とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第五十七話
状況を利用したアリサの策略により、蒼天の書が元闇の書である事がクロノ達の間で認識された。つまり聖王教会の神秘は、時空管理局にとっても最重要遺失物として扱われる事になるのだ。
リインフォースの機転により聖王のゆりかごで発見された蒼天の書は、聖王教会の管理下に置かれている。聖王教会は"聖王"と神輿として担いでいる為、俺の判断で取り扱われる。
随分と時間がかかったが、盤石の体制で守られている形となっている。俺が死なない限り、この体制を覆すことは容易ではないだろう。
そのリインフォースに命を狙われているので、全く笑えないが。
『蒼天の書に問題がない事は、過去に聖王教会の承諾を得て行った分析結果で明らかになっている。専門家が何度も徹底して行った分析の結果だ、疑う余地は最早ない。
ただ敵の手に渡って悪用されているのであれば、別の問題が生じてくる。高度な解析によって悪用する事が可能であれば、闇の書の本来の力が再び行使される。
つまり暴走する危険が出てくると懸念されるが、その点はどうなんだ』
執務官として的確かつ嫌な点を、クロノは味方側から指摘してくる。言われたくなかった事が、決して嫌がらせないこともまた承知しているので尚の事頭が痛い。
クロノの言っている事は、正しい。現実問題としてリインフォースが洗脳されて、俺本人に明確に攻撃してきた。殺害目的で攻撃してきた事は、明らかなのだ。
強奪された闇の書はリインフォースが持っていたので、主の命令が無くてもある程度使用可能なのだろう。管制人格としての権限を最大限活用されている。
ただこの点は俺達の間でも吟味されてきた事項なので、返答に困る事はなかった。
「お父さんの法術が機能している限り、蒼天の書が闇の書へと戻る事はありません。それはわたしという存在で証明出来ます、クロノ執務官。
わたし本人も黒幕であるイリスに洗脳されそうになりましたが、わたしには通じませんでした。
逆説的な見解となりますが、闇の書へ戻せない為に、お父さんを執拗に狙っているのだと思われます」
『なるほど、法術を解除することは出来ないという事か。確かに一連のテロ事件を顧みれば、ミヤモトへの異常な殺意が垣間見える。
本人の前でこのような事を言うのは何だが、復讐対象である君をどうにも出来ない為に、何としても法術使いを排除したいのだろうな。
プレシア・テスタロッサやジェイル・スカリエッティの事といい、つくづくミヤモトのおかげで最悪を回避出来ているな』
『巡り合わせと言うべきなのかしら。たった半年なのに、長年の友人のように温情が生まれているわね。貴方には感謝しているわ』
「……苦労が多い分、素直に頷けないぞ」
今年の春に海鳴へと流れ着いて、今は十二月。正確に言えば半年を経過しているのだが、それでもまだ一年は経過していないのが恐ろしい。
一人旅だったのに今年になってメイドが出来て、護衛がついて、世界各国に友人知人が出来て、家族が生まれ、仲間ができて、異世界で王様扱いされている。
挙句の果てに命を狙われている身分という、悲惨さだ。父親を絶賛されて目を輝かせている愛娘のユーリを見ていると、自分の人生について大いに考えさせれてしまう。
いずれにしても過去を振り返るよりもまず、未来に向けて行動しよう。
『復讐の動機は定かではないにしろ、聖王のゆりかごまで強奪されたのであれば、一刻の猶予もないわ。
リョウスケ君達の調査結果や無限書庫で調べたユーノ君の分析によると、イリスは主武装こそ使えなくても、搭載された通常兵器の数々は使用可能と出ている。
悪用されれば、未曾有の武装テロ事件に発展してしまうわ。キリエさんの話にも非常に気掛かりね』
「会議前にも少し説明させて頂きましたが、惑星エルトリアにはヴァリアントシステムという機能を使った『機動外殻』という改造技術があります。
この技術を使用すれば、例えば工業機械等でも改造して兵器と化すことが出来ます。
あたしは聖王のゆりかごというのがどういうものか分かりませんが、通常兵器を改造することは出来ると思います」
レティ提督の現実的な懸念に対して、キリエが現実的な技術の概念を説明してくれた。廃棄処分された車を人形兵器と出来る技術だ、聖王のゆりかごへの悪用も十分可能だ。
聖王のゆりかごの強奪は俺やレジアスにとって技術革新の機会となってくれたが、クロノ達を始めとした管理局や聖王教会にとってはただならぬ事態だ。
そうした意味でもキリエやアミティエが味方となってくれたのは、幸運だった。妹さんがギア4を発動する契機となったあの事件についても、詳細が判明した。
機動外殻という改造技術、聖王のゆりかごに適用できれば恐るべき事態となる。
「詳細はキリエが説明しましたが、改造するには材料や時間がかかります。イリスの動き次第となりますが、彼女の本拠地を掴むことが出来るかも知れません」
『地上にある廃棄都市を丸ごと奪われたのは手痛い失点だったが、敵の動きや目的が判明したのは前進と言えるだろう。
地上は我々の捜査範囲でもある、出来れば現地へ戻って直接活動したいのだが――』
『私達の動きは引き続き、本部から押さえられています。公に活動するのは難しいでしょう』
アミティエの希望的観測に捜査チームは乗り気ではあるのだが、公的機関に所属している以上は上から命が下っているゼスト隊長やクイント達は動けない。
左遷されているので無理も無いのだが、優秀な捜査員達を抑え込むというのは本末転倒な気がする。最高評議会の目的は時空管理局の強化にあるのであれば、尚更だ。
戦闘機人やガジェットドローンを使用した新戦力に期待するのは分かるのだが、今の現場にだって優秀な人達が大勢いる。主義主張が違うからといって排除するのは、いかがなものか。
彼女達の苦悩を解決する手段は、一応ある。あまり言及したくはないのだが、言わない訳にはいかないだろう。
「その点については今日発表となったが……俺とレジアス中将が取引したので、ある程度の権限はきかせられると思う」
『特務機動課の話ね。どうやってあの腰の重い大物を動かせたのか、聞かせてもらえるかしら』
『レジアスと取引したとのことだが、理由を聞かせてもらえるのだろうな』
「は、はい……」
ルーテシアとゼスト隊長の顔が怖すぎるので、子犬のように頷くしかなかった。お父さんをいじめないでくださいと横で言ってくれている、ユーリが健気で可愛らしい。
憧れの女性であるアミティエやキリエの前で情けない顔は見せたくないので、渋々先日の交渉内容について説明する。
レジアス中将より発注を受けているアインヘリアルの詳細は、話さなかった。仲間であろうと、企業や個人の守秘義務に至る部分までは言えない。
敵味方に関係なく、分を弁える必要は出てくる。人間関係とは、そういうものだ。
『話は分かったが、危うい賭けだな……それにグレーゾーンである新兵器の数々を、未曾有のテロ事件に便乗して承認させるというのは論理的にどうなんだ』
「これを機に言っておくが、あんたらは誤解している。俺は元々こういう奴だぞ」
『開き直ってどうする。レジアス中将の暴走を止めることが、そもそも彼に取り入った目的だろう』
「その根幹に当たる部分を、こちらに任されたんだ。コントロールできているじゃないか」
『便乗しているのは相手だって同じことだ。むしろ君が取り入ったことが、彼の野望が本来よりもずっと早く叶おうとしているじゃないか』
『言い争うのは止めなさい、二人共』
『クロノ君が感情的に口喧嘩するの、初めて見たかも……』
クロノの母親と女友達がうるさいので、渋々お互いに矛を収めた。クロノも珍しく肩を怒らせて、ゼイゼイ言っている。くそ、向こうも正しいことを言っているので押し通せない。
あいつの真意はよく分かる。色々言っているが、本心は俺を心配しているのだろう。事件の闇に関与すれば、俺自身も闇に取り込まれてしまう。
この取引も十分危うい。成功すれば社会的にも大成功だが、失敗すれば社会的信用を失ってしまう。CWの社運をかけたプロジェクトが頓挫すれば、カリーナは絶対許さないだろう。
"聖王"の座を追われればローゼの立場が危うくなり、蒼天の書を守る立場が失われてしまう。芋づる式に、あらゆる点でトラブルが生じる。
「あ、あたしの立場で言えることではないですが、イリスに対抗するには魔法使いさんの力が必要だと思います!」
「こんな事を言えた義理ではありませんが、魔導師さん達の力で対抗するのは困難です。魔法では、あの子の技術には対抗できない」
『……感情的には頷けないが理屈としては納得できる、か……君達の技術でどうにか復帰できたが、ミヤモトも一度は倒されてしまったんだ。
理想だけを唱えて、僕達の大切な仲間がこれ以上傷つくのは容認できない。分かった、ではこうしようミヤモト。
僕は本局の執務官、レジアス中将には目の敵にされるだろうから特務機動課には加われない。なので企業支援という形で、CW社へ出向する』
「お前がCW社に入って、外部協力者として働くつもりか。目をつけられるのは同じじゃないのか」
『僕達が動かなければ、どのみち警戒される。それにCW社は新規企業だ、突然の急発展に加えて未知の技術が次々と発表されれば他の企業に警戒される。
本局から査察が入ったという話になれば、むしろ納得するだろう。その上で承認が出れば、君の企業活動もスムーズに行くはずだ。
僕としても執務官の立場ではなく、一協力者の立場の方が今は活動もしやすい――それに』
「それに……?」
『――僕だって友人を傷つけられて、何も思わない冷血漢ではない。指を銜えて見ていられないさ』
……考えたこともなかった。自分が傷つけられて嫌な気分になる、そんな人間がいることなんて。
俺が倒された時、ユーリ達がどれほど心配してくれたのか知っている。分かっていたつもりではあったのだが、俺はどうやらその範囲を自ら狭めていたようだ。
クロノ達が怒っていたのは、俺に対してだけではない。俺を傷つけられたことに、俺が傷つけられたのに何も出来なかった自分にも腹を立てていたのだ。
自分が無力さに嘆いている間にも、相手もまた嘆いていたということだ。我ながら、情けなかった。
「分かった、こちらから会社に話を通せておく。折角だ、お前の新武装も作ってやるよ。冷静なお前には、氷の杖なんてのがいいんじゃないか」
『身内贔屓はやめておけ……それに凍結の属性を搭載した新機構なんて、簡単に作れるはずがないだろう」
――天才科学者や研究チーム、そして何よりカリーナ・カレイドウルフに言ってはならない言葉の一つが、無理という妥協のセリフである。
名目上査察に訪れる執務官からの斯様な言葉をどこからか聞きつけた彼らは、負けん気に火をつけて怒涛の勢いで開発に着手してしまった。
天才的な技術を無駄な努力を費やして完成した新兵器が、ここにあった。
『いい機会だ、名目も出来た。私も出向くとしよう、段取りを整えてほしい」
「……やはり避けられませんか」
『ああ、決戦前にレジアスと会っておきたい。君と同じく、私もまた決着をつけなければならない』
ゼスト・グライアンツと、レジアス・ゲイズ。同じ正義を掲げていながら、別の道を歩みつつある二人。
敵味方という旗分けになっていないというのに、顔を合わせられなかった両者。どこで間違えたのか、何か間違っていたのか、分からないままの二人。
二人の対決を見届けることは、俺にとっても大いに意義があることかも知れない。
同じ家族であるはずのリインフォースを、斬るためにも。
<続く>
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