とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第九十話
ポルトフィーノ商会が保有する商船にも、救命艇が用意されている。
大商会が商業目的で使用する大型船舶について、宇宙航海の保安確保を目的とする国際条約がある。救命艇では総乗船人員の75%以上、救命ボードで50%以上、つまり125%以上の人員が搭載できるように連邦政府が義務付けている。
連邦政府と主要各国の関係上、国際航海船舶及び国際港湾施設の保安の確保等に関する法律が制定されているという仕組みだ。SFやファンタジックな世界であっても、童話のように無法ではないらしい。
アミティエ・フローリアンが自爆に巻き込まれたとあって、俺が船長や船員に掛け合って救助を願い出た。
「至急捜索いたしますので、貴方様は落ち着いて対処されてください」
「素人が口出しすることへの二次遭難は理解しています。ただどうしても一刻を争うのです」
「……ポルトフィーノ商会長より、貴方の安全を厳命されております」
案の定、船長や船員はいい顔をしなかった。というよりもリヴィエラ・ポルトフィーノとの契約がなければ、ど素人は引っ込んでいろと怒られただろう。
商会長との関係があるからこそ強く言えないだけで、迷惑に思っているのはその顔を見ればよく分かる。だからといって、はいそうですかと引き下がる訳にはいかない。
独り身だった頃の俺なら殴り飛ばして言う事を聞かせていただろうが、航海のプロである船長達の意見は誰がどう見たって正しい。自分の暴走が他者への迷惑になることはよく分かっている。
俺はゴリ押しせず、妥協案を提示する。
「テンダーボートを一隻貸してください。操縦できる奴とアミティエの居場所がわかる奴がいますので、安全第一で俺達も同行します」
「むぅ……」
「原因は排除したので、磁気嵐の影響はまもなく収まるでしょう。通信も回復しますので、船長はエルトリア現地や商会と連携して、事に当たってください。
大丈夫です、ただ遭難したアミティエを迎えに行くだけですから」
"――あの、陛下……テンダーボートの操縦というのは、もしかして"
"お前の能力が頼りだ。電子機器を自由自在に操れるんだろう"
"私の能力を拡大解釈しすぎじゃありませんか!?"
船長と交渉している間、クアットロが秘匿回線越しに悲鳴を上げる。ちなみに船長へ申し出た人員というのは、言わずとしれたクアットロと月村すずかである。
救命艇や救命ボードとは違って、連邦政府が規定するテンダーボートであれば小型である分、緊急時において民間人でも対応できる船だ。この商船でも、テンダーボートは十数隻はあるらしい。
救命が発生した際の優先順位は当然身障者や老人、女性の順となるが、一応名目上は乗客優先というものはない。命は等価値であるというのがお題目であり、誰かを立てるべきではないからだ。
俺だって命には優先順位がある。
「船長は乗員を優先してください。私は仲間を救助に向かうのを手伝ってきます」
――自分自身が第一であり、他人は二の次。昔の頃とは違って、俺は自分の次に家族や仲間を優先している。これは意外と罪深い事かもしれない。
自分を第一と定め、他は全て他人だと割り切っていたほうが合理的だった。神様だって自分以外は全て他人として救世をしていると、宗教で定められているのだから。
剣士であれば尚更だろう。味方が裏切って敵となったり、立場が代わって戦う必然性が生じる。高町美有希やリスティと戦う羽目になったように、他人とは決して絶対の存在ではない。
アミティエを自分で救出する必要はそもそもない。けれど、俺は彼女を助けに行きたいと思ってしまった。
「ほら行くぞ、後で金一封くらいやるから」
「金だけ渡して働かせるのってブラックの特徴ですからね!?」
妹さんは自主的に、クアットロは襟首つかんで引きずっていく。結局船長は強く出られず、救助活動の支援という名目でようやく許可してくれた。後で絶対リヴィエラに告げ口されるな、これは。
美人商会長の怒りに満ちた笑顔が余裕で想像できたが、首を振る。泣く泣くクアットロがテンダーボードを能力で支配し、妹さんのナビゲートで発進させる。
言ったもの勝ちとまでは言わないが、クアットロは本当にテンダーボードを操縦できた。無免許運転なので後で追求されるとヤバいが、救命活動なので世界政府には目をつむってもらおう。
妹さんに目を向ける。
「アミティエは無事か」
「"声"は弱っていますが、途切れていません
」
「自爆の直撃は回避できたのか」
「いえ、直撃したけれど何とか防御したのではないかと」
……すげえ間近で自爆されたはずなんだけど、ボロボロで宇宙空間に放り出されてまだ生きているというのがちょっと怖い。どれだけ頑丈なんだ、アミティエお姉ちゃんは。
クアットロの観測によると、衛星兵器が破壊されて磁気嵐も収束しつつあるらしい。ヴァリアントシステムによる空間の干渉を行っていたのであろうと、クアットロの予測。
磁気嵐が収まれば、モンスター達の暴走も収まるだろう。その点はエルトリアの現地組と、船長達との連携に任せるしかない。
妹さんの誘導が的確で、程なくしてアミティエへ接近しつつあったのだが――突如、テンダーボードに激震が走る。
「! 何だ、一体!?」
「攻撃です。テンダーボードの船尾に穴が開けられました」
「げっ……この期に及んで誰が!」
「あの衛星兵器ですわ、陛下。自爆してバラバラになっていますが、一部の破片が襲いかかっています」
ええい、ヴァリアントシステムで無機物を操っているのか。意思なんぞ有りはしないだろうが、執念だけは凄まじい。
多分敵味方の補足なんぞ一切行わず、手当たり次第に攻撃を仕掛けている。放置していてもそのうち壊れるだろうが、問題はテンダーボードが攻撃されている点だ。
俺は剣を掴んで、走り出した。
「クアットロと妹さんはアミティエの救助を優先、俺は原因をなんとかしてみる」
「剣士さん、危険です!?」
深遠なる夜の王女が珍しく人間らしい感情を見せたことが深くにも少し嬉しく、俺は苦笑いしながら駆け出した。
船の修理は生憎と出来ないが、これ以上の被害を食い止めることはまだ可能だ。俺の予測が正しければ、場当たり的に破壊活動を行っているに違いない。
テンダーボードはさほど広くはなく、程なくして現場を押さえられた。
「……マジックハンドというのか、これは」
あろうことか、テンダーボードを襲ったのは手の形をした破片であった。左右の手を形作った破片が天井を破壊して、船内へ侵入している。
天井を見ると穴自体は小さいが、猛烈に船内の空気が溢れ出している。空調と重力機器が機能していなければ、無酸素状態で放り出されていたかもしれない。
天井へ目を向けていたその瞬間、マジックハンドが俺を補足して襲いかかってくる。
右の拳が俺の顔面を狙ってきて検診を受け止めると、左の拳が無防備な腹を狙う。蹴りを入れて防ごうとするが、体勢が悪くて後方へ飛ばされてしまった。
壁に激突して呻き声をあげてしまうが、マジックハンドは容赦しない。ロケットパンチよろしく猛烈に突っ込んできて、俺は慌てて首をひねって回避。
壁にめり込んだ隙を狙って、俺は転がりながら立ち上がった。
「ホラーなのかSFなのか、ハッキリしろ」
思えば今までの相手は人型をしていた敵が多く、剣道的な立ち回りで戦えていた。向き合っている相手が、空間に浮かぶ両手のみだと戦いづらい。
物理的な攻撃しかしてこないが、とにかく早い。転がりながら避けて斬ろうとするが、両手の拳は意外と連携が取れていて、こちらの隙きを狙って攻撃を仕掛ける。
そうこうしている間にも、天井から空気が抜けていく。長期戦になると俺は場所を変えなければならず、コイツラは俺を追って破壊活動を続けていく。
戦いながら、考える。
「神速、は無駄か……剣道、も対応しづらい!」
御神美紗都より学んだ御神流の知識は対人以外も想定しているが、あくまでも想定の範囲内だ。初代の御神もまさかマジックハンドが襲いかかってくるなんて夢にも思わないだろう。
神速は感覚を支配する超人技だが、相手が両拳のみだと相手の先を取れても破壊にまで至るのは難しい。恭也や美有希ならいけるかもしれないが、俺のような知識のみでは無理だ。
剣と拳、ぶつかりあいながら攻防を繰り広げる。傍目から見るとボコられているような様相だが、本人は必死なので許してほしい。
中指一本拳による、右目へのフック。突き出された指の関節を押し込まれそうになり、頭突きでカウンターを当てる。怯んだ様子もなく、こちらも損傷はない。
次は顔面の真中、人中を射抜く左ストレート。剣を突き入れると刀身にまで衝撃が響き、葉を食いしばって耐える。形容しようのない音が響き渡った。
マジックハンドが一度交代し――俺も、息を整える。
「御神流、奥義之参」
連続攻撃で少なくないダメージは負ったが、呼吸は整えられた。
連携攻撃だと捉えていたから、調子を狂わされた。敵の異様さに動揺していたのだと気づいて、自分の未熟を悟る。
敵の本質は衛星兵器ではなく、あくまで拳である。両手のみが巧みに攻撃しているのであって、あくまでも人体の一部だと捉えればいい。
俺が静まったその時、マジックハンドが攻勢に出る。
「射抜(いぬき) 」
御神美紗都の得意技であり、奥義。俺が生涯を賭しても超えられないと悟った、心技の集大成。
神業は真似事であろうとも、その威力は一流の域に達している。美術品のレプリカは偽物であろうとも、やはり美しいものだ。
一刀による高速の突きが、拳に突き刺さった。怯む隙など与えず、剣は貫通して拳を破壊した。
右拳が破砕して――
「射抜・追」
左拳が同時に壊れた。射抜いた後も臨機応変に対応できる二の太刀「追」がこの技の特徴だ。
人体があれば対処できたかもしれないが、拳のみだと不可能だった。こういうのは未熟というのではなくて、未完というのだろうか。
結局衛星兵器が壊れたその瞬間、マクスウェルの野望は潰えた。後で悪あがきしたところで、どうにもならない。
こうして何事もなかったまま、歴史の闇に消えてしまう。
「悪いことは出来ないものだな……本当に」
孤児院を出て旅して回り、近道を求めたが何もなかった。
アリサと出会って仕事をしろと言われて地道に働いて、今の自分がある。苦労の連続で、何度も敗北させられた。
だからこそ、思う。どれ程血に染めて手段を選ばずことをなそうとしても、破滅するだけなのだと。
人生に近道なんて無いのだと、大人になってから分かってしまう。
"解決したようですわね、陛下。救助いたしましたので感慨にふけってないで、とっとと戻ってくださいね"
"くそっ、反省する暇もありはしねえ"
ともあれ、これで終わったのだと溜息を吐くしかなかった。
<続く>
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