とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第七十六話
シュテルが意外なほど気落ちしていたので、一声かけて励ましておいた。本当に嫌われているとは思っていないだろうが、努力が報われなかったのには違いない。
魔導殺しの技術はそれほどまでに、魔導師にとっては驚異の産物だ。シュテルからすれば己の奥義とも言うべき魔導まで封じられてしまった、警戒するのは当然と言える。
自分の新しき家族に同じ敗北を与えないように、彼女は懸命に努力して完成させた。まさかその裏で、大切な家族がそれぞれに魔導殺しを克服する術を編み出していたとは思わなかったのだ。
技術が使われなかったのは残念だが、完成させた事自体は称賛するべきだ。おかげで、レジアス・ゲイズ中将との取引は完璧にこなしたと言い切れる。
「レヴィの修行成果はまあ分かります、あの子らしい結論ですしね。ただユーリとディアーチェがどのように対策を行ったのか、気になります」
「ディアーチェは勿論だが、ユーリにとっては過去の決着とも言うべき決戦だからな。絶対に負けられない以上、精神論だけで挑まないと思うのだが」
「無論です。気にはなりますが、父上の法術で完全制御が行えるようになったユーリは、ミッドチルダにおいてほぼ無敵の存在です。
魔導殺しの技術があろうと、おいそれと敗北したりはしないでしょう。魔導という理念を覆す力の持ち主ですので」
「太陽の化身だからな、あの子は」
本人は優しくて花を愛する健気な子なのだが、持ち得る力は凶悪の一言に尽きる恐ろしさである。味方であれば頼もしく、敵であれば恐ろしい四女だった。
力を持つことを望んではいなくても、力を発揮することには躊躇わない。生来の気弱さは剣士の性質を兼ねる事により、覚悟を持つことで引き金を引ける度胸を持っている。
そんなユーリが決戦において新兵器を必要としていないのは、確実な勝算を持っているからだろう。強大な力を持っていても、驕りは持たない子である。
シュテルも自分の家族は理解しているので気にかけてはいても、決して心配はしていない。
「父上はいかがですか、新兵器を用立てすることも出来ますよ」
「フォーミュラとヴァリアントシステムがあるから大丈夫だ。お前が構築してくれた新兵器の概念のみ、ありがたく受け取っておくよ」
「ありがとうございます、父上。娘として、何よりの御言葉です」
自分の努力が報われたのだと、苦労の汗が滲む笑顔で歓喜する。技術そのものを受け取らなくても、受け継がれるべき概念は確実に存在する。
アミティエやキリエが渡してくれたエルトリアの技術に、ユーリより与えられた生命の力。生命の樹であるセフィロトという剣に、シュテルの研究成果を施している。
俺が相手すべきリインフォースは闇の書の概念そのものであり、守護騎士システムやユーリ達マテリアルの管理を司った存在。今まで戦ってきた誰よりも、彼女は強い。
次相見えた時は間違いなく、決着となるだろう。マリアージュという存在を斬って、人であるべき良心は捨てられた。家族であろうとも、必ず斬れる。
「家族の心配はいいけど、お前だってその家族の一員なんだぞ。自分の事は大丈夫なんだろうな」
「もしかして父上、私を案じてこのラボへ来て下さったのですか」
「うむ――おい、いい年頃の娘がそんなに眼前に迫るんじゃない」
「父上は常に好感度の高い行動をして下さるので、私の乙女心はいつも温かい炎を灯してくれます。今ならベットインしても抵抗しませんよ」
「俺の好感度が全く上がっていないので、出直してこい」
仮眠室へ巧みに連れて行こうとする思春期の娘に、バックブリーカーをかけてノックダウンさせる。可愛らしく背骨が折れて、本人の背筋は豪快に伸びた。
父親である俺が自慢できる頭脳の持ち主なのだが、家族だと気安い距離でアホな事をしてくるので要注意である。血の繋がっていない娘は、魔性であった。
本人の勝算を伺ってみたが、レヴィ達とは違って平常な態度は崩さない。
「私はCW-AEC00X、フォートレスを装備して戦いに挑むつもりです」
「あの武装は既にイリスに見られているけど、かまわないのか」
「問題ありません。CW-AEC00Xはエルトリアの技術で分析されていようと、幅広い空間制圧戦術を持って戦闘を行える次世代武装端末です。
どれほど技術を精密に分析されようと、三つの管制制御ユニットを使用して戦える新武装を覆すことは出来ません。むしろ次なる戦いでは、良い実験となるでしょうね。
魔導殺しの技術を駆使して戦う兵器を相手に勝利すれば、次世代武装は平和を支える新兵器として確立されるでしょう」
「……オルティアと最近親密に話し込んでいるのは、もしかして」
「ええ、既にレジアス・ゲイズ中将殿との交渉は進められております。決戦において、私はモデルケースとして出陣することになるでしょう」
管理外世界における上品ではない表現を敢えて用いると、シュテルは次の決戦で新兵器のキャンペーンガールとして挑むと決意表明する。
特務機動課はレジアスと俺の同盟による成果と言えるのだが、シュテルは今回の戦いにおいて成果の結晶として新兵器を完成される為に宣伝材料となったのだ。
平和を守る戦いでありながら、政治や経済が薄汚く絡んでしまう大人の戦争。子供達は信念と理想を掲げて美しく戦おうとしているのに、大人はヒーローでさえも利用してしまう。
世界は子供だけではなく、大人も戦っている。戦争を行うのであれば、大人達の支援を得なければならない。シュテルはユーリたちに代わって、舞台裏の政治を引き受けようとしているのだ。
「お前がわざわざ請け負う必要はないんだぞ、何のために父親がいると思っているんだ」
「恐れながら言わせていただきますが、父上はリインフォースに集中するべきではありませんか。
時空管理局や聖王協会、ミッドチルダの政治事情に患っている場合ではありません」
ベルカ自治領を統治する"聖王"として、ミッドチルダの治安を守る特務機動課の隊長として、俺は責任を果たさなければならない――その使命感を忘れるべきだと、シュテルは言っている。
リインフォースは純粋な殺意を持って、俺を殺すべく特攻してくる。そんな彼女を相手に、政治や経済の心配なんてしている場合じゃない。
斬ることだけを考えなければ勝てないと、娘は諭す。聡明な少女であるシュテルは、現実と理想の違いを残念ながら思い知らされている。
夢見て戦える正義感はあれど、素直に発揮できるほどこの子は無邪気ではなかった。
「次なる決戦、私は父上の為に戦います」
「では、お前の相手は――」
本当に、頭が良くて――父親に、誰よりも優しい娘だった。
「私は新兵器を装備して、"魔導殺し"を叩き潰します」
今ミッドチルダで徐々に恐れられつつある、魔導を殺す概念。未知なる世界よりもたらされた、恐るべき技術。
子供達の夢を壊しかねない、大いなる現実。大切で愛しい家族を邪魔するものに、彼女は決して容赦しない。
シュテル・ザ・デストラクターは『魔導殺し』を殺すべく、新兵器の宣伝として戦う決意を固めた。
「こちらにいらっしゃいましたか、社長」
「近頃業務を任せきりですまないな、セレナ」
「いえ、婚約者として――コホン、性奴としての務めですわ」
「何故、表現を性的にした!?」
今の俺の主な立場は特務機動課の隊長、この業務の補佐は副隊長であるオルティアが行ってくれている。
そしてもう一つの立場はカレドヴルフ・テクニクスの社長、この業務の補佐を秘書であるセレナが行ってくれているのだ。
特に経済にはまだ詳しくない俺は、この人には頭が上がらない。カリーナ・カレイドウルフの侍女長である筈の彼女は、カリーナの肝いりでこちらへの出向をしてくれている。
カリーナに付いている時はメイド服――そして、CW社では侍女服で秘書を行っている彼女に対して、ツッコミを入れられる猛者はいない。
「お客様がお見えです、社長」
「今日、何かアポイント入っていたっけ」
「今夜、ホテルに部屋を取っておりますわ」
「独りで熟睡してください――それで?」
「高町なのは様が参られました。かねてより社長があの方をお待ちでしたので、聖地へ訪れたところを万事抜かりなく引っ立てております」
「ガッツリ拐われてるし!?」
リインフォースとの最終決戦における、切り札。
現地へ連絡して以前からスケジューリングしていた少女がようやく、この地へとやって来てくれた。
現地へ着くなり突然拉致された魔導師は、子供らしく泣いていた。
<続く>
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