とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第二十九話
受け止め方が、異なる。一般人が負傷したと聞かされれば怒りや悲しみを感じるが、剣士が負傷したと聞かされれば恥だと思う。そして高町美由希は剣士であり、剣友であった。
時空管理局は細部こそ異なるが、日本で言えば警察のような行政機関である。クイントとゲンヤのおっさんは捜査官と指揮官、話すべきかどうか悩んだが親である事を前提に話した。
友人が負傷した事を大層驚いていたが、道場の剣士である事を視野に入れて事情を聞き入れてくれた。元より異なる世界の司法組織員、俺の意思を尊重して事を荒立てない事を前提に話を聞いてくれた。
親睦を深めている子供達には聞かせられない、血なまぐさい話。それでいて気遣いの出来る、優しくて敏い家族達。嘘ではない程度に、席を立つ言い訳をしておく。
「俺の人間関係でトラブルが発生したので、悪いけど先に帰る。お前達は引き続き、家族皆で楽しんでくれ」
「また女の子を泣かせたんだ、パパ」
「せめて故郷へ帰参している時は自重してくれ、父よ。縁談話の整理には、我も大層苦労させられている」
「私が一緒に参りましょう。示談金の交渉はお任せ下さい」
「……お兄さん、女性関係にも問題があるんですか!? 今の内に全て私に打ち明けて下さい」
「落ち着いて、ディエチ。兄さんの厚意を好意と勘違いしてしまう人もきっといるのよ。兄さんの人徳を考えれば、無理も無いわ」
「リョウ兄、こんなにかわいいナハトちゃんをこまらせちゃだめだよ」
「あうー、おとーさん」
「ふりんというやつか……さすがアニキ、おとなだぜ」
「親父さん、お袋さんよ――問答無用でこいつら全員、ぶん殴っていいか」
「この年頃の女の子はおませさんなのよ、許してあげて」
「心配しているんだよ、こいつらは。兄妹、仲がいい証拠じゃねえか」
本気なのか馬鹿なのか区別はつかないが、一応冗談ではないらしくシュテルがついてきた。戦闘能力及び頭脳面はずば抜けているので、役に立つ。俺とのコミュニケーションに問題があるだけで。
口ではああ言っていたが、子供達や妹達は薄々でも察してはいるのだろう。顔合わせの場を抜けた文句も、興味本位の同行も求めなかった。無邪気な子供達だが、厳しい現実を今まで生きてきた。
子供らしく生きて貰いたいと両親は願っているのだろうが、俺が家族として関わるのはクイント達の願いからむしろ遠ざけてしまうかもしれない。その辺も含めて、人間関係への努力は必要だ。
だからこそ、俺の周辺で事件を起こす奴は見逃せない――シュテルを連れて高町家へ急行しようとして、ふと思い留まった。
「いかがされましたか、父上」
「もしも高町道場を襲った犯人の動機が俺への怨恨にあるのだとすれば、事件の現場に俺本人が乗り込むのは少々憚られるな」
「負傷の度合いは不明ですが、確かに被害者側からすれば無用な事件に巻き込まれた形になります。父との今後の関係を改める可能性も否定出来ませんね」
シュテルは父親の俺には常に全面的な味方ではあるが、物事を見据える上で自らの主観で客観性を失わせる真似はしない。甘い見込みは結局、俺を傷付ける結果になりかねないからだ。
シュテルとは違って頭の良くない俺が気付けたのは三ヶ月前、他ならぬ高町美由希に殺されかけた過去があったからだ。俺と関係を持ったせいで、家族が崩壊してしまった。
俺本人に罪はなかったとしても、俺が原因で起きた問題であれば、俺を恨んでしまうのは人間として何も間違えていない。人は未来が見えないからこそ、原因を過去に求めるのだから。
高町家の女主人とも一悶着あって少々距離を置いている状態、どう改善するべきか今も考えている最中に乗り込むのはまずい。
「分かりました。私にお任せ下さい、父上」
「具体的にどうするのか、聞こう」
「父の娘である事を告げて、事件が起きた経緯をお聞きします」
「全くの無策で、逆に笑えてくるわ!?」
あろうことか、直球だった。真っ向勝負を好むのは何とも俺の娘らしいが、名探偵に求めているのは臨機応変である。
「俺が原因で起きた事件かもしれないのに、俺の関係者を名乗ってどうする。飛び火させたくないから、どうするべきか今相談しているんだよ」
「同じ被害者であることを告げて、仲間意識を持たせましょう。父上のせいで妊娠したと言えば、同情の一つも買って頂けるでしょう」
「被害者の会誕生、待ったなしじゃねえか!」
「冗談です。父上のご友人である空条さんが既に騎士団を連れて、現場へ急行して事情を伺っております」
――言われてみればガリから連絡を受けて、やって来たんだった。俺が心配していた事柄を、こいつらは既に想定した上で行動に出ていた。何故、一言も言ってくれないのか。
もしも俺から言い出さなければ、シュテルが留めてくれていたのだろう。今の馬鹿な会話も、俺を足止めする為だったのだ。頭の良いこの子はやはり、きちんと考えている。
とは言え面白くはないので褒めたりせずに、乱暴に頭をぐりぐりしてやる。感謝の折檻を食らっても嫌がらず、シュテルは少し照れくさそうに口元を緩めるのみ。くそっ、うちの子はタフだな。
程なくして騎士団長を務めるセッテを先頭に、聖王騎士団は丁重に事件関係者である高町兄妹を連れて来た。
「ういっす、兄。なのはちゃんもつれてきたっすよ!」
「……ウェンディ、お前の親父とお袋が嘆いていたぞ。連絡したとはいえ、今日の顔合わせをすっぽかしただろう」
「スバルのことでなのはちゃんにめーわくをかけたから、あやまりにいったんじゃないっすか――たんに、そのままごはんもごちそうになっただけで」
「お前のそのアホな行動力は、どこから湧いてくるのか」
妹達の先日の脱走劇は、こいつが先導したせいで起きた事件である。その事でなのはにも迷惑をかけたので、両親に怒られたウェンディは高町家に謝りに行ったのである。
その事自体は別にいい、むしろ殊勝だと褒めてやりたい。そのままなのはと気があって話し込むのも全然良い、友達になれたのであれば素晴らしい――問題はそのまま高町家と団欒を囲んだ事である。
なのは本人は友達そのものは多いのだが、意外と広く浅い交流を行っているようだ。家にまで遊びに来る友達は少なく、明るくて元気なウェンディは高町家に気に入られたらしい。
クイントやゲンヤのおっさんにしても、この管理外世界で出来た友達は大切にしてほしいと思っている。家族との団欒と友人宅との交流となれば、家族第一とは言い難かったのだ。
「悪かったな、うちの馬鹿が迷惑をかけて」
「なのはにいい友人が出来た。俺とお前の妹が仲良くなったというのであれば、それに越した事はない」
「ウェンディちゃんのおかげで、我が家も今晩は賑やかで楽しかった。
"良介"の事も聞けて、私も安心したんだよ」
「美由希――ドジ踏んだな、お前。俺がいないからって、稽古を怠けていたんじゃないだろうな」
「生憎でした。負けたのが悔しくて、恭ちゃんと山篭りしたりして鍛え直したんだよ。今度は絶対、負けないから」
高町恭也の肩を借りて同行してきた美由希は――足を、引き摺っていた。
とっさに出て来たのは強烈な罪悪感と、喉元までせり上がった謝罪であった。押し留められたのは恭也の揺ぎ無い目と、美由希の強い瞳であった。彼らは三ヶ月たった今も、剣士であった。
同じ剣士であるというのに、再会した同士に掛ける言葉は情けなのか。剣の世界に生きる人間が告げるのは、謝罪であるのか。剣の友であるのであれば、巻き込まれる事による諍いも覚悟の上。
侮っていた。恭也も美由希も三ヶ月前の事件を通じて、剣士としての階段を登っている。刃傷沙汰も覚悟の上で、俺の友である事を望んでくれていた。
ならば決して謝ったりはせず、剣士として接するべきであろう。不覚を取った事を、冗談の種代わりに指摘してやるのだ。そうでなくてはならない。
「出来れば旧交を温めたい気持ちこそあるが、再会して早々申し訳ないが話を聞かせてもらえるか」
「そうだな、俺達も出来れば『神速』の件を聞きたかったのだが」
「誰から教わったのか、絶対に聞かせてね、ふふふ」
「目が怖いぞ、お前!?」
置き去りにして来た問題の一つである。師匠に電話するしかないのだが、あの人も孤高の人だから説得に手間取りそうだ。今晩、ディアーナを通じて聞いてみるしかないか。
「俺達もウェンディちゃんを送る名目で、迎えに来たこの人達と一緒に家を出てきた。彼女達から道中、道場破りの件について詳細を伺っている」
「迂闊だったな……きちんと前もって事情を聞いておけば、あんな挑発に乗らなかったのに」
「込み入った事情があるようだな――セッテ、お前達はガリと一緒になのはから話を聞いてくれ。俺達は三人で話す」
距離を置いたとはいえ、高町家の様子も気になる。足こそ引き摺っているが、ウェンディとの夕食を楽しく過ごしたというのであれば、さほど大事にはならなかったのだろう。
ガリが事件性を説いたのは世間一般的な見解というより、俺が剣士だからこその事件性を告げたのだ。確かに剣友が不覚を取ったというのであれば、同じ剣士であれば大事である。
家で待つ桃子やフィアッセに気付かれる前に、事情を聞いておくとしよう。
「お前も知っての通り、高町の道場そのものは経営を行っていない。流派は存在して技も伝えられているが、殊更に喧伝までしては広めていない道場だ。
相手側も道場における経緯は重々承知の上だったのか、家を直接尋ねず、紹介状を手に俺達の元へやって来た」
「その紹介状は、正式なものだったのか」
「うちは道場経営こそ行っていないけれど、恭ちゃんや私に続く代から幾つかの流派とは関わりを持っているの。恭ちゃんだって昔、良介のような武者修行を行っていた時期もあったんだよ」
一瞬嫌味なのかどうか勘繰ってしまったが、美由希はそこまで意地悪くはない。実質はただの放浪であっても、美由希には俺も武者修行だと言っていたので鵜呑みにしているのだろう。
流派の詳細は定かではないが、海外にいる師匠からも以前似た話を聞いたことがあるような気がする。古流剣術は廃れつつあるが、完全に途絶えてはいない。
そして剣一つ取っても、御神流が唯一では決してない。恭也と美由希で自己完結していないのであれば、繋がりが多少あっても不思議ではなかった。
襲撃者はどういうコネがあるのか分からないが、美由希達の流派についてかなり詳しく調べ上げて紹介状を手に入れたのだろう。
「紹介状を持ってきたのであれば、相手は剣士だったのか」
「異種試合を申し込まれた。流派対流派の強さを競うのではなく、あくまで個人対個人の強さを競う試合だ。
相手は明らかな無手、俺としては稽古を主とした目的で望みたかったのだが――」
「私に対して、こう言ったの」
『剣道は剣の理法の修練による人間形成の道である』
――息を、呑んだ。
第三者が聞けば訳の分からない、言葉。この発言の意味が通じるのは、この世界で俺と美由希のみ。この言葉が俺と美由希を繋げ、生と死に断ずるまで隔ててしまった。
俺が道場破りをした際、道場にいた誰もが皆無礼者呼ばわりした。彼らは剣の強さではなく、理を説いて辛抱強く俺の無礼を批判するに留めた。何が何でも戦いたかった俺の挑発に乗らなかった。
出稽古に来ていた美由希は、道場破りの経緯を知っている。この言葉を理解していた彼らと、理解していなかった俺。勝ったのは彼らの師であり、負けたのは俺だった。
剣の道とは剣の理法の修練によって形成される、人間の道。その後俺は剣を通じて人と出会い人となって――美由希は剣を通じて俺と出会い、人でなしの鬼となってしまった。
殺し合いをした俺達への、強烈な皮肉であり――侮辱だった。俺達が共有していた思いを、踏み躙ったのだ。
「良介と同じく、試合内容は一本勝負。申し込まれたこの時点で、私はあの人の事が分かったの。私は、許せなかった。私自身ではなく、私達の事を侮辱したあの人を。
あの人本人も確かに強かったけど、私の剣はあの人の脳天に一撃を入れた。一本勝ち、期せずとして良介と同じ敗北を与えた形――
ここまで言えば、分かるかな?」
「! まさか」
「――気を失ったはずの彼女から、一撃を入れられた。咄嗟に回避したけれど、体が反射的に動いてしまった事が逆にいけなかった。見ての通り、足をやられてしまったの。
良介と同じく、あの人は気を失っても戦意は途絶えなかった。組み伏せられたところで」
「俺が待ったをかけた、ということだ。大事に至っていないのは、その采配によるものだ」
「……なるほどな」
確信した――高町美由希と戦ったのはデブだ、間違いない。あいつならやれる、意識なんぞなくたってあいつは戦える。
相手が『俺と同じ剣士』であれば、殺されるまで戦うことをやめたりはしない。何度も何度も負けて、奪われたのだから。
あいつを何とかするには、俺が斬るしかない。しかし一体どうすれば、剣を振れるようになるのか。
このままでは覚悟の差で、負ける。
<続く>
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