とらいあんぐるハート3 To a you side 第三楽章 御神の兄妹 第二十四話







 穏やかな朝に刺しこまれた凍てついた空気。

平和な家庭の、自然に恵まれた庭で俺達は対立していた。

――レンは何も聞かないでいてくれた。

俺の唱えた条件を黙って呑み、洗濯籠を置いて竿を掴む。

俺は俺で竹刀を持ち、互いに距離を取った。

勝たなきゃいけないこの勝負。

敗北すれば、今度こそ俺は失ってしまう。

高町兄妹への挑戦権。

そして――



『私はいつだって貴方の味方ですから』


 フィリスの微笑みが脳裏に浮かぶ。

どこまでも無邪気で、眩しいくらいにストレートなあいつ。

引き合いに出した自分の女々しさが、今日この時ばかりは腹は立たなかった。


「……準備はええか?」

「……ああ」


 朝に来たのは正解だった。

この勝負ばかりは誰にも見られたくない。

なのはやフィアッセ達の顔を見ると、どうしても意固地な俺が顔を出してしまう。

今回、この時、この勝負ばかりは、特別な感覚でいたかった。

俺は手頃な小石を拾い上げる。


「――この石が地面に落ちたら開始。それでいいか?」

「ええよ」


 言葉少なく、レンは承諾する。

――トクンッ

心臓が大きく鼓動する。

敗北と勝利、相反する未来が刹那過ぎる。

身震いしそうな身体を、全身に刻まれた傷の痛みが抑えてくれる。

ボロボロになるまで剣を振るった。

勝つ為に、勝ちたい為に。

負けたくないから。

迷いはほんの一瞬。

俺は片手で石を上空に放り投げる。

一筋の風が二人の間を過ぎる。

俺は竹刀を、レンは竿をかまえて――



コツンッ



最後の戦いは始まった。
















 家庭用の洗濯竿。

どこにでも売っており、手頃な価格で誰にでも買える。

誰が思うだろう――

一般に平和利用されている竿が、使い手が変われば立派な凶器に早代わりするなど。


「――っく」


 踏み込めない戦闘領域。

開始後速攻した俺に、容赦ない洗礼が下る。

制限時間一分は致命的に不利。

この戦い、レンには何の意味も無い。

ゆえに奴は決して焦らない、隙を見せない。

そして――仕掛けて来ない。

こちらが待ち構えていても、ただ一分過ぎて終わる。

勝つには攻めるしかない。

それは分かっているんだが――


「――ッ――ッッッ!」


 瞬間、突きが連続的に放たれる。

刺突は4。

頭蓋・首・胸・腹。

悲鳴を懸命に噛み殺して、竹刀を振るう。

甲高く響く反響音。

痛烈に伝わってくる痺れ。

頬を裂かれ、首の横筋を薙がれ、胴外に危うく竿を弾き飛ばした。

――なんて奴。

歯噛みする。

一発でも食らえば気絶は間違い無し。

今までに無い非情さに戦慄する暇も敵は与えてくれない。


――10秒。


次々と発射される穂先。

余裕も何も無い連続攻撃に、剣で対抗する。

稚拙な剣技――我ながら舌打ちすらしてしまう。

加速し回転数すら上がる連撃に、俺は一歩も前へ出れない。

幼稚な剣戟を必死で使いこなして、弾き、曲げ、跳ね飛ばす。

眩暈がする。

吐き気がする。

迎撃し損ねた突きの余波が心身を蝕み、痛みと恐怖を刻む。


――20秒。


手に負えない――

竿の捌きは繊細で、変化に富んでいる。

一直線に俺を貫かんとする点の攻撃が続くかと思えば、途端流麗な弧を描いて薙がれる。

流れる冷たい汗をそのままに、俺は剣で捌く。

到底、相手を葬る剣筋にはならない。

ただ避けるだけ。

目の前の脅威から逃げるだけの攻撃。


――30秒。


 カンッカカンッカカカン


 たたらを踏む。

攻めあぐねた俺を馬鹿にするような打撃音。

身体中、血と汗で汚れている。

勝負は既に佳境。

レンの勝利は目前。

今の俺は――ただ負けていないだけ。

一歩も動けず、一歩も寄せ付けられない。

ただ、傷だらけになるだけだった。


――40秒。


 上下左右に剣を繰り出して、一歩下がる。

手の痺れは限界を超えて、最早感覚も無い。

だが――握り締めている。

敵は強すぎる。

光の軌跡を辿る極技に、意識すら朦朧となる。

視界は濁り、手先は震える。

でも――まだ、戦える。


「――少しはマシになったようやな……」


 レンは目を細め、どこか優しげに俺を見ている。

敗北を積み重ねたレンを相手に、俺はまだ戦えていた。

でもそれは、俺が強くなったからじゃない。

あんな短期間の鍛錬で強くなれるほど、剣は安易ではない。

数日の修行で倒せるほど、レンは甘くなど無い。

俺はただ――


「……どうしても、負けられないんだよ。この戦いだけは」


 裏切りたくは無い、あいつを。

もう――泣かせたくは無い。

あいつは、こっちが馬鹿馬鹿しくなるくらいお人好しでいればいい。

にこにこ笑っていればそれでいい。

期待くらい応えてやらないと、男じゃねえだろう。


答えは今、手の中に――


俺はいつだって、剣でしか応えられない。





――残り10秒。





 レンと目が合う。

穏やかで、厳しい眼差し。

俺は竹刀を振りかぶった。


――9。


 力強いステップを踏んで、レンは竿を刺しこむ。


 それはありえない――速さ。

俺の剣を掻い潜り、無防備な胴に一直線に目掛けて……



――……。



 ま・・・・・・・


――けて。


「たまるかっ!!」


 激痛。

急激な負荷に手首と足首が絶叫するが、見事応えてくれた。

半回転し、敵目掛けて一閃!



 無情な槍は俺の横腹を削り――



――生涯最高と断言できる剣は、レンの髪だけを斬った。

























































<最終話へ続く>

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