とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第十九話
リスティとの話を終えて、今後の行動方針を考える。
忌々しいことに、フィリスが攫われるまでフィアッセの事ばかり考えていた。夜の一族との話し合いでも、彼女を救うことばかりに思考を働かせていた気がする。
今になって夜の一族との温度差を思い知る。あいつらがフィアッセに非協力的だとばかりに思いこんでいたが、カレン達は終始チャイニーズマフィアの殲滅とHGS患者への警戒を訴えていた。
視野が狭くなっていたのはむしろ俺の方だった。護衛任務だからフィアッセを第一に考えるのは当然のことだが、フィリスを蔑ろにしていい筈がない。
「病院から何か手掛かりが出ればいいんだが……待ちぼうけする時間が惜しいし、自分に出来ることをするか」
チャイニーズマフィアがHGS患者を狙っているのであればリスティも十分危ないのだが、あいつは自分の事は自分で守れると聞かなかった。
意固地になっているのではなく、自分が狙われていることで周囲を巻き込みたくないのだろう。専守防衛に徹しがてら犯人を追う、ある種矛盾した行動を取る方針を固めている。
さざなみ寮が狙われているのであれば、あいつの方針は正しい。警察関係者なので、必要であれば人員を派遣できるだろう。理由をつけて応援を呼ぶことだって出来る。
リスティは自分自身で守り、フィリスはディアーチェ達が賢明に捜索してくれている。となれば、俺の今やるべきことは一つだろう。
「せめてフィアッセは俺が守らなければならないな。問題はフィリスの事をなんていって話すべきか」
フィアッセは変異性遺伝子障害、病気は約20年前に世界中で多発的に発病した新病の患者。
先天的に遺伝子に特殊な情報が刻まれており、それによって死ぬことはないものの様々な障害を引き起こす難病と聞いている。
フィアッセの場合は特殊な高機能性遺伝子障害で、異性遺伝子障害Pケース・種別XXX。Pケースとされる人は、HGSの中でも強い力を持っているらしい。
暴走してしまうと、健常者を対等の人間とは思えないという選民思想に狂った超越者となってしまう。
「ただでさえ脅迫状とチャリティーコンサートの件があるってのに、フィリスが行方不明になったと聞かされたら不安にさせてしまう。
かといって黙っていると発覚した時点で信用を失うからな、悩ましいところだ」
昔の俺なら都合の悪いことは閉口していたが、過去の過ちで信頼を失ってしまったケースが多々あった。
俺には珍しく他人を思っての事だったのだが、都合の悪い事に口を閉ざすのは自分が傷付きたくない気持ちの表れでもあったのだろう。
他人を思い遣ることは大切だが、時には傷つくことになろうとも向き合わなければならない。人間関係が全て綺麗事で済むとは限らないのだ。
少々悩んだが、俺はフィアッセに打ち明けることにした――ただし今日の夜に。
「案外ディアーチェ達がすぐに見つけてくれるかもしれないからな。笑い話で済ませられればそれに越したことはない」
フィリスが行方不明と聞いて朝早くからマンションを飛び出してしまった。俺はひとまずフィアッセに電話をかけて、朝から留守にしていたことを詫びる。
電話越しに理由を聞かれたので海鳴大学病院へ言っていたことだけを伝えると、フィアッセは笑って許してくれた。フィリスが俺を気にかけて病院へ来るよう言っていたことは、フィアッセも知っている。
心配性なフィリスと診察をサボる俺の関係を、フィアッセは微笑ましく見守っていてくれる。少なくともこの時、俺は嘘はいっていない。病院へ行ったことは事実なのだから。
フィアッセに状況を聞いたが、今日は高町家へ行くそうだ。
『脅迫状の件でマンションへ一時的に引っ越したから、桃子達も心配しているの。リョウスケが守ってくれてるから安心だって伝えておくね』
「その言い方だと、お前に何かあったら即座に俺の責任になるんですけど」
『大丈夫だよ。リョウスケが一緒なら、脅迫されたって怖くないよ』
「……俺が帰ってきてから妙に強気になっているのが、すごく不安なんですけど。とりあえず一人で行動するな、俺もそっちへ――」
『あー、駄目だよ。どうせそんな理由をつけてまた診断をサボるつもりなんでしょう。ちゃんとフィリスの言うことを聞いてね。
私は大丈夫、アリサちゃんとなのはちゃんが一緒だから』
「どっちもガキンチョじゃねえか!? しかも何でアリサが一緒なんだ」
『なのはちゃんに誘われたんだ、友達を自分の家に招きたいって。すごく子供らしいよね』
「……まあ確かに」
俺に付き合わせてアリサは異世界だの異星だの、あちこち連れ回していたのだ。たまには子供らしく一緒に遊ぶくらいいいだろう。
それにアリサやなのはは、フィアッセの護衛のことも考えている。なのはは性格上自分から戦わないが、レイジングハートを持った魔導師である。
アリサが外見上は子供だが、元幽霊。フィアッセ一人くらい逃がす術は心得ている。頭もいいし、迂闊な行動は取らないだろう。
高町家は夜の一族の監視対象に入っているので、あの家なら安心だ――俺は電話を切った。
「よし、じゃあ俺も行動するか」
フィアッセはなのは達と行動、リスティはHGS事件の捜査とさざなみ寮の防衛、フィリスは行方不明、ディアーチェ達はフィリスの捜索。
それぞれがこの事件解決に向けて動き出す中で、俺も行動を開始する。今の俺に出来ることは、自分のコネを使うことだろう。
フィリスの捜索を行うことも考えたのだが、俺一人で動き回ってもたかが知れている。それでも足は使うけど、それよりも人員を増やした方がいい。
とりあえず海鳴にいる友人知人連中に片っ端から声をかけて、協力を仰ごう。あまり大事にはしたくないが仕方がない。
「まずは八神家に連絡を――おっとっ!」
俺は携帯電話を取り出して――手からスッポ抜けた。
自己弁護ではないが、ハッキリと断言させて欲しい。手汗で滑ったとか、うっかり手元が狂ったとかそういうレベルではない。
ポケットから携帯電話を取り出した瞬間、凄まじい風でも吹いたかのように携帯電話が吹っ飛んでいった。
スポーン、とマヌケな音でも立てたかのように、携帯電話が目の前から飛んでいっている。俺は慌てて走り出した。
「待て待て待て、何処行くんだ!」
病院から離れて慌てて走り出す。中空に飛び出した携帯電話がどういう理屈なのか、地面に落ちること無く飛んでいっている。
俺は必死で走り出して、手を伸ばす。俺もこの一年色んな修羅場を経験して、足力や体力はつけている。
肝心の技量は残念ながら向上していると断言できないが、少なくともアミティエ達やユーリにとって俺の身体は強化されているのだ。
必死で走り、宙を飛んでいる電話に手を伸ばした瞬間――俺は目の前の光景に愕然とする。
「な――なにいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
病院の駐輪所に止まっていた自転車が走っている――主を載せず、まっしぐらに俺に向かって。
自分の目を思いっきり疑った。誰も乗っていないのに、自転車は豪快に走り出している。二輪自転車なのに、完璧なバランスで真っ直ぐ漕ぎ出している。
まるで携帯電話に手を伸ばしている俺の隙をつくかのように、豪快な速さで突撃してくる。姿勢が危うく、回避することは全くもって不可能だった。
だが、甘い。俺はこういう超常現象に慣れているのだ。
「こなくそっ!」
突撃してきた自転車を、回し蹴りする。多少ふらついたが、足腰が強くないようであれば剣士なんて務まらない。
自転車は派手な音を立てて転がり、携帯電話は手元に収まった。突然起きた一連の出来事に、俺は目を白黒させる。
な、何なんだ、何だったんだ一体!?
「妹さん、今の見たか――って、いねえ!?」
しまった、月村すずかこと妹さんはさっきフィリスの捜索に行かせたんだった。
えっ、ということはもしかして俺は今一人なのか。人手不足だったので、全員行かせてしまっている。
別に俺一人でもいいんだけど、今起きた不可解な出来事は何だったんだ。携帯電話は1万歩譲って事故だったとしても、自転車が単独で走り出すとかありえない。
深夜バイクが走り出すゴーストライダーとか都市伝説であったけど、あれの自転車版だったのか。
「とりあえずこの自転車を片付けないと――っ!?」
自分で蹴飛ばした自転車を片付けようとしたその瞬間、救急車の回転灯がチラついた。
横目で見ると、病院から出てきた救急車が赤いランプを光らせている――無音で。
もう一度言おう、無音で回転灯が回っている。ピーポーと普段うるさいあの音を、一切鳴らさずに。
「何だか知らないけど、嫌な予感!」
俺は慌てて蹴飛ばした自転車を立てて、飛び乗る。
幸いというか、持ち主には不幸というか、蹴飛ばしたショックで自転車の鍵は容赦なく壊れていた。
俺が自転車にまたがって車輪を漕いだその瞬間、救急車が猛烈な勢いで走り出した。
「うおおおおおお、何が起きているんだ!?」
全然、意味がわからない。
全くもって理解不能な事態だが、一つだけはっきりしているのは俺が狙われているということだ。
救急車と自転車のデッドレースが始まった。
<続く>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ] |
Powered by FormMailer.