VANDREAD -The Unlimited- SecondStage
5・いつかどこかで
ニル・ヴァーナの廊下を軽い足取りで走る者がいた。
「ふん、ふんふふ〜〜ん♪」
両手に山と積んだおにぎりを抱え、目的地へとひた走る。
やがて、目的地に到着した。
「宇宙人さん!お待たせー!!」
その人物、ディータはそういってレジの中に足を踏込もうと……、
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
驚愕の叫びと共にその足を止めた。
「はい、ヒビキ。あーん」
「んあーー」
レジの中ではミスティがヒビキにサンドイッチを食べさせていた。ヒビキもされるがままにサンドイッチを咥えているが、目はミスティを見ていない。
その手元は手元のカードに向けられていた。ヒビキはガスコーニュ、アイリスとポーカーの真っ最中だったのである。
「ヒビキ、おいしい?」
「おぉ……んめぇ」
「………………」
無言の怒りを溜めるディータ。
そんなディータに気づいたミスティもわざと大きく笑みを浮かべた。
と、サンドイッチをほうばるヒビキにツカツカと近づくとディータはサンドイッチをもぎ取った。
「んあ!?何しやがる!!」
さすがにヒビキも怒って立ち上がった。
「ひどーい」
ミスティもそれに賛同。しかし、
「宇宙さんはこんなパンよりご飯のほうが好きなんだから!」
言ってヒビキの目の前にお盆を叩き付けた。
「おお!うまそー!!」
ヒビキもヒビキである。差し出されるがままにおにぎりをつかむと一心不乱に食べ始めた。
「……まだキスもしてないくせに」
ボソリとミスティがボヤく。
「何よぉ!」
両者の間で火花が散る。そんな3人を傍目にガスコーニュはカードを1枚、アイリスは2枚換えてテーブルに置かれたタイマーを押す。
「ほれ、アンタの番だよ」
ガスコーニュがヒビキをせかす。
「おおっと、忘れてた。勝負勝負」
と、また手元のカードと睨めっこを始める。
「ねぇガスコさんこれなぁに?」
ディータがテーブルのタイマーを指して言う。
「これかい?ヒビキが時間かかってしょうがないから、1ターン3分て決めたのさ」
「カードと睨めっこしても手が変わるわけじゃないでしょうに……」
すでに飽きたかのようにアイリスはひじを突いている。
「それとガスコじゃなにの。ガスコーニュ」
「け、いちいちこまけぇ奴」
と、ガスコーニュがずいっと顔を寄せて一言、
「時間無いよ?」
「クッ……。う、オオオオオ!コレで勝負だ!」
と、手札をテーブルに叩きつける。
「絵札二枚揃い!!」
要するにワンペアである。
「フルハウス」
「スリーカード」
ボロ負けだ。
「だぁぁぁぁぁ……」
意気消沈してテーブルに突っ伏すヒビキ。
「ヒビキが負けたのディータのせいよ!」
「何よミスティのせいでしょ!」
と、こちらは第二ラウンドの始まりのようである。が、
「だぁぁぁぁぁ!!うるせぇうるせぇ!!」
早くも立ち直ったヒビキが怒鳴りだした。
「ヒビキ……」
「宇宙人さん……」
「こうなったら、もう一番だぁ!!!」
指を突き出してまだまだ元気のようである。
「こりないねぇ」
さっきから20連敗するヒビキに呆れるガスコーニュと、
「ねむ……」
整備疲れが出てあくびをかみ殺すアイリスがいた。
/// ///
一方医務室では、母親であるエズラを横においてジュラが赤ん坊と撮影会を行っていた。
「どう?決まってる?」
意気揚々と赤ん坊を抱えてポーズをとるジュラにバーネットも、
「もう文句無しのばっちグー!どっからどう見ても聖母って感じ」
「そうでしょう?ジュラったらもう何やっても似合っちゃってもう……!!」
だがその横でピョロがさっきから文句をつけまくっていた。
「そんな抱き方じゃダメピョロよ!もっと大事に抱くピョロ!」
「なによ、いいじゃないちょっとくらい。ほら、返すわよ」
言ってピョロに赤ん坊を突き返すジュラ。
「っとと、もっと大事扱うピョロよ!」
言ってピョロは赤ん坊をベビーベッドに寝かせる。その横にパルフェとパイウェイが寄ってきた。
「ふ〜ん。なんか壊れちゃいそうねぇ」
パルフェも赤ん坊を見るのは初めてなのかエンジニアとしての感想が出てきた。
「ケロケロ、バァー!」
カエルのかばんを赤ん坊に見せるパイウェイ、しかし赤ん坊はただぼうっとそれを見つめるだけである。
「全然笑わないよ?」
「産まれたばかりの赤ん坊はまだはっきりと物を認識できない。表情が出てくるのはもっと先だ。いやはや、赤ん坊とは面白いものだ」
「赤ん坊じゃないピョロ!ピョロニだピョロ!!」
と、ドゥエロに噛み付くピョロだが、まさか赤ん坊の名前はピョロニに決まったとでも?
「違うわ、ピョロちゃん。カルーアよ」
ここはさすがに母親のエズラが訂正した。
「へぇカルーアちゃんか」
「お頭が付けてくれたの」
「ピョロがピョロニと呼びたいんだからピョロニだピョロ!」
電々太鼓を鳴らしながら激昂するピョロは早いうちに黙らせたほうがいいかもしれない。
/// ///
「長距離レーダーに反応!敵艦隊を捕捉しました!!」
アマローネが叫び、一気にブリッジに緊張が走った。
「刈り取り屋の母艦だね」
モニターに映された映像を見てマグノがそう言った。
「先の我々の戦いを受けてメジェールへの進路をとった物の一つでしょう」
「進路変わりました!こちらへ向かって来ます!!」
「ちぃ、戦るしかないのかねぇ……」
その後、すぐ全艦にアラームが鳴り響いた。
「おいでなすったか」
「あぁ……、ちきしょう」
ヒビキはカードを伏せるとタイマーを止めた。
「ん?どうした」
「スゲーいい手なんだ!敵を倒したらこの続きをやろうぜ!」
「ほら、とっとと行くわよ!」
アイリスもカードを伏せると、さっさとレジを後にしようとする。
「ふ〜ん、どんな手か見ものだね」
/// ///
ニル・ヴァーナからSPドレッドと2機の蛮型が飛び出してくる。さらに前部からもバーネットと2機が飛び出してきた。
「ジュラ、作戦は判っているな?」
「もちろんよ!今日の主役はジュラよ!」
「誰が主役だ誰が!」
激昂するヒビキとジュラのドレッドが急接近する。どうじにまばゆい光と共にヴァンドレッド・ジュラへと変貌した。今回のキーはヴァンドレッド・ジュラのようだ。
「何よもう。宇宙人さんたら他の子とばっかり」
『ディータ!フォーメーションデルタ4だ。私に続け!』
「ら、ラジャー!」
「バート、全速前進!」
『了解!こっちも主役だぁ!』
バートの揚々と声を上げる。接近してきた母艦に対してひるむ様子は無い。
「うわぁぁぁ!この大艦隊をほんとに私達だけで相手するの?」
ヒビキの勇士を見ようとブリッジに上がってきたミスティが大写しになっている母艦を見て声を上げる。
「連中には一度勝っているからね。経験は自信に跳ね返るもんさ」
「ヴァンドレッド・ジュラで敵を包み込んで主砲で一撃。簡単ピョロ」
赤ん坊を抱えてブリッジに上がって来ると言う暴挙をやらかすピョロだが、確かにそれならば敵を一網打尽にする事はたやすい。
「ふ〜ん、すっごい無茶だけど、ここのクルーのこういう雰囲気、私は好きかも」
母艦側面から数百に及ぶ数のピロシキ型が分離し、さらにピロシキ型の中から数百ものブロック状のキューブが吐き出される。
「来るぞ!全機攻撃……!」
「リーダー!アレ!!」
ディータが鋭く叫んだ。ハッとなったメイアが顔を上げると、そこには数百体のキューブが寄り集まり、なんとニル・ヴァーナができあがっていた。
「ウソ!」
「な、何で!!」
これにはさすがのブリッジでも動揺が起こっていた。
「ニル・ヴァーナ!?」
『コイツ、昔っからな、偽者は本物よりも弱いって決まってんだよ!』
激昂するバート。
「落ち着きな、バート!こっちを動揺させようって魂胆さね」
しかし、言うマグノも心中穏やかではない。ここに来て敵はとうとうニル・ヴァーナまでも模倣するにいたったのだから。
「まさか、ニル・ヴァーナまでコピーするなんて!」
「どうせこけおどしよ!見てなさい、全部捕まえてやるんだから!」
ジュラが声をあげ、ヴァンドレッドも速度を上げる。それを察知した偽ニル・ヴァーナが中央部にエネルギーを収束、大砲ヨロシクぶっ放してきた。
「ちっ!」
ヴァンドレッド・ジュラ、後続のメイア機、ディータ機も間一髪で機体を旋回させた。しかし、キャノンが通り過ぎた瞬間、二人の体には鋭い痛みが走った。
「メイア!ディータ!!」
バーネットが心配になって声を上げる。しかし、二人はバーネットの声よりも痛みの方に気が行っていた。その痛みはあの夢の中で感じた痛みと同じだったからだ。
「この痛み……」
「あの時と同じ?」
「くそ、味な真似してくれるじゃねぇか!」
ヒビキはヴァンドレッド・ジュラを一気に加速させ母艦の真上に持って行く。
「ホールド開始!!」
ジュラがコンソールのボタンを押す。8個のビットが散開し、エネルギーを拡散させてバリアを形成する。その大きさは敵艦隊の8割を其の内に内包するほどに巨大だ。
「おっしゃぁ!後は……」
ヒビキが言いかけたその時、背筋を悪寒が通り過ぎる。
同時に偽ニル・ヴァーナがまたエネルギーを収束し、今度は拡散して放った。放たれたエネルギーは正確にビットを、そしてヴァンドレッド・ジュラを直撃した。
「ぐあぁぁぁあぁぁぁ!!」
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
衝撃、スパーク、コックピットは激しく揺さぶられ、ヴァンドレッド・ジュラは機能を止めた。
「くそ……、おい脱出しねぇとヤベェぞ!……おい!!」
何とか軽傷ですんだヒビキだが、隣で突っ伏すジュラに手を伸ばした瞬間体がこわばった。いや、正確にはその手に当たった感触にだ。
べっとりとついた血。それは紛れも無くジュラが負った傷から流れ出たものだ。
「おい、しっかりしろ!おい!!」
一方その様子を見ていたメイアとバーネットは、
「ヒビキ!ディータ!!」
「!!……よくもジュラを!!」
バーネットはその様子を見るや、メイアが静止する間もなくあっという間に機を翻すと偽ニル・ヴァーナへと向かっていった。
と、そこにすかさずガスコーニュから通信が入る。
『バーネット、戻るんだ。あっちのやり口はこっちの予想を超えてるよ。体勢を立て直したほうがいい』
「でも!ジュラが!!」
気が触れたように怒鳴り散らすバーネット。だが、ガスコーニュは静かに話す。
『頭に血が上ったまま勝てるわけ無いだろ……。これは命令だよ!』
そういうと、いつの間に後ろにいたのか牽引ビームで強制的にバーネット機を捕獲すると、文字通り引きずっていく。
「なっ!?ちょっと、離しなさいよ!!」
そして、デリ機以下全機を収容したニル・ヴァーナはその場を離脱。逃走に出た。
――逃げる。
恥も外聞もなく、ただ“逃げる”と言うその行為は決して間違った判断ではない。
特に海賊にとって見れば、それは最も楽になれる時である。
ただし、それは後ろから大艦隊が追いかけてきている時でもなければ、その戦力差をまざまざと見せ付けられた後でなければの話だ。
老練な者であればあるほど、戦い慣れた者であればあるほど、戦況と頃合を見ての「戦略的撤退」は重視する。
しかし、今回ばかりはその老練な艦長、マグノ・ビバンも焦りを隠しきれていない。冷静な表情をしていても自然と焦りは口調に出る。
『一体どこまで逃げるんすか?』
「今考えてるところだよ」
『そうじゃなくて、場所の事を聞いてるんすよ』
「うるさいねぇ、逃げるのは十八番だろ?だったらさっさと行くんだよ!」
『は、……はい』
言っている台詞に余裕がない。そばに控えているブザムにも、クルー達にもそれが判るほどに余裕がなかった。
その頃、医務室での戦いは終わっていなかった。
何しろ戦闘中の負傷者が後を立たず、今もなおフル回転中なのだ。特に先ほど運ばれてきたジュラが重傷であった。
マリーが汗を流しながら両手をジュラにかざし、祈りの詠唱を続けている。彼女も戦況が変わってから医務室に張り付きっぱなしだった。軽い傷や裂傷などはドゥエロに任せ、彼女は重傷者を治癒し続けていたのだ。それでなお、汗をぬぐう余裕すらない。
そんな彼女の後ろで戦闘要因のほとんどが悲壮感に暮れていた。
血を流したままのヒビキ、唇をかむメイア、嗚咽をかみ殺すディータ、呆然としているミスティ、涙を溜めたまま立ち尽くすバーネットといった面々である。
アイリスは治療するというドゥエロやマリーの声を振り切り、自機だけでなく他の機体の修理も行っている。
彼女も無傷とはいっていない。せいぜい数箇所の打撲程度だが、それは彼女が愛機をそれこそ強引な操縦で酷使したためだった。打撲より愛機の消耗のほうが重要なくらいだ。
「命は取り留めた。だが腹部の傷は治療にもう少し時間がかかる」
現状を知らせに来たドゥエロだが、それを伝えても皆の意気が上がることは無い。
「傷……残らないようにしてやれよ」
ヒビキがそう重く漏らした。
「その点はメジェールの技術を信頼していい」
女性のみという環境下でもやはり美容や整形といった部類の悩みがなくなるわけでは無い。むしろ、そっちの技術は相当に高い。タラークの医療技術云々の問題ではなく、繊細な部類の問題なのだ。
「ヒビキ、君も治療しなければ」
そういって治療台へと促す。
「こんなもん、かすり傷だ」
「そうはいかん。君の個人情報を見せてくれ。治療する上で情報がほしい」
個人情報とは首に下がっているIDチップのことだ。ドゥエロやバートは短剣型であるのに対し、ヒビキのはカード型のそれだった。中にはDNA情報や病歴の記録までが入っている。
「…………」
だが渋る。まるでその傷がジュラに対する自分への罰だと言わんばかりだ。
「君は自分に対する戒めのつもりでも、その傷が我々の敗北に繋がる要因になりかねないとしたら?」
頑ななヒビキを挑発するような発言。だが、彼には言わんとするところは伝わったらしい。態度は相変わらずだが、首から下げたIDチップを引きちぎるとドゥエロに放り投げる。
「好きにしろ!」
受け取ったドゥエロは、カードをスキャナーに挿入すると黙々とデータの読み出し作業に入る。
だが、モニターにはエラーが表示された。疑問に思いつつ再度スキャンするが結果は同じだった。
「……?」
首を傾げるドゥエロに背を向けて、ヒビキはいきなり拳を振りあげると側面の壁に思いっきり叩きつける。
「宇宙人さん……」
ディータにはヒビキの心中は十分に伝わっていた。彼はジュラに怪我を負わせてしまった責任が、全て自分にあると思っているのである。悔しげに口元を歪め、独り言のようにつぶやく。
「俺のせいだ。俺があいつらをなめてかかったから……」
無論、誰のせいでもあるはずが無い。彼らは作戦を立て、それに従い、そして裏を掛かれた。ただそれだけの事。
「なんだい。いつまでショボくれてるつもりだい?」
その時、ガスコーニュが入ってきた。しかし、甘い言葉はかけない。
「さっさと持ち場に戻ったらどうだい。まだ敵は追って来てるんだよ……」
「だったら、納得のいく説明をしてほしいものね」
早速バーネットが食って掛かる。
「どうして、デリを拒否したの?ジュラのために、私は戦い続けたかったわ!」
睨み付けるバーネット。だが、ガスコーニュはそれを冷たく見返すのみ。
「答えて。ガスコさん!」
「……無駄死にするのが判ってたからさ」
強行突入して彼女に勝算があったとは思えない。というか、0である。
しかし、怒りに我を忘れた彼女が危険な状態にあったことは確か。
それにジュラの一件でいまだに怒りのやりどころが無く、今も八つ当たりしかできない状態にあった。
「でも戦わなきゃ勝てないわ!勝てなきゃ結局死ぬことになるのよ!」
「作戦が失敗した時点でアンタの役目は終わってたんだ。台詞を忘れた役者を舞台から下ろすのも黒子の仕事だよ」
極論を叫ぶバーネットを落ち着かせようと語るガスコーニュ。だが、それは無駄だった。
「……よくそんな冷たい言い方ができるわね」
「頭に血が上ったらそこで勝負は終わりだよ。感情に任せるだけじゃ判断を誤るだけさ」
すると、今度はヒビキが口を開いた。
「いつも後ろで眺めてるだけなら、そりゃ落ち着いていられるぜ……」
思いがけないヒビキの言葉に、その場の一同がハツとなる。ヒビキとて本気でそう思っているわけではない。だが、彼も八つ当たりしなければ気が治まらなくなっていたのも事実。
「宇宙人さん……」
ディータがヒビキを制しようとする。だが啖呵を切ってしまったヒビキの不安感はガスコーニュへの叱責となって吹き出してしまったのである。
「裏方でのんきに眺めてるだけの奴に、最前線で戦ってる奴らの気持ちなんかわからねぇって言ってんだよ!」
その台詞でガスコーニュの表情が硬化する。口にはせずともガスコーニュはヒビキを買っていたのだ。心身ともに強くなろうとする彼を頼もしく思っていたのだが、今の彼はマグノたちに出会う前の姿に戻ってしまっている。
損彼に失望の念すら覚える中、ヒビキはさらにまくし立てた。
「そうやって、いつも薄笑い浮かべてよ!人の失敗にさも予想通りみてぇな皮肉言ってる奴に、必死に生きようとする奴らの気持ちなんか判るわけがねぇ……。人の痛みがわかるもんか!」
それを聞いたとたん、ガスコーニュの目許が動く。そばで沈黙を守っていたメイアがそれに気づくが、メイアが制する間も無くガスコーニュは大きく溜め息をついていった。
「……情けない……」
その言葉にヒビキとバーネットの表情はさらに険悪なものに鳴る。しかし、怒りを抑えているのはガスコーニュも同じだった。
ヒビキに近づきながら彼女は言う。
「……言い訳してナンになる?それで生き延びられるなら、アタシだっていくらでも並べてやるさ。でもそうじゃないだろ?言い訳なんか探してる場合じゃないだろ?」
それを聞いたヒビキは返す言葉も無く、ただガスコーニュを睨むのみである。一向に自分の真意を理解しようとしない若者に、ガスコーニュは初めて見せる怒りの表情でヒビキに詰め寄る。
「それでもまくし立てないなら、死んでからあの世で幾らでもするがいい。だがアタシはご免だよ!歯を食いしばって、意地でも生き延びてやる!」
「……!?」
ガスコーニュの鋭い眼光に、ヒビキはすっかり毒気を抜かれてしまった。言い返そうにも言葉が出ないほどに呑まれていた。
言い放ったガスコーニュは、フッと息を抜くと再びいつもの表情に戻る。そして、それ以上は何も語らず無言のまま医療室を後にした。
……………………
沈黙がその場を支配する。後味の悪い沈黙だった。
「手当てを……」
沈黙を破るようにドゥエロが静かに口を開く。何度試してもIDを読み込めなかったのだ。仕方なく通常の医療キットを手にヒビキを促す。
「……あぁ……」
半ば上の空で答えるヒビキ。ドゥエロはそんなヒビキを興味深げに見つめながら、黙ったまま医療キットを開く。
「……いいのかなぁ、このままで……」
ミスティが口を開いた。ガスコーニュとの確執を案じての発言。全員が思っていることであったが、負けん気の強いヒビキは素直になれず、更に思いもしない言葉を口にする。
「ケッ!ほっとけ、あんなヤツ!……一生人の痛みなんかわからねぇんだ……」
はき捨てるようにつぶやく彼が、ふてくされたように顔を上げる。そして顔を上げた先には手を振り上げるメイアがいた。
パァン!
ある意味、気持ちいいまでの平手打ちがヒビキに炸裂した。
俯いたままのディータやバーネットもハッとして二人を見る。半ば驚きの表情で、反射的に頬を押さえたヒビキが上ずった声で激昂する。
「な、なにしやがる!!」
すると、メイアは冷静な顔に静かに怒りを浮かべて言った。
「あの人は誰よりもわかっている。大切な人を失う気持ちを……」
「……!?」
メイアの言葉に誰もが息を呑む。そしてメイアは静かにガスコーニュの過去を語り始めた。
「敵艦隊、ニル・ヴァーナの進路前方に回りこんできます!」
偽ヴァンドレッドを含めた敵艦隊は見る間に加速を増し、ニル・ヴァーナに追いついてきた。
「うわ〜〜〜〜!また偽者ピョロ!!」
以前のように偽ヴァンドレッドが一体ずつではない。似たような性能を持った敵が10数機。模造品もここまでくれば立派な脅威である。
「なんて速度だよ、オイ!挟み撃ちじゃないか!」
ナビゲーション席のバートも忙しく周囲を見回しながら悲鳴に近い声を上げる。
バートの操舵により回避を図ろうとするが、それをしのぐ速度で回りこんだ敵ヴァンドレッド・ディータの砲撃を浴びてしまった。
「どわぁぁぁぁぁ!!」
直接体に伝わってくる衝撃に、バートがたまらず叫びを上げる。しかも、敵のビームの影響かシールドにも赤い侵食が広がりつつあった。
「敵艦隊、急速接近中!回り込まれます!!」
クルーの悲痛な叫びが響く。
「鬼ごっこもここまでかい……」
為すすべなく振動に身を揺さぶられるマグノは、ただ悔しげに俯くのみであった。
/// ///
医務室の外、私は壁にもたれてメイアの話を聞いていた。
「……あの人は、誰よりも悲しみを知っている。我々の足掻きなど、あの人にとっては自分が通ってきた道でしかない……」
彼女の話はそれで締めくくられた。
――肉親を失う悲しみ。
私にはそれが欠如している。欠如というのはいささか過大だが、似たようなものだ。
なにしろ私は自分で父親を殺した。いや、殺したといってもそれは物質的な“死”ではない。もっと大きなもの。彼の周囲を構成する何もかもを破壊した。地位も名誉も、自尊心までもを踏みにじり、貶め、破壊した。その結果、彼がその後どうなったかは知らない。知ろうとも思わなかった。
肉親である母と姉は母方の家に身を移し、その後会っていない。今考えても自分の行動は完璧に暴走でしなかったと思っている。
自分を軽く捨てた父親。利用されていたことを知らなかった母と姉。それに我慢できず、徹底的に潰しに掛かった自分。
よほど不幸な身の上。母と姉は納得してくれたが、巻き込んだのは自分だ。自分の復讐心を満足させるために家族を巻き込んでしまった。
――虚しい……。
私は今思い返してもそう考える。唯一つの歯車の狂いが彼女を地獄の底へ突き落とし、それを修繕した仲間がいて、暴走した歯車は結果から回り。
馬鹿馬鹿しいと言ったらありゃしない。後の先も無いこの虚しさ。
だったらその虚しさからどう逃げる?否、逃げても自分は変われない。だったら向き合うしかない。元々後悔などないのだ。
――肉親を切り捨てた虚無感。
結構、私はそれを背負って生きていく。行き着くところまで行くだけだ。さし当たって、やる事は山の様にあった。
/// ///
コンコンと医務室の壁が叩かれた。
全員がそちらを振り返る。
「お邪魔だったかしら?」
「アイリスか……」
悲壮感にくれていた先ほどとはまた変わった空気。ガスコーニュの話を聞いた後ではさもあらん。
「聞いていたのか?」
「一応、頭からね。」
しばしの沈黙、
「ちぇ、今回は素直に詫びとくかな……」
ヒビキがはき捨てるようにそう言った。バーネットも無言ながら頷いた。
「諸々終わったのなら、配置に戻るわよ。全機体の修理はとっくに終わってるんだから」
「終わった?この短時間で全機体を修理したのか!?」
驚いて声を上げるメイア。そりゃそうだ。彼らが帰艦してから約1時間。大ダメージを受けたジュラ機だけでなく、全機体の修理を完璧に終えるのは整備クルーの能力の限界を超えている。
「今更だけど私を誰だと?魔法使いよ?……」
「機械専門ですけどね」
マリーがおくから茶々を入れた。
「そこ、うるさい」
不毛なやり取りに笑みが漏れたその時、ブリッジからメイアに通信が来た。
「こちら、メイア」
『敵に包囲された。逃げ場は無い』
通信の相手はブザムだ。端的ながら十分かつ、インパクトのある報告だ。
「パイロットは全員ここに居ます」
『だが、闇雲に戦っても勝ち目は無い。策を立てなければ』
「作戦ならあるぜ!」
ヒビキが声を上げた。全員が一斉に彼を見る。ドゥエロなどいつもの開き直りとさえ思ったほどだ。しかし、一同の心配とは裏腹に彼の顔つきは確信に満ちていた。ヒビキはメイアの顔をじっと見つめて更に言葉を重ねる。
「……オメェの話を聞いて思いついた」
「……?どういう意味だ?」
メイアは訳がわからず、怪訝そうにヒビキを覗き込む。そんなメイアに対し、ヒビキはただニマッと笑うと、改めて一同を見渡して言った。
「いいから俺に任せとけ!」
/// ///
刈り取り母艦が接近する中、バリア内部ではドレッド部隊が隊列を整えていた。アイリスの言ったとおり全機体は完璧に修理されており、まったく心配は無い。
隊列が整う中、中心にはヴァンドレッド・メイアがいた。
そして、隊列が整うのとほぼ同時にバリアが解除され、部隊が展開する。
「全機、キューブには構うな!目標は敵母艦だ!」
数百のキューブが雪崩の様に押し寄せてくる中をドレッド部隊が中央突破を図る。しかも、その中に混じって偽ヴァンドレッドが3種類そろって十数機。
そんな連中のレーザーだのバルカンだのキャノンだのを避けながら部隊は爆進する。
「作戦は判る!だが、我々の攻撃で敵の装甲を貫けるのか!?」
近距離からの攻撃を躱し、母艦を目指すヴァンドレッド・メイア内でメイアが言う。
「破るんだよ!悩むなら後で悩め!」
やがて、母艦がモニターいっぱいにまで広がる距離まで接近した。
だが、そこには待ちかねていたように偽ニル・ヴァーナが立ちはだかっていた。
そして、誰も予想しなかった行動を起こした。
上部ウィングが二つに割れ、左右に展開し、さらに下部ウィングも同様に展開。瞬く間にキャノンの発射口を胴体としたロボットに変形したのだ。
「なっ!?」
「えぇっ!!」
「……そんな!!」
そして、変形したニル・ヴァーナゴーレムはその巨大な腕を振るいヴァンドレッド・メイアを打ち払う。だが、ヒビキもすんでのところで機体を翻し難を逃れる。
「ちきしょう!舐めた真似してくれやがって!」
その時、後方からミサイルの一斉射撃がゴーレムを打ち据えた。バーネットだ。
「コイツはまかせて早く行って!!」
「お、オウ!」
バーネットもゴーレムに接近していく。すると、すばやく体勢を立て直したゴーレムが今度はバーネット機に狙いを定め腕を振るう。
「くっ!」
それでも絶妙の操縦で一振りを躱した。だが、
ガギィ!!
「なっ!!?」
思った以上に俊敏な動きでゴーレムはバーネット機を文字通りカニバサミに捕らえてしまった!
「バーネット!?」
「このっ!」
さらに後続のジュラとアイリスがゴーレムに攻撃を仕掛ける。だが、胴体を狙ったアイリスのキャノンも、ジュラのレーザーもゴーレムの表面で中和されてしまった。かなり高い性能のバリア機能を備えているらしい。
「くそっ!」
バーネットも至近距離から顔面目掛けレーザー砲を浴びせかける。だが無駄だった。
ビシィ!!
「きゃぁぁぁ!!」
握りつぶしに掛かったゴーレムのハサミの圧力にドレッドが悲鳴を上げる。
誰も反応できない。実弾系の装備はジュラもアイリスも装備していないのだ。ましてヴァンドレッド・メイアの武装はファイナルブレイク一つ。
「バーネットぉぉ!!」
ジュラが悲痛な叫びを上げた。
と、まさにその瞬間、後方からミサイルが数発飛来した。さらに突っ込んでくる機体が一機。しかも、バーネットの捕まっている腕目掛けて強引にも体当たりを仕掛けた。そのおかげでバーネットは死地から脱出できた。
そして、バーネットはその体当たりしてきた機体を見てハッとなる。
「ガスコさん!?」
「悪いねぇ、黒子にしちゃ出すぎた真似だったかい?」
その時、ゴーレムが反撃に来た。もう一方の腕でデリ機に突きかかったのだ。腕はカーゴ部分に深々と突き刺さる!
さらに偽ヴァンドレッド・ジュラが同じように体当たりでデリ機に突き刺さる。
「ガスコさん!!!」
「こんのぉぉぉ!!」
バーネットの叫び声が響く。だが、ガスコーニュは臆するどころかスロットルをいっぱいに引き、ブースターを全開にする。そして、そのままゴーレムごと母艦に突っ込んでいったのだ。
誰もがその光景を信じられなかった。そして、止めるような暇も考える暇も無くデリ機は母艦の中へ埋没していった。
そして、
ドドドォォォン!!
トドメといわんばかりの大爆発。
「ガスコさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
―To be continued―
**************
あとがき
はい、どうも。P!です。ようやく5話にこぎつけました。
長かったなぁ。
ま、展開的にはこっから内部に突入しーの、ぶっこわしーのする訳ですが、また結構かかるだろうなぁ。
個人的に忙しい時期なのでさらにですが。
てなわけで、次回はさらに半年後!!(おそらく!!
2005/04/12