とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第二十六話







 俺を執念深く追ってきた動物――

タイミングが悪く、フィリスが窓から発見した時には倒れて気を失っていた。

慌ててフィリスは外へ出て、負傷した動物に駆け寄る。

その後待っていたのは、当事者への事情聴取。

つまり――俺への問い詰めだった。


「知らないって、俺は!」

「怪我をしているじゃないですか!?
どうして見捨てたりしたんですか!」

「だから俺のせいじゃないって!」

「良介さん、いいですか? 命というのは――」


 ――聞いてないし。

必死で俺は弁解したが、フィリスは聞く耳持たない。

仮に元患者の言い分を聞かないなんて、酷い医者である。

――俺の嘘を見破っていただけなのかもしれないが。

長々とフィリスに説教を食らって、呑気に寝込んでいる動物の処遇に話は移る。


「怪我してるんだから、手当てしてやればいいじゃないか?」


 何故かフィリスは怪我人(畜生だけど)を前に、躊躇した態度を見せている。

後ろからそっと声をかけてやると、フィリスは難しい顔を崩さないまま、


「勿論、私も手を尽くします。
ですが、動物の治療となりますと・・・」


 なるほど、フィリスは医者だが人間が専門。

動物には動物専門の医者が必要となるわけか。

それに、この病院に動物を持ち込むのもまずそうだ。

俺の入院時に久遠を病室に入れた時も、フィリス以外の病院関係者に見咎められたら騒ぎになっていたかもしれない。

一応、提案してみる。


「保健所に連絡するとか――」

「良介さん!」


 ・・・怒ると思った。

半分は冗談だが、半分は本気の提案である。

動物の面倒なんて見たくない。


「病院内の誰かが連れ込んだか、飼ってたんじゃないか?」


 この獣、よく見ると首に何か巻きついている。

ペンダントのような物で、小さな赤い玉がぶら下がっている。

一瞬宝石かと思ったが、輝きがまるで無い。

ビー玉のような安っぽさを感じさせる光を失った石だった。

奪い取る価値も無いだろう。


「飼っていた・・・という事はない筈です。
病院は外も中も常に見回りがありますから」


 フィリスは特に患者には熱心である。

毎日丁寧な診察を行い、患者の不安を取り除き安心を与えている。

病院の事は誰よりもよく分かっているだろう。

うーん・・・そうなると厄介だ。


「やっぱ保健所――」

「駄目です」


 動物が相手でも譲らない奴である。

飼い主が傍にいないにせよ、首に赤い石をぶら下げた本人は何処かに居る。

そいつを探すのが一番だが、手掛かりがまるで無い。

仮に子供が悪戯で首に巻きつけたのなら、この獣は野生の動物ということになる。

この海鳴町は自然に生まれた町――

山から彷徨って町へ来て、悪戯されたのならどうしようもない。


「とにかく、まず怪我の手当てをしないと・・・」

「お前じゃ無理なんだろ? どうするつもりなんだ」

「大丈夫です。動物を診て下さる御医者さんがいます。
その方にお願いしようと思うんです」


 医者は医者同士、横の繋がりがあるようだ。

一時はどうなる事かと思ったが、そいつに預ければ万事解決だ。

近頃厄介ごとに妙な縁がついて回っている。

正直、ホッとした。


「それで、その・・・厚かましいかもしれませんが、良介さんに御願いがあるんです」


 ――のは、少し早かったようだ。

フィリスの真摯な眼差しに、俺は聞かずに断れなかった。















 俺は海鳴病院を出て、フィリスが呼んだタクシーに乗った。

持ち物はフィリスの紹介状と住所を記載したメモ、そしてお金と籠。

向かう先は、近年動物病院を開業した獣医の先生の元へ――

人抱えある籠の中に入っているのは、言うまでも無いだろう。


「・・・何で俺がこんなこと・・・」


 懇願されて、渋々引き受けた自分が情けない。

本当なら本人が行くべきなのだが、あいつにも仕事があり患者がいる。

おいそれと病院を離れる訳にはいかない。

事情はよく分かるだけに、俺も無碍に断れなかった。

この動物には怪我させた負い目があるだけに、フィリスの頼みを無視出来ない。

何が一番情けないかって、女の顔色を窺っている今の自分だ。

でも・・・



――涙を流して、俺に抱きつくフィリス。



あんな顔をさせたのは、俺だしな・・・

こんな動物にかける情けは無いが、あいつには義理がある。

きちんと、果たさなければいけない。

タクシーは黙々と目的地へ向かい、金を払って俺は降りた。

完全に町に埋もれている、小さな動物病院――

小綺麗な建物ではあるが、お世辞にも立派とは言えない。

フィリスの話では優秀な獣医らしいが――


「あら・・・もしかして、宮本さん・・・?」

「はっ?」


 入り口で立ち往生する俺に、声をかける女。

肩越しに振り向くと、意外な人物が白衣を着て立っていた。


「やっぱり、宮本さんじゃないですか。こんにちは」

「あ、あんた・・・あの管理人!?」


 酔っ払い二匹が住んでいる寮の管理人、槙原愛。

呆然とする俺の前で、彼女は柔らかな微笑みを浮かべた。




































































<続く>







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