人が人であるがゆえに起こしてしまう大罪。それは時を超え、次元を越えても存在している。
悲しき旋律の葬送曲。そして、今、時空を越えた出会いと戦いが始まろうとしている。
VANDREAD――The Unlimited――(改訂V版)
1−1:Prove one’s Innocence
惑星タラーク――その歴史は100年と少ししか過ぎていない。そして、その歴史の中で淡々と受け継がれてきた思想があった。それは、『女は敵である』と言うこと。さらに女は敵であるという思想の元、この星には女は一人もいないのである。
ならばどうやって人口を増やすか。クローンという技術がそれを可能にさせた。遺伝子交配によって様々な容姿の男達が工場の中で“生産される”のである。さらにこのタラークでは階級制度が重要な意味を持っている。3階級に分かれた上二階級はそれなりの暮らしを送れる。しかし、3等民は生まれてから一生涯地下での生産業務に従ずることが決定されていた。機械工や下働き、諸々の下請けを一手に任されるというか押し付けられるのである。そして彼らは3等民であるがゆえに虐げられ、蔑まれて来た。3等民であるだけで、である。
その行動範囲も規制され、全国民一人一人がIDを封じた物を持つことで身分を区別していた。上二階級は短剣型。3等民はカード型なのである。
今でいうなら考えもつかないことだが、ここではそれが一般常識なのである。
さらに女は敵であると言ったが、そのプロパガンタの為に、町中のいたるところの街頭ビジョンがそういったテロップを流しているのである。曰く、『女は男の肝を食い、精を啜る鬼である』と。
惑星メジェール――惑星タラークに対してこちらは女の星。言ってしまうなら、メジェール星の恒星がタラークになる。メジェールの歴史も浅い。そして、タラークと同じくメジェールも女だけが住む星なのである。人口を増やす方法もやはりクローニングだった。父親の立場のオーマが卵子を母親の立場のファーマに、人工授精させ植え付ける事で赤ん坊が出来るのである。
そして、メジェールは民主主義の国である。国といってもその実態は惑星移民船をいくつも繋げたものであった。本星では昔事故があり、住める状態ではないのである。そして、最近になって問題となってきているのは、エネルギー問題だった。女の性格からか、中央部分にエネルギーを使いすぎ、周辺のユニットを閉鎖することがたびたびおきているのである。その度に難民が宇宙へと放り出されるのである。ある意味タラークより酷い仕打ちだ。そんな中、難民達を助けようと動く者達もいた。
マグノ・ビバンという老尼僧を頭とする海賊団だった。アステロイドベルトの一つを根城とし、タラーク、メジェールの双方を相手取って海賊行為を繰り返しているのである。
しかし、海賊も女。男に対する見解は他の女達と変わらなかった。『男はばい菌の塊である。触ると感染する』だ。
そして、今この時を持って、その歴史は大きく動こうとしていた。一人の異邦人をも交えて。
アイリス=スチュワート。16歳。彼女は親に勘当されるという過去を持ってこの旅に参加している。一度は自殺さえ考えた彼女は今では里中達にとってかけがえのない仲間であった。赤竜剣という魔剣を携え、力の源たるM4カービンを持った彼女。今回、彼女の行き先はとんでもない場所だった。
いつもはどこかも分からない森の中だったり、町の中だったりしたのだが、今回はどうも違うらしい。意識がはっきりした時にアイリスは自分の置かれている状況が一瞬理解できなかった。大体の状況には対応できるように気持ちを保っていたつもりだったが、いきなり目の前に大扉である。
「……え?」
思わず声が漏れる。周囲を見渡せば通路が続いていた。どこかの建物の中のようだ。
「これって、どうしろってことかしら……」
呆然とするアイリス。すると、何処からともなく声が聞こえてきた。
『諸君!我々はついに今日という日を迎えることが出来た!にっくき女どもを滅ぼすため、我々は新たな力を得たのだ!!』
なにやら物騒な事を言っている。
「…………」
どうやらここで女でいることは危険らしい。アイリスは慌てて退路を探した。といってもここがどこかも分からない状況ではどうしようもない。アイリスはもう一度目の前の大扉を見る。すると格納庫という表示が見えた。横には指紋照合だろう。その装置が見える。
格納庫なら普段は誰もいない。経験からそう考え、アイリスは荷物から小道具を出した。
『皆の声は届いている!その声に答えるため、出航時間など待ってはおれん!そうだな諸君!!』
タラーク首相は大声で街頭モニターを通し、町中の男達に演説を行っていた。街の中でも一番大きなモニターの後ろには強大な何かが鎮座してる。それは宇宙船であった。それも女達に対抗するために昔に使われていた旧艦区にさらに新艦区を継ぎ足したものだ。今、その打ち上げのために町中にいつもより多量の蒸気が噴出しているのだ。しかしそんな中、その宇宙船『イカヅチ』に侵入する者があった。
首相のいきなりの発進を示唆する言葉に右往左往するクルー達を尻目に、彼はドンドンと船の奥へと進んで行った。
「ここだな!」
彼の名はヒビキ・トカイ。3等民の一人である。伸びっぱなしの髪をバンダナでまとめ、3等民の服装をしたまだ成長途上と自分で言っている少年であった。彼は、機械工であったが、性格上仲間から少々疎まれる存在であった。そんな彼に、同僚がちょっとした嫌がらせのようなことを仕組んだ。
彼らが製作している“蛮型”と呼ばれるパワードスーツの、目印のついた部品が組み込まれた一機をヒビキが軍から失敬して来ると言い出したのだ。もちろんそんなことをすれば問答無用で死刑である。静止するもの、あざ笑う者がいたが、覚えの無いヒビキ自身も乗せられたら後に引けない性格だった。最終的に仕組んだ奴の思惑とは真逆にヒビキはイカヅチに侵入をすることを公言してしまったのだ。
最終的に3等民が出られないセキュリティゲートを突破する装置など一揃いを渡され、彼は工場を飛び出したのだ。
奇しくも彼はいつも「俺は他の連中とは違う。もっとデカいことをやる!」と叫んでいたのも決意のうちに含まれていたのだ。
彼は他の連中から賭け対象にされ、仕組んだ奴はその後一ヶ月以上自分の行いを悔いたという。
さて、最終的に彼は格納庫の前にたどり着いていた。堅く閉じられた大扉は先にアイリスがいたのと同じところだった。しかしその場にアイリスはいない。
ヒビキはセキュリティ装置に近づく。それは指紋照合の装置だ。むろんヒビキの手を当てれば警報が問答無用で鳴り響く。
「へっ、これでも勢いだけで行動してるわけじゃねぇからな」
彼はバッグの中から手袋とスプレーを取り出す。手袋には細かい指紋の筋彫りがされ、スプレーにも汗と同じ分泌物を調合したものだった。手袋をはめ、スプレーをかけてヒビキは照合機に手を当てた。
『不適合。30秒以内に再入力せよ』
「え!ウソだろ!?」
手順は間違っていない。慌てて角度を変えたり、スプレーをかけなおすがカウンターは無常にも時を刻む。
「くそ。……ここまで来て!」
そして、残り10秒を切り……、
「この!」
やけになって手を叩きつけるヒビキ、すると、音と共に認証の文字が出た。開かれる大扉。
「へっ、どんなもんだ、楽勝だぜ」
冷や汗を浮かべつつもヒビキは声を上げた。
格納庫に入るヒビキだが、彼は気づいていなかった。指紋照合機の下部分に二本の線がはみ出ていることを。アイリスが持ち前のハッキング技能で接続し、こじ開けた後だったのだ。もちろん、ハッキングの痕跡など残していないが、機械自体に傷をつけてしまい、認証がされにくくなっていたのである。
『ウオオオオオオオオオ!!』
民衆が歓声を上げるなか、イカヅチはブースターを吹かして宇宙へと飛び出し始めた。
目当ての蛮型を見つけて飛びつこうとしたヒビキも、衝撃で跳ね飛ばされてしまう。
そして、いち早く忍び込んで蛮型の一台に乗り込んでいたアイリスは、変装の途中だった。変装術などまだ苦手なアイリスのこと、サラシを荷物から出すと、ギチギチに胸を縛り上げたのだった。肌とかその他はどうにでもなるので今は放っておく。
「……え?何、この揺れ」
アイリスもこれが宇宙船などと思いもしなかったのであった。一応声も風の魔法を使い、変声してある。
そして、イカヅチは宇宙へと飛び出した。
「な、なんだぁ!?」
窓から外を見たヒビキは驚きのあまり声を失う。蛮型を奪ったらさっさとトンズラする予定がいきなり宇宙に上がったのだからそりゃ驚く。ついでにこれが首相の気まぐれと知ったらどう思うやら。
同じく、
「……ウソ」
蛮型を起動し、各センサーを確認していたアイリスもやっとこれが宇宙船だということを知った。
「……どうしよ。今回いきなりピンチじゃん……」
しかし、こんなところで終わっては今までの経験が廃る。アイリスは蛮型のシステム経由で何とか脱出の方法を模索しようとハッキングを開始した。
悠然と飛ぶイカヅチに他の戦艦が近づいてきた。イカヅチのタグボートとも取れる大きさの戦艦を見れば、彼らのイカヅチに対する期待がどれほどかよく分かる。
そして、
「全員、無礼講!!」
堅苦しい挨拶が済んで、イカヅチの中では宴会が催された。士官候補生がそれぞれ杯を取って語り合っていた。
そんな中、一人他と違って髪を長く伸ばした男が見受けられる。彼はドゥエロ=マクファイル。彼は士官学校を首席で卒業し、次期首相の席も約束されているというほどのエリートであった。しかし、彼自身はそんなことに興味は無い。彼の頭の中ではそんなことは全て予想のうちに入るからだ。つまり、一生涯の全てが予測できてしまうため、大抵の事に興味がないのだ。それゆえ彼は感情を表に出すことが少ない。医療部に入ったのも流れといってしまうべきか。
そして、もう一人。他の男達に弁舌を振りまいてはペレットを薦める男がいた。彼はバート=ガルサス。同じ士官候補生であるが、彼は毛色が違っていた。彼はタラークで唯一作られている食料のペレットを生産するガルサス食品の3代目なのである。コネで候補生になったのだと噂もされる軽い性格の男だった。彼の薦めているのは彼の会社で作られた新作らしい。しかし、相手にされないことも気に留めず次から次へと声を掛け捲っている。……ある意味大物かもしれない。
と、
『全員正面を注視せよ。これより我らタラークが誇る「新型蛮型撲撃機」を披露する!』
アナウンスと共に、コマーシャル?が流された。
「うわ、下手な広告」
バートも思わずそうつぶやいたほどだ。
そして、ゆっくりと正面の格納庫が開かれ、
「な、なんだぁ!?」
「ありゃ、3等民じゃないか!?」
全員が思わず声を失った。蛮型の一機に誰かがよじ登ろうとしているのだ。むろんヒビキであった。
「……え?」
声を失ったのはヒビキも同じだった。まさかこんなところに……、
「何をしている!!捕らえろ!!」
叱咤されて警備兵がヒビキに襲い掛かる。しかし、ヒビキも蛮型から飛び降りて、あろう事かタラークの創始者グラン・パの像の上によじ登ったのだった。
「貴様!恐れ多くもグラン・パ様の像に!」
「降りて来い!」
警備兵もさすがによじ登る恥はさらしたくなく、怒声を上げる。すると、
「ケッパレ、チビー!!」
喜んでその騒動を見ていた候補生の一人が彼のトラウマを言ってしまった。
「誰だ、今チビって言った奴はぁぁ!!」
怒りのあまり立場も忘れて飛び降りたヒビキ。もちろんすぐさま取り押さえられてしまった。
「クソッ!離せぇぇ……!!」
しかし、首筋に一撃を加えられ気絶させられた。
それをモニターで見ていたアイリスは、
「何やってんだか……」
アイリス自身も隔壁を開かれたときはヒヤリとしたものだが、それ以上探すこともなく彼らは隔壁を閉じた。
「にしても、ホントに男ばっかりだったわね」
ヒビキは物置に連れ込まれた。そのうちひとつに放り込まれると、レーザーシールドを張られる。
「くそっ!こんな物置に放り込みやがって、いっそ殺したらどうだ!」
「れっきとした監房だ。物置代わりにしてるがな」
「貴様は公開処刑と決まった。せいぜい今のうちに覚悟を決めておくんだな」
2人の衛兵はそれだけ言ってさっさと立ち去っていった。
「くそっ、待ちやがれ!」
怒鳴るヒビキ。と、
『ピピッ、監房内は静かに』
無機質な声が聞こえた。見れば、卵型のナビゲーションロボットがそこに浮いていた。どうやら監視してるらしい。
「なぁ、相棒!ここから出してくれよ」
『ピピッ、あなたと私とでは構成物質からして異なり、その表現は不適当』
「頼むよ。そうだ、俺いい発動機持ってんだ。出たら取り付けてやっからよ」
『ピピッ、監視対象の発言は逃亡示唆および未遂とみなし……』
「へっ……?」
『懲罰』
バリバリバリ……!!
次の瞬間強烈な電撃がヒビキを打ち据えた。
「ぬわぁぁぁぁ!!」
その衝撃で再び気を失ってしまった。
「くそっ、奴のおかげでせかっくの宴会が台無しになってしまったわ」
タラーク現首相はイカヅチの艦長席で憤慨していた。彼は勢いに任せて艦長の席までも取ってしまったのだった。その横では本来の艦長が控えている。
「護衛艦より入電!模擬演習の指示をされたし」
通信兵が声を上げる。
「演習は中止だ!全艦周回軌道につけろ!」
「し、しかし……」
本来の艦長が言うが、
「同じ事を二度言う気は無いぞ」
「も、申し訳ありません。全艦周回軌道につけます!」
そんな周回軌道に着いたタラーク艦隊を見据える者たちがいた。ゆっくりとその者達は艦隊へと近づいていく。
「くっそ……やってくれたな」
何とか体を起こしてヒビキが呻く。
「お前、俺を誰だと思ってやがる!!」
ナビロボを睨みすえ、ヒビキが怒鳴った。すると、何を勘違いしたのかナビロボが身分照会を始めた。
『対象の身分照会。……有機体、人間、男……』
「あ……?」
しばし、
『ピピッ、紹介完了。』
「え?なんで……」
次の瞬間!
ドドォォーーーン!!
強烈な衝撃が艦を揺さぶる。その衝撃でナビロボもレーザーシールドに突っ込んでしまった。
「な、なんだぁぁぁ!!?」
脱出方法を考えていたアイリスに元にも衝撃が襲った。
「何!?」
慌ててセンサーを切り替えて外を見た。そこには……、
「じ、冗談でしょ……」
レーダーに映っていたのは数機の戦闘機と、一隻の船だった。
「何事だ!演習は中止したはずだぞ!」
首相もいきなりの衝撃に席を立ち怒鳴る。
「違います!演習ではありません!!」
「女です!女どもの奇襲であります!!」
レーダーを見ていた兵が叫んだ。
「何だと!?」
変わってこちらはその女の船。
「お頭、大物がかかったようです」
ハスキーな声がその場に響いた。
「ふふ、今日はアタシのラッキーデーだからねぇ。」
お頭と呼ばれた女性。そう、海賊団の老尼僧マグノ・ビバンであった。
―To be continued―