とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第二十七話
病院の玄関口で出会った思い掛けない人物――槙原愛。
特に親しい間柄ではなく、さざなみ寮で一度話しただけ。
あの時は夜中押し掛けたので寝巻きだったが、今日は白衣での再会である。
私用で少し病院を離れていたそうで、準備の間待合室で少しの間待たされた。
病院内を見回す――
動物病院なんて普段お世話になる機会は無く、今日を除いて今後の人生にも訪れる事は無いだろう。
興味はあった。
病院内はこじんまりとしているが、整理整頓されて来客にも良い印象を与える間取りになっている。
フィリスの所属する大病院とは違って、俺にはこういう個人的な医院の方が落ち着く。
病院の中が落ち着くってのも変な感じがするが。
籠を置いて五分後、槙原が診察室へ案内してくれた。
流石に来客ではないのでお茶とかは出なかったが、丁寧な対応に俺も話がし易い。
紹介状を見せて、フィリスやリスティとの関係を聞かれた時は少し困ったが。
「また是非遊びに来てくださいね、寮に」
「あの酔っ払い共がいなければ、いつでも」
苦笑された――寮を管理する本人にも悩みの種のようだ。
夜中訪ねた時は騒ぎを起こして怒られた印象しかなかったが、こうして落ち着いて話すと槙原の人柄は物静かで優しい。
酒宴はリスティとあの眼鏡の女が仕切ってたので、彼女の中で俺は問題人物ではないらしい。
後日俺の事が少し話題となったそうで、どんな話か聞くと何故か笑われた。
リスティが余計な事を言ったに違いない。今後会った時、追求してやる。
彼女本人についても、少し話した。
槙原動物医院、この病院の名前。
病院の院長を彼女が勤めており、フィリスの話通り近年開業したらしい。
獣医の仕事は昔からの夢だったらしく、念願叶ってといったところか。
寮の管理人の彼女が何故動物病院の院長か疑問だったが、彼女は実質的な管理人ではないらしい。
正確には寮のオーナーであり、彼女以外にも管理している人間がいるそうな。
特に、名前は聞かなかった。
今俺が必要としているのは、槙原動物医院の院長としての仕事の腕前だ。
早速、診てもらう事にする。
籠から出して診察台に慎重に乗せて、彼女の診察が始まった。
「・・・フェレット、かな・・・」
「ふぇ・・・ふぇれっと?」
独り言めいた槙原の言葉に、反応する俺。
恐らくこの動物の種類だろうが、聞いた事の無い名前だった。
獣医の先生はこう説明する――
イタチの仲間で、肉食性の哺乳類。
ヨーロッパで広く飼育されており、狩りに重宝された小動物。
ウサギや齧歯類などの獲物を巣穴から追い出すやり方で、ネズミ退治にも役立っている。
現代ではペットとして人気のある動物らしい。
「じゃあ、やっぱり誰かが飼ってたのかな・・・?」
「可能性はありますね、この首の宝石も気になりますし・・・」
寝かされたフェレットの首にかけられた赤い石。
値打ち物ではないと判断して放置しているが、パクっておくべきだったかな。
ま、俺にはもう一つ価値あるお宝を手にしているけど。
ポケットの中のお宝にほくそ笑む。
話は、続く――
「ただ、フェレットと明確には断言出来ません。
変わった種類で、私も見た事のない生態なので」
動物専門医としてそれはどうかと思うが、最近のペットは変わったのが増えているからな・・・
獰猛な爬虫類を放し飼いにしている変人のニュースとか、たまに聞くし。
俺だって、フェレット自体初めて見る動物だ。
先程からの自信のない言い方は、彼女自身の知識に該当が無い為か。
しかし、そうなると、
「治療とか出来そうか?」
「大丈夫です」
にっこり笑って、槙原はテキパキと手当てしてくれた。
なるほど、目指した職業だけあって傍目から診てもその真剣さは伝わってくる。
槙原の診察では、手術の必要は無いらしい。
「怪我は軽傷です。
ただ、酷く衰弱しているのでしばらく安静にさせておいた方がいいですね」
よしよし、怪我が原因で弱っているのではないんだな。
死に至る病気でもないらしく、寝かせておけば回復するようだ。
これでフィリスにも言い訳が立つ。
顔を合わせる度に見捨てた事を責められたら、たまったものではない。
また連絡する時に、それとなく話しておこう。
俺は安心して、様子を見守っていた。
槙原の治療が完了した時には、窓から夕日が差し込んでいた。
話し込んだのと重なって、結構な時間が過ぎたらしい。
他の患者が来なかったのだが、この病院――経営とか大丈夫なのだろうか?
その心配は、診察代の話になった時も俺には珍しくしてしまった。
「無料・・・って、いいのか?
一応金は預かってきたんだけど――」
「野生動物の怪我は無料で治すというのが、この槙原動物医院のモットーなんですよ」
誇らしく語る院長先生。
どうやらこの病院は儲けは二の次で、動物を治すという獣医の使命を主としているようだ。
利口なやり方ではない。
この厳しい現実を生きていくには、微温い。
でも――
――共感は、出来る。
だからこそ――こう言えたのかもしれない。
「・・・ありがとう」
珍しく素直に礼が言えたのも、この先生だからだ。
フィリスに似た信念を感じさせる、その生き方に。
槙原は小さく手を振って、お礼なんていいですと言ってくれた。
「ところで――この子はどうしますか?」
治療が終わって、寝かされたままのフェレット。
飼い主のいない動物。
行く宛ての無い、野生の生き物。
保健所行きを推奨したいが、多分フィリスと同じく反対されるだろう。
俺が面倒を見るのは御免。
かといってその辺に放置すると、フィリスにその後を聞かれた時に返事に困る。
ただでさえ、見捨てた事を叱られたのだ。
女の説教なんぞ怖くないが、フィリスはあれで口煩いからな・・・
全く、厄介なものを押し付けられたものである。
悩んでいる俺に、
「よかったら、しばらく預かっておきましょうか?
完治するまで様子を見ておきたいですし」
「・・・いいのか?
患者はこいつだけじゃないだろうし、邪魔になるんじゃないか」
「いいえ。可愛いじゃないですか」
何の苦にもならないと、明言する槙原。
有り難い申し出に、俺もそれ以上の反対はない。
籠も一緒に預けて、面倒を見てもらう事にした。
「明日もよかったら来てあげて下さい。この子は今、一人ぼっちですから」
「一人、ね・・・ま、気が向いたらで」
「はい、お待ちしていますね」
笑顔で切り返された――くっ、絶対来ると思っているなこの女。
こうなったら、意地でも来るもんか。
固く決意する俺だが――
"――ありがとう"
――その空耳に、ほんの僅か心を揺さぶられた。
<続く>
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