とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第五十五話
のろうさとザフィーラは気を失ったシャマルを連れて、一旦地球へ帰った。合法的なルートではないのだが、表沙汰にはできないのでやむを得なかった。発覚する事は恐らくないだろう。
シャマルのリンカーコアは他でもない本人が修復できるとの事だったので、事なきを得た。正々堂々と戦って敗北した以上彼女も蒸し返すことはないと、騎士達が保証してくれた。
俺が完全復帰した事を伝えれば主であるはやても少しは安心すると、のろうさ達は笑っていた。シャマルのように強硬手段には及ばずとも、やはり大怪我していた俺を不安視していたのだろう。
本当なら心痛める主の傍にいたいであろうに、今後も変わらず協力すると応じてくれたのは本当にありがたい。彼女達のためにも、リインフォースを早く解放しなければならない。
彼らと別れた後はユーリが全て事後処理をしてくれて、俺達は聖地へと帰った。やるべき事は沢山あるのだが、まずは――
「ようやく会えましたね、キリエ」
「……お姉ちゃん、本当にごめんなさい」
俺の復帰を我が事のように喜んでくれたキリエさんは贖罪の第一歩として、アミティエさんとの再会と謝罪を望んだ。家族を大切にする彼女にとって、姉への謝罪は確かに贖罪となりえる。
白旗への登録を終えたアミティエさんは俺の申し出に快く応じてくれて、関係者だけの場を設けた。この場にいるのは二人を除けば、護衛の妹さんと関係者のユーリである。
ようやく訪れた再会の場面で、キリエさんは姉の顔を見るなり涙を滲ませて深く頭を下げた。妹の心からの謝罪を受けても、アミティエさんの厳しい表情は崩れない。
随分と長く沈黙がこの場を支配したが――やがて、アミティエさんが嘆息する。
「よくも私を縛り付けて、倉庫へ放り込んでくれましたね。解除出来たからよかったものの――もしも外せなかったら、トイレも行けなかったんですよ」
「……あ」
「その顔、考えてなかったということですね」
「お、お姉ちゃんなら必ず外せると信じていたから!」
「その場合こうして追いかけてくるんですけど、貴女はそれでいいんですか」
「うう……それは、その……」
「私はいいんです。でもねキリエ、何も言わずに出て行ったら、他でもないお母さんとお父さんが心配するじゃないですか」
「……ごめんなさい」
「私の方こそごめんね、キリエ。貴女の気持ちを分かってあげられなかった。私も反省しています。
本当によかった、剣士さんのような優しい人に出会っていてくれて。イリスの事はともかく、剣士さんを頼った事は正しいことですよ」
「うん、魔法使いさんが色々良くしてくれたから、あたしも自分の間違いに気づけたんだ。お姉ちゃんともこうして顔向けできて、本当によかったよ」
家族同士の諍いは実体験として過去にあったので、場が荒れてしまうか心配していたのだが、二人は俺を緩衝材に無事仲直りしてくれた。
仲介役としては楽なのだが、人間関係の補助を自分が行ったというのは内心複雑である。他人事には首を突っ込まない心情は、すっかり過去の産物となっていた。
とはいえ流石に無罪放免とはいかず、アミティエさんはキリエさんを叱っていた。姉としての彼女は厳しいが想いは優しく、糾弾のない叱責は堪えるのかキリエさんは泣きそうな顔で頭を下げていた。
こうして姉妹の絆が戻った途端、二人は早速一致団結して俺に飛び掛かっていた。
「ナノマシン、奇跡的な適合を見せていますね。私とよほど相性が合うんでしょうか」
「エッチな言い方をしないで、お姉ちゃん。あたしのフォーミュラとバッチリ適合しちゃってるんだから!」
「違います。お父さんの体が治ったのは、私の生命とピッタリ合っているからですよ!」
「……私の血液も、剣士さんへの一助となったかと」
「俺の身体の中身で言い争わないでくれ、ただでさえややこしいんだから!?」
月村忍と夜の一族の姫君達の血、神咲那美の魂、ユーリ・エーベルヴァインの生命、キリエ・フローリアンのフォーミュラ、アミティエ・フローリアンのナノマシン。
列挙した数々の遺伝子情報や技術類が全て、俺の身体に搭載されている。これらが全て完全に一致しているのは、彼女達の言う通り奇跡的と言っていいだろう。
体型こそ変化していないが、細胞レベルで強化されているのが実感出来る。肉体が修復されたというより、再構築されたというべきだろう。彼女達が生まれ変わらせてくれたのだ。
ただここまで沢山の異分子が肉体に注ぎ込まれると、彼女達を信じると言っても不安の一つも出てくる。輸血だけでも、血液型の違いで拒否反応が出てしまうのだから。
「緊急との事なので先にお渡ししましたが、事後であろうとバイタルチェックを受けておいてくださいね。適合確認することで、肉体の変化を計ることができます」
「悪趣味な奴ですが、生命や人体の専門家がうちの組織にいるので念入りにやってもらいます。詳細を伺ってもいいですか」
「勿論です。ただその前に――」
「何でしょうか」
「本日より、正式に私は白旗に加わりました。私はあなたの部下であり、仲間です。ですので他人行儀にせず、皆さんのように親密にしていただけると嬉しいです」
「あ、あたしも依頼人ですけど、その……お客様のような扱いではなく、家族のように接して頂ければと」
――抵抗がある。キリエさんやアミティエさんのように美しい人は、剣士として崇めるべき存在ではないだろうか。
俺にとっては性別さえ問わず、二人は美しい肉体をした女性である。芸能人に憧れるファンのような立場で、憧れのアイドルから親密に接してこられると逆に戸惑ってしまうものだ。
アミティエさんは俺と親密になることが当然のようにニコニコ笑っているし、キリエさんに至っては顔を真赤にしてドギマギと俺の反応を伺っている。うーむ、やり辛い。
とはいえ断って垣根を作るわけにはいかないので、承諾する。首肯するのみに留めたが、二人は嬉しそうに握手してくれた。美人姉妹に囲まれても、娘が見ている前で照れたりしない。
「私のナノマシンが適合したことにより、剣士さんはキリエのフォーミュラを使用する事です。
ユーリさんの生命操作により誕生したセフィロトを媒介すれば、練習次第でヴァリアントシステムを使いこなせる筈です」
「あたしのフォーミュラはエルトリア独自のエネルギー干渉術で、ミッドチルダと呼ばれるこの世界の魔導にも影響と干渉を行うことができます。
少ない資源でも最大限に活用する為の運用システムであるヴァリアントシステムを使うことで、運用面にも大きく貢献できますよ」
「ユーリ、魔導に詳しいお前の意見を聞かせてくれ」
「つまりお父さん本人によるエネルギー運用が可能となり、フォーミュラによる動力供給で無機物への再生機構と戦闘用機能が使用出来るということです。
魔導の行使で苦慮されていた魔力の変化や移動が自由自在に行えるようになるので、飛空や転移も練習すれば出来るようになります。
練習と言いましたがあくまで感覚を掴む為の訓練なので、移動に必要な技量や魔力は既に備わっています」
キリエさん――キリエのフォーミュラにより魔導やエネルギーへの干渉を行い、ヴァリアントシステムを使用してエネルギーを運用して戦闘に使用出来る。
神速が使用できたのは両者の技術に加えて、肝心の感覚を師匠から知識として与えられていたからだ。忍や那美による共有により、過去何度か神速を使用した体験も大きい。
今空を飛べないのは、空を飛んだという感覚がないからだ。人間は鳥ではないので当然だが、感覚がなくても最初から空を飛べたなのは達の天才ぶりには改めて驚かされる。
キリエやアミティエの話を聞いたユーリが解釈するが、悩ましげに眉を寄せている。
「感覚さえ掴めれば飛べるのですが、飛空経験がないとすると少し時間がかかってしまいますね……
お父さんも実際に戦ってみて把握されていると思いますが、マスタープログラムは空戦に長けた実力者です。
出来れば飛空訓練だけではなく、空戦を徹底的にやるべきだと思うのですが――変な子がゆりかごの解析を急速に進めていますので、そこまでの時間があるかどうか」
「それは多分大丈夫。空を飛ぶ感覚さえ掴めればいいんだろう」
「え、ええまあ、そうですけど……そんなに簡単に感覚を掴めるのですか。お父さん、すごいです!」
「結論を聞く前に、感激しないでくれ!? 実はこんな事もあろうかと、既に連絡をとってある」
「連絡……どなたに?」
「喫茶翠屋の二代目に、話をつけている。空戦魔導師であるあいつの魂と共有して、飛空の感覚を馴染ませる」
聖王オリヴィエと人魔一体化して自分の肉体を悪霊に操作させる技法、ネフィリムフィスト。効率よく人体操作させることで、聖王の絶技が使用できる。
退魔師神咲那美の協力と聖王オリヴィエのネフィリムフィストを応用すれば、空戦魔導師の高町なのはとの一体化による感覚共有が行える。
魂の共有化となるとお人好しである高町なのはも当初は難色を示したが、その後の事態の経過を聞いて本人も承諾してくれた。
喫茶翠屋の再開に苦慮する本人を連れ出すのは悩ましいが、あいつの協力があればリインフォースとも戦えるはずだ。
「異世界にいる空戦魔導師を呼び出すのには、聖王教会と時空管理局の承認が必要となる。そこで、だ」
「な、なんでしょう……?」
「キリエ、アミティエ。二人のことも、今のうちに話しておこうと思う。もっというと、キリエの司法取引を今から申し出るべきだと考えている」
キリエが犯罪を犯した罪は、イリスに騙されていた事を考慮すれば情状酌量の余地は十分ある。ただしそれは現時点においてだ。
イリスがこの先聖王のゆりかごを運用してミッドチルダ全土にテロリズムによる破壊を行えば、単純な強奪事件では済まなくなる。
勿論俺達は必ず阻止するつもりだが、俺はリインフォースやイリスを侮っていない。復讐という動機がある限り、あいつは何でもやるだろう。
立場があやふやなままでは、必ず後で失点となりえる。許されるのは今、この時点でしかありえない。
「本日、午後から地上本部と空局の合同チームとの会議がある。俺は今民間協力者として参席し、彼らと連携して事に当たっている。
二人にはその会議に出席してもらい、俺に話してくれたことの全てを彼らにも打ち明けてほしい。その上で協力を申し出てくれれば、後は俺が交渉する」
「で、でも、そんなに偉い人達が集まる場所にあたしが出ていって大丈夫ですか……?
魔法使いさんには迷惑なのはわかっていますけど、出来ればあたしはまだ捕まりたくないんです。イリスを何とかして止めるためにも、もう一度会いたい!」
「不安なのは分かるし、大丈夫だと言っても警戒してしまうだろう。急な話で戸惑ってしまうだろう。
でもそれでも、俺は今しかないと思う。勇気を出すべきところ、イリスと向き合うべきタイミングは今しかない」
ずいぶんと前からクロノ達にはせっつかれていたが、俺が大怪我したと聞いて白旗に所属しているルーテシアがセッティングしてしまったのだ。
聖王のゆりかごまで奪われたとなれば、緊急事態だ。レジアス・ゲイズ中将が機動特務家の設立まで大々的に喧伝しているとなれば、一刻も早く行動しなければならない。
俺が復帰してルーテシアことメガームは涙を流して喜んでくれたが、笑顔で恐喝して会議の出席を命じられた。俺が隠し事をしていた事も分かっているのか、全部話せと言われている。
全てを打ち明けるとなれば、彼女達の存在は必要不可欠だ。プレシア・タスタロッサやフェイト達を減刑してくれたクロノ達なら、キリエ達の事も必ず何とかしてくれる。
「俺と親しくなりたいと、言ったな――だったら信じて、飛び込んできてほしい」
「うっ……な、何故か顔が熱くなってきました」
「そ、そんな言い方はずるいですよ……あたしが魔法使いさんを信じないはずないじゃないですか」
二人が戸惑うのは無理もない。セールスポイントがないもない以上、結局は信頼なんぞという形のない代物に縋らなければならない。
詐欺が横行するこの世の中で、なんとも陳腐な口説き文句だ。もう少しきちんとしたセールストークが出来ればいいのだが、交渉材料が減刑しかなかった。
アミティエはキリエを追うべく、正規の渡航を行っていない。こちらもキリエの安否という免罪符があるが、本人の潔癖を考えれば贖罪の道を探していることだろう。
悩める二人と後押しできない父を見て、ユーリは決然とした顔を見せる。
「お父さん、わたしも出席します。あの変な子、イリスとの関係を全て皆さんに話してください」
「いいのか? お前が覚えていないだけで、本当に人を殺しているかもしれないんだぞ」
「イリスという子に言った通りです。わたしはお父さんの子であり、剣士の娘です。無用な人殺しは、絶対にしません。
理由があるのであればわたしの失われた記憶の中にあり、そこにはきっとイリスの真実があるはずです。
わたしもキリエさんやアミティエさんと一緒に、罪を償う機会をください」
……驚いた。元来気弱で人見知りな性質であるユーリが、ここまで積極的に自分を主張する日が来るとは。
きっと、この言い方は彼女達への方便だ。剣士は必要とあれば人を殺し、罪への呵責を覚えない。理由があったのとすれば躊躇いこそあれど、確実に実行したのだろう。
最後まで他人を傷つけることに躊躇したキリエさんとは、その一点が大きく異なる。ユーリはキリエさん達の背中を押すべく、罪科を自ら語ったのだ。
そしてキリエやアミティエは、ユーリの真心に気づかぬほど愚かではない。これほどの後押しを受けて、信じぬような人間ではない。
「こんな言い方が相応しいか分かりませんが、自首します。あたしを連行してください」
「キリエと一緒に、私も行きます。ユーリさん、ありがとうございました」
「いえ、わたしもあの子と向き合わなければいけませんから。キリエさん、わたしと一緒に戦いましょう。
聖王のゆりかごは私が押さえますので、その間イリスと話して足止めしておいてくれませんか」
「はい、絶対にあの子を止めてみせますから!」
「リインフォースに邪魔させないように、俺が相手をしておいてやる。二人は自分の目的に集中してくれ」
「私は剣士さんの邪魔をさせないように、全面支援しますね。イリスは必ず、あなたを殺そうとするでしょうから」
「彼女の作り出す兵器は、私に任せてください。剣士さんを必ず守ります」
次なる死闘における戦いの準備は、これで整った。全ての婦人が出揃ったところで、イリスと俺達の正面対決が行われる。
戦いはこれで集中できるが、生き残れたのであれば戦いが終わった後のことも考えなければならない。彼女達の人生は、その後も続くのだから。
クロノ達との進捗会議――レジアス・ゲイズとの関係も話す必要がある以上、俺への信任も危ういだろう――心してかからなければならない。
「では、先程の続きです。お父さんは、私の生命が一番適合しています」
「待ってください、ユーリさん。ここはあたしのフォーミュラは譲れませんよ!」
「キリエのフォーミュラを使うには、私のナノマシンが必要じゃないですか!」
「剣士さんは、私の血をごくごく飲みました」
「会議の前から、もう言い争ってる!?」
<続く>
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