とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第四話
綺堂 さくら。
以前戦いを共にした月村忍の叔母であり、事件早期解決の協力者でもある。
叔母という言葉のイメージから遠く離れた若々しさを誇り、月村と二人並んでも、姉妹にしか見えない。
ロングヘアーに深いブルーの瞳、大人の雰囲気を持つ美しき女だ。
野暮ったいスーツを見事なまで着こなしており、桃子やフィアッセとは違った大人の魅力を醸し出している。
加えて、この高級車。
世の中、つくづく不平等だと思わされる。
そんな妙齢の美女が、運転席から微笑を浮かべて俺を見つめている。
春の温かさとはこれっぽちも結びつかない、氷の微笑みを。
先程の俺の失言を余程お気に召さなかったようだ。
心外である。
「それは誤解だ! 俺は人類皆平等を胸に掲げる男。
どんな奴に対しても、出会い頭に気合一発。
嘗められたら終わりなのだ、この世界は」
――どの世界だよ、と自分でつっこんでみる。
いかん、ちょっと動揺しているかもしれない。
ふんぞり返りつつも、綺堂の様子を横目でチラッと見つめる。
落ち着きのある物静かな眼差しが、俺の視線と絡み合った。
「相変わらずね。宮本君は」
ぐ、大人の余裕を見せられているぞ。
言い返せ、反撃するのだ。
いや待て、さっきまで怒ってたのだから波風をあえて立てるまでもないだろ。
ガキ扱いされている事実をシカトして、俺は窓から中を覗き込んだ。
「朝っぱらからこんなとこで何してるんだ?
社会人なんだから仕事に励むように」
「宮本君も一人前の大人でしょう。此処で何をしているの」
軽くかわされてしまった。
桃子やフィアッセ、フィリスやリスティとは違う手強さがある。
出会った当時からそうだが、綺堂は物静かであまりお喋りな方ではない。
でも――いや、だからこそなのか、透明感のある声より放たれる言葉に気品さが感じられる。
社会によくいる成金には絶対に出せない、荘厳な存在感だった。
・・・苦手だ、こういうタイプは。
「俺は今、理不尽な大人達に押し付けられた難問に挑んでるんだ。
あんたの相手をしている余裕はないの」
成果をすぐ出せとは言われていないが、期待を裏切るのも気が引ける。
一度引き受けた手前、出来れば早い目に見つけてびびらせてやりたかった。
花見の場所取り。
言葉にすると馬鹿馬鹿しさ溢れる仕事だが、この町の地理に疎い俺には難渋している。
何しろ何処へ行けばいいのか、全く思いつかない。
めぼしい場所はレン達が既に探し、撃沈している。
有名どころを片っ端からあたるのも悪い手ではないが、遠い地方は駄目らしい。
この町かこの町の近くで、綺麗な桜が見れて人ごみの少ない場所。
――あるか、そんなもん!
改めて、あのちびっこどもを殺したくなった。
そんな訳で、このお金持ちのお姉さんにかまっている暇はない。
俺は適当に手を上げて、別れを告げて――
「・・・何か悩みがあるなら、相談に乗るわよ。宮本君」
――そんな大人の寛大さに少し心を動かされた。
普段小銭しか持っていない俺だが、喫茶店は入った事はある。
レストランも・・・・・・数回だが経験はある。
あくまで、ファミリーの名を冠してはいるが。
俺はとっては外食とは金の無駄遣いであり、嗜好の贅沢でもある。
そんな俺を綺堂が車に乗せて連れて来たのは、カフェテリアだった。
心地良い空気に満たされているお店。
綺堂によく通っているようで、マスターがえらく丁寧な対応で俺達を迎えてくれた。
絶対俺一人だったら追い出していただろう。
メニューも庶民の喫茶店とは雲泥の差である。
一口にコーヒーと言っても、豆の種類がものすごい。
缶コーヒー一本買うのに悩む俺があほらしくなってくる。
好きなものを注文していいとの事だったが、どれがどう美味いのか分からない。
結局綺堂に任せ、彼女推薦のコーヒーを堪能する事になった。
「・・・美味しい」
「そう・・・・・・気に入ってもらえたのなら嬉しいわ」
深みのあるコクとやわらかな苦み。
濃厚な色合いでも香りは失われず、味わいが楽しめるコーヒーで文句のつけようがない。
専門家ではないので味の評論は出来ないが、素直に美味さを認める事は出来た。
少し嬉しげに目を細める綺堂。
たった一つの当たり前の動作でも、絵になる女だった。
静かにカップを傾ける俺達。
普通沈黙の空間は苦手なのだが、何故か悪い気分はしなかった。
この静けさをむしろ俺は楽しんでいるのかもしれない。
――柄にもないな、ほんと。
この町での生活は、俺を惰弱にしているのかもしれない。
「ごめんなさい、お見舞いにはほとんど行けなくて」
「ん? ああ、別に」
唐突な話題に何の事か一瞬分からなかったが、首を振る。
あの事件当時、綺堂は仮住まいとして別荘を提供してくれた。
無実の罪で追われる身だった俺としてはそれだけで充分で、解決後まで世話をかけるつもりはない。
「・・・忍、あれからもよく貴方のお話をしているのよ」
「あいつが? どうせ悪口とか言ってんでしょ」
「会っても冷たいとか、すぐ仲間外れにするとか。
いつもブツブツ文句を言っているの」
「やっろぉぉぉー」
本当に悪口を言っているとは。
仲間外れってあいつ・・・そもそも俺は仲間なんぞ居ない。
あいつもあいつで、他の友達と遊べばいいのに。
俺のそんな様子に綺堂は少し口元を緩めて、
「でも、貴方の事を話している忍はとても可愛らしいの。
笑ったり、怒ったり、拗ねたり――
別荘で貴方と話している時もそうだけど、あの娘のあんな顔・・・久しぶりに見たわ」
「・・・・・・」
初対面時、どこか冷たい感じのする女だった。
出会ったばかりなので当然かもしれないが、少し堅苦しくて接触も拒んでいたように見える。
最初、は。
会う度にあいつは明るさを宿していき、平気な顔で話し掛けたりするようになった。
「甘え上手な小娘だからね、あんたの姪は。
ずうずうしいというか、遠慮がないというか・・・・・・
案外、誰でもあんな感じじゃないのかな」
俺としては何気なく言ったつもりだった。
なのに――
「いいえ、忍はあまり友達を作らないの」
――綺堂は思いの外真剣な顔で首を振った。
「あの娘は他人に甘えたりはしないわ。
・・・他人を簡単に、好きにはなれない娘なの。
心を許さず、いつだって距離を置いてる」
「・・・・・・」
他人に身を寄せず、心を任せず、一人自分で生きていく。
それはまさに――俺の世界だった。
俺個人の生き方、誰にも文句は言わさない。
そんな生き方を・・・・・・あいつがしていたというのか?
「で、でもあいつは俺には――」
「人を好きになれない。
だからこそ・・・・・・一度好きになったら、その人の事ばかり考えるようになるの。
きっと忍、貴方に嫌われたくないのよ」
「・・・・・・」
『・・・このままお別れは・・・嫌だよ・・・』
――馬鹿。
中途半端じゃねえか。
寂しいと思うなら、最初から好きになんかなるな。
弱くなっていくだけだぞ、好意なんぞ。
「ごめんなさい、いつのまにか私ばっかり話しているわね。
貴方に強制は出来ないけれど――」
綺堂は俺を正面から見つめる。
「――忍と、仲良くしてあげて欲しいの」
月村 忍。
不意にあいつの明るい笑顔と、寂しさの混じった泣き顔が同時に浮かんだ。
綺堂は表情を切に曇らせている。
きっと綺堂もまた、心から忍を愛している――
仲良くなんて上っ面だ。
その内にあるのは、もっと深い。
俺は、返事をしなかった。
分かった、とは言わない。
俺は他人に優しさを与えられないから。
でも――出来ない、とも言えなかった。
<続く>
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