とらいあんぐるハート3 To a you side 第三楽章 御神の兄妹 第二十三話







「……ぁ……はぁ……」


 喋る元気も無い。

肺は酸素を求め、脳みそは活動限界を促している。

力なく転がる竹刀の握りは汗と血に滲んでいた。

びっしょりになったシャツを脱ぎ、俺は夜空を見上げる――


「……」


 もう何日が過ぎたか、正直覚えていない。

フィリスと会って、自分の悩みを打ち明けた。

結局あいつから答えは得られなかったけど……



『良介さんはきっと、素敵な男性になると私は信じています』


 フィリスとその後何を話したのかも記憶に無い。

病院を出て、高町家にも戻らず、俺は山へ篭った。

――気が付いたら、剣を振っていた。

フィリスの微笑みと言葉が焼きついて離れない。

あいつは俺を信じてくれている。

赤の他人でしかない俺を、あいつにとっては患者の一人でしかない男に信頼を向けた。

別に応える義務は無い。

あいつが何を思うと、俺は俺だ。

でも――俺は剣を振っていた。

木々を、草を、花を、鳥を、影を、空を。

目の前に広がる世界を相手に、俺は戦った。

泥だらけになって、傷を沢山つけて、俺は無我夢中で剣だけを握っていた。

今日は満天の星空。

冷たい冬の季節も終わりを迎え、気温は温かくなっている。

涼しい風が汗を冷やし、気持ち良く火照った身体を冷やしてくれた。

地面に寝転がって、両手の平を見る。

何千回・何万回と振り続けて、すっかりボロボロになってしまった。

修行というには疎かで、練習というには厳しく。

何でこんなに頑張ったのか、本当に訳が分からない。

……。


「俺に努力なんて似合わないよな……ノエル、月村、フィリス」


 空は何も答えてくれない。

山はただ静寂に満ちており、自然の生命だけが木霊していた。


「ふぅ……」


 入院生活の鈍った身体は完璧に復帰した。

戦うべき相手は決まっている。

レン――そして高町兄妹。

実力差をこの山篭りで埋められるとは思っていない。

いい加減認めてやる。

レンは強い。

あの二人はもっと強い――

真っ向から戦いを挑んでも、俺は倒せない。

又返り討ちになるのがオチだ。


何の為に戦うのか?

何故強くなりたいのか?


 剣を振れば答えが出るなんて、虫の良い考えは持ってはいない。

フィリスに相談しても何も学べなかった。

――でも、あいつから貰ったものは確かにこの胸にある。

俺はそれを確かめる為に、剣を振るいつづけた。

答えは出せなかったけれど、俺はレンとまた戦う。

戦いへの意義は見出せないが、あいつに勝たない限り俺はいつまでも今のままだ。

俺は勘違いをしていた。

あいつを倒すのが勝利ではない。

あいつに、勝てばいいんだ。


「――良し」


 今日一晩、ゆっくり寝れば体力・気力は回復する。

無一文でここ最近ろくに食べていないが、その空腹が俺に活を与える。

俺はそのまま瞼を閉じ、春の揺り篭の中で眠りについた。
















 早朝――俺は再び高町道場へ戻ってきた。

日時を確認せずに来たが、此処は基本的に早起きだ。

すっかり馴染んだ正面の玄関口を避け、俺は中庭へと向かう。

多分、今くらいだと――


「……いたいた」


 朝焼けの中、白いシーツを干す小さな人影。

丁寧に物干し竿にかけているその表情は優しさに満ちている。

主婦顔負けだよな、あいつって……

場違いな感想を胸の内でこぼしつつ、俺は声をかけた。


「朝っぱらから精が出るな、お前」

「――あ、あんた!?」


 うわ、ちょっとだけ面白いぞ。

俺の顔を見るなり動揺を露にして、洗濯物を落としては慌てて拾うの繰り返し。

洗濯物カゴを地面に置いて、レンは慌てて俺に駆け寄った。


「何処行ってたんや!?
急におらんようになるから、皆心配してたんやで!」


 ……何で心配するんだよ。

冗談かと思ったが、こいつの顔は真剣だった。

真剣に、姿を消していた俺に怒っている。


「あんたの都合なんか知らんけど、せめて――せめて一声かけてや。
探し回っても見つかれへんから、何かあったんか思ったけど連絡つけへんし」


 俺がこの町にいる痕跡は全く無い。

姿さえ消せば、俺の行方を探すのは無理だ。

家が無いとはそういう事なのだ……


「――なのちゃん、ずっとあんたを待ってたんやで。
嫌われたんかと、落ち込んだ顔して……」


 ガキのくせに、俺の身を案ずるなんて十年早えよ。

子供の時から大人みたいな考えしてるから、生意気になるんだよ。


……。あの馬鹿……


後で相手してやるか。


「で?」

「何だよ、で?って」

「何処に行ってたんや、そないにボロボロになって。
全身泥だらけの痣だらけ――誰でも気になるわ」


 山から下りて真っ直ぐ此処に来たからな……

簡単な水浴びと身体を拭くくらいで、後は朝から晩まで身体を動かす毎日。

一人の時は気にもしないが、平和な家庭に現れる格好じゃない。

でも、時間と決意を無駄にはしたくなかった。

レンの質問を聞き流して、俺は持ちっぱなしの竹刀を掲げる。


「話は後でゆっくりしてやる。
――勝負だ、レン」


 レンは目を見開いた。

突然申し出られた事の驚きか、予想外に面食らったか。

今の俺には関係ない。


「……なのちゃんやないけど、あんたがうちの名前を自然に呼ぶなんて……
どういう風の吹き回しや?」


 お前の実力は認めたからだ。

……などとクサい台詞は言いたくないので無視。


「これで最後でいい。後一回だけ、勝負してくれ」

「一回だけ!?
――ほんま、何があったんや……」


 この申し出は俺に不利だ。

今まで一度も勝てなかった俺が、次に勝てる見込みは少ない。

俺とレンの実力差はかけ離れている。

レンはそれを知っているからこそ、疑問を顔に出しているのだろう。


「勝負の条件は同じ。一分間の一本勝負。
俺が勝ったら、奴らの場所を教える。もしお前が勝ったら、俺はもう二度と居場所を聞かない。
そして、今回のみもう一個条件を付け加えたいんだ」

「?何企んでるねん、一体」


 身構えるレンに、俺は少し視線を逸らす。

正面から向かい合ってコレを提案するのは恥かしい。

俺なりの覚悟の証。
あいつへの――けじめ。



「この勝負に俺が負けたら――フィリスにはもう二度と会わないって事にしてくれ」



 レンには何の得にもならない、意味不明であろうこの条件。

今回だけはどうしても勝ちたいからな・・・・・・

俺は久しぶりにマジで頼み込んだ。

























































<第二十四話へ続く>

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