とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第十ニ話
公園に捨てられた子供。
今時ドラマにもないような話だが、それが俺の誕生秘話である。
脳みそも無い赤ん坊の頃なので状況は知らないが、兎に角泣きまくってたそうだ。
父親や母親の顔は知らない。
どんな奴だったのか想像も出来んし、何より――既にこの世にもいない。
何時聞いた話かは覚えていないし、愛情も無いので調べる気にもならない。
どうせ、一人で生きていけない赤ん坊を公園にゴミのように捨てるような奴等だ。
性根の腐った、自分勝手な連中だったに違いない。
――そんな遺伝子を受け継いでいるから、俺も自分大好きな奴になったのかもな。
はっきり言えるのは、俺に愛情何ざ欠片も持ってなかったって事だ。
俺の最初の記憶。
両親の暖かな抱擁ではなく、冷たい冬の空気に満ちた世界。
寒さが俺の身体も心も凍らせてしまった――
そのまま放置されてたら死んでただろうが、捨てる神あれば拾う神あり。
公園だから、人通りが無いなんて事は無かった。
警察に保護され、親探しが行われた。
何処とも知れない公園で、真っ裸にタオル一枚で捨てられていた俺だ。
身元を示す手掛かりもなく、苦労したらしい。
その後見つかったかどうか、俺もよく知らない。
宮本良介という名前も親が名付けたのか、判明出来ずに他の誰かが名前を付けたのか。
知らないままに、無力な俺は流されるままに生きるしかなかった。
この国では、俺のような親の行方不明――もしくは死亡などで家庭を失った子どもは保護してくれる。
親類縁者も名乗り出は何もなし
赤ん坊の俺は病院から乳児院、その後児童擁護施設へ移る事となった。
擁護と簡単に言っても、施設だって何かと事情はある。
俺はその頃子供ですらない赤ん坊。
抵抗や反論、主義・主張なんぞ持ち合わせておらず、児童相談所や地方自治体などの決定を大人しく寝て待っていた。
そして決まった受け入れ先が――
――『ひかり園』だった。
「オイ、こら」
「・・・」
一般的に児童養護施設には、捨てられたガキ共の面倒を見る職員達がいる。
児童指導員や保育士、栄養士や調理員など繊細な子供を養うために必要な人材だ。
こういう施設で働く連中は、本当に面倒見が良い。
施設にも当然よるだろうが、少なくとも俺のいたとこは大抵まともな大人ばかりだった。
『てめえだよ、てめえ。アタシが呼んでやってんだ、返事しろオイ』
『あだだだだっ!? 耳を引っ張るな、耳を!』
当時――この馬鹿を除いて。
容赦なく引っ張った耳たぶに手を当てながら、あの時の俺は背後を振り返る。
腰まで届く長い黒髪。
白い肌に艶のある黒い髪が凛々しさを惹き立てており、整った顔立ちは精巧な和風人形を思わせる。
日本的な美人――なのだが、これでも三十代。
さらに、気だるそうな目と咥え煙草が最悪だった。
『たく・・・つーか、何また煙草咥えてんだ、てめえは』
『ばーか、これはパイポだよパイポ。
口元さみしーんで手に入れた』
買ったと言わないところが、怖すぎる。
第一煙草じゃなければいいという問題ではない。
仮にも大勢のガキ共が住んでいる施設内で、教育に悪いもん咥えるな。
「見つかったら、また怒られるぞ」
「見つからなければいいだろ、別に」
「早速目撃者が一名、ここにいるんだが」
「お前ならいいじゃん」
咥えながらにっと微笑む――無防備な笑顔。
園長のように慈愛に満ちてはいないが、裏表のない明るい微笑みだった。
この施設では2歳から18歳までの子どもが、協力し合って生活している。
年齢に応じて地元の幼稚園や小学校に通い、高校生になれば県立や私立に進学も可能だった。
こいつは俺以外のガキ共には、絶大な人気がある。
口の悪さは目立つが、それ以上に面倒見も良い。
俺にだけ、こんなむかつく態度を取るのだ。
・・・俺に、だけは・・・
何故か顔が熱くなるのを察して、顔を背ける。
「そ・・・それで、何だよ一体。今から飯の時間なんだが」
「うん、煙草買って来て」
「12歳のガキに買いに行かせるな!?」
「12歳のくせに口が悪いねぇー。誰に似たんだ」
「お前だ!」
そっくりそのまま、受け継ぎたくもねえのに何時の間にかこうなってた。
この大人じみた砕けた口調は他の職員には注意されるのだが、今更丁寧に出来ない。
俺の口調や素行が悪いのは、こいつのせいだ。
俺はこの施設でこいつと出会い、育てられた。
他にも沢山の大人がいるというのに、俺はこいつだけを追っていた気がする。
「ちぇー」
「自分で買いにいけよ」
「えー、アタシの金で」
「俺の金で買わせる気だったのか!?」
とんでもない女だった。
小遣いは貰っているが、本当に少ない。
大好きなチョコレートやアイスを買うのを、必死で我慢している俺の苦労も知らずに。
俺からすればあんな煙たい物を吸う大人が分からない。
あんなのに300円とか出すなら、お菓子をたらふく食ったほうがいい。
不満そうに見上げると、こっちを覗き込むように見つめる目があった。
「・・・来年、中学生か・・・」
「あん? 何だよ、今ごろ」
「いんや。あんたもでかくなったなって」
カラカラ楽しそうに笑う。
何か大人だと認められたようで、嬉しさを堪えられない。
何時もガキ扱いされていたのが我慢できなかったからだ。
「当然。
ここ最近、背だってすっごい伸びたんだぜ」
目の前の女の身長を抜くのはまだ早いけどな。
今だ見下ろされるのが気に入らず、近頃特に悶々としていた。
女は無造作に俺の髪の毛をつかむ。
「へへん、なーに言ってんだ。まだまだガキのくせに」
「っるせえ! 俺はもう子供じゃない!」
「そーゆー台詞は、大人に迷惑かけなくなったら言いな」
楽しいそうで――少し寂しそうなあいつの笑顔は今でも忘れられない。
あの"家"から出て行く日が来るなんて思わなかった。
――大人に、迷惑を――か。
やっぱり、呼べないよな・・・
「――宮本君、保護者の方がどなたか居るでしょ。
教えてくれると嬉しいな」
「く・・・・・・」
あいつに知られたら、音速であの孤児院に収容される。
折角出てきたんだ、今更戻る気なんて無い。
あいつの顔なんか、見たくも無い。
「宮本君、どうしたの。せんせーにだけ教えて、ね?」
鷹城の御願いポーズ。
大の大人が・・・と溜息つきたい場面だが、不思議とこの先生には似合っている。
可愛らしい、素直にそう思えるほどに。
どうしよう――
「そんなに強く責めるつもりは無――」
コンコンッ
小気味のいいノック音。
鷹城はピクっと扉に目を向けて、どうぞと入室を促した。
「失礼します、先生」
「た、高町!? お前・・・・・・」
礼儀正しく入室してきた人影。
高町恭也が俺を一瞥し、何故か大きな溜息を吐きやがった。
<続く>
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