とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第四十一話






 養子縁組する事を決めてアルピーノ親子は殊の外喜んでくれたが、俺としては前途多難であった。一つ物事を決めれば、問題や課題もまた生じる。1つずつ解決していかなければならない。

養子縁組先の候補は現状ナカジマ家とアルピーノ家、異世界での身元保証という点において時空管理局員の家族は最適であり最難でもあった。聖王教会の枠組みが絡んでしまうからだ。

そういう意味では養子縁組の拒否は、ある種の逃げだったといえる。他人を一切拒否して一人旅に出るのと同じ道だ。楽な道ではあるが、得られるものは少ない。

人生楽に生きるのは少しも悪い事ではないのだが、俺のような浮浪者は楽に生きれば腐っていくだけだ。トラブルを歓迎しているのではないのだが、何の目標もなく生きてはいけない。


どちらの家を選ぶのかさて置いて、養子縁組をする上でいい加減放置していた問題を解決しなければならない。


「俺は養子縁組する事にした。異世界ミッドチルダに身元を持つ上で、重要な問題があってアンタ達に集まって貰った」

「私達は、父上の子として認知されなければなりません。となれば、身元調査は確実に入るでしょう」

「お前らは闇の書から生み出された存在だからな……話ってのは、何となく分かった」


「私は将として、出来れば全員から話を聞きたかったのだが」

「ユーリはルーテシアにえらく気に入られて、そのままお泊り保育させられてる。レヴィはナハトのお守りで、ディアーチェは俺の代理で聖地に行ってる」

「お前が任せっきりにしているから、後継者を名乗るあの子も大変だろうよ」


 アルピーノ家との親睦会が行われた日の、夜。月村邸の一室を借りて、守護騎士達とシュテルに来て貰った。肝心の家の主は補習地獄で、今も宿題に苦しめられている。静かで大変結構だった。

本来であれば俺の頭脳であるアリサも同席させたかったのだが、意外と勘の良いはやてに怪しまれたくないので相手をさせている。代わりにお目付け役として、アギトが陣取っていた。

騎士達の主に内緒事なんぞしたくはないと思うのは、あくまで俺達の感傷にすぎない。物事には段取りというものがある。信頼関係とは切り離して、考えていかなければならない。


実際、集めたヴィータ達からも異論は出なかった。繊細な問題だという点では、お互いに認識が一致している。


「どこまで話すべきか、正直な所迷っている。クロノ達は法術まで知っている以上何とでも言えるし、荒唐無稽な話に聞こえても信じてくれるだろう。
俺があいつらに話していないのは――考えてみると色々あるけど、お前達に絡んでくるのは実質上一つだ」

「闇の書、だな」


 出会った頃は禁忌とまでされていた話題であったが、ヴィータ達の間に忌避感はない。いずれ生じる問題であろうことは、彼女達も認識していたのだろう。

この部屋は妹さんが護衛についているので、秘密が外部に漏れる事は絶対にない。万物のあらゆる声が聞こえる彼女を潜り抜けるのは不可能なのだ。その点は安心だった。

妹さん本人には聞かれてしまうが、妹さんが誰かに話すなんて事は天地が引っ繰り返ってもありえない。シグナム達も彼女が護衛に付く事に、まったく異論はなかった。


今までずっと聞き流していたのだが、いい加減そろそろ指摘しよう。


「そもそもお前らは何で、あの本を『闇の書』と呼んでいるんだ?」

「? はやてが持ってる魔導書が闇の書だ、今更何言ってんだ」


「今更も何も、俺はお前らからそもそもあの魔導書に関して説明を受けた事がないんだよ!」


「相変わらず失礼な人ですね、きちんと禁則事項をお伝えしました!」

「……待て、シャマル。言われてみれば我々はその禁則事項しか伝えていないぞ」

「うむ、話したのはあくまで我々に関する事情だけだ。明確に説明はしていない、深入りさせるつもりはなかったからな」


 将のシグナムだけではなく普段寡黙なザフィーラにまで指摘されて、シャマルは羞恥に顔を赤くする。貴方のせいですと八つ当たり気味に睨まれているが、なんだか可愛らしく見えてしまう。

事情と概要は切り分けるのが難しい類ではあるのだが、禁則事項を伝えてしまえばシャマルが勘違いするのは仕方がないとも言える。その事情こそ、魔導書の秘密とも言えるからな。

その点は置いておくとして、やはりヴィータ達はあの本を闇の書だと認識している。だがしかし夜天の人は、あの本を夜天の魔導書だと言っていたはずだ。


ま、まあ、だから俺はあの人を夜天の人だと呼んでいるんだがな……はやてが今、いい名前を考えてくれている。


「ふむ、その点においても父上と騎士の方々との間で認識の違いがあるようですね。闇の書と夜天の魔導書、同一でありながら本質の異なる呼称です」

「! お前は――いや、お前達は一体あの本について何を知っている」

「疑いを持つのは当然でしょう。むしろ今まで我々と同じ屋根の下で生活して頂いたことに、内心驚愕しておりました」

「貴方達が本心で、この人を親として慕っているのは知っていました。私達もはやてちゃんという本当の主と出会えて、今新しい生を歩めている」

「同胞だと認識することも、今では吝かではない。共にあの聖地で戦った戦友なのだから」

「感謝します」


 なるほど、ヴィータ――コホン、のろうさやザフィーラが同行したのは俺への協力に加えて、俺への支援もあったのか。シュテル達のような存在を懸念しての同行だったのだ。

お互いに一線を引きながらも、家族として接していた。その点について嘘偽りがなかったのは、同じ経緯を持った関係だったからだ。はやてと俺、主軸となる存在がいてこその同類意識。

同じ経緯を辿ったからこそ、共感を得られた。秘密があれど、お互い様だと割り切れた。聞いてみれば何とも分かりやすく、スッキリ笑い合える話であった。


問題そのものは解決していないが、この席を設けられたのは良かったと思う。


「アタシらはある種、闇の書の一部とも言える。だから、アタシらが一番闇の書の事を知っていると思っているんだけどな」

「だが疑念もあった、他ならぬお前達の存在だ。強大な力を持つお前達、その中でもあのユーリ・エーベルヴァインの力は群を抜いている」

「クラールヴィントを通じて、聖地での戦いを見せてもらったわ。国家戦略級兵器の直撃を受けても、傷一つ負わなかった」

「我々が束になって戦おうが勝てない、そう確信している。お前達のような存在が闇の書の中に在る――我々の知らぬ秘密があっても不思議ではない」

「話は前後してしまうけど、ユーリ達の存在があったからこそ夜天の魔導書について話し合える余地が生まれたと言うべきか」


 シグナム達守護騎士システムに加えて、ユーリ達の存在。あの魔導書の力は強力無比に尽きると言い切れる。時空管理局に秘密としておくのも納得はできる。

その点も、問題では在るのだ。秘密を打ち明けてスッキリ解決なんてのは、子供同士の話でしかない。その秘密が大いなるものであれば、打算や脅威が大きく絡んでしまう。

クロノ達やゼスト達は信頼できる人達ではあるが、中枢にまでは食い込んでいない。一兵士とまでは言わないにしても、上層部の意向一つで管理外に追いやられている。


クロノ達にはグレアムという背景がある以上、秘密を安易に打ち明けるのは危険とも言える。だからこそ、この養子縁組の話は厄介なのだ。


「詳しく聞かせてくれよ。そもそも闇の書は、夜天の魔導書っつうのか? お前はそれをどこで知ったんだ」

「夜天の人が教えてくれたぞ」

「なるほど、彼女ならば知っていても不思議ではない。だが何故、彼女は私達に話さなかったんだ」


「俺は今でも、ゲートボール大会でのお前達の無様なルール違反をハッキリ覚えている。社会生活にまったく馴染んでなかったあのザマを見れば、打ち明ける気にならんだろう」


「し、知らなかったんですから、仕方ないじゃないですか! 何ですか、男のくせにいつまでも根に持って!」

「お前らが最初に俺を格下扱いしたんだろうが!」


「ちなみに私はゲートボールの達人ですよ、騎士の方々」

「あ、この野郎、後出しジャンケンは汚いぞ!?」

「むぅ、この娘……なかなかの策士だな」


 平和な世界で脅威の秘密を抱えるのは、リスクが大きい。現代社会に全く馴染んでいなかった騎士達に配慮して何も言わずに置いた判断は、多分正しいと思う。

本のタイトル一つくらいどうでもいいと思う程、俺は軽率ではない。魔導書の名が違うというのは、シュテルの言う通り本質への認識が異なっているのと同じだ。

ヴィータ達はシュテル達を知らなかったのだ、彼女達の知らない秘密が確実に潜んでいる。夜天の人があれほど慎重だったのも、頷ける。


ただそれでも、気になっている点はある。


「ただ夜天の人も、シュテル達を知らなかったみたいだぞ。お前達が誕生した時はひどく驚いていた」

「我々も実を言いますと前後関係が明白ではないのですが、我々の存在が及ぼす夜天の魔導書への悪影響を考慮して、自ら別のシステムを上書きして隠れていたのです。
ユーリ達と同期を取りまして、ようやく事実が明らかになった次第です」

「闇の書の管制をも欺いていたというのか……相当高度なシステム改竄が行われていたようだな」

「夜天の魔導書に手が加えられて闇の書へと変貌したとなれば、私達が把握していない悪辣な改竄が行われていた可能性も出てくるわ」

「実際、管理局にも目を付けられているからな……自分がそんなやべえものだとは思いたくなかったけどよ」

「事実を確認出来ただけでも大きい。今後の対策が行える」


 夜天の魔導書から闇の書への変貌、シュテル達の存在が表に出た事で初めて明らかになった事実。魔導書の根幹であるシステムに、大きな問題を抱えている。

元々問題ある魔導書である事自体は、ヴィータ達から口止めされていたので察しはついている。実を言うと、拍子抜けするくらい単純な問題だった。

俺が懸念していたのは魔導書そのものよりも、シグナム達が犯罪者であった点だ。指名手配なんぞされていたのであれば、さすがの俺も庇い切れない。

家族としては自首するように勧めるしかなかったのだが、システムという点であればなんとかなるかもしれない。


「システムに問題があるのであれば、それこそ専門家に修理を頼めば良いんじゃないか」

「――お前はホント、反省とかしない奴だな」

「どういう意味だよ」


「ローゼちゃんの事を忘れたのですか。あの子本人に問題はなかったのに、管理局は永久封印を決定したじゃないですか」

「問題のある危険な魔導書となれば封印か、あるいは廃棄される事も考えられる。我らはともかくとして、主も巻き込まれる」

「げっ、そうだった」


 あんなアホ一人救うのに、何ヶ月も苦労させられたのだ。ヴィータ達のためなら戦えなくはないのだが、正直言って同じ苦労を何度もしたくはない。人権問題は、苦労の連続だった。

魔導書に欠陥があるのは、分かった。ジュエルシードという爆弾を抱えたローゼも結局、時空管理局には容認されていない。聖王教会で聖女の護衛という立場に収まっただけだ。

養子縁組する上で、シュテル達やヴィータ達にも社会的に認知される立場についてもらえばいいのだろうか。いや、欠陥がある以上、魔導書を抜きにして彼女達を守るのは不可能だった。

ナカジマ家やアルピーノ家はシュテル達は守ってくれるかもしれないが、ヴィータ達については正直何とも言えない。肝心の魔導書が、目を付けられているからだ。


どうしたものか……


「父上、私に考えがあります」

「ほう、聞かせてみよ」


「我々が表舞台に出た時期と、夜天の魔導書が聖王教会に認知された時期とは、若干のズレはあれど時期的には重なります。ですので、こうしましょう。
不都合な事は話さず、伝えていい真実だけを打ち明けるのです。闇の書へと改竄されてしまった夜天の魔導書は、父上の法術によって生まれ変わりました。

聖王教会は聖王のゆりかごで発見されたとされるあの魔導書を、蒼天の書との法名を与えております。我々は、蒼天の書から誕生したとするのです」


「! 確かにお前達の存在は、魔導書が認知された時期と一致する。なるほど、ゆりかごの起動に合わせて目覚めたとすればいいのか!」

「ユーリの力も、その解釈であれば十分に説明がつきます。聖王のゆりかごはかつて古代ベルカ戦争を収めた、ロストロギア。
ゆりかごの機能詳細はまだ明らかにはなっておりませんが、ベルカの歴史そのものが強大な力であったことを裏付けています。

ユーリの力をゆりかごと結びつければ、神の奇跡として崇められるでしょう。事実、ユーリは父上の子なのですから、神の御子という協力な裏付けを得られます」

「おお、すげえじゃねえか! ゆりかごと魔導書を強固に結びつけることによって、お前らの力と存在を証明出来る。聖王教会の威光があれば、管理局にもこれ以上ちょっかいはかけられない」


 実際問題、ユーリの見せた強大な力は時空管理局からも注目を浴びている。戦場であれほどの力を見せつけたのだ、今更隠し立てするのは不可能だった。

今は管理外世界にいるので干渉こそないが、強力無比なあの力は時空管理局としては見過ごさないだろう。クイント達も目の色を変えて、ユーリ達を誘っているからな。

摩訶不思議な力のままにしておくよりも、ロストロギアと結びつけるリスクを犯しても出自を明らかにするチャンスかもしれない。


聖王のゆりかごという強大な存在の前では、夜天の魔導書一冊なんて霞んでしまうだろう。ふむ、いい考えだ。


「よし、その方向でシナリオを作ろう。出自を明らかにすれば、養子縁組の話も――」

「――ちょ、ちょっと待てよ。アタシらはどうすればいいんだ? 時期が明らかに前後しているぞ」

「ははは、落ち着けよヴィータ。うちの賢い娘が、その程度の事を考えていない筈がないだろう。な、シュテル?」


「勿論ですとも、父上――おっと、就寝の時間です。睡眠不足は乙女の大敵、話は後日としましょう」


「何も考えていないんだろう、てめえ!?」

「自分さえよければそれでいいのですか、貴方は!」


「さすがは宮本の子供だ、こういうところはよく似ている」

「……感心している場合ではないぞ、将よ」


 これは映画でもなければ、絵本でもない。物語のように、一昼夜で解決する問題ではないのだ。

まあひとまず、シュテル達とヴィータ達との交流が結べただけでも良しとしておこう。


守護騎士達と我が娘達はこうして、本当の家族となれた。













<続く>








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