とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第五話
他人との、特に女との付き合いは面倒だ。
幸い今まで縁は無かったが、友情を超えた結び付きが芽生える危険性がある。
恋や愛など、女の幻想に付き合うのはご免な俺としてはいつまでも疎遠でいたい。
そもそも俺を好きになる女なんていないだろうが。
そんな俺に、綺堂は月村と仲良くしてくれと言う。
フィリスや桃子もそうだが、どうして俺にそんな繋がりを結び付けようとするのだろうか。
確かに街の長期滞在を決めたのは、子狐以外の理由であいつが絡んでいるのは否定しない。
顔を合わせれば、話に付き合う程度は別にいい。
しかし、何時までもこの町にいるつもりはない。
結局綺堂やフィリスの申し出は、別れを先延ばしにしているに過ぎない。
出会いや別れの尊さを語る気にもならんが、今の生温い関係を続けていく事に意味があるのか?
別れは早い方が、浅い関係のままで終わって辛さも拭える筈だ。
仮に綺堂の話が本当だとすると、月村は俺に何を求めるんだだろうか。
好きか嫌いかと聞かれれば、好きだとは言える。
女の部類では上玉だし、マイペースな我侭を押し付けるが性格も悪くない。
メイドのノエルも、寡黙だが気に入っている。
でも、俺はあいつらの好意に未来永劫縛られる訳にはいかないのだ。
「・・・・・・」
俺は黙ってカップを傾ける。
コーヒーの苦味が少し感情を醒ましてくれた。
綺堂の俺を見る目は真剣で、月村への想いに満ちていた。
世の中くだらん大人は多いが、綺堂は洗練された大人の女だ。
年下の俺を過小評価する様子もなく、態度に不遜な気配も無い。
ようするに、難癖のつけづらいタイプなのだ。
こういうのが相手だと、文句を言える隙が無い。
どうしよう・・・断りたいのだが、綺堂には一宿一飯の恩義がある。
無実の罪で追われる俺を別荘に匿い、飯や寝床の面倒を見てくれたのだ。
しかも無償で。
世知辛い世の中、こんなお人好しは滅多にいない。
シカトしてもいいのだが、うーん・・・・・・
「・・・ごめんなさい。
貴方のお話を聞くべき時に、こんな無理なお願いして」
俺の様子を見て、綺堂は静かな表情で謝罪する。
くっ、余計にシカトし辛い。
俺は息を吐いた。
「――いいさ、あんたやあいつには世話になってるからな」
明確な回答は避ける俺。
フィリスとの付き合いで分かっている。
人付き合い関連では下手に承諾すると、泥沼に落ちる。
なのはがいい例だ。
おなざりな俺の答えに、綺堂は黙って微笑みを深くする。
純粋に喜んでいるのが見えて、俺は頬が引き攣るのを感じた。
「今度は私の番ね。
"理不尽な大人達に押し付けられた難問"、聞かせてもらえるかしら」
そうだった、今は月村なんぞどうでもいい。
俺にはもっと目の前に、非常に困難な問題が待ち構えているのだ。
そもそも綺堂とお茶しているのは、これがメインだ。
さっき綺堂も謝っていたが、俺の問題を優先すべきだった。
一瞬綺堂に頼る事に抵抗を感じたが、俺一人でやる面倒さにうんざりしてたとこだ。
俺は顔を上げる。
「実は――」
一から順に説明する。
高町家の朝の話、御気楽極楽の大人二人の企画、子供達の苦難。
俺に全部なすり付けられてしまった事。
話を聞いて言る内に綺堂は端正な顔を緩めたり、目を丸くしたり、嘆息したりと一喜一憂で俺の話を聞いてくれた。
「――で、場所取りに困ってるんだ。この町出身じゃないし、周りもよく知らんからな。
どっか、誰も居なくて綺麗に桜が見られる場所があればいいんだけど」
「あるわ」
んなもん無いから困っているんだけどな、俺も。
綺堂が何処か知っているかちょっと期待してたんだけど、やっぱ無いか。
――へ?
「あ、ある・・・?」
「あるわよ」
すました顔で、綺堂は頷いた。
ば、馬鹿な・・・・・・
「さ、さっきも言ったけど、混んでいないとこだぞ?」
「ええ」
「うるさくないとこだ」
「誰も居ないわ」
「桜がないと無意味だぞ」
「今の時期だと満開よ」
「・・・」
「御満足?」
何だとぉぉぉぉっ!?
俺は思わず椅子から立ち上がってしまう。
どうでもいいが、このカフェの椅子も装飾のある品だ。
「何処にあるんだ!?
地元の高町の連中でも頭抱えていたのに」
「私有地よ。綺麗な桜が毎年花を開くの。
きっと気に入ってくれると思うわ」
ぐあ、そうだ。
目の前の独身(多分)女性、その辺の庶民を蹴散らす大金持ちじゃねえか。
そういえばあの別荘、鬼のように敷地が広かった・・・・・・
呆然とする俺に、綺堂は小さく唇を緩める。
「良介君のお力になれるかしら、私」
「え、あ、で、でも・・・・・・いいのかよ。
俺だけじゃなくて、高町の家族も来るんだぞ」
「かまわないわ。良介君のお友達でしょ? 信頼しているわ。
ゴミだけは散らかさないようにしてね」
あんな奴ら、友達じゃねえ。
思いっきり反論してやりたいが、今の綺堂は俺の大切なスポンサー。
機嫌を損ねるのはまずい。
「助かるよ、連中に日時の都合聞いてくる」
俺はしっかりと礼を言う。
よかった、これで問題は解決だ。
さすがは俺。
地元出身の奴等よりも人脈が出来ている。
今日の朝引き受けて、昼間にもう解決。
あの無能どもの驚く顔が目に浮かぶぜ、あはははは。
にやつく頬を押さえ切れない。
「勿論、条件付きよ」
「おうおう、何でも言いやがれ。
・・・条件?」
浮かれた気分に水をさされる。
綺堂は当たり前のように表情の無い顔を向けて、
「大丈夫、良介君には簡単なことだから」
――嫌な予感がした。
今までの経験が物語っている。
女が含みのある言い方をするとき、ろくな事が無い。
全力で拒否したいが、好条件の場所が逃げる。
本能と理性がせめぎ合っている中、綺堂は静かに立ち上がる。
「行きましょう」
「え、行くって何処へ――」
「お会計、御願いします」
「こら、無視するな」
この辺は月村の家系だと、思い知らされる。
品の良いカフェを出て、綺堂の車に乗らされる俺。
黒張りの豪華な助手席に座り、訳が分からないまま発進。
幾つもの交差点と信号を通過。
滑らかな速度とハンドル操作で、車は空いた道路を進む。
その間俺は何度も尋ねるが、綺堂は取り合わない。
何処へ連れて行く気だ・・・・・・?
疑問だらけのドライブは、三十分後終わる。
「此処よ」
「こ、此処って・・・・・・」
助手席の窓から外を見る。
予想もしなかった場所。
馴染みの無い空間。
そして、俺に最も縁が無かった世界。
「――条件は一つだけ。忍も誘ってあげてほしいの。
貴方から」
白い――校舎を見上げる俺に、綺堂はそっと語りかけた。
<続く>
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