とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第十五話
                               
                                
	
  
 
 デート:男女が前もって時間や場所を打ち合わせて、会うこと。 
 
 
うむ、間違えてはいないな。 
 
思わず脳内辞書を索引して、確かめてしまう俺。 
 
 
「・・・デート?」 
 
 
 一応聞き返してみると、月村は笑顔を浮かべて頷いた。 
 
 
「ようするに私と一緒に居たいんでしょ、侍君は。 
どうしよーかなー。困っちゃうなー。 
 
・・・侍君も男の子なんだね、ふふ」 
 
「何がふふ、じゃぁぁぁっっ!!」 
 
 
 卓袱台がこの場にあったら、この能天気な女の頭にぶつけるくらいの勢いで叫ぶ。 
 
俺の人生に余りにも似合わない単語に、脳が破裂しそうになった。 
 
 
「どういう聞き方をすればそうなるんだ、お前は!」 
 
「桜を一緒に見に行こうって、今侍君が誘ったんだよ? 
あ、分かった! 
そっかそっか、うんうん・・・ノエルも一緒に連れて来るべきだって言いたいんでしょ?」 
 
「はぁ? あ、ま、まあ・・・それもあるけど・・・」 
 
 
 他人との馴れ合いなんて真っ平御免の俺が、女を誘わなければいけないというジレンマに苦しんでいた。 
 
お陰で月村をどうやって誘うかに気を取られて、常に月村の傍にいるもう一人の女を忘れていた。 
 
ノエル・綺堂・エーアリヒカイト、月村の家のメイド。 
 
寡黙で冷たい印象のする美女だが、付き合ってみて心に仄かな暖かさがあるのが分かった。 
 
月村の面倒と家の管理・家事業に運転手と、多彩な仕事に勤める才女。 
 
あいつを誘う選択肢を失念していたが、考えてみればなかなか面白い気がする。 
 
無口で感情表現に乏しいノエルが、満開の桜を見ればどういう反応を示すだろう? 
 
うーん、月村に声をかけておいてもらうか。 
 
などと俺が高尚な思考を張り巡らせている間にも、月村が好き勝手に話を続ける。 
 
 
「ノエル、侍君が誘ったらきっと喜ぶと思うよ。 
私が保証してあげる」 
 
「――待て。それは俺から誘えという事か?」 
 
「うん。侍君なら大丈夫」 
 
「誰がそんな心配しているか!?」 
 
 
 冗談じゃない! 
 
月村でさえ一声かけるのに苦労したのに、何でノエルまで。 
 
別にノエルが嫌いだからではない。 
 
俺にしては珍しく気に入っている女だが、それとこれとは話は別だ。 
 
綺堂の約束にノエルは入っていない。 
 
俺から声をかける必要は無いはずだ。 
 
 
「お前が話を通してくれればいいだろ。 
何でいちいち会いに行かなければならんのだ」 
 
「もう、ほんっとに女心が分かってないんだから。 
こういう場合、侍君本人が誘わなきゃ駄目なの」 
 
 
 女心なんて知りたくもない。 
 
そう反論するのは簡単だが、そんな理屈が通じる女ではなかった。 
 
お前こそ男心を知れ。 
 
 
「恥ずかしいだろうが。 
第一、お前はノエルの主人なんだから一声かけて終わりじゃないか。 
お前が花見に来れば、自動的にノエルも――」 
 
「――ハァ」 
 
 
 ・・・露骨に溜息を吐きましたよ、この人。 
 
何が気に入らないのか分からんが、顔を顰めてしまっている。 
 
俺には分からんが、一般人寄りの恭也には理解しているのだろうか? 
 
話を聞いて、不憫げな視線を月村に向けている。 
 
 
「・・・とにかく、侍君が誘ってね」 
 
「お前は人の話を――」 
 
「でないと、私も行かない」 
 
「な、何だと!?」 
 
 
 それは困る、大いに困る。 
 
月村が来ないなら、綺堂との約束が果たせなくなってしまう。 
 
すなわち、花見の場所取り問題が振り出しに。 
 
この学校へ来た意味が全く無くなる。 
 
俺は必死で取り繕った。 
 
 
「わ、分かった。ノエルも俺が誘うから」 
 
「・・・本当に?」 
 
 
 疑り深い女である。 
 
・・・無理も無いが。 
 
 
「ノエル、車で迎えに来るんだろ? 
その時に俺から声をかけるさ」 
  
 ただ・・・花見の話は、そもそも高町の家の企画である。 
 
家族の一員である恭也に話を通すのが筋だろう。 
 
流石の俺もその辺の道理は分かる。 
 
話を聞いている恭也へ呼びかけようとする俺に、月村の軽やかな声が響く。 
 
 
「ノエルと私と侍君。三人でデートだね」 
 
「誰がするか!」 
 
「・・・お前。 
自分が何を言っているのか、ちゃんと分かっているのか? 
意味不明だぞ」 
 
 
 約一名の傍観者の男が、呆れた口調で横槍を入れる。 
 
――た、確かに誘ったのは俺だ。 
 
いかんいかん、俺が話を乱してどうする。 
 
 
「そうだな、フゥ・・・ 
月村がデートなんて言うから、余りのおぞましさについ拒絶反応が出てしまった」 
 
「・・・侍君って、もしかして何言っても私が怒らないとか思ってる?」 
 
 
 満面の笑顔に暗い影が交差する月村。 
 
・・・気のせいか、背筋に冷たい殺気を感じる。 
 
同じ剣士として似たようなものを感じたのか、横脇にいる恭也が引き攣った顔をして後ずさっている。 
 
こ、こら、逃げようとするな。 
 
男として情けないと思わないのか! 
 
――と言いながら、月村の何の曇りも無い笑顔を見ていると全力逃走したくなる衝動に駆られる。 
 
男が女に圧されてどうする。 
 
調子に乗らせないように強気に出るんだ、俺。 
 
この際だ、最近舐められている気がするのでビシっと言ってやろう。 
 
 
「あのなあ、月村。お前――」 
 
 
「――何?」 
 
 
「――何処かで落ち着いてお話しませんか?」 
 
 
 い、今はこの程度で勘弁してやる。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 風芽丘学園と海鳴中央。 
 
同じ敷地内に二つの校舎が並んでいるややこしい学校だが、利点はあった。 
 
――話し易い面々が揃っている事である。 
 
俺の提案に怒りを静めた月村は、ジュースで勘弁してくれるとの事だった。 
 
金持ちのくせに、宿無しの俺に奢らせるとは。 
 
眩暈がしそうだったが、これ以上話をややこしくしたくないので渋々頷いた。 
 
月村と恭也が授業であり、私服の俺が校内を歩き回るのも都合が悪いとの事で待ち合わせる事になった。 
 
その時にきちんと話をする予定である。 
 
花見は月村のみならず、むしろ恭也達に関係のある話だ。 
 
散々遠回りしたが、途中経過を報告するのは悪くない。 
 
俺の苦労話をたっぷり聞かせてやろう。 
 
機嫌を良くした月村と恭也に連れられて、俺は学校の食堂へ案内される。 
 
二つの学校が隣接しているだけあって、食堂の規模はでかい。 
 
広々とした空間に長いテーブルと並んだ椅子、幅広いカウンターまで見える。 
 
授業のチャイムが鳴り戻っていった二人を待つべく、俺は椅子に座る。 
 
待たされるのは好きではないが、幸いにも暇潰しがあった。 
 
 
「・・・反省文って、何書けばいいんだ・・・?」 
 
 
 真っ白な原稿用紙に、シャーペンと消しゴム。 
 
私服の俺を見咎めず、愛想の良い食堂のおばさんが入れてくれたお茶。 
 
授業中で他に人もおらず、静かそのもの。 
 
環境としては最高だが、作文なんて殆ど書いた経験の無い俺は悩んでしまう。 
 
かといって持って帰っても、余計に面倒になるだけ。 
 
明日わざわざ来るより、今の内に書いて出した方が面倒がなくていい。 
 
その理屈は分かるのだが、文章の中身に困ってしまう。 
 
あの女教師、出来が悪ければ再提出とかしそうだからな・・・ 
 
勉強は苦手である。 
 
文章表現を考えるのはやめよう。 
 
反省文なのだから、反省する気持ちを書けばいい。 
 
文を形作るのは諦めて、感情のまま表現する事にした。 
 
乱暴にならない程度に、気持ちをこめる。 
 
あんまり反省する気持ちは無いのだが、あの先生が内々に収めてくれたのは事実だ。 
 
気持ちを汲んで、迷惑を書けたことへの侘びを書く。 
 
そのまま書き続ける―― 
 
何時しか集中してしまい、文章を埋めた頃には周りが騒がしくなっていた。 
 
授業が終わったのだろう。 
 
チャイムが鳴ったのも気づかないくらい、集中してしまったようだ。 
 
お陰で完成はしたが、慣れない机仕事は疲れる。 
 
椅子から顔を上げてゆっくり伸びをして、 
 
 
 
「あ、れ――? 宮本、さん・・・?」 
 
「か――神咲・・・!?」 
 
 
 出入り口付近で固まっている女学生に、俺は目を剥いた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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