とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第三十七話
『一体何をしでかしたんだ、貴様』
「グハッ!!っ」
――開口一番、連邦政府の代理人に呆れられてしまった。怒られるよりもキツイ仕打ちである。
連邦政府の代理人、ニーヴァ・ブラックウッド。以前物見遊山で来た連邦政府のお偉いさんであるポルポと同じ貴族だが、こうして比較すると凛々しさが違って見える。
美人商会長の恋人気取りだったあの男は血統が良いハンサムだったが、ニーヴァは代理人としての気概と誇りに満ちた貴族としての美がある。将来性を求めるのであれば、間違いなくこの男だろう。
ただ残念ながら貴族社会は優秀な人間が必ず出世するとは限らないのが、難点である。世界会議では月村忍の敵だった月村安次郎のような男が、マフィアに取り入って幅を利かせていたからな。
「まずはご挨拶をさせて頂けませんか、ブラックウッド代理人」
『駄目だ、貴様は口先は切れる男だからな。有耶無耶にしようとする魂胆が透けて見える。
そして貴様のその態度から察しはついた。よりにもよって立法府代議員の気分を害するとは馬鹿な真似をしたものだ』
「あいつ――コホン、あの男が立法府の代議員!?」
『おい、咳払いしたのなら少しくらいは言い直せ!』
連邦政府とは、主星の定める憲法に基づいて設立された連邦中央政府である。立法府、行政府、司法府の三つの部門から構成されており、惑星メジェールを含めた衛星国による権力分立システムが取られている。
主星と衛星国によって周辺星域の内政と外交に幅広い影響を与えており、時空管理局でさえも手の届かない独立星域が成り立っている。つまり憲法上、連邦政府に与えられた権限以外の全ての権限は衛星国に留保されると規定されているのだ。
この連邦政府の立法府はその名の通り政治を定める機関であり、各衛星の人口に応じて権力が配分されている。各議院に所属する議員には、それぞれ特別な専属的権限があるという訳だ。
法律を制定するための承認権を有しているのが、代議員である――と、フローリアン一家より連邦政府の政治説明を受けたアリサが、子供向けアニメばりに講義してくれた。あのメイドは俺を絶対尊敬していないと思う。
『ともあれ、立法府の代議員が襲撃を受けたとあれば一大事だ。こちらとして問題にしない訳にはいかない。
私は惑星エルトリアに関する責任を担った代理人だ。エルトリアで被害を受けたのであれば、対策を練る必要がある』
「お待ち下さい。どのような報告を受けたのか存じませんが、連邦政府御用達の商会も事件の状況を把握しております。そちらからも是非事情聴取して頂きたい」
『……私としては、その商会が襲撃を受けたことにこそ問題があると睨んでいる』
「と、申しますと?」
『ポルトフィーノ商会といえば連邦主要国でもその名を知らぬものがいないほど、急成長を遂げた商会。あらゆるジャンルに精通し、幅広い流行に応える流通性で多くの顧客を獲得している。
商会長リヴィエラ・ポルトフィーノは連邦中央政府に所属する大物からも縁談の絶えない才媛だ。
その者が迷惑を被ったとあれば、あらゆる貴族が勇者となって悪を断たんとするだろう』
「つまりポルポ代議員はリヴィエラ様の印象を良くするべく、エルトリアを悪としたいのだと?」
『本人の気持ちはどうあれ、彼女のために為したという実績が欲しいのだろうよ』
……女に喜んでもらおうと、勝手に勇み足を踏んだということか。リヴィエラ様はエルトリアへの責任追及は一切していなかったどころか、救出したことへの感謝さえしていたというのに。
襲撃現場でカッコつけてヒーロー役を買って出ただけでは飽き足らず、悪者退治をしてヒロインの好感度を獲得しようとするとは強欲な男である。言い換えると、そこまでしないといけないほど好かれていないという事になるのだが。
痴情絡みで巻き込まれたらたまったものではないが、モンスターに襲撃されたのは事実なので頭が痛い。開拓も順調には進んでいるのだが、治安が良いとはまだ言えない。
ともあれ、ハイそうですかと納得する訳にはいかない。何としても心証を変えなければならない。
「モンスター襲撃に関する映像記録やレポートはございますので、即時提出はさせて頂きます。それで此度の件、再検証して頂けませんか」
『無論、私としても一方的に加害者にするつもりはない。さりとて襲撃を受けたのは事実である以上、何もしない訳にもいかない』
「具体的に、どのような沙汰が下りますでしょうか」
『強制退去を命じられている』
「強制退去!?」
強制退去とは連邦政府と衛星国との信頼関係が破綻している事を条件に、政府間の盟約を解除して司法府より訴訟を行い、立ち退き勧告を受けている住民を強制的に退去させる措置である。
強制退去を実行するためには費用がかかり、やり方次第では強制執行の費用が膨らんでしまい、損失が拡大する可能性さえある危険な手段だ。
よってこのやり方はいわば最終的な手段であり、本体であれば話し合いや和解による解決の道筋が見つける事が望ましいとされている。
なぜならその方が互いにとって痛みの少ない、最善の解決方法となるからだ。
「こちらとしてはブラックウッド代理人殿には、これまで誠意を尽くしたつもりです」
『貴様の交渉にはこちらとしても一定の評価はしている。だからこそこうして、「強制退去の命が下った」という勧告をしているつもりだ』
「なるほど……ご配慮には感謝いたします」
『私としても不本意ではあるからな。強制退去がまかり通るのであれば、それこそ最初から実行している』
「マスメディアの目などもありますからね……」
そもそも生態系が成立していなかったエルトリアに強制退去が行われていないのは、ひとえにフローリアン一家の存在がある。
惑星規模に比べれば住民の数はちっぽけではあるが、それでも人が住んでいるのである。力ずくで追い出してしまえば、人権派がうるさく騒ぎ出すのは目に見えている。
権力とは行使することで意味を成すが、それはあくまで自然の成り行きでなければならない。人為的な行使を繰り返してしまうと、横暴になってしまうからだ。
住民が涙ながらに政府に追い出されたとマスメディア相手に訴えでもされたら、目も当てられない。ここが異世界であっても、人の目というものはある。
「政府側はどう思っているのですか。一代議員が強制退去の実行権を振りかざしているのですよ」
『無論、静観している』
「代議員の我儘を黙認するとでも!?」
『一代議員が我儘を起こして、立ち退き勧告を受けている惑星の問題がある種解決するのだ。まずやりたい放題やらせた後に――』
「――ポルポ代議員が権力を振りかざしたのだと釈明し、責任を追求してトカゲの尻尾を切るということですか。非情な手段ですね」
『あのお方――"大統領"であればそうするだろう。恐ろしい方だよ』
夜の一族のカレンやカリーナお嬢様の顔が不意に浮かんだ。夜には女であっても修羅がいる、異世界の大統領ともなれば人智の及ばぬ存在であるのかも知れない。
そんな奴と関わりたくもないが、あいにくと大統領の判断によってものの見事にエルトリアが切り捨てられようとしている。ついでとばかりに退去させられたらたまらない。
今まで築き上げてきたコネも、あいにくと異世界では全く使えない。しかも宇宙を飛び越えた異星ともなれば、もはや異次元だ。日本という国が米粒のように思えてしまう。
何で一介の剣士がいつの間にか惑星の命運を背負っているのか、自分でも理解に苦しむが、今更知らん顔は出来ない。ぐぬぬ、ない知恵を振り絞るしかない。
「即座に退去とは流石になりませんよね」
『権力を行使するとなれば、法律に則った手続きを踏まなけれならない。法律あってこその権力であるからな』
「でしたら一つ、お願いがあります」
『聞けぬ――とまでは言わん。貴様も此度の件では被害者だ、耳を傾ける程度はしてやろう』
「"連帯保証人"を立てる猶予を少しください」
『権力による退去に対し、惑星への保証を立てるつもりか!?』
順序が逆だろうと、ブラックウッド代理人が驚きの顔をする。俺も思いっきりそう思うけど、もはやなりふりかまっていられない。
例えば金融機関に借金する場合、まず保証を立てるのが筋だ。借金を返せなかった場合、その担保を取り立てて返済に当てる。だからこそ金融は、保証には非常に厳しい。
俺が今提案したのはその逆で、借金を返すために保証人を用意すると言っているのだ。そんなもん、借金する前に用意しろと思うのが当たり前である。
誰がどう考えたって支離滅裂な提案であるが、難解な条件を一つ満たせば成立する――借金を返してくれるお金持ちと、友達になればいい。
『何を馬鹿なことを言っている。立ち退き勧告を受けている惑星の立場を保証する馬鹿がどこに居る』
「私が必ず用意します。それまでの猶予をください」
『……何かアテでもあるのか』
「私はこの惑星エルトリアより雇われた交渉人ですよ。人脈はございますとも」
『むう……』
「……」
『……強制退去を施行する場合、まず惑星に督促状を送る段取りとなっている。こちらとしてもまず手続き上、警告は出す必要はあるからな。
その作業をできる限り遅くするくらいはしてやろう』
「! ありがとうございます、必ずや保証人と交渉いたしますのでよろしくお願いいたします」
『今まで貴様ほど馬鹿げた提案を繰り返す男は見たことがない。一体どんな行動を起こすのか、多少は興味が出てきた』
どういう意味だよ、おい!? 自分でも馬鹿なこと言っている自覚はあるけど!
くそ、立ち退き勧告を撤回させるはずだったのに強制退去の危機に遭ってしまっている。いつも何で、こんなに難儀な出来事が続くんだ。
我ながらヒーロー役には向いていないと痛感する。トラブルばかりが続いて、カッコよく解決したことが今まで一度もない。
疲労困憊で苦労した代理人との交渉を終えて、深く溜め息を吐いた。
「くそったれ……この俺が、お金持ちとの接待をしなければならないとは」
ポルトフィーノ商会の代表を務めるリヴィエラ・ポルトフィーノ。
彼女になんとしても、保証人となってもらわなければならない。
そのためなら、靴だって舐めてやる。
<続く>
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