とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第八十六話




 ナハトヴァールを背負ったユーリ・エーベルヴァインが上空の聖王のゆりかごへと飛んでいったことで、決闘は戦争へと切り替わった。

聖王のゆりかごという最強のロストロギアでもユーリを殺せないと判断したイリスは、ゆりかごという戦力を攻防から防衛へと切り替えていった。

次々と凶悪な威力を秘めた魔力弾をユーリは発射するが、ゆりかごが展開する強大なシールドに阻まれる。自分の攻撃が阻止された時点で、ユーリの活動は一旦停止する。


既に覚悟を決めているユーリに、弱点はない。問題なのは、弱点のないその圧倒的な強さ――出力を強めてしまうと、ゆりかご内部に居るイリスやイクスヴェリアまで巻き込んでしまう。


戦争という局面において、ユーリという少女は優しすぎた。イリス本人が相手であれば迷うことなく戦えるが、決して殺したい訳ではないからだ。

そして決闘であればともかく、戦争において迷いは禁物である。イリスは口頭でこそ頑なに否定しているが、ユーリが優しい子である事は内心分かっている。


だからこそユーリの迷いを見抜いたイリスは、この隙を狙って反撃の機会を伺う。


『マスタープログラム、法術使いをまだ殺せないの!?』

「魔導書に記録されている宮本良介の戦闘データが、役に立ちません。リミッターの解除を提案いたします」

「何だと!?」


 今まで手加減していたのかと一瞬憤慨しそうになったが、すぐに考えを改め直した。俺を相手にこの局面でわざわざ手加減させる余裕なんて、あいつにはない。

リミッターというのは魔導的な封印ではなく、恐らく肉体的な封印だろう。あいつは魔導書のマスタープログラム、システム限界を超えれば今以上の強さを引き出すのは確かに可能だ。

人間という生物にだって、限界を超えないように肉体的なリミッターが掛かっている。御神流にだって、リミッターを考慮しない神速などの奥義がある。


だがシステム限界を超えれば、リインフォースは勝利したとしても力尽きて消滅する。あいつと無理心中なんぞ、ゴメンである。


『……不要よ。貴方は、そのまま法術使いの殺害を主目的に足止めしなさい。そいつをユーリに、絶対近付けないで』

「了解しました」


 イリスはリインフォースの無理心中を命じなかった。それをされれば俺が圧倒的不利になると分かっていて、踏ん切れなかったのだ。

意外に思ったが、同時に納得した。ユーリとキリエの説得が効いている証拠だ。何度もめげずにあいつらはイリスと向き合い続けて、あいつ本人もやはり迷ってしまっている。

ユーリがイリスの父を殺したことには、何か理由があったのではないかと思ってしまっている。キリエに一緒に謝ろうと訴えられて、そうするべきではないかと思い悩んでしまっている。


そして――


『キリエでは、固有型オリヴィエには絶対勝てないわ。キリエを倒した後で、オリヴィエをそちらに向かわせる。合流して、二人で法術使いを殺しなさい。
全ての元凶であるそいつさえ殺せば、何もかも元通りになる。全てを確実に終わらせられるわ!』


 ――心の拠り所を、俺に求めてしまっている。理論も何もあったものではなく、俺に全ての責任を押し付けて現実逃避してしまっている。

愛情と憎しみは表裏一体とは、よく言ったものだ。皮肉にも俺という存在が、あいつの復讐を肯定してしまっている。俺が悪いのだと否定すれば、あいつは自分を肯定出来るからだ。

だからこそ、俺の殺害だけは絶対やめない。むしろ嬉々として、俺を悪者にしようとしている。ユーリを殺すなんて言っているのは、ユーリを殺せないからこその裏返しに過ぎない。

俺からすれば、いい迷惑である。現実逃避が焦燥を生み出し、俺への憎しみへと転換――


……


……ちょっと待て。


「イリス、何故俺をそこまで憎んでいる」

『当然でしょう。あんたが法術を使ってユーリの記憶を奪ったんだから!』

「何故、俺がそんな事をする必要がある」

『強大な力を持つユーリを自分の手駒にするためよ。実際あの子はあんたを父親だと溺愛し、過去の記憶は一切無くなっているじゃない!』


「それ、お前がやろうとしていた事じゃねえか」


『――えっ』

「ウイルスコードというのを使って、ユーリを思い通りに操って苦しめてやろうとしたんだろう。まさに今、お前が頑なに主張する法術使いの悪事と同じじゃないか」

『な、何言っているのよ! あんたはあの子の記憶を奪ったから、ユーリを自分の罪を忘れて平和な顔して日常を――っ!?』

「やっと気付いたか。お前、俺を憎みたくて理由を作っているんだろう。『俺を憎むこと』が前提になっているぞ』

『あ、う……違う、アタシはユーリに復讐を……!』


「もしかして、お前――記憶を弄られているんじゃないか、誰かに」


 キリエやアミティエの母親の話が本当であれば、こいつは元々惑星再生委員会の生体ユニットである。人間とは違って、生体ユニットは記憶に関する部分も作られている。

イリスの復讐劇は、確かに母親の話と一致している部分は多い。少なくともユーリが惑星再生委員会の所長を殺したのは事実だろう。その点は多分、事実だ。

だが、こいつの主義主張は明らかにおかしい。ユーリに対する復讐は一貫しているのに、俺に関する事になると意見をコロコロ変える。


俺を憎むこと――俺を排除することを、前提としているように。


『ア、アタシは……アタシは自分の意思で、ユーリを復讐するつもりよ。自分の記憶は自分の物だわ、ユーリのやった事だって全部覚えている!』

「ウイルスコードは、生体ユニットにも仕込めるんじゃねえのか」

『――な、何が言いたいの……?』

「俺は本局や地上本部、聖王教会にコネがある。白旗には時空管理局の上層部にも顔が利く、三人の爺さん達もいる。
自分が持つ人脈やコネを、ユーリの為に全部使って調べ上げた」


 ――あらゆる方面に頭を下げて回ったのはカッコ悪いので、秘密である。聖女様やレオーネ氏、ラルゴ老、ミゼット女史といったお偉いさんにも経緯を説明して協力を求めた。

カレイドウルフ大商会のカリーナお嬢様は次元世界で幅広く商売されており、商人ネットワークまで駆使して、次元世界の隅々まで調べ上げたのだ。

イリス、お前を調べるために――俺は、次元世界を動かしたんだよ。


「調査チームを作らせて、副隊長のオルティアに『惑星再生委員会』について徹底的に調べさせた。お前が父親だという所長は――」


『「黒影のアメティスタ」、起動。法術使いを、集中的に攻撃しなさい』


 ――調査結果を話そうとした矢先、大いなる空を覆う怪物が満を持して開放されてしまった。

巨大な翼を広げた機動外殻、満天の空を覆う空中巨大要塞。聖王のゆりかごに類する大きさの怪物に、目を剥いてしまう。

目を凝らしてみると怪物級の要塞から次々と戦闘員が現れて、リインフォースと戦う俺に武装銃を向けていた。


マリアージュをモデルとした量産型の兵士達が、巨大要塞に乗り込んでいた――おいおいおい!?


「少しは人の話を聞いたらどうなんだ、イリス!」

『所長は、正しいわ。あの人こそ正義、法術使いこそが悪よ』

「そのお前の父親の話なんだぞ」

『所長は、正しいわ。あの人こそ正義、法術使いこそが悪よ』

「てめえ、いい加減に――」


『所長は、正しいわ。あの人こそ正義、法術使いこそが悪よ』
『所長は、正しいわ。あの人こそ正義、法術使いこそが悪よ』
『所長は、正しいわ。あの人こそ正義、法術使いこそが悪よ』
『所長は、正しいわ。あの人こそ正義、法術使いこそが悪よ』
『所長は、正しいわ。あの人こそ正義、法術使いこそが悪よ』


「……ユーリって可愛いよな?」

『は? 父親ヅラして、気持ち悪いんですけど』


 惑星再生委員会の事を話そうとすると、途端に同じ言葉をブツブツ繰り返すイリス。試しに別の話題を振ってみると、何事もなかったかのように悪態をついてくる。

なるほど、主義主張が一致しない訳だ。惑星再生委員会に関する記憶や感情が、誰かに弄られている。それ以外に関する記憶は干渉されていないから、イリスの意思や感情は残っている。

だから俺とは平然と会話が成り立つし、ユーリとは過去の因縁でぶつかりあえる。本人の復讐自体はなまじ本当である為に、一貫性がないことについてはあいつの中で整合性が取れるのだ。


話が通じそうにないので、別の切り口で文句を言ってやる。


「そもそもお前の言い分を完全に信じるなら、ユーリは父親や仲間達を殺した極悪人だろう。
記憶が無くなって良い子になったのなら、それでいいじゃないか」

『あんたはそれでいいかもしれないけど、アタシの復讐はあの子が自分の罪を認めないと意味がないのよ!』


 イリスの号令に従って、要塞に乗り込んだ戦闘員が問答無用で発射。俺は慌てて進路を切り替えて回避する。

生命の剣よりエネルギーを放出して、一気に切り払った。鬱陶しすぎる。イリスの奴、問答無用で俺を殺すつもりなのか。少しは自分に疑問を持てよ、この野郎。


この隙に仕掛けてくるかと思いきや、肝心のリインフォースは相変わらず超遠距離からの広範囲魔法を展開している。あいつ、あくまで遠距離砲撃に徹する気か。


状況を察してユーリがこちらに支援砲撃を撃とうとするが、俺は首を振って止める。戦術的にはありがたいが、戦略的には正しいとは言えない。

イリスにとって最大の脅威は、やはりユーリである。聖王のゆりかごにユーリが迫っているからこそ、追い詰められている。俺への支援はむしろ、イリスの思う壺だ。


だから――


「シュテル!」

「フォートレス、起動。CW-AEC02X――"ストライクカノン"、発射」


 空気を――いや、空を切り裂く砲撃音が世界に響き渡る。


大地から上空へ真っ直ぐに向かう砲撃が、黒影のアメティスタに激突。空中巨大要塞の中心部を貫通して、空の彼方まで破壊。

恐るべき砲撃を見せつけられて、リインフォースが広域魔導を中止して距離を取るのが見えた。ちっ、さすがにあいつには当たらないか。

凄まじい破壊音が木霊して、巨大要塞が崩落。乗り込んでいた戦闘員達が爆発に巻き込まれて、一人残らず地上へと墜落していった。死んでいないのが、不思議で仕方ない。


弾薬型Eパックカートリッジ、光速で撃ち出されるビーム弾体。機体の大半を占める長大な砲身によって、展開状態では砲弾の加速レールは光に匹敵する速さで敵を撃ち抜く。


陸/空両対応型の中距離砲戦端末、フォートレスとの連結機能を備えた新兵器「ストライクカノン」の威力が今見せつけられました。

新兵器の威力に敵味方問わず慄く中で、平然と我が娘が俺の所へ駆けてくる。


「ユーリだけにいい格好はさせませんよ、父上。CW社の愛らしきキャンペーンガール、シュテル推参です」

「兵器の広告塔がぬかしよる」

「何をかくそう、このストライクカノンは騒音規制法を考慮した作りになっているのですよ。ビームマグナムのように軽やかな砲撃音でしたでしょう」

「お前の例えが分からん」


 あくまでイリスが俺や決闘を阻むというのであれば、俺も部隊長として態度を変えるまでだ。

それに惑星再生委員会の事もある。あいつに何らかの干渉が加えられているのであれば、リインフォースと雌雄を決する為にも用心した方がいいだろう。


露払い役を申し出たシュテルとコンビを組んで――俺もまた、空へと駆け上がった。















<続く>








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