VANDREAD ―the unlimited―Second Stage
2・メッセンジャー
「ポッドの情報から彼女の名はミスティ=コーンウェル、14歳と判明した」
「正確には14歳と63年の冷凍睡眠だよ」
医務室でドゥエロとパイウェイは開けられたポッドの中に眠っていた少女の情報を読み上げる。
来て早々にヒビキに抱きつき、一斉に話題をさらって行った時の人はといえば、体力の限界で今また眠り込んでしまっていた。
そら、63年も眠ってれば体力なんて尽きて当たり前である。
艦内は彼女とヒビキの話題で持ちきられてしまったが、大本の問題は彼女がどこから来たのかである。
どこから来て、何をしに来たのか。……救命ポッドで数十年を眠ったまま過ごしてまで達するべき目的とは何なのか。
「んで、結局何をしに来たかはまだ話さずじまいってわけね」
アイリスが壁にもたれながらそう漏らした。
「眠り姫ってのは王子様のキスで起きるもんだけど……」
「彼女に刺激を与えるのはよろしくないと思いますよ?」
大量のシーツを抱えたマリーが彼女の前を通りかかる。
「冷凍睡眠からの回復は本人の治癒能力任せなんですから」
そう、まず驚いたのはマリーが彼女の治療を断ったこと。
曰く、冷凍睡眠で完全に冷却された体を魔法で治療することは、凍った細胞にいきなり新陳代謝を与えることになり、下手をすれば細胞破壊を起こしてしまうらしい。
今はただ彼女が自然と眼を覚ますのを待つだけなのである。
冷凍睡眠に耐えるために彼女が纏っている銀色の衣装。
そして、ミステリアスな身の上。
彼女のそんな話を確かめようとこの時間、この二人を含む、めったに姿を現さないクルー達までが大挙して医務室にやってきていた。
と、
「う、……う〜〜ん……」
ミスティが意識を取り戻した。頭を押さえながら身を起こす。時差ぼけに近い状況なため、意識は朦朧とし覇気も無い。
「あ、動いちゃダメだよ!」
パイウェイが駆け寄った。
だが、ミスティは自分の体を抱き、つぶやく
「……寒い……」
それを見たドゥエロが、ミスティに毛布をかけながら静かに言った。
「冷凍睡眠の影響だ。身体機能が回復するまではまだ時間がかかる。今はゆっくり休むことだ」
自然と近づいてくるドゥエロの顔を見た、ミスティの表情が突然変わり、
「ヤダ……いい男!」
『!?』
ミスティの一言にドゥエロのみならずクルー達までが硬直する。
「ぷっ」
アイリスだけが、吹き出した。
そんな空気はいざ知らず、バートがさっそく前に出てあれやこれやと質問を開始する。
「ねぇねぇ、君もオトコとオンナが共存する環境で育ったってホント?」
内容と態度に不快なものを感じたか、ミスティが語気を上げる。
「何訳のわからないこと言ってんの!?バッカっじゃない!?」
遠慮の無い罵倒を受けて、引き下がるバート。どうやら、彼女はおしとやかとは縁遠い星の下に生まれたらしい。
だが、次の瞬間には、
「……ねぇ、彼は?」
と、ドゥエロに尋ねる。
「彼……とは?」
言われたドゥエロも困惑するだけである。ミスティは部屋を見渡し、戸口にヒビキの姿を認めると、
「あ!あの彼よ!彼!」
そのとたん、こびた視線を投げてアピールを始める。
「あたし、ヒトメボレって結構信じるほうなのよね!」
「はぁ?」
聞いた全員が驚愕の声を上げる。ヒビキまでも、
「ナンだってぇ?」
と、困惑するだけである。
「よーくみるとカワイーーイ!ね、そんなトコに居ないで、ミスティのお側に来て!きっと二人は運命の赤い糸で結ばれてるんだわぁ!」
一同の目の前で露骨にヒビキを誘惑するミスティに、最初は唖然としていたディータだったが、ハッとわれに返るとミスティとヒビキの間に割って入った
「ダメーーーッ!大体、赤は悪い宇宙人の色なんだから!」
ディータの乱入に、ミスティはあからさまにムッとなる。それを見たディータも負けじとミスティを睨み返した。
全員が冷や汗を浮かべる突然の二人の対決であったが、ミスティは怒りの表情のままドゥエロを振り返ると、
「ねえ、あの子って、カレのカノジョかナンかなの?」
「……カノジョ?」
ドゥエロは彼女の言う意味がわからずに、きょとんとなる。ほかの一同も、ドゥエロと同様に無反応である。それを見たミスティはただならぬ雰囲気に呆然となった。
「……何?この人たち」
ミスティからしてみれば、当然の感想だろう。
だが、神は彼女から知る術を奪ったわけでは無さそうだ。
「カレシ、カノジョの関係じゃないわよ」
いきなり外野から声がかかった。ミスティがそっちに目をやると壁にもたれて必死に笑いをこらえているアイリスが居る。
「アンタ……、起きて早々にヒビキを口説きにかかるなんて……いい性格してるわ」
クククと笑いながら彼女の前に進み出た。
「アイリスよ。よろしくミスティ」
「…………」
「何でって顔してるけど、この人達にカレシだカノジョだって話題持っていっても理解してもらえないわよ」
「どういうこと?」
「なんせ、男と女が別々に暮らす環境で育ったんだもの。男女間の恋愛話なんて理解できないのよ」
ねぇ、とドゥエロに向かって言う。
「あ、あぁ」
「私は男女共存の場所から来たけど、最初はあなたみたいにビビったわよ。何せ、男と女で戦争おっぱじめるんだもの」
やれやれといった表情でため息をつくアイリス。
「……ふーん、ナンカ面倒な場所にたどり着いちゃったみたいね」
一度に多くの刺激を受けたせいか、ミスティの表情が沈む。繋がれた機器も不安定に揺れた。
「ナンか疲れちゃった」
ドゥエロが毛布をかけなおして、静かに言う。
「体調がまだ不安定だ。色々聞きたいことがあるだろうが、あせることは無い。今はゆっくりと休むことだ」
ドゥエロの判断で詰め掛けていたクルーは解散させられた。挑発した本人が眠ってしまったので、取り残されたディータは釈然としないままトラペザへと向かった。
「あのこったら、いきなり来て図々しい……」
普段怒りを感じない彼女が珍しく剥れている。
「珍しいわねぇ、ディータちゃんがそんなに怒るなんて……」
妊婦のエズラがコーヒーのカップを差し出す。ディータは剥れっ面のまま無言でコーヒーに口をつける。
「いきなり目が醒めたら、全然知らない人ばかりじゃびっくりするわよねぇ……」
と、大きなお腹を庇いながら、エズラはゆっくりとディータの隣に座る。
「目が醒めたらとたんに宇宙人さんに抱きついたんだよ。宇宙人さんもいっつもディータに言うみたいに怒らないし」
ディータが感じているのは明らかに“嫉妬”だ。
ジュラのいたずらに対してヤキモチあたりの感情は起こったにしても、相手に対して不快を感じるほどの感情は今回が初めてである。
「……ディータちゃん。怒ってると疲れない?」
剥れるディータにエズラがやさしく微笑みかける。すると、ディータは自分の中にある“負の意識”にようやく気づいたらしい。それまでフグのように膨れていた頬がしぼみ、ため息とともに意気消沈してうつむいた。
そんなディータの様子を見て安心したのか、絵エズラは、顔を上げ、天窓の向こうに広がる星空をボンヤリ眺めながら呟いた。
「……皆が疲れないで、それでも皆ががんばれることって、無いのかしらねぇ……」
と、そのときである。エズラが突然お腹を押さえ、うずくまってしまった。
「エズラ!どうしたの!?」
エズラのただならぬ様子にディータはあわてて乗り出した。見ると、エズラの額には玉のような汗が噴出し、顔が見る見る蒼白になっていく。
「あ、……赤ちゃんが……」
エズラが搾り出すような声で呟く。それを聞いたディータはますますあわて始める。
「え、赤ちゃん!?……う、産まれるの!?」
問われてズラはもう声も出ない。歯を食いしばったまま頷いた。
「た、大変だぁぁぁぁ!!!」
「お客さんの様子はどうだい?」
医務室にはマグノとブザムが顔を見せていた。思わぬお客にマグノも興味を引かれたのだ。
「まだ、安定していません。しばらくは休養が一番の薬でしょう」
「では仕方ない、このメッセージは我々で解析するしかなさそうだな。
……ピョロ、アイリス、一緒に来てくれ」
手に持ったデータポッドを見、アイリスと居合わせたピョロに声をかける。
「了解ピョロ」
「OK」
ブザムとピョロ、そしてアイリスはデータ室へと向かう。簡単な解析程度なら医務室や他の端末でも可能だが、何が入っているかわからないデータの場合やはり処理能力の点からデータ室を使うことが多い。以前アイリスが砂の星からデータを転送しようとした時もそうである。あの時は、転送途中にデータが消失してしまったわけだが、
「ピョロはデータの読み出しを、アイリスは解析に回ってくれ」
データ室、ピョロ用に作られたクレードルにピョロが収まる。アイリスも脇の端末に座った。
ブザムが解析装置にデータポッドを差し込む。
「パスワードが掛かってるピョロ。解除するには何らかのパスワードが必要」
「私の端末も繋いでクラッキング仕掛けてみるわ」
アイリスは脇に置いた自分のリュックからコードを一本引き出す。それをポケットから出した“サングラスもどき”に接続し、別に引っ張り出したコードを本体に接続しようと……、
「ビ……ビビ……!」
「?」
いきなり、ピョロの画面にノイズが走った。同時に、異音と共にデータ室のシステムがダウンする。
「な、何だこれは!?」
「ちょ、ちょっと……!」
そして、システムのダウンはデータ室だけに留まらなかった。侵食したウィルスはデータ網を駆け巡り、レジを、ブリッジを、ペークシスを、そして医務室へ移動中のためにエズラ達を乗せたエレベーターまでも停止させてしまった。
「おい!!どうなってんだ、とまっちまったぞ!」
エレベーターから聞こえてくるのはヒビキの声だ。廊下を歩いている最中にエズラを運んでいたディータに遭遇し、手を貸してエレベーターに乗ったところにこの騒ぎである。
『落ち着け、現在艦内に異常事態が発生し、電力が止まっている状態だ』
エレベーターから連絡を受けた医務室では非常電源を通信機に使い、通信だけは確保できている状況だ。
「何でもいいから、早くしてくれ!すっげぇ苦しそうなんだ!」
陣痛が始まってしまっては赤ん坊が産まれてくるのを、ちょっとまってくれ、などと言えはしない。もしこのまま電力が復旧しなかった場合、
『二人とも、覚悟しときな!最悪そこで産む事になるよ!』
マグノが割り込んで二人にそう告げた。
「それは無茶だ!」
ドゥエロがすかさず言い返す。
「じゃあ、どうしようってんだい。赤ん坊はまっちゃくれないんだよ!」
「どの道復旧したとしても、ここに移すのは無理なのでは……」
マリーも冷静に状況を見定めていた。陣痛が起こり始めたのが20分ほど前だという。そんな状態で無理な移動はさせられない。
ドゥエロは苦い表情でまた「コンニチワ赤ちゃん」に目を落とす。
「……まったく、いざってとき頼りにならないねぇ」
マグノはそうつぶやいた。
その頃データ室では、混乱したクルー達の通信でパンク寸前だった。なにせブリッジだけで対応できる数ではなくなっている。頼る先はブザムのいるデータ室の他にない。
そんな通信を処理しながらブザムはなんとかウィルスの原因を突き止めようとしていた。
「まさか、ウィルスが張り付いていたとはな。アイリス、そっちは?」
「お手上げ。端末を繋げようにもウィルスの種類が解らないんじゃ、私の端末まで食われちゃうわよ」
人外の高性能を誇るアイリスの端末とて、こんな高速で侵食するウィルスなど食らっては防壁なしでは耐えられはしない。
「……冥王星の連中も中々意地悪い事をしてくれるわね。よくもまぁ追われる身の私たちを立ち往生させる真似……」
ゴゥン!!
いきなり、艦全体に衝撃が響いた。
「……タイミングよすぎでしょ。ホント」
『敵です!レーダーが使えず発見が遅れました!すでにニル・ヴァーナの周囲に接近されています!』
ブリッジからの緊急通信である。それを聞いたブザムは、全ての通信をカットするとメイアへの通信を開く。
「メイア、敵が来た。迎撃に出られるか?」
『了解しました。ドレッドチーム迎撃に出ます』
緊急時でも変わらないメイアの反応。頼もしい限りである。だが、メイアやジュラのSPドレッドはいい。後部格納庫に収められている奴を出せばいいだけだ。しかし通常のドレッドチームはどうなるのであろうか。通常ドレッドは、オーダーの認可、パーツの装填が必要であり、それなりに電力を食う。
「ガスコーニュ、ドレッドは使えるか?」
心配のレジにブザムが通信を繋ぐ。
『もちろんさ。お前さんはウィルスを早いとこなんとかしとくれ』
帰ってきたのは頼もしい声と、後ろでなにやらヒィヒィ言う声である。
「ふっ、努力はしているさ」
一方、レジの中にある一室では、
「さぁ皆!日ごろの運動不足解消のチャンスだよ!しっかりおやり!予備の電力はドレッドの射出に回すんだからね!」
……見るに耐えない光景、というわけでもないが、あまりに日常とかけ離れた光景が繰り出されていた。
およそ人力発電と名の付けられる装置が十数種。人力発電では“およそ”なさげな装置が十数種。その全てにレジクルー達が取り付いて必死に自家発電を行っていた。
……どうでもいいがエアウォーカーで発電ってどういう原理なのだろう。
『何、誰もいないの?』
駆けつけてきたパイロット達がレジから文句をたれた。
「わるいねぇ、今手が離せないんだ。オーダーは通してあるから順次出ておくれ」
『えぇ……?』
各出撃ごとにオーダーしなおすパイロット達。不満が出て当たり前である。
『……しょうがない。皆行くよ』
ガスコーニュの言うとおり、ドレッド達は遜色なくトッピングを済ませ射出されていく。後部からもメイア、ジュラ。そしてアイリスの蛮型が出てくる。
「ん?ディータとヒビキはどうした?」
いつまでたっても出てこない二人にメイアが気づく。
といっても誰もエレベーターの中で「お産」に立ち会わされているなどとは想像出来まい。
『ブリッジ!ヒビキとディータはどこいったの!?』
『移動中のエレベーター内に閉じ込められてるわ。出撃できそうにないって』
医務室から連絡が届いたのか、ベルベデールがすぐさま返答する。
「ち、仕方ない。ニル・ヴァーナも行動不能だ。迎撃パターンガンマ−4でいくぞ!」
『了解!』
『もう!赤ちゃん生まれる所見たかったのにぃ!』
エズラが産気づいたことはすでに知られていたようだ。
『敵戦力、ピロシキ型2隻、新型キューブ数十機!!』
ブリッジの機能がほぼ沈黙してしまっているので変わりにアイリスが敵の情報の解析を受け持つ。情報処理能力に特化された蛮型など類を見ないだろう。
艦内が幾度となく衝撃に揺さぶられる。だが、ペークシスが停止している状態ではバリアは作動しない。
「私、ブリッジへ行ってきます!」
マリーが医務室を飛び出した。だが、ドゥエロはいまだに本と時計を交互ににらめっこしている。
と、それをマグノの手がさえぎった。
「あんた、いつまでアタマでっかちなことやってるつもりだい!」
さすがにマグノの我慢が限界に来た。理屈で固めた知識では失敗するのが目に見えている。
「私は、妊婦が産道を広げるのに必要な“いきむ”という行動を……」
「もういい。
いいかい、ドクター!世の中には理屈よりも経験が勝る時があるんだよ」
「しかし……」
「いいから任せときな。
エズラ、聞こえるかい?まだいきんじゃだめだ。浅い呼吸で痛みを逃がすんだよ!」
『は、……はい』
沈痛な声が返ってくる。と、その時前にも増して強烈な衝撃が艦を揺さぶった。
「エズラ!」
3人が衝撃で吹っ飛ばされる。ディータが壁に叩き付けられたが、心配のエズラを見るとヒビキが間に割って入りクッションになっていた。
「へへ、男だってたまには役に立つだろ」
「うっ……!」
エズラがまたうめき声を上げた。と、
『だぁぁぁぁぁ!!』
医務室にヒビキの絶叫が響いた。
「どうした!」
『み、水、水が出たぁぁ!!』
「落ち着きな。そりゃ破水だよ」
『……赤ん坊を守っていた羊水という液体が排出されているんだ。それがないと、赤ん坊が速やかに産道を通過できない。出産時には大切な現象なんだ』
「何言ってんだかわかんねぇよ……」
ブリッジにマリーが到着した。ナビゲーター席から放り出されたバートをのけて先端に立つ。
「守りの御手よ。全てを包み込み、我等を守りたまえ」
合わせた両手の間に小さな光球が現れる。それは瞬時に巨大化し、船を丸ごと包み込み接近してきたキューブ達を弾き飛ばす。
「うわ、何だいこりゃあ!」
「物理攻撃に対しての結界です。ペークシスの不調でバリアが張れないようなので私が肩代わりします」
マリーの言ったとおりキューブ達の攻撃は展開された結界の表面で弾かれ、ニル・ヴァーナに届いていない。
「それに……お産の時に妊婦に負担が掛かるのはいけませんからね」
グゴンッ!!
「くっ!」
ピロシキ型が直接前に出てきて砲撃を開始した。結界が強烈に揺さぶられ、マリーの指先がなぜか血を吹いた。
『バリアを張れるようになったのか!?』
ニル・ヴァーナにバリアが展開したのを見て、メイアが言う。
「あれは、マリーの結界よ。任せておけば平気だけど……」
結界に対して執拗な攻撃を続けるキューブ達。マリーの結界は仲間内では最強を誇るが、船丸ごと、となると少々心配だ。
「……早いところ決めたほうがよさそうね」
そうつぶやき、アイリスはペダルを踏み込んだ。ニル・ヴァーナの結界に取り付こうとするピロシキ型に急接近。
「もらった!」
だが、振り上げたブレードを振り下ろす前に背中に刺す様な感覚。即機体を反転させる。
感覚どおり後ろから赤いビームのキューブどもが攻撃しながら殺到してきた。
「ちっ!」
背中の砲身を前に回す。収束するエネルギー。そして、放たれる。幾条もの散弾として。
ヴァンドレッド・ディータのものも加減によって8本もの光線に分裂させて放つことが可能だ。アイリスの機体はさらに小細工が利くらしい。
そして、問答無用で散弾の餌食になるキューブ達。キューブを葬り、その砲身を今度はピロシキ型に向ける。
「人が調子悪いときに叩きに来るとしっぺがえしがくるのよ」
中距離の散弾の一撃はさすがにピロシキ型には耐え切れず、装甲を陥没させ爆発する。
直後、キューブ型の数十機が機能停止に陥る。
「もう一機……!」
機体を反転させる。しかし、すぐに別のキューブ達がアイリス機に襲い掛かってくる。
「ち、……邪魔よ!!」
「これで終わりだ!」
ピロシキ型が新たなキューブを吐き出した直後の開口部。メイアが強引な操舵でレーザーの掃射を食らわすとすぐ横を飛びぬける。
爆発、そして動いていたキューブ全てが停止する。
「よし!」
『ねぇねぇ、赤ちゃん産まれたよ!!』
戦闘が終わるのを見計らったようにセルティックから連絡が入った。
「ホント!?」
「こうしちゃいらんないわ!」
それを聞いたジュラはいち早く自機をニル・ヴァーナへと向けた。
ピチャン……
「はぁ……はぁ」
戦闘の終わりを受けてマリーも結界の集中を解いた。腕を下げ、荒い息を吐く。
「ちょ、ちょっと……君、大丈夫なわけ?」
バートが恐る恐るマリーに声をかける。
ピチャン……
「はい……、でも少々相手の攻撃を舐めていました」
自分の手を眺めながら、マリーは言った。
ピチャン……ピチャ……
その手から血が滴っていた。手のひらだけでなく肘あたりまでズタズタになっている。だが彼女はそんなことには頓着していない。
(結界の形成に問題はなかったはず、なのにあれだけの反動が何故……)
マリーが張った結界は術者の魔力に呼応してその防御力を上げる強力なものだ。しかし、欠点として魔力で相殺できなかった分はダイレクトに術者の体を傷つける。
マリーの持つ魔力は無限。そう決められている。しかし、敵の赤い攻撃はマリーの張る結界を貫き、マリー自身に傷を刻むほどの威力を持って攻撃してきた。確かに船全体を包み込むだけの巨大な結界を、しかも全方位に張ったことはあまりない。注意力が及ばなかった部分のフォローが遅れたのも否めない。それにしても納得ができなかったのだ。
(この赤い攻撃……物理的なものだけじゃありませんね)
そう考えてから、短く呪文を口にする。すると、傷が淡く光り始める。ほぼ数秒で傷は跡形もなく消滅した。
ほぼ、同時にブリッジ内のシステムがいきなり回復を始めた。
同時刻、エレベーター内。
「ふふ、もうすっかり眠ってる」
赤ん坊を抱えたエズラは汗の浮いた顔ながらいつもの表情に戻っていた。赤ん坊はディータの上着に包まれて眠っている。赤ん坊を取り上げる際にディータが敷いたものだ。
情けないことに最初にヒビキが取り上げようとした時、彼はあまりのショックで体が強張りっ放しだったのである。それで、ディータが見かねて変わったのだ。
そして赤ん坊が生まれ、通信機を介しその産声は艦全体に響き渡った。だがその直後、沈黙していたシステムが突如回復を始めたのである。
まるで、赤ん坊の声に反応するように。
「ふつ、……まさか赤ん坊の声がパスワードになっているとはな」
赤ん坊の声を聞きつけたピョロが仕事放棄で飛び出していくのを見送りながら、ブザムはため息と共につぶやいた。
『システム回復していきます』
『ペークシスも正常値に戻りました!』
データ室に各セクションから回復の報告が続く。
電力の回復したエレベーターを動かそうとした瞬間、ジョイントが吹き飛びあわや4人まとめてあの世行きという状況をエレベーターシャフトに飛び込んだピョロが救い出した事件が続き、なんとか状況が落ち着いたところで改めてメッセージの再生が行われる。
『送り主は敵と味方の識別のために、ある音声パターンをメッセージのパスワードとしていたようです』
「それで、結局パスワードはなんだったんだい?」
マグノが一連の事件の顛末をパルフェから聞いた後、パスワードを聞く。
「赤ん坊の声です」
ブザムがパルフェの言葉を継いだ。
「なんだって!?」
「奇しくも、エズラの子供に命を救われました」
「……じゃあ、もう地球には赤ん坊はいないっていうのかい」
「あるいはもう、生まれないか」
ブリッジに上がってきていたドゥエロが言う。
「う〜ん、とにかくそれを見たほうがよさそうだね」
「では、再生します」
セットされたメッセージが再生を開始する。乱れた画面の後、全体的に青色の画像が出てくる。映っているのは男性と女性。
『まずは、メッセージに面倒な仕掛けをしてしまったことをお詫びする。新たな命の産声こそが、顕然たる人類の繁栄の証であると考えたからだ。
このメッセージを受け取った諸君が、本来あるべき人間の営みを送っていることを切に願う』
メッセージは男の謝罪から始まった。そして、何の溜めもなく淡々と話は続いた。
『君達が故郷である地球を離れてから情勢が大きく変わってしまった。殖民船団に乗った諸君らを送り出し、人間の更なる繁栄を願うはずの地球が狂気に走ってしまったのだ。
知っての通り、我々人類は遺伝子交配確率の飽和を迎えた。すなわち、地球上にいる限り我々は進化の可能性を失った事になる。
そのために我々は地球外への移住を選択したはずだった。さらなる人類の進化のために』
ここで、画面は変わり歯車がまとわりついた星の映像になる。それは最初に敵の本星らしき映像を写した物を鮮明に直した感じである。声はここで女性に替わった。
『ご覧ください。我々の故郷だった星です。地球の表面には巨大な歯車がまるで檻のように張り巡らされ、衛星であった月を強引にはめ込みました。
重力異常を起こした地球の大気は慢性的に豪雨が吹き荒れ、地表はまるで巨大な洗濯機のような状態です。
わずかに残った地球人は、歯車の内側に都市を建設ししがみ付く様に生きています』
『人類の希望を託して諸君らを見送ったはずの地球は、孤立感からか、いつしか自分達のみが純然たる地球人と思い込み、自己保存という後退した考えを抱くようになってしまった。
しかし、進化の可能性を失った彼らだけでは、クローニングもままならない。そこで彼らは苛酷な環境下で生き延びた諸君等の臓器を、自分達の保存のための材料であると言い出したのだ』
「それが、刈り取りってわけかい」
マグノが重くつぶやいた。
『何故、地球がこのような考えを持つに至ったのかは解らない。しかし、彼らは唯一残ったオリジナルのペークシスを使用し、無人の収穫艦隊まで建造した。無慈悲に、そして確実に諸君らを刈り取るために』
映像は地球を出発する無数の艦隊を映し出した。その映像に、ヒビキ、ディータ、ジュラ、メイア、アイリスが戦慄を覚える。
『地球の選択は明らかに間違っています。この狂気を食い止めるために我々はメッセンジャーを送ります。いつ、どこで出会えるかは解りません。しかし、本来あるべき人類の姿を取り戻すために、そして、受け継ぎ託していく人類の営みを守るために。このメッセージをご覧になった皆さん。どうか立ち上がってください。命のともし火を守るために。』
ここで、メッセージは終了した。
「……命のともし火」
「メッセージはしかと受け取ったよ!あたしらが受け継いでやろうじゃないか。
あの子が笑顔で育っていける世界のためにもさ!」
マグノの発言は決意。誰かが継がねばこのままでは本当に人類は滅びる。人類本来の営みを守るために、それは重い重圧になることは知っている。
赤ん坊とエズラは医務室へと運ばれ、ベッドに横になっていた。
「すっかり眠っちゃったね。……そうだ、名前は決めたの?」
「ピョロニだピョロ!」
横にいたピョロが即答する。
「えぇ!やだよ、そんなの!」
「これは決定事項だピョロ!」
そんな押し問答はさておいて、医務室のおくからミスティが出てきた。
「あら、体はもういいの?」
いち早く気づいたエズラが声をかけた。
「あ、うん。もうすっかり元気。赤ちゃん、おめでとう」
「ありがとう」
「そうだ!おかしらに名前決めてもらおうよ!」
と、医務室のドアが開きヒビキが顔を出した。
「あ、宇宙人さん」
「今頃、何だピョロ?」
「い、いや……その、面目なかったと思ってよ」
とりあえず、自分も顔を出さないとまずいだろうと思ったらしい。
「そんなことないよ!宇宙人さんも……」
「聞いたわよ!」
ディータの声を遮ってミスティがズカズカとヒビキに近づく。
「な、何だよ」
「赤ちゃん見て失神しちゃったんですって?アタシそういうのすっごい好き!」
そして、あろうことかそのままヒビキに口付けしてしまった!
「なぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ディータが絶叫を上げ、ヒビキはいきなりの事に鼻血を流してぶっ倒れ、
「ふふ、かわいいよね、彼」
挑戦的な口調でミスティがそう言った。
どうも、このままではこの3人は納まりそうになさそうである。
― To be continued ―
*****************
セカンド第2話!やってやるぜ前人未到の2次創作全話完結ぅぅぅ!(何かがちがふ)
てなわけで、いろいろと起こって参りますセカンドステージなんですが、今の時点で1話増えると思います。というか増やします。
これでもかってくらい世界観ぶち壊します。雨霰と何かが降りそそいで、読んだ事を後悔させます。(死)
まぁ、そんなわけで次回「病の星」か。外伝で語った分、色々自粛しないとなぁ。
んじゃまた。
2004/08/21
ご感想、よろしくお願いしますP! hairanndo@hotmail.com