とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第五十四話
反人類勢力と呼べば大袈裟に聞こえるが、全人類の滅亡を真剣に願っているのはほんの一部であるようだ。天狗一族はその代表であり、最大勢力と言ってもよかった。
この勢力に加わっている大半の妖怪達は、結局のところ自分達の利益を求めているだけだ。現代社会は人類が構築した以上、人類が排除されれば廃墟の世界が残されるのみだ。
有力な勢力であった天狗一族の尻馬に乗れば、安泰。実に庶民的だが、そうでもしなければ妖怪達は生き残れない時代なのだろう。伝承や伝説は、時が経てば消えてしまう。
そうした反人類勢力を説得すること自体は天狗一族に任せれば容易いのだが、全勢力を取り込める程俺の器は広くない。
「夜の一族は妖怪達の中では、今や最大勢力なんだろう。歴史も長い一族の庇護に入れるのであれば、安泰を願う連中にとっても本望な筈だ」
「良くも悪くも長きに渡る歴史が今の複雑な因果を招いているのだ、下僕よ。我から言わせれば下らぬ因縁にしか思えぬが、夜の一族に対して複雑な感傷を抱く者達も多い」
天狗一族との戦争の主戦場は海外だったので、夜の一族の姫君達とコンタクトを取るのは難しくなかった。長であるカーミラの元へ、全員が馳せ参じてくれた。直接呼び付けてもいないのに。
婚約者であるヴァイオラは天狗一族との戦争と聞いて、クリステラソングスクールを休んでドイツにまで駆け付けてくれた。夫の帰りを待つのは妻の務めとの事、剣士の嫁候補と名乗るだけの気概はある。
髪が伸びセミロングとなったイギリスの妖精は少女から女となって美しさが磨かれており、他人には見せない微笑みで俺の無事を喜んでくれた。戦争と聞けばやはり心配となるらしい、無傷であった事も大きい。
何より直接逢うのは世界会議以来だ、異世界へ出向していたのもあって随分長く感じられる。携帯やネットで話すのもいいが、やはり直接逢うのとでは訳が違う。男と女とでは、特に。
「……人間と妖怪との確執の方が長いように思えるのだが」
「今は、人の世の時代だ。長いものに巻かれるのは何も、人だけの理ではない」
そして婚約者よりも俺の来訪を喜んだのは、夜の一族の長であり主を気取るカーミラ・マンシュタインだった。わざわざプライベートジェットで空港まで迎えに来てくれたのだ。
彼女が連れて来た護衛も世界会議時に知り合った奴で、逞しき大男の力強い抱擁を受けた。男泣きとはああいう表現を言うのであろう。気まぐれなカーミラの護衛を務めるだけの素朴さはある。
永住を強く勧められたのだが、戦争を理由に拒否。この女の場合少しでも妥協すると、閨まで引きずり込まれるのは目に見えている。男たるもの、女に妥協してはいけない。
なんぞと言っても夜の一族は女系なので、女性の方が格が高いのだが。
「同類である夜の一族は昔の因縁もあるから嫌で、異種族である人間は立場こそ異なれど共存出来ると考えているのか。
いくら何でも、虫が良すぎるだろう。あいつらはその共存が嫌で、反人類勢力に加わっていたんだぞ」
「今の時代、ボク達のような異種族は人間社会に入って生きていくのは本当に大変なんだ。夜の一族だって長い歴史を経て、少しずつ人間の仲間入りしていったんだよ」
「――人間の男と交わる為の、例の"契約"か」
「う、うん、そのアレだよ……」
「一人前の男がこの程度で照れるな」
「か、からかわないでよ――分かってるくせに、もう」
性交渉を匂わせる程度の会話で照れるウブなフランスの男が、このカミーユ・オードランだった。貴公子と呼ばれる美男子だが、中性的な美貌と女性らしい仕草から女に見間違えそうになる。男の分際でモジモジするな。
こいつもチャーター機で、ヴァイオラと同時刻にドイツ入りした。戦争から無事に帰ってきた事を大喜びしてくれて、抱き着かれてしまった。フェンシングで鍛えている割に、身体が女のように柔らかい。
どうでもいい話ではあるが、親友や恋人のような立場の違いで契約内容が異なったりする場合があるのだろうか。男と女で違っていたりすると、なかなか面白い。
ちょっと聞いてみたい気もするが、人間関係に影響しそうなのでやめておく。
「だからといって、何で俺が敵だった連中の面倒まで見なければいけないんだ。お前らがやれよ」
「私共としても王子様にご面倒をおかけするのは本意ではございませんが、人類の中で彼らを率いる王となりますと王子様しかおりませんの」
カレン・ウィリアムズはその点、自分の仕事をきちんと終わらせてから悠々とドイツへ訪れた。彼女のスケジュールは、俺の勝利程度で揺らいだりはしない。出来た女である。
戦争の勝利や無事な帰還も祝辞に留めておいて、早速戦後処理に取り掛かってくれた。勝利は当然、生還は常識。最上の信頼なのか、最低限の条件なのか、キャリアウーマンの内心は図れない。
天狗一族との戦争が表沙汰にならなかったのはユーリ達の努力あってこそだが、世界に波紋を広げなかったのはカレンのおかげである。
戦争が勃発したという事実一つでも、影響が出てしまうからだ。厄介な話である。
「弱肉強食はあらゆる社会に蔓延る掟、金や権力に縁のない妖怪達からすれば天狗一族との全面戦争に勝利した貴方様であれば従うでしょう。
我々で彼らを取り込んで管理してもよろしいのですが、反感を買うのは確実。面倒な遺恨に左右されるくらいであれば、貴方様の傘下に加わる方が穏便に事を収められるでしょう」
「山神を討ち取ったのは妹さんだぞ。夜の一族の王女であれば、これ以上の格はないだろう」
「夜の一族の長であればともかく、今の王女ってウサギに従ってるんだよね。あの子、誰に聞かれようと絶対うさぎの護衛だって言うよ」
逆に、公私の区別を全くつけないのがロシア姉妹であった。仕事を放り出して姉妹揃ってドイツへ駆け付け、ドレスアップまでして祝杯を挙げようとご機嫌に提案してくる。
以前から再三再会を求められていたので、クリスチーナは俺の膝上に座って満面の笑顔。姉のディアーナは隣に座り、胸元の開いたドレスで誘惑してくる。ロシア女のスキンシップは過剰である。
カレンと同じく戦争の勝利を信じて疑っていなかったようだが、戦後処理の対応は真逆なだけに人の個性というものを感じさせる。同じタイプの人間はいないという良い見本だった。
夜の一族の姫君達も、無責任に俺に押し付けようとしているのではない。俺の意向を叶えるのであれば、俺の支配こそが最善の懐柔策だと訴えているのだ。
「力ある者が正義。剣士としてはよく分かる理屈だ、頷けなくもない。問題なのは、俺は自分の面倒を見るので精一杯だという庶民として当然の立場だということだ」
「お前は我の大切な下僕だ、下僕の面倒を見るのは主の務め。愚か者達がお前の傘下に加わるのであれば、今後とも惜しまず支援するとも」
「経済的支援は、私にお任せ下さいな。王子様不在の間、日本への通商航路は万全に確保しております。政界及び経済界にも、強力なパイプを用意しておりますわ」
「日本とロシアの貿易路も我々の組織で開拓致しましたので、必要な人材及び物資も提供致します。政治面及び裏社会への粛清は、私が致します」
「あくまでウサギに逆らう残党共は、クリスが一人残らず黙らせてあげる。クリスの可愛いペットに手を出すバカは、死んでもいいもんね」
「ボクの家は友好的な縁を持つ多くの異種族と関係を持っているから、君の力となってくれるように強力に後押ししておくよ。
僕もオードラン家の後継者として挨拶しておく必要があるから、君の事もお願いしておくね」
「お母様やお祖母様達は夜の一族の最先鋒として、一族の難敵への対処に当っていた経歴があるから、お願いしておくわ。貴方の妻として、貴方に不自由させないように徹底するわね」
……俺が必死で考えた問題点や課題を、一つ残らず解決してくる女達に頭が下がる。あくまでも、頭を抱えてしまうという意味で。畜生、なぜ退路を断ってしまうのか。
確かに俺だって弱肉強食を否定するつもりはないが、だからといって全面戦争を肯定していない。今を生きる日本人として、平和であればそれに越した事はないのだ。
徹底的に話し合ってみたが、やはり俺が事を収めなければどうしても諍いが起きてしまうらしい。勝者に従うという理屈は分かりやすく、粗がない。
加えて面倒な事務処理や戦後手続きの全てをやってくれるというのであれば、俺も頷くしかないのだ。
「王子様の懸念はごもっともです。人道上の観点から王子様が受け入れるといっても、政治的議論を捨てて移民政策に着手するのは愚策の極み。
王子様が居を構えられている海鳴に派遣してしまうと、日本全体のマンパワーが減る事態になりかねません。彼の国も、独自の伝承が伝わっておりますから」
「妖怪達には数多くの種族があれど、人間同様の暮らしが必要な連中もいるからな。全員、霞でも食べて生きていければいいのだが」
「人材や物資の支援は滞りなく行えても、国土には限りがございます。かといって明確な住み分けを行えば、一種のゼロサムゲームになりかねません」
「人口問題で悩んでいる主要国に、人外連中の許容まで押し付けないでくれ。パンクしてしまう」
「妖怪達には住みづらい世界となる事を予測して、我ら夜の一族は早くから人間社会に取り入るやり方を行ってきた。いつまで経っても改善しなかった、連中の怠慢だ。
我は下僕以外の人間は今も好かんが、同族でありながら生き方を模索せぬ愚昧共も我慢ならん。他ならぬ下僕の取り成しだからこそ、渋々矛を収めてやったというのに」
カレンにディアーナ、カーミラ。現実主義の女傑達は、基本的に反人類勢力相手には辛口である。敵に情けは不要、さりとて無能な味方も不要という冷静さ。
指揮官を経験した俺としても頷ける理論だが、人妖融和を掲げている以上見捨てる訳にはいかない。このまま放置すると、それこそカレン達の言う後の怨恨に繋がりかねない。
主要各国が、移民に悩む理由が分かる気がする。可哀想だと思っても、面倒まで見切れない。さりとて見捨てれば暴走するか、自滅するという難儀さ。
実を言うと、解決策はある。俺の事情を理解しているヴァイオラが、俺の紅茶を用意しながら話しかける。
「あなたが収められている異世界ミッドチルダの国に、移民をお願いするのは難しいのかしら」
「"聖王"様の鶴の一言で聖地を納得させられなくはないんだが――」
「問題があるの?」
「問題があるというより、問題が俺を通り抜けて右から左へ流れていくだけになるだろう。日本じゃ受けいれられないから、他国に押し付けるだけだ。
しかも強権を発動して、自分の問題を押し付けるんだぞ。根本的な解決にならないだろう」
正直に言うと、三ヶ月以上前の問題であればクロノ達に頭を下げて頼み込んでいた。こいつらを何とかしてくれ、お前らの所で面倒を見てくれと、懇願していた。
別に本当の聖王になるつもりはないのだが、神に縋らず自分達の力で生きるように号令をかけておいて、他の世界の妖怪達を押し付けるのはいくら何でも筋が通らないだろう。
聖地の民に自立を促したばかりなのだ、彼らに面倒をかけたくはない。しかも魔女や龍族達から被害を受けたばかりなのだ、妖怪の受け入れなんぞさせられない。
俺の考えを話すと、カレン達が実に嬉しそうに破顔した。
「王子様も為政者としての自覚が出来てきたようで、何よりですわ。その調子で私と共に、覇道を歩んでまいりましょう」
「その覇道とやらを盛大に足を引っ張る連中が多々出てきて参っているんだが」
「私達の方で策を講じてもよろしいのですが――」
「ふむ……?」
「貴方様に何かお考えがお有りではないのかと、愚行する次第でして」
――ディアーナの奴、それで先程から明確な提案をしなかったんだな。妹さんとは違った意味で、こいつもイエスマンになっている気がする。俺の考えこそ最善だと思っている。
確かに、考えはある。最善かどうかはともかくとして、こうすればいいんじゃないかという案はある。ただ、断じて名案ではない。
最初から言い出さなかったのではない、言い出せなかったのだ。庶民的というか、子供じみているというか――こんなんでいいのか、というシンプルさなのだ。
恥ずかしくて仕方がないのだが、一応述べてみる。
「未知の世界を、開拓すればどうだろうか」
<続く>
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