宙空間に花を咲かせる。

 ヒビキとメイアの見守る中、フィールドを展開していたアームが爆砕され、赤い柵が霧散する。解放された二人は衝撃波に煽られながら、その炎の中にバーネットの機体までもが飲み込まれるのを認めた。

 プログラムが状況分析に働いた敵襲団を含め、すべての機影が一時硬直する。

 最初に動いたのは無数のキューブと、ほぼ同時にメイアだった。

「バーネット! 無事か!? 応答しろ!」

 次第に粉塵が薄れてゆき、その中から薄紫色のドレッドが姿を見せる。

 ややあって、返答があった。

“………アタシの方……丈夫。スラスターを……れた………から”

 通信系も損壊しているのかノイズ混じりではあるが、屈託ない語調でバーネットから通信が入った。メイアはひとまず安堵して、回線を切り替える。

「ガスコさん、すぐに回収を……」

“バーネット! 逃げるンだ!”

 怒声に近いガスコーニュの喚起が轟いた時には既に遅し。

 足を失ったバーネット機に離脱する術はなく、メイアがその意味するところに気付いたときには、赤い光がバーネットを貫いていた。

「バーネット――ッ!」

 一同が異口同音に泣号を上げる。

 とっさの機転で空になったミサイルポッドを切り離したのは、バーネットの判断力があってこそ為せる業だったろう。

 しかしペークシスによって強化、融合を遂げたヴァンドレッドさえも凌ぐビームの前では、その軽減力は無に等しかった。瓦解こそ免れたものの、バーネットの機体はその衝撃によって容易く弾き飛ばされる。

          *

「バーネット機、ガス惑星の重力圏に突入します」

 自席のコンソールの前で、ベルヴェデールが叫ぶ。

 しかし飛行能力を失ったバーネット機に抗う術はなく、瞬く間に星の引力に拿捕される。

          *

 刹那の瞬間だった。

 バーネット機は一直線に青緑色の海に墜落し、小さな灼光を残して消えた。

          *

「バーネット機……ロストしました……」

 開放的な造りを持つブリッジに、ほとんど呟きに近い報告がやけに大きく響き渡った。

 

 

            * * * * * * *

 あとがき

 鳳蝶のご挨拶

   拙文で恐縮ですが、初投稿させていただいきました。

   元ネタはご存じ《ヴァンドレッド》。

   オリジナルストーリーですが、題材は続編、いわゆる3RDではなく、本編に挿入   されるような位置にあります。上下巻に分けましたが、読み切りの短篇です。

   従ってキャラクターや世界観などは極力原作通りにしているつもりです。行き届い   ていないところもあるかと思いますので、指摘等ありましたら下記アドレスまで、   どうぞお願いします。

     v_dreadnaughtyahoo.co.jp 

     v-dreadnaughtezweb.ne.jp 

   下巻と合わせて感想なども頂ければ光栄です。

                                  鳳蝶

 

 鳳蝶の懊悩

   ワンペア=二つ揃い ツーペア=二組揃い スリーカード=三つ揃い

   フラッシュ=同色揃い フォアカード=四つ揃い

   ストレート=一気貫通(イッツウ)? フルハウス=平和(ピンフ)?

   ストレートフラッシュ=大車輪? ロイヤルストレートフラッシュ=国士無双?

   ・・・麻雀みたい。どなたか良い知恵は。