とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第六話
リスティに誘われて、ご近所のラーメン屋さんに移動する。奢ってくれるらしいので、全くもって文句は言わなかった。
以前行ったことのあるお店だったが、別段何も変わっていない。海鳴りへ来て一年程度なので当然かもしれないが、俺にとってこの一年は百年に等しい濃度であった。
醤油ラーメンとチャーハンセットを頼んで気付いたが、ラーメンなんて食うのは久しぶりだった。海鳴、海外、ミッドチルダ、エルトリアと巡って食生活が変わりすぎて、自分の舌が麻痺しそうだった。
久しぶりに食べたラーメンは変わらず美味しくて、冬の寒さに心地良い熱さを感じさせた。心身共に落ち着いてきたところで、リスティと話す。
「またしばらく姿を見せなかったが、どこぞへ行っていたのか。フィリスや那美が心配していたぞ」
「聞いて驚け。宇宙の外へ転移して、未開拓惑星を冒険していたんだ」
「真剣なのか、アホなのか、判断に迷う話だな。とりあえず健康診断、行ったほうがいいぞ」
「確かに俺の身体、環境変化に追いつかなくて状態異常とか起こしていそうだな」
餃子を齧りながらリスティに皮肉を言われて反論したが、ふと思う。異世界巡りをしていて、誰も体調不良とか起こしていないな。女子供が多いのに、みんな元気なものだ。
俺の場合は海鳴から異世界へ出向く際は、必ず診断を受ける。世界線を超えることになるので、身体を調べないといけないのだ。国境を超えるよりも厳しい措置である。
まあうちの子はどいつもこいつも一般人ではないので、今更ではある。俺も旅生活が長いので、ある程度の環境適応能力があるのかもしれないな。若さゆえだろうけど。
どうせフィリスには一度顔を見せるつもりなので、彼女に診てもらうとしよう。
「お前の冒険談はいずれ聞くとして、フィアッセに頼まれてこの町へ帰ってきてくれたんだな」
「脅迫を受けているのだと聞けば、流石に無視はできないだろう」
「以前は、自分には関係ないとか無視を決め込んでいたじゃないか」
「無視を決め込んだ結果、余計に事態が悪化したんだよ」
「あはは、なるほど。過去からの教訓か、お前も変わったんだろうけど経験ってのも大きいな」
優しくなったとはよく言われているが、だからといって顕著に変われるものではない。劇的な変化を望んでいても、安々と自分という存在は変えられない。
俺の場合は自分自身よりも、自分の周りの環境が激変しているのが大きい。仲間とか家族とか婚約者とか、今までいなかったあらゆる存在が集っている。
他人の事情に振り回されていくうちに、自分自身も変わらなければいけなかった。必然に応じた変化は、成長と呼べるかどうか難しいところである。
リスティにとっては好ましいのか、冷たい水を飲んで笑っていた。こいつも少し柔らかくなったように思える。
「そんじゃあ、僕らの我儘なお嬢様のために励むとしましょうか。
まず脅迫状の件なんだが、この文面を見てお前は違和感を感じなかったか」
「違和感というか、脅迫の内容が意味分からんかったな。チャリティーコンサートを中止させる意味合いとか」
「それもあるが、そもそも脅迫自体がズレている。
考えてみろ――チャリティーコンサートの中止を、フィアッセに要求してどうするんだ」
「でもあいつの母親が主催するコンサートなんだろう、自分の娘の命が脅かされるんだから脅迫になるんじゃないのか」
「だったら、フィアッセの両親に直接要求するべきだろう。娘に言ってどうするんだ」
――言われてみれば確かに、何で犯人はフィアッセにわざわざ脅迫状を送ったんだろう。
娘を脅して母親に懇願させるつもりだったのかもしれないが、やや迂遠に思える。主催者を脅したほうが話はシンプルである。
フィアッセが怯えて親に泣いて頼めば中止させられると思ったんだろうが、それはどちらかと言えば次善策に思える。
まず直接主催者を脅迫して効果がなければ、フィアッセを脅すべきだろう。
「フィアッセを脅すこと自体に意味があると考えているのか」
「まだお前から聞いたばかりだから結論は出せないが、大いに可能性はある。
先程も言ったとおり、フィアッセ本人を狙う理由はあるからな」
「理由……? あいつ、何か他人に恨まれるようなことでもやっているのか」
「フィアッセ本人は絵に描いたような善人だ、それはないよ。ただフィアッセの出生はちと曰く付きではある」
意味ありげな話ではあるが、ラーメンを啜りながら語られてもあまり説得力はなかった。
フィアッセにしてもそうだが、リスティも事情を聞いてもさほど動じていない。仮にも自分の大切な友人知人が脅かされているのに、落ち着いた様子だった。
薄情だとは特に思っていない。軽薄な男装美人に見えるが、意外と情に厚いことは知っている。感情を表に出すことに慣れていないのだろう。
俺も激情するタイプではないので、この点はあまり他人のことはとやかく言えない。
「その点は後に話すとして、犯人はフィアッセ本人を目的とした可能性もある。
ただし、チャリティーコンサートの件そのものは単なるブラフではないだろうな」
「毎年行われていると聞いたが、お前はコンサートの内容を知っているか」
「ああ、なるほど。毎年行われているのに、どうして今年になって中止を求めるのか疑問に思ったんだな。
だとしたら、お前の認識は若干違う。確かにクリステラソングスクールのチャリティーコンサートそのものは、毎年行われている。
ただし今年は規模が全く違う。主要各国を渡った世界的規模のコンサートだ、国際ニュースになるほど注目が集まっている」
何でリスティがチャリティーコンサートのことに詳しいのか一瞬疑問に思ったが、すぐ答えが出た。国際ニュースになっているのか。
ボランティア活動が国際ニュースになるなんてことは滅多にない。それこそ事件にでもならなければ、注目は集まらないだろう。
チャリティーコンサートをそんなに派手にしてもいいのか疑問だが、成功でもすればそれこそ膨大な利益に膨らむだろう。
でも慈善事業だから別にフィアッセの御両親の懐には入らない筈だが――などという俺の疑問は、警察の民間協力者であるリスティが見解を述べた。
「チャリティーコンサートは一般の方が音楽を楽しむとともに、非営利活動団体への理解を深めていただく機会を提供することでもある。
社会的課題に取り組む国際団体が一般人に活動を知らせる機会が少なく、一般の方からの支援が得られにくいという課題があるのさ。
チャリティ先に社会的な課題を解決するため積極的に取り組む団体を選び、来場者の方に活動を紹介する機会を提供しているという事だ」
「良いこと尽くめに聞こえるんだが」
「貧困ビジネスをする連中からすれば面白くはないだろうな」
ピシャリと言ったリスティの指摘に言葉を失う。
貧困ビジネスは貧困層をターゲットにしている裏商売であり、貧困からの脱却に資する事なく貧困を固定化してしまうビジネスだ。
こうしたビジネスモデルが問題なのは違法行為であるからだけではなく、そのシステム自体が非人間的な在り方を貧困層である当事者たちに強いるせいだ。
日本でも経済的に困窮した社会的弱者を顧客として利益を上げる事業行為が問題になっていると、リスティが言う。
「非営利活動団体の活動が活発化してしまうと、逆に貧困ビジネスに幅を利かせていた連中が肩身を狭くさせられる」
「大袈裟じゃないか、たかがチャリティーコンサートで」
「クリステラソングスクールの知名度を知らないから、お前はそう言えるんだ。
あそこは近年世界でも有名な歌姫たちを送り出していて、世界中を熱狂と感動の渦に引き込んでいる。
今回のチャリティーコンサートはクリステラソングスクールの実力ある卒業生達が参加するんだ、さぞ盛り上がるだろうね」
アイドルのファン心理というやつか、俺には全く縁がなかったのでピンと来ない世界である。
けれど日本でも有名なアイドルコンサートのチケットが予約殺到で、チケットの転売などによって目ん玉飛び出る高額になると聞いたことがある。
ファンは世界中にいても、コンサートの席が有限である限り、どうしたって選ばれてしまう。だからこそチケットの価値がうなぎのぼりになってしまう。
世界的規模で行われるとなると、世界中のファンが熱狂する事態となるだろう。それこそ万単位の動員が起こるイベントだ、ある種のテロと言えるかもしれない。
「ましてフィアッセの御両親、特に父親は英国でも有力な政治家だよ。本人はチャリティーを謳っていようと、政治的権力は間違いなく大きくなる」
「娘を脅迫してまで中止させる動機になるということか。だったらこの脅迫者は――」
「お前の大好きな裏社会の組織が動いている可能性は充分あるね。
映画だけの世界ではないことくらい、ドイツの地でド派手に巻き込まれたお前なら分かっているだろう」
嘘だろう……その話が本当なら、また武装テロ組織が事件を起こす可能性があるのか。もう関わりたくねえ。
ドイツでテロを起こした連中は、夜の一族の連中が粛清に動いて勢力を大いに削られているはずだ。
ロシアンマフィアを統率しているディアーナとクリスチーナが組織改革の為、凄まじい追い込みをかけて壊滅寸前に追い詰めたとも聞いている。
そういや最近連絡を取ってなかったな……あの女共とはあまり関わりたくないけど、一応状況を聞いてみるか。
「この脅迫状に、フィアッセの御両親が応じると思うか」
「フィアッセから事情はまだ聞けていないが、僕は脅迫に屈する可能性は低いと見ている。
それこそ今年になってどうして、という話なんだ。今年に入って世界的規模にまで広げたコンサートに、並々ならぬ決意が感じられる」
「実の娘が脅迫されているんだぞ、親ならまず我が子が大事だろう」
「その我が子であるフィアッセがまず受け入れないだろうよ、あの子が自分可愛さで親に泣きつくと思うか」
「でもこのまま脅迫を無視すれば、エスカレートしていく事も考えられるじゃないか」
「だからこそ、お前だろう」
「は……?」
「フィアッセが僕に相談もせずのほほんとしているのは、コンサートでお前が守ってくれると確信しているんだ。がんばれよ」
「コンサートについていけと行っているのか、それ!?」
世界中で行えると今言っていただろうが!
いい加減、のんびり田舎でスローライフしたいよ……俺。
<続く>
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