とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第十三話
例えば――
俺が学校の先生を相手に平和について説いても、失笑されるのがオチだろう。
知識面は言うに及ばず、精神面や人間性でも俺には程遠い理念。
あの不良警官や月村辺りに聞かせれば、笑い話で終わらされる。
なのに――この男が口にするだけで、どうしてこうも違ってくるのか。
「御迷惑をお掛け致しました、鷹城先生。
お前も。きちんと謝るんだ」
「えー・・・いだぁっ!? 殴る事は無いだろうが、殴る事は」
後頭部に肘鉄が飛んできて、つんのめる俺。
暴力に訴えるとはなんて奴だ!
――俺はいいんだよ、俺は。
短い言葉ながらも礼儀正しい態度で、俺の隣で謝罪する恭也。
何がそんなに楽しいのか、俺達の様子を見てくすくす笑っている鷹城。
両者を見比べて、俺は渋々言った。
「・・・悪かったな」
「宮本!
先生、口の悪い男ですが悪気は無いんです」
「あはは、元気があっていいじゃない。
男の子は生意気盛りが一番可愛いんだよ」
なめてんのか、この体育教師。
――と普通なら怒り狂う俺だが、この場合ちゃんと分かっている。
鷹城唯子、この教師は心からそう思って言っているだけだという事を。
アウトロ−な俺を内心馬鹿にしているとかではなく、子供の延長から発した無邪気な態度の裏返しにしか見えていないのだろう。
ここで俺が憤然と文句を言えば、自分が子供である事を主張するだけ。
そこまでみっともない真似は出来なかった。
この町に辿り着いたばかりの俺だったら、有無を言わさず殴り飛ばしただろう。
相手の態度の裏も読めず、短楽な行動に出たに違いない。
ふふふ、俺もちゃんと成長しているのだ。
・・・などと、寛大にも許してやろうと思っていたのに、
「良いお友達を持ったね、宮本君。大事にしなきゃ駄目だよ」
「だ――」
瞬時に血管がブチ切れた。
「誰が友達だ、誰が!? こんな奴、友達なんかじゃねえ!
気持ち悪い事言ってんじゃねえぞ、このアーパー教――モガモガ!」
「――申し訳ありません。根は優しい男なのですが、口が悪いところがありまして」
「うんうん、宮本君がお友達思いなのはよく分かってるよ。
先生、すっかり誤解しちゃって。駄目な先生だね」
・・・いや、確かに釈放されたから文句は言わないけどさ――
凶悪な握力で口を封じられながら、俺はジト目で感動している女教師を見る。
――保護者強制召喚を言い出され、困っていた俺の前に現れた恭也。
月村と同じ学校に通っていたのは聞いていたが、どうして此処へ?
俺のそんな疑問を他所に、恭也は鷹城に説明する。
故郷の家を不慮の事故で無くし、交流のあった高町家にお世話になっている俺。
自宅に恭也が忘れ物をしているのを知って、わざわざ学校まで届けに参上。
その帰りに――まあ、俺が話した事を接合した訳だ。
学校通いが出来ない俺は憧れから学校を覗いていて、教師に見られて逃げた。
恭也と同じクラスの月村を無理やり連れ出した点は少し矛盾があるが、その辺は修正した。
つまり、恭也の説明は俺が学校へ来た経緯に美点を加えた事になる。
冷静に考えればさっきの俺の説明と食い違いもあるのだが・・・簡単に信じてくれたのだ、これが。
俺が説明しても、絶対に信じなかったに違いない。
大声でも弁達者でもないのに、恭也の静かな声は真実味を感じさせる。
嘘をついていると俺本人は知っている筈なのに、聞き入ってしまいそうな話し振りだった。
朴訥な恭也の人間性。
俺とは違う男としての姿勢を、恭也は見せた。
その横顔は引き締まっていて、悔しいが男らしかった。
鷹城は恭也の話を信じ、態度を軟化させてくれた。
事件がそれほど公にになっていないのだと、俺に保護者がいない事が幸いした。
特に恭也の家にお世話になっているという点は、何の疑いも無く信じてくれた。
聞くところによると、鷹城はレンの担任の先生らしい。
似たような環境に居るレンがいるからこその信用なのだろう。
考えてみればあのコンビニ娘、何で恭也の家に居るんだろうか?
完璧な外人のフィアッセが居るから逆に目立たないが、あいつは生来の日本人じゃない。
どういう過去があって、あの家にお世話になっているのだろうか?
謎だ・・・
他人の家庭なんぞ知りたくも無いが、それはあくまで一般家庭。
歌姫のフィアッセや空手家の晶、家に道場を持つ剣士の兄妹、喫茶店の主の母親、ゲ−ム大好き生意気小娘。
――話にも出ない父親。
何て、怪しい一家なんだ。
絶対に平和なんぞありえない家族構成なのに、その辺の冷たい家族なんざ太刀打ち出来ない絆があそこにはある。
うお、何だか気になってきた。
っと、まあ恭也の家の事は後回しにして。
複雑な俺の家庭環境と学校へ来た俺の正当な理由により、鷹城より温情をいただけた。
保護者を呼ぶのは無し。
恭也の取り成しもあって、迷惑をかけた鷹城に謝罪する事で許してもらった。
その後鷹城の説教と、この学校の規則の説明。
幾つかの注意を受けて、釈放される事となった。
――御土産をいただいて。
「・・・? 何、これ」
紙の束。
数十枚はある紙の表面には、規律正しい方眼模様が描かれている。
何処にでもある原稿用紙。
「反省文」
「は・・・?」
「反・省・文」
「いや、聞こえなかったんじゃなくて――」
「明日まで」
「はあぁぁぁぁぁっ!?」
茫然自失となる俺に、鷹城大先生様は満面の笑顔を浮かべて言って下さいました。
「真面目に書いてくる事。
内容に反省が無かったら、書き直しにするんだから」
「ふざけ――」
「書いてこなかったら、どうしよーかなー」
何だ、その楽しそうな顔は!?
原稿用紙を床にでも叩きつけてやろうかと思ったが、その顔を見てやめる。
もし書いてこなかったら、こいつは家まで取りに来る。絶対に来る。
逃げれば、追いかけてくる。絶対に来る。
ガッデム。
「――書けばいいんだろ、書けば!」
「よろしい。良い子ね、宮本君って」
殴りたい、死ぬほど殴りたい。
ようやく、俺はこの女の本質を知った。
心の底から教師なのだ、この女は。
生徒の悪さを絶対に許さない。
――どうやら、俺はこの学校に魅入られてしまったようだ。
分厚い原稿用紙の感触にうんざりしながら、俺は新たな課題に頭を抱えた。
<続く>
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