とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第二十話
大切な姪の月村忍を花見に誘う――それが唯一にして、絶対の条件。
しなくてもいい苦労を重ねて、約束を果たした俺は綺堂より正式に許可を貰った。
春の華が咲き誇る楽園の使用権利。
何時でも自由に使ってくれて良い、と気前のいい御言葉を頂いた。
「携帯電話――は持ってないわね。
御花見の日付が決まったら、この電話番号にかけてくれる?」
「あんな文明の利器、俺には必要ないの」
誰にかけるんだ、誰に。
それに誰からかかって来るんだ、誰から。
――何故か何人か浮かぶが、脳内から抹消する。
孤独を心から愛する俺に、他人の声なんぞ必要ない。
持っているだけで基本使用料とかぬかして、飯代を容赦なく奪う機械なんぞ不要だ。
白いメモに記載された電話番号に目を通す。
「綺麗に扱う以外に、何か注意とかあるか?
あのお人好し軍団、きっと騒ぎまくるからな。
大事な土地を荒らされたくないなら、前もってビシっと言ってやった方がいいぞ」
滑るように走る車の中――
高町の家まで送ってくれるとのことで、俺は今も車の中にいる。
高級車の主は静かに微笑んで、
「貴方の大切な友人ですもの、信用しているわ」
「違うっつーに。家来、奴隷、家畜…その他諸々あるが、カテゴリーに友達項目は無い」
「ふふ、そうね。ごめんなさい」
…ぬぅ、やり辛い。
真剣に謝っている様子は無く、俺の言い分を面白がっているだけ。
傍目から見て明らかなのに、嫌味や皮肉に取れないこの自然な表情。
己の人生を悲喜共々味わって、洗練された柔和な仕草。
怒鳴る事も出来ず、反論の意味を無くした俺はせいぜい悪態をつくしか出来ない。
情けなさ過ぎるので、話題の矛先を変える。
考えてみれば、俺は当たり前の事を忘れていた。
「――折角だし、あんたも来ないか?
この件では世話になったし、連中も礼をしたいだろうからな」
今晩高町家の人間に話すつもりだが、奴等ならきっと御礼をしたいと言い出すに決まっている。
自分達の我侭を叶える為に、私有地を提供してくれたのだ。
その恩人を花見に招待するのは当然だ。
桃子やフィアッセなら、それこそ提供の申し出が出た時に即座に誘っていただろう。
世間様一般の社交辞令に無縁の俺だから、こんな遅まきになってしまった。
恥じ入るつもりは無いが、高町の家の代表としてこの程度の事はしておいてやる。
…普通月村を誘うより、先に綺堂を誘うべきだよな…
ガラにも無い誘い出しをする俺に、綺堂は少し意外そうな顔をして――首を振った。
「気持ちだけ受け取っておくわ、ありがとう。
――私より、忍と仲良くしてあげて」
整った顔立ちに小さな思い遣りを乗せて、綺堂は優しく断った。
姪を思い遣る時に浮かべる、叔母の表情。
家族には縁の無い俺に、血の繋がりから生まれる気持ちなんて分かり様も無い。
生まれた時から一人で、死ぬまで孤独のままだろう。
故に――月村は幸せだな…などと束の間の感傷に襲われてしまった。
ふと気付き、車のバックミラーに目を向ける。
ノエル…?
何事にも動じず、常に無感情な女性が鏡越しに俺を見ていた。
――ような気がした。
というのも、気付いた瞬間ノエルは運転に戻っていたからだ。
仕事に能率よくこなす才女は、安全運転始終している。
勘の良さには自信のある俺も、ハッキリと見ていたかは断定は出来ない。
ただ勘違いでなければ、ノエルのさっきの俺に向ける目は…
『三人で――』
結ばれた約束を、子供のように喜ぶ女の声。
嬉しげに話していた月村の声が、さっきのノエルの視線と重なった。
…まさか…ノエル…
お前、誘って欲しいのか――?
見間違いかもしれない。
俺個人が自意識過剰に思い込んでいるだけで、ノエル本人はこの話に何の興味も向けていない可能性だってある。
月村を主と慕うこの女性が、他の人間と談笑する姿を見たことが無い。
人間関係の薄さは俺以上だ。
他人との共存を否定する俺でも最低限の人間関係はある。
この社会の中で生きている限り、枠組みから外れても人間からは完全に離れられない。
それこそ無人島か、秘境にでも住居を構えるしかないだろう。
ノエルは――月村家を世界として生きている。
付き合いは浅いが、俺はノエルが他人と談笑する姿を見た事が無い。
外国人なのは見れば分かるが、家族や親戚と連絡を取っている様子も無い。
身元や経歴の一切が不明。
友達も居ないだろう、恐らく。
月村との繋がりだけが唯一の、孤独な女。
そんなノエルが花見に興味なんて持たないだろう。
月村が誘えば来るだろうけど、あくまで"月村が誘った"からだ。
楽しそうだから、なんて言う人間的な理由でノエルは動かない。
心を、揺さぶられたりしない。
でも――俺は…
一瞬だけ交差した視線。
瞳に写した瞬間、蜃気楼のように消えてしまった泡沫な感情。
断片的な、感情。
一欠けらの想いを、俺は奇跡に近い瞬間に見つけた。
自分の目を、信じなくてどうする――!
「――ノエル」
「如何なさいましたか、宮本様」
再び向けられる視線。
やはり見間違いではないかと不安になる、事務的な口調と目。
普通の人間ならこれで怯むだろうが、俺は未来の天下人。
相手がノエルであろうとも、負けない。
「お前も一緒に来いよ、月村と」
ある種の開き直りでもある。
今日一日、場所取りを命じられた朝からずっと狂いっぱなしの俺の感覚。
人生に一度くらい、最初から最後までおかしな一日があってもいいだろう。
――そう思う事事態、異常でしかないのだが。
孤高の強さを求めている俺が、孤独に生きる女を日なたに誘っている。
俺の精一杯の誘いを聞いたノエルだが、案の定何か特別な感情を覚えた形跡は無かった。
「…有難い御誘いですが、私には…」
「仕事がありますって言うんだろ? その月村だって一緒に来るんだ。
月村の面倒を見るお役柄、参加していた方が都合がいいじゃないか」
「…」
――俺から誘う事が重要――
誰かさんの言葉ではないが、ノエルの中で俺がどのような位置付けにいるのか。
純粋にただ、知りたくなった。
例え、ノエルの返答が予想出来たとしても。
「…この場への御返答は保留させて頂いて宜しいでしょうか?
忍お嬢様に御伺いいたしますので」
「おう。月村とはまた連絡する約束してるから、言付けておいてくれ」
「畏まりました。必ず――」
付き従う義務は無い以上、俺の言い分に説得力はあまり無い。
月村が命令すれば如何様にでもなる。
命令権がアイツにある限り、俺の誘いの効果は紙屑以下だ。
とはいえ――拒否されなかった。
窓の外を見る。
季節は春。
今まで生きてきて初めて――春の暖かさを知った気がした。
<続く>
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