人が人であるがゆえに起こしてしまう大罪。それは時を超え、次元を越えても存在している。

 悲しき旋律の葬送曲。そして、今、時空を越えた出会いと戦いが始まろうとしている。

 

 

 VANDREAD――The Unlimited――

 

  8・Dignified Words

 

 

 ミッション――それは、宇宙を人間が渡航するために作られた中継基地。今では機能を停止し、お飾りになっている。

 そのミッションに帰省途中のニル・ヴァーナは接近していた。

「植民船時代はかなりの数の船が行き来したらしいが、今となっちゃ何が残ってるか怪しいところだね」

  マグノはモニターに映るミッションを懐かしげに見つめていた。ブザムが食料の補給に是非寄りたいと言った為に彼らは探索チームを編成してミッションへと入っているのである。

 さて、その内訳だが、

 

「でも、お頭よくこんな宇宙ステーションのこと知ってたよね」

「正確にはミッションというピョロ」

 おなじみのディータとピョロ。

「使える物は持ち帰る。ディータはそれをリスト化してくれ。」

 やはりというかメイア。

「おい、この部品はまだ使えるぞ」

 中央情報タワーの部品を嬉々としていじりつつパーツを取り出すヒビキ、

 そして、少し離れた場所では、

「さーてと、食料は何処かな?」

「綺麗な服が合あったらジュラのだからね」

 ショッピングモール跡をうろつく、ジュラ、バーネットの二人組み。さらに、店のシャッターをその剣で両断して侵入するアイリス。

「うわ!埃っぽい!」

 慌てて懐からタオルを取り出し、盗賊よろしく口を覆う。

「はぁ、ロクなものが残ってないわねぇ…・・・」

 80年も前に賞味期限の切れた商品を放り出しながらつぶやいた。

 

「人のものを盗むのは泥棒だピョロ」

 ピョロは物資を持ち出そうとするメイアに対して言う。しかし、

「放っておいても錆びさせるだけだ。有効利用すると言って貰いたいな。それに……」

 メイアはピョロに顔を近づけて、

「忘れたのか?我々は海賊だぞ」

 その時、頭上を何かが飛び越えていった。

「……!? 何だ、今のは!」

 ヒビキだけが気づいて慌てて後を追う。

「あ!捕虜が逃げるピョロォォ!」

 ピョロもヒビキを追いかけ始める。それを見て、メイア達も踵を返した。

 

 

「ちくしょう!何処行きやがった!?」

 プロムナードまで追いかけてきたものの、見失ってしまった。

 あたりを見渡すヒビキとピョロ。すると頭上に気配が現れた。

「――!?」

 見上げると何かが目の前に落下してきた。

「なっ!?」

「な、なんだピョロ!?」

 それはオラウータンであった。しかし、オラウータンを見たことのないヒビキにとってそれは未知との遭遇だった。

「う、宇宙人……?」

 思わずつぶやく。

「ウッキーーー!!」

 オラウータンは突然一声上げると持っていた部品を放り出し、ピョロに飛びついた。そして、ペロペロなめだしたのである。

「ピョーーー!!ヒビキ、助けるピョロォォ!!錆びるピョローー!!」

 助けを求めるピョロを唖然として見つめるヒビキだが、そのとき、

「ウータン。やめろ」

 ヒビキの後ろから太い男性の声が響いた。

「ったく、珍しい物見つければすぐこれだ。仕事中だろうが」

 振り返ったヒビキの目に入って来たのは、ゆうに2メートルを超える大柄な男だった。長い髪をうなじの辺りでまとめ、インディアン風の服がさらに大柄な印象を与える。

「お前、男か?助けに来てくれたのか!」

 男の存在にヒビキは浮かれあがった。救助隊が来てくれたと勘違いしたのである。むろんオラウータンなんぞ引き連れた救助隊などいるはずもなく、飛びつこうとするヒビキに男は一瞬で銃を抜き、突きつけた。

「うぐっ……」

「甘いんだよ。小僧。この広い宇宙で会う奴が皆いい奴だと思うな。

 ま、後悔ならあの世でたっぷりとするんだな。」

 ヒビキの脳裏に死の文字が浮かぶ。そして、指に力が込められ、

 シュィィン!

「……はいはい。どうも、分が悪そうだ」

 銃を引き男がそういう後ろでは、ジュラがレイピアを首筋に突きつけていた。騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたのだ。

「何コイツ。男?」

「そうらしいわね」

 差し出す銃をひったくってバーネットが言う。男はバーネットの持つ銃を見て、

「姉ちゃん。なかなかいい銃持ってんな。いくらで譲る?」

「お生憎様。譲る気はないわ」

 言ってハンマーを起こした。

 さらに、後から追いついたメイアもリングガンを起動して男に向けて言う。

「何者だ。ここで何をしていた」

 しかし、男は質問と違う事を答える。

「女ばかりだな。追いはぎか?」

「海賊と言ってほしいものだな」

「ほう、そっちの姉ちゃんもか?」

 と、ヒビキを見て言った。

「俺は男だ!!」

 激昂するヒビキ。だが、男は一瞬呆気に取られ、笑い出した。

「……はははは!いや、すまねぇ。お前さんがあんまり可愛らしいもんだから、つい女だと思っちまったぜ」

 銃を突きつけておいてエライ言われようである。

「この……!」

 怒りのままに飛び掛ろうとしたヒビキだが、

「いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 いきなりの絶叫に気をそがれた。ディータがピョロを抱えたままのオラウータンに組み付かれていたのである。

「何この変なの!助けて〜!!」

 呆れたようにそれを見る一同。男が指で「行ってもいいか」と問い、メイアが頷いた。

 男はディータに絡むオラウータンを掴み上げると、

「ったく、おえめは相棒がピンチだってのに……」

 その手がピョロにかかる。

「しょうのねぇ、奴だ!!」

 振り向きざまにピョロを思いっきりメイアに投げつける。

「ぐあっ!?」

 予想しなかった攻撃に回避できずに倒れるメイア。

「このっ!!」

 変わってバーネットが前に出る。しかし、今度は、

「ウッキーーー!!」

 オラウータンが組み付いた!その手から銃を払うと、そのまま上の階層へと跳躍する。

「はぁぁぁぁ!」

 ジュラが、男に向かって剣を横なぎにする。しかし、男は紙一重でかわすと後転してバランスを整える。その瞬間後ろに手が伸び、その手にはもう一丁の銃が握られていた。

「――!?」

 ジュラがその銃に気づいて動きを止める。銃を跳ね上げる男。そして、

 ドコォォォォン!!

『!!?』

 ミッションの構造材を盛大に軋ませて男とジュラの間に何かが落下してきた。

「なっ!?」

 それはアイリスだった。プロムナードの上を調べていたアイリスは上から様子を見ていたのだ。そして、不意をついた男を見て、空を蹴り急速降下してきたのである。

 唖然とする男をアイリスは睨み据えた。それだけで、男の背中に寒いものが走る。瞬間的に銃を上げるが、すでに剣は抜かれている。跳ね上げたとたんに金きり音と赤い残像が走る。そして、男の銃は半ばから真っ二つに切断された。

 斬られたと見るや直に踵を返して逃げに出る男。

「誰が逃がすもんですか!」

  立って追いかけようとしたその時、

 シュバババババババ!!

 男とアイリスの間に無数の擦過音が響いた。

「っ!?」

 足を止めるアイリス。そして次の瞬間、トンと軽い音を立ててまた男とアイリスとの間に誰かが降りて来た。

『速く逃げてください!』

「すまねぇ!」

 どうやら男の仲間のようである。声からして女だ。身長はアイリスと同程度。白をメインにした服装でその顔には布が巻かれ顔は分からない。

「ち、どきなさいよ!」

 剣をしまって銃を抜く。轟音と共に女の脇を通して男を狙い撃った。だが!

 ギンギギィンギィン……!!

 今度ははっきりと見えた。銀色の軌跡。その軌跡を生み出すもので、女はアイリスの銃弾全てを弾き飛ばした!

「ウソっ!?」

 バーネットが驚愕の声をあげ、女が左手を振った。アイリスは身を低くして首を狙った一撃をかわす。

「なめるな!」

 低い態勢のまま剣に手を掛け、肉薄する。一気に懐へ入り込んだアイリスは伸び上がりつつ、剣を抜く。

 抜刀楓迅閃――アイリスがたまたま見たゲームの技から考案した技。抜刀と同時に“風”を起動し、数十の風の刃を相手に向かって叩きつける技だ。抜刀のスピードからして常人には何が起こったかもわからないまま斬られるのである。が!

 ババババ……!!

 女はすでに何かを繰り出していた。風の刃と何かが撃ちあう。そして、その中でアイリスはソレの正体を理解した。

(ワイヤーじゃない!鋼線……0番の鋼線!?)

 風の刃の一発が女の顔にかかった布を切った。鋼線も同じくアイリスのマスクを。

 そして、二人は交差する。返す刀でアイリスは左手を後ろに繰り出した。その手には懐から抜いた何かの筒。そして、

 ヴィン!

 それに具現したのは一本の光剣。ビームサーベルだ。

 ギンッ!

 女はなんとそれを後ろ手で受け止めた。両手を上げて何もないように見える。しかし、アイリスにはその両手の間に光る鋼線が数本見えた。しかし、鋼線でビームサーベルは防げない。何故!?

 疑問を押し殺しさらに体をひねり、赤竜剣がうなる。しかしそれは空を切った。女は宙に飛んで、上の階に逃走したのだ。女の顔にかかっていた布が落ちてきた。

「逃げられた……」

 悔しげにアイリスがつぶやく。

「今の……一体」

「アイリスと互角にやりあうなんて」

 呆然と女の去った後を見つめる一同。アイリスの実力はすでに全員が知っている。なにせあの砂の星の一件は全員が見ていたのだから。

「でも……あの鋼線。どっかで見た気がする」

「まさか、知り合いなの?」

「そんなはずは。皆別次元を旅してるはずなのに、けど」

 アイリスが困惑する中、突如ミッション中にサイレンが鳴り響いた。

「一体何!?」

「……あの男か!?」

 メイアはあの大柄な男が逃走途中に警報を作動させたのだと読んだ。そしてそれは当たっていた。

 

 ニル・ヴァーナから見えるミッションからいきなり砲座が飛び出し始めた。

「ミッションの警備装置が作動しました!」

「船をロックオンされました!」

「しかたない、全艦戦闘配備!」

 物資を諦めざるを得なくなったブザムは口惜しげに発令した。

 さらに、アンカーで繋がれた物資補給用の小惑星からいくつも六角の円盤が飛び出してきた。そして、そこからさらにいくつものキューブが分離してきた。一門のビーム砲を搭載した迎撃用キューブであった。

 

「ったく、どうなってやがんだよ!」

「我々のような者は歓迎されないらしい!」

 ハッチへと急ぎながら毒づく。

 走る後ろからはどんどん隔壁が閉じ始めていた。そして、ハッチに通じる隔壁が閉じるのが見える。

「まずい。閉まるわ!」

「まかせて!」

 アイリスは一気に加速を掛けて閉じる隔壁の下に入った。そして、閉じかけた隔壁をあろうことか両手で押し上げ始めた。

「おおおおおお!!」

 アイリスの全身の筋肉が軋む。閉じようとする隔壁の力にアイリスの力が何処まで通用するか。そして、

「うらぁぁぁぁ……!!」

 バギィン!

 鈍い音と共に隔壁のジョイントが弾けとんだ。隔壁がようやく開いたのである。

『…………』

 声も出ないまま一同はその下をくぐり抜ける。

 ようやく一同はシャトルとドレッドにたどり着いた。

 ドレッドに乗り込み、発進させつつメイアが命令を飛ばす。

「ニル・ヴァーナにたどり着くまでに全て撃破する。取りこぼすなよ」

「おっきいのはディータに任せて!

 あれ?宇宙人さん達は?」

 ヒビキ及びアイリスの蛮型はシャトルに積まれていたので出るのが遅れたのだ。

「くそっ、出遅れた!」

 本日の蛮型はいつもと違ってアックスを装備している。アイリスが作った武器の一つであった。

「あ、来た来た!宇宙人さん、合体しよ!」

「やなこったぁ!」

 しかし、ヒビキはディータとメイアを一気に追い越してしまった。

「えぇ!?どうしてぇ?」

「ディータ、来るぞ!」

 

 戦闘を開始したヒビキ達を尻目に、廃棄船に偽装された男の宇宙船は離脱を始めようとしていた。

「行くぞ」

「ウキッ!」

 ふとウータンを見た男はハッとなる。なんとウータンはピョロを抱えたまま入ってきたのだ。

「おいおい、ウータン。何持ち込んでんだ」

 そして、後部座席にあの女が滑り込んできた。

「来たか。怪我ないか?」

「ご心配なく。大丈夫……です」

 乱れた金髪を整えながら、女、マリエッタ=リバーンズは答えた。

 彼女の頭の中には、さっき戦った女性の剣が焼きついていた。

 

 謎の敵と連戦を重ねてきたヒビキ達は、楽勝とまでは行かないがまだ楽な戦いだった。

「なんだよ。いつもの敵よかぜんぜん歯応えねぇな」

 キューブを切り倒しつつヒビキが勢いづく。しかし、いきなり一機が体当たりを仕掛けてきた。

「おわっ!?」

 不意をつかれ押されるヒビキ。

「くそっ!」

 と、取り落としたアックスを弾き飛ばしてジュラが接近してきた。

「苦戦してるようね」

「見たら分かるだろうが!」

「ねぇ、合体しない?」

 その一言でヒビキの背中に悪寒が走る。未だに試していないジュラとの合体がどういう物なのか分からない恐怖と、合体するとヒビキが急激に疲れるという二重苦のせいだ。

「やなこった!」

 言い放つヒビキ。と、

「宇宙人さーん!!」

 そのキューブを弾き飛ばしてまでディータ機が乱入してきた。

「合体しよーー!」

「だぁぁぁぁぁ!!?よせぇぇぇ!!」

 そして、二機の間に光が走った。

「わぁい!!やった、やった!」

「……たく、一人でやらせてくれよ」

 諦めた表情で言うヒビキ。

『信じらんない!ディータ、後で覚えてらっしゃい!』

 ジュラが憤慨して通信してくる。

「へへーん。忘れちゃうよーだ!

 さぁ、張り切って行ってみよう!!」

 蒼い巨人はキャノン砲を構えると、ミッションに向かってぶっ放した!!

 

 ただの一撃で崩壊するミッション。

 それを3人は呆然と見つめていた。

「見たか。……あれ」

『…………』

 無言で頷く二人。

「これは、思わぬお宝に巡り会ったもんだぜ。……おっと!」

 不適に笑う男。しかし、いきなり船を振動が襲う。キューブが男の船も敵として襲い掛かってきたのだ。

「ちぃ、しかたない。ウータン行って来い!」

「ウキ?ウッキーー!!」

 ウータンは嬉々としてレバーを倒した。すると、シートごと後ろにスライドしていく。

 その先にあったのはコクピットだった。スイッチをいじり回すウータン。コクピット内に光が灯った。

 

 船の上部ハッチが開き、紅白模様のパワードスーツが現れた。むろんウータンが乗っている物である。

「ウッキーー!!」

 そして、ウータンは全装備のトリガーを引いた。

 いきなり、縦横無尽にバルカン、ビーム、レーザー、ミサイルが撃ち出される。これにはたまらずキューブは撃破されていった。さらに、

「ちょっとー、危なっかしいじゃない!!」

 助けに入ろうとしたアイリスまでも巻き込んでいた。それでも全てかわすか弾くかしているのだからとんでもない。

 

「やれやれ、これだからいやなんだ」

 男はドンドン減っていく残弾計を見ながら、頭を抱えた。

「いつものことですから、諦めたほうがいいですよ」

「これなら、アンタのほうがまだましだ」

 戦うのではなく、撃つことに快感を覚えるウータンを出すのは男にとって悩みの種らしい。

 程なくして、キューブは全て撃破された。

 

 

「せっかくの商売が台無しじゃないか!」

 男の船を前にして、マグノが怒声を上げている。

『そりゃ、お互い様だ。そっちに情けを賭けたおかげでエンジンにダメージを受けちまったんだぜ?

 どうしてくれるんだよ。この落とし前をよ』

「助けてくれといった覚えはないがね」

 すると、男は急に態度を軟化させ、

『そう言うなよ。このご時世だ、助け合いが大事だろ?エンジン直すまで泊まらせてもらえないかねぇ?』

「アンタ誰に物を言ってるんだい?アタシ等は海賊だよ。身包み剥がされたくなかったらとっとと消えな」

『そうかい?なら、コイツは捨ててもかまわねぇな?』

 言って男が取り出したのは気絶したままのピョロだった。

「あっ!忘れてた」

 一同が声を失い、

「……仕方ないね。泊まってお行き」

『お、話が分かるね。こう見えても俺はちょっとした商人でね。ちょっくら商売させてもらうぜ』

 そう言って通信が切れた。

「よろしいのですか?」

 ブザムがさすがに聞く。

「ピョロもクルーの一員てことさ。それより、抜かるんじゃないよ。ああいうのが一番何かやらかすんだ」

「分かりました」

 そんな中、アイリスは男の陰にいた女性が気になっていた。顔は見えなかったが金髪らしい。そして、あんな鋼線を使う金髪女性をアイリスは一人しか知らない。

 

 

 さて、ニル・ヴァーナは騒然となった。見知らぬ奴が乗り込んでくる。しかもそれが男とあって女達は重装備でドッキングポートに集合した。非常用の交渉員としてヒビキとドゥエロも招集をかけられる。そして、アイリスも胸の内のモヤモヤを抱えたまま同じく来ていた。目的はもちろんあの金髪である。

 ピピーッ!

 アラームが鳴ってドッキング完了を知らせる。女達がスタンガンやリングガンを構えた。

 そして、扉がゆっくりと開いていく。女達の間に緊張が走り、硬直した。

 コツコツと靴を鳴らして降りて来る人影。その髪は金色だった。その見事な肢体を白いズボンと服に包み、ゆっくりとした動作で入ってくる。ジュラといい勝負。いや、ジュラと段違いの美しさを持つ“女”だった。

 女はその場で礼をすると口を開いた。

「勝手なお願いを快諾いただいてありがとうございました。私、ラバット様に同行させていただいているマリエッタ・リバーンズと申します。よろしくお願いいたします」

 言って銃を構える女達に向かって笑顔を向ける。何人かが慌てて銃を降ろし、あとずさる。彼女の雰囲気に圧されたのもあるが、その奥にある不気味な何かに気づいたか……。

「まもなくラバット様も参ります。あまり手荒な行為もなさらないでください」

 そして、また小さく礼。そして、顔を上げた先にあるのはナイフを振り上げたアイリスの姿。

『――!!?』

 ビシュッ!

 唖然とするクルー達をよそにアイリスはマリーに向かってナイフを放った。弾丸並みのスピードでナイフが飛び、

「……毎度のことですけど、いきなりナイフというのは頂けないですよ」

 呆れた口調でマリーが言った。眼前、右手の人差し指と中指の二本で見事にナイフを受け止めて。

「何言ってるの。久々に会った友達に対する挨拶よ。」

「いや、死にますから。普通の人は……」

 近付いていきなりフレンドリーに会話をする二人。クルー達は訳が分からない。そして、

「いや〜、天国だねここは!」

 ぶしつけな声が聞こえてきた。ポートにラバットが顔を出したのである。慌てて銃を跳ね上げるクルー達。しかしそんなクルー達を見てもその軽薄な態度を崩さずズカズカと入ってきて、

「俺のことはラバットって呼んでくれ!この辺じゃちょっと名の知れた商人でね。メールをくれればどんな場所にだってお届けに上がるぜ」

 言って名刺を配りまくっている。圧されるままに名刺を受け取ってしまうクルー達。と、ここでマリーと話すアイリスに気づく。

「よう、姉ちゃん。さっきは世話になったな」

「ん?あぁ、さっきのおっさん」

「お、……まぁそういう歳かもな。にしてもあんたマリーの知り合いか?」

「大親友よねぇ」

「戦友も忘れずに」

 お互いに言ってケラケラ笑う。

「ま、そういうことならここまでってことだな。」

「えぇ、ありがとうございました。わざわざ」

「なぁに、いいってことよ」

 手を振ってラバットはまた名刺配りを再開した。

「ねぇ、あんた何だって来たの?その前によく来れたわね」

「はい。あの後天使さんにお願いしたところ1名なら大丈夫だという事で私が来た次第です。ラバット様とはとある惑星に立ち寄ったときに出会いました。」

「一人……後の人達は来ないってことね」

「えぇ、残念ながら」

「あの布男はホントにもう……」

 クルー達の半数がマリーに注目する中、二人は現状の把握を終えた。結局マリー以外には接触は不可能ということだ。しかし、二人もいれば大した事ではへこたれないだろう。

 と、

「お頭に引き合わせる。こっちだ」

 やってきたメイアがラバットにリングガンを向け、言い放った。

「へいへい……」

 おとなしくついていくラバット。

「一応マリーも行ったほうがいいわ」

「そうします」

 

「アタシらはメジェール。男達はタラークの出でね。あいつらは捕虜なんだよ」

 マグノが一応自分達の現状を説明していた。

「へぇ、どうりでねぇ。にしてはどっちの型でもねぇなこの船は」

「あぁ、ちょっとしたヘマをしちまってね。船がくっついちまったのさ」

「……ふぅん、ペークシスが勝手にやったなんて事はありえねぇし」

 これ以上この話題は危険と判断しマグノは話題を変えた。

「ところで、一緒に来たあの女性は誰だい?」

「あぁ、彼女か。実はちょっとした星で会った迷子って奴でね。宇宙のどこかに友人がいるから連れて行ってくれないか、とこう来たもんだ。ま、若干の下心もあったんだが、エライ目を見せられてね。

 んで、最終的にここに着いたら彼女の友人とご対面、とこうなったんだな」

「ふぅん、あの子のね〜〜」

 マグノはふとマリーを振り返った。

「マリエッタ・リバーンズと申します。」

 ペコリと頭を下げる。

「てことはこの子も相当な子ってことかね」

「……どういう意味だ?」

「あんたには関係のないことさ。さて、あんたの待遇のことだが……」

「おおっと!気を使ってもらわなくていいっすよ。ちょっとした場所で商売させてもらえればそれでいい」

 

 結局、ラバットのいう通りトラペザのラウンジでラバットは荷物を運び込み、呼び込みを始めてしまったのである。

 彼が持ち込んだのは、女性が好むアクセサリーやアメニティだ。

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!

 女性にとって宇宙で一番辛いことは買い物が出来ないことだ。

 そんな宇宙のちょっとした清涼剤に成れればと思って始めたこの商売。さぁ、見ていってくれ!」

 興味本位で集まった女達はラバットの口上を聞いているがまだ飛びついてくるほどではない。

 すると、ジュラが開けられたケースのアクセサリーを手に取る。

「これ、あんたがつけんの?」

「おいおい、全く免疫の無い連中だな。いいか?これはアンタみたいな美人がつけるために作られた物さ。

 ほらほら……」

 そう言って、ジュラの手を取ると、指輪を手に取り彼女の指へと通していく。サイズはぴったりだ。

「こりゃどうだい、まるであんたのために作られたように似合ってるぜ。」

 シゲシゲと眺めていたジュラだが、満更でもないらしい。

「こりゃ、お代はいただけねぇな。持って行っていいぜ」

「え!?タダでいいの??」

「おうよ!持ってけ泥棒!もっと女を磨け、そうすりゃ黙ってても相手が寄ってくるぜぇ!」

 その途端、その場は戦場になった。

「それはあたしのよ!!」

「だめよ、これはアタシが最初に目をつけていたんだから!」

「これって他の色無いの??」

「今の流行って何?教えて〜!」

 女の性の悲しいことよ。保安クルーまでがラバットそっちのけで商品を漁り始めてしまった。

「足りなくなったら言ってくれ!まだまだ積んであるからよ」

 しかし、商人であるはずの彼がここまでしてクルーのご機嫌を採るのは少々おかしい。その場に居合わせたアイリスはそう思った。さすがにアメニティに群がるようなことはしない。

「……何か狙ってるわね」

 

 

 その頃、マグノの私室ではマグノとブザムがあの男のことについて話し合っていた。

「あの男どこかひっかかります」

 マグノは趣味でやっているタロットカードを並べていた。

「あぁ、胡散臭いやつだよ。何を考えているのかわかりゃしない」

 最後に引いたカードは隠者であった。

「隠者か。隠者の正位置、アウトサイダー、探求者、これだけじゃ読み切れないね」

 

 

 その頃彼はペークシスのエンジンルームにいた。パルフェに頼まれたパーツを持ってきたのだ。

 ――なんだこのペークシスは?本当にプロトタイプのレベルだな。

 ペークシスを見上げながらラバットはそう思った。

「よぉし、テストしてみよう」

 装置の取り付けを終えたパルフェがコンソールから顔をあげた。

 スイッチが入り、取り付けられた毒々しいまでのケーブルが配された基盤は、起動を始めた。確かに基盤は正常に動作し、ペークシスの循環における余剰分のエネルギーを再燃焼させ、性能の大幅な向上が見られた。

「わお、いい感じじゃない。」

 その時、

「お店屋さ〜〜ん!」

 ディータが息を切らしてやってきた。その口にはルージュが引かれている。

「なんだい、譲ちゃん!追加注文かい?」

 しかし、ディータはモジモジしながら、

「あのね、ディータお話が聞きたいの。宇宙の事とか、男と女のこととか」

「ははぁ、まさか意中の人でもいるのかい?」

「そ、そんなんじゃ……」

「いいぜ、そんなことなら何でも聞いてくれ。伝説だったロズウェル事件の事も詳しく話してあげられるぜ?」

「ホント!?」

 と、ここでラバットはディータに近付き、

「その代わりと言ってはナンなんだが、俺もちょっと教えて欲しい事がある。」

「な、何?」

「あの合体する兵器、ナンなんだ?」

 

 

そのころヒビキは監房でドゥエロの治療を受けていた。

レジの掃除の最中にガスコーニュに皮肉を言われて思わず荷物の上に転んでしまったのである。

「あの男のことが気になるのか?」

 治療キットをしまいつつ、ドゥエロはヒビキに聞いた。

「あいつは口先だけのゲス野郎だ!ずかずかと家の中に入り込みやがって!」

「でもよ、あいついい奴だぜ」

 ペレットをかじりながらバートは彼に賛同を示した。

「それが気にいらねぇんだ。ベタベタひとに媚りやがって、あいつは絶対何かやらかす!」

 と、その時だった。

「『号外!号外ケロ』」

 蛙のカバンが監房の影から覗き込んできた。パイウェイである。

「??」

 

 

 その頃格納庫では、ディータがラバットを妨害していた。

「だめぇぇ!宇宙人さんの大事な相棒さんなのよ!」

「ちょっとくらいいいじゃねぇか」

「だめったら、だめぇぇ!!」

「やれやれ……」

 

 

「あの野郎!」

 パイウェイの話を聞いた途端にヒビキは監房を飛び出した。

「さぁて、アイツはどっちを取るかな?」

「どういう意味?」

「どちらかと言う事だろう?ディータか、蛮型か」

「あ、それ戴き!」

 

 

 そして、

「まちやがれ!!」

 ヒビキが到着した時にはディータもかなりピンチな状態だった。今にも口付けされそうな状態だったのである。

「ち、気のきかねぇ坊やだな!!」

 タラップの上からヒビキに声をかけるラバット。

「坊やじゃねぇ!てめぇどこに目を付けてやがる」

 するとラバットは自分の目を指し、

「ここと、ここ」

 なんとモノアイは片メガネだった。

「てめぇ……」

 軽くあしらわれた事に苛立ちがさらに募り、

「テメェのような奴を見てると虫唾が走るぜ。とっとと出て行け!!」

「嫌だと言ったら?」

「力づくでも放り出す!!」

 その瞬間、ラバットの顔から表情が消えた。

「面白ぇ」

 ゆっくりとタラップを降りてくるラバット。そして、

「おおおお!!」

 勢いに乗ってヒビキはラバットに突進する。だが、

ズバッ!!

「うおっ!? ……がはっ!」

 いきなり片メガネから閃光が走り、ヒビキの目を焼いた。その瞬間にラバットは強烈なボディブローを放っていた。ラバットにもたれるヒビキ。

「ひ、きょうだぞ」

「あぁ?聞こえねぇなぁ」

 言ってヒビキの髪を引っつかんで持ち上げる。ラバットが持ち上げると完全に足が浮いてしまうのだ。

「そりゃテメェのルールだろうが。俺のルールじゃねえ。」

「く……う」

「お前みたいなガキが、仮モンの台詞を吐くんじゃねぇよ!!」

 さらに強烈な右ストレートがヒビキの顔面を強打する。衝撃で床を滑るヒビキ。そして、それをじっと見つめる目が在った。

 

 

「喧嘩!?」

 ブリッジのブザムは蛮型の通信機から悲痛な声を上げるディータを見ていた。

「このままじゃ宇宙人さんが殺されちゃうよ〜〜!!」

「お、お頭」

「放っておきな。」

 マグノはいたって冷静にそう言った。

「しかし、艦内の秩序から考えると決闘まがいの事はどうかと」

「男ってのは体で物を覚えていくものさ。

 それにあの男だって坊やを殺したりしないよ。自分の立場が悪くなるだけだからね」

「……了解」

 

 

 結局、

 ドグゥ!

 またも鈍い音と共にヒビキが床を転がる。

「男って言うのはな、自分の台詞で啖呵切るもんだ。誰が言ったか分からない様な単純なもんを吐いて、酔ってる奴ほどおめでたい物は無い」

 殴りながら、ラバットは一言一言ヒビキに語る。それは何かを教えようとしているようにも見える。

「ホントに強い奴って言うのはな、テメェの言葉で、啖呵切るもんだ。テメェの舞台に立った者だけが、叫ぶことができるんだよ!!」

 最後に強烈なアッパーで、完全にヒビキは倒れ伏すが、まだ立ち上がろうともがいている。

 騒ぎを聞きつけたクルーたちがそれを恐々と遠目で見ている。

「……く、そ」

「宇宙人さん!」

 そんな彼にディータが駆け寄った。

「もうやめて!宇宙人さん死んじゃうよ!」

 唖然とそれを見ていたラバットだが、

「け、欲目で見られちゃ反論の余地もねぇ。……ぐわぁぁぁ!!?」

 その時、自棄になったのかヒビキがラバットの足に噛み付いたのだ。

「くそ、離しやがれ!このガキ!!」

 力づくで引き剥がされるヒビキ。すでにボロ布のように成り果てている。

「このガキ、ぶっ殺してやる」

 ついにラバットも切れた。

「やめて!……きゃっ!?」

 立ちふさがるディータを腕の一振りで弾き飛ばす。

「今楽にしてやるぜ!!」

 そしてその拳が振り上げられ、

 ドンッ!!

ラバットの右わき腹に強烈な衝撃が加わる。

「がっ!?」

 さすがに吹っ飛ぶラバット。

「くっ、誰だ!」

 顔を上げたその目の前にアイリスが立っていた。

「あんた、やりすぎよ」

 ラバットを見下ろしてアイリスは言った。

「てめぇ、このアマがぁ!」

 怒りのままに跳ね起きてアイリスに飛び掛るラバット。しかし、相手が悪かった。右ストレートが放たれた瞬間、アイリスは上半身を後ろに倒し、手をつくと同時に足首をラバットの首に絡めた。そのまま背筋の力だけで投げ飛ばしたのである。

「!?」

 突っ込んだ勢いに加えてアイリスの技の勢いが加わり、反対の壁まで吹っ飛び、その場に置いてあった資材に突っ込んだ。

 いきなりの技にギャラリー達も声を呑んだ。

「……くっ」 

 身を起こしてアイリスを睨みすえるラバット。今ので正気に戻ったのか飛び掛ろうとはしない。

「うちの仲間に手を上げたことは許しがたいわね。とっとと出て行ってもらいましょうか?」

 怒りの目でラバットを睨みつけるアイリス。さすがにラバットもアイリスを敵にしたことを後悔した。

「…………ち、分かったよ」

 身を起こして身なりを正す。そして、ギャラリーを見た。

 ギャラリー達もラバットを睨みつけている。様々な商品で取り入ろうとするラバットよりも、少しの間でも生死を共にしたヒビキを仲間と認めたのである。

「……まったく」

「宇宙人さん!!」

 ディータがヒビキに飛びついて名前を呼んでいる。しかし、すでにヒビキは気絶した状態であった。

「姉ちゃん。そいつが起きたら言っておけ。もう少し大人になれってな」

 さすがにディータもラバットを怒りの目で見る。ラバットは肩をすくめると、立ち去りながら通信機を取り出した。

 

 

 ラバットの船が係留を解き、離脱する。

「ラバット艦、離脱します」

「パルフェ、エンジン全開!海賊流で行くよ」

 帆船のように帆を張り、高速で逃げるラバット艦にニル・ヴァーナは喰らいついていく。

「すごい、すごーい!通常稼働率の5倍だわ!」

 機関室ではパルフェが歓喜の声を上げていた。それだけ、あの基盤は機能を発揮しているということだ。

 

 

「あのペークシス、気になるな」

 ラバットはずっとあのペークシスのことを考えていた。彼の考え付く限りではあのペークシスはどこの物とも似ていないらしい。

「ウキ、ウッキー!」

 ウータンがモニターを見て声を上げた。そこには追走してくるニル・ヴァーナが映っている。

「……ふん」

 しかし、それをただニヤついただけだった。

 

 

 ボン!!

 いきなり、機関室で盛大な音がしてあたりに黒煙が蔓延した。

「な、何!?」

 いきなりのことに何が起こったのか分からないパルフェ。だが、音と同時にペークシスまでその光を失った。

 ニル・ヴァーナがいきなり減速、停止してしまった。

「何事だ!」

『アイツから買ったパーツがオーバーヒートしたみたいです!きっと不良品だったんだわ。これってクーリングオフ効くのかな?』

「……やられたね」

 マグノが悔しげにつぶいた。

 逃げ去るラバット艦からはまるで、あばよ!と聞こえてくるようでもあった。

 

 

 その後調べた結果、ラバットが捌いた商品がほとんど模造品だということが分かった。パルフェは不眠不休の修理を課せられ、踏んだり蹴ったりとなった。

 そんな折、ヒビキは設置されている小川のところにいた。今は照明も落ちペークシスの光だけが小川で反射している。

「……気にすることはない」

 そんなヒビキに声をかけるものがいた。メイアである。一段上の階から背を向けてではあるが。

「奴は詭弁を弄したに過ぎない。所詮は戯言だ」

 彼女自身あの場にはいた。フローターの上におり、ディータが弾き飛ばされた瞬間リングガンを向けた。しかし、銃口をマリーに遮られたのだ。その次の瞬間にアイリスが蹴り飛ばしたのである。

「いや、確かに俺が甘かった」

 うつむいたままヒビキは言った。

「悔しいが、今の俺はまだ未熟だ。借り物の台詞しかねぇんだからな」

 沈黙。

「もしも……、俺が自分の舞台に立ったとき、俺はどんな台詞を吐くんだろうな。きっと笑えるんだろうな」

「……、それがどんなに滑稽だたとしても、笑いはしない。少なくとも私はな」

 その言葉にヒビキが振り返った。しかし、すでにその姿は無かった。

「へっ、……言ってくれるぜ」

 腫れ上がった顔でつぶやくヒビキ。そして、虚空を見上げる。

 彼が成長を向けるのはいつになるのだろうか。

 

 

 ―To be continued

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